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ただただただ。 ~変わらないもの~  作者: けー
五章 非日常は突然に

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切り離されていた現実と重み



「おはよ、お兄ちゃん早いやん」

「おはようさん、お前こそ」

「できれば朝のニュース見たいと思ってん」


 そう言えばお兄ちゃんの顔は少し苦いものになる。


「見るんやったらそれなりに覚悟せなあかんで?」

「そんなやばいん?」

「死傷者出てないとこはないと思え。場所によったらライフラインが生きてること自体すごいことや」


 お兄ちゃんの顔は本気なんだろう。上がるなら一緒に行くから準備してこいと言われて、いったん部屋に戻る。


 昨日はお兄ちゃん達が帰ってきたことと、その後の生産作業で考えないでいれた。地下にいれば地上のことは全くわからなくて、見えなくて、ずっと気になってはいたのも本当だ。


 昨日の話しぶりでも、場所によって被害状況が大きく違うことはわかってる。それでも自分の目でも確認したい。


 あたしは冷たい水で顔を洗って、できるだけ覚悟を決めようとするけど、気が付けば指先が小さく震えていた。

 まだ現実も見ていないのに、聞いた話でしかないのに、あたしの指先は止まらなくて、そんな自分に苛立った。


 こんなことじゃ駄目だと言い聞かせ、指先は見なかったことにして服を着替え、最後にもう一度鏡で自分の表情を確認した。

 できる限り普通に見えるように、緊張に気付かれないように。


「できたよー」

「ほな行こか」

「のり君も起きたんや、お姉は?」

「恵子は寝てる」

「拓斗と秀嗣と智も上おるわ」


 居間に行けばのり君の姿もあり、あたしたちは神社を抜ける。そこにはあれほどいた隊員さんは少なく、少し前の賑やかさはどこにもない。


「ほんまに減ったね」

「それでも上と家の前にもまだそれなりにおりはるけどな」


 ここに隊員さん達が居たのは一ヶ月と少しくらいだけど、最初はなかなか交流がなくて不安だった。少し経てば顔見知りもできたし話せるようになって、たまにお菓子をくれたり、こっちもおかずの差し入れしたりと、楽しい思い出が浮かんできてどこか寂しく感じる。


「おはよ、みんな勢ぞろいやな」

「おー、おはよ。恵子さんが寝てるとこまでいつもどおりやな」


 胡堂の軽い言葉を皮切りに、二人も朝の挨拶をしてくれる。智さんとのり君でお茶まで淹れに行ってくれるとか。


「たまにはお兄ちゃんがお茶淹れたら」

「できる人間がやったらええねん、ありがとお」


 普通に会話できてるはずだ、そう信じてる。


 あたしの目は、すでに点いていたテレビから外すことができない。なのにどこか頭は真っ白で、画面の中はドラマか映画かと思うようなもの。


「しんどかったらやめときよ」

「大丈夫」


 そう言ったが、お兄ちゃんの言葉に一言返すので精いっぱいだった。


 画面はどこかの監視カメラか、住宅街らしい道路を暴れる女性と思われる人を肩に担いだオークが歩いてる。映る道路や壁には所々に赤黒い染みのようなものも見える。


 その後も様々な画像に移り変わり、中にはモザイクで隠されたものや叫び声が聞こえるもの、それは本当に様々で、スマホで撮影されたと思うものまで。


 ヘリからだと思われる空からの映像では、建物が大きく壊れてることはないが、火の手が何か所からも上がっているのがわかる。


 言葉が出ない。現実感に欠けるのにあたしの手は震えて、それを止めたくて強く握るけど止まらない。


「都心のほうはやばいところなんて多い。被害の差は全国でかなり違うみたいや」


 画面の中では何度もアナウンサーが声を張り、何度も何度も「命を大切に、命を守る行動を」と訴え続ける。


 ダンジョンができる前に国が発表したことや魔物に対する情報、探索ギルドのこと、国が発表せずに高遠さんが発表したことなどをホワイトボードに手書きでまとめ映してる。


 そして情報が入ればまたそこに書き足しては、魔物が多い地域や避難所とされている場所なんかが足されていく。


「国は順次隊員を派遣するって言ってるけど、分散したところで魔物は次々出てきよる。いろんな人が頑張ってくれてるけど、場所によったら交通も遮断されるやろ。連絡もつかんとこある」

「こ、このあたりは?」

「まだ平和や、近いダンジョンも扉なかったんが幸運やな。ただそれも日に日に広がってる魔素でいつまで持つかや」


 お兄ちゃんの言葉に、あたしはまだ情報を伝えようとしているアナウンサーを見る。その姿は心から諦めていない姿で、まだ生きようと藻掻く人間らしい姿だ。


「それでもこうやってみんな頑張っとる。やから組合は必要や」

「今あたしにできるんは、生産と素材集めだけ?」

「そうやな、増血剤は忘れんな。お前おらんかったら世界の終わりや」


 何、馬鹿なこと言ってんだ。とお兄ちゃんに振り向けば、その顔は驚くほど本気だった。


「お前がおるから取れる手がある。お前がおるから作れるもんがある。お前は切り札や、それを忘れんな」


 お兄ちゃんはそう言うと、朝飯食べよかと立ち上がりさっさと動き出そうとする。それに続くのり君は困ったような心配なような表情で笑って、胡堂に軽く頭を叩かれ「無理すんな」と声をかけられた。


「みんな貴女を心配しています。重圧もあるでしょうけど、やっぱり笑っていてほしいんですよ。世界がこうなったのは誰のせいでも、ましてや貴女のせいではないです」


 智さんが優しく微笑み言うから、胸の奥が熱くなってくる。


「絵里子にしかできないことがあるのはわかっているが、あまり無理しないでくれ」


 秀嗣さんが眉を下げて、それでも笑おうとしてくれるから視界が歪む。


 ああ、どうしてあたしの周りは優しい人ばかりなんだろう。どうしてあたしの心を救おうとしてくれるんだろう。


 あたしは強引に腕で目を拭い、残ってくれた二人に笑う。


「ありがとお。あたしはこれからもできることを、ただただやるだけや」



ほんじつ四話、この7時を1本目に12時、17時、21時、全て予約投稿してみます。

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