気持ち
次の日になり早朝からお兄ちゃんの集合の合図。寝起き早々のため諦めてパジャマですよ。威厳も何もあったもんじゃないけど、人なんてそんなものです。
「これ作ったって」
「これ、誰のタグ?」
寝不足なのか少し隈ができてるお兄ちゃん。聞けば一応は寝たと返してきたから信じてはいる。
「智、石田さんや」
「おう、仲良くなったんですね。こっち入れていいの?」
「お前のそんな姿、隊員たちに見せるわけにいかんやろ」
まあ、寝起きですから御察しですよね。
手早くタグを仕上げれば、お兄ちゃんはそれを持って神社に向かい、その間にのり君もほぼ寝てるお姉を連れてやってきた。
胡堂と秀嗣さんは昨日の夜中にお兄ちゃんから聞いていて、もう居間に集まってる。
のり君が淹れてきてくれたコーヒーを飲んで目を覚まさなければと思うけどまだ眠い。テーブルに頭を置いて寝てしまいそうになっていたらお兄ちゃんは帰ってきた。
「じゃ簡単に説明すんぞ。今日の午後から移動、首都圏で夜に神職たちと会うことになる。ホテルなんかは国がどうにかしてくれるから気にすんな。あと今回は胡堂くんも一緒や」
「なんで? なんで胡堂も行くん?」
「石田さんの関係って言って連れてく、俺らじゃわからんこともあるやろうからな」
「いや危険やん? なに人の友達にやらしてるん?」
「俺が望んだことや、いつまでも部外者扱いすな」
お兄ちゃんの言葉に一瞬で目が覚めて声を大きくすれば、冷静な胡堂の言葉。別に部外者扱いしてる気はない。ただ、できるだけ危ないことをしてほしくないだけだ。
そんなあたしの考えを見透かしたのかお兄ちゃんは口を開く。
「今回はお前が一番危険や。各地で野菜や植物が変異しつつあるって報告が上がってるらしい。それもあって神職を信じるもんが増えてる」
「けど姫巫女ってばれてないんやろ? 普通の神職と違うのはお兄ちゃんたちも一緒やん」
「俺らとお前じゃ違いすぎる、お前もほんまはわかってんやろ」
お兄ちゃんに見つめられれば痛く感じる自分がいる。だけどあたしには過ぎたもので、どうもできないのに。
「とりあえず、秀嗣は移動中も絵里子から離れんな。できるだけ胡堂くんも」
「午前はダンジョンに行っても?」
「ええで、ただし疲れ残らん程度にしてよ」
「隊員時代に比べたら」
そう言う秀嗣さんに笑わせてもらったのは助かった。
なら各自、準備して時間に集合。そうお兄ちゃんは解散を告げみんながばらけていく。なのにあたしはまだ動けないでいた。
胡堂の覚悟を疑っているわけじゃない。それでも巻き込んだという気持ちが消えることもない。
それに世界が変貌したとして、どう変わるかなんてわかったものじゃない。それこそ上手く共存するかもしれないと、細い希望が捨てきれない。
あたし自身には何もなくて、お兄ちゃんのように考えることもお姉のような強さも、のり君のように受け止めることもあたしにはできない。あたしなんかより胡堂や秀嗣さんがこの力を持ってたほうが、きっともっとうまく力を使えたんだろう。
あたしなんかじゃなければ、もっと沢山の、もっと大勢の人を助けられたのに、導けたのに、なんであたしなんかに。
そんな駄目なあたしのせいで巻き込まれていく人がいる。家族も友達も、それに秀嗣さんや石田さんもそうだ。
大きくなりすぎてあたしにはどうしていいかわからない。本当はずっと怖い。このままでいいのか、これでいいのか。
そんなことが頭をぐるぐると巡ってると、後ろに気配を感じて振り向いた。
「大丈夫か?」
装備を整えた秀嗣さんが、戸惑うようにそこに立っていた。
「大丈夫ですよ、敬語かなり取れましたよね」
そう言えば少し困ったように笑われた。あたしはつい首を傾げて秀嗣さんを見上げる。秀嗣さんはわざわざあたしの横に座った。
「姫巫女様こそ敬語やめてください。悩み事ですか?」
今の姫巫女はわざとだとわかったから、あたしは小さく笑う。
「違いますよ、考え事」
「そのわりに顔が暗い」
そう言われて自分の顔をむにむにと触るけど、わかるわけなんてない。秀嗣さんに苦笑を見せる。
「秀嗣さんはどうして、自衛隊に入ったのか聞いていいですか?」
「俺は、一人親だったもので楽させてやりたかったんです。その母も思ったより早くいなくなったが」
「すいません、変なこと聞いて」
「いや、いいんだ。悩んでるのは拓斗のことか?」
秀嗣さんが柔らかく笑ってくれてたから、その言葉にどきりとした。
「胡堂だけ、ってわけでもないですよ」
「高校からの付き合いと聞いたが?」
「そうですね、たっちゃんもだし、たまに摩耶も入って馬鹿な話とかで盛り上がってました。もう十年以上の付き合いですね」
長いな、本当に思い返せば長いな。
「拓斗も今の絵里子のように、絵里子の話をするとき優しい顔をしている。本当に仲がいいんだな」
「仲良いっていうか、無駄に気が合う奴なんです。本当にあいつはああ見えて、優しいやつなんで」
お互い恋人がいたこともある。会わない時期があったこともある。それでも変わらなかった大切な友達。




