201.ビージェイ担当と江島氏
亜香里たちのインタビューが行われた日の夕方、『組織』本部のミーティングルームでベテラン能力者の江島氏とディスプレイの中にいるビージェイ担当が向き合い、昼間のインタビューを元に『ローマ教皇見守りミッション』の総括を行っていた。
「このミッションでは不測の事態が起こらないと思っていましたが、大使館から異変が始まり、今回も小林さんたちは想定外の世界に入り込んでしまったようです。結果的には何とかミッションを遂行し戻ってこられたから良かったのですが。ミッションの途中で『組織』からの変更追加を彼女たちに依頼する際には、ビージェイ担当も苦労されたようですね」
「江島さんのおっしゃる通りです。ミッション中もそうでしたが、今日のインタビューでも彼女たちに少しキツイことも言いましたが、無事に帰って来られたことに内心ホッとしています」
日頃は表情を変えないビージェイ担当が真顔である。
「三人の能力も上がって来て、新人の能力者補にも関わらず、チカラだけを見ると我々能力者を上回っているところもあり、良く言えば頼もしいのですが、客観的に見ると経験不足と能力の強さのアンバランスさがより顕著になり、ミッションを遂行する上で不安定要素として懸念されます」
「江島さんの意見に同意です。そもそも小林亜香里が発現した『稲妻』を司る能力は現在、彼女以外にそれが出来る能力者はおりません。『組織』の記録を紐解くと、かなり前に同じ能力を持つ能力者はいたようですが、小林亜香里の様な規模と頻度で稲妻を発生させることはなかった様です」
「私もその話は聞いたことがあります。彼女はそれだけではなく『世界の隙間』に難なく入れてしまう能力が潜在的にあります。これについては以前話し合ったように『組織』の一部の能力者が、それを積極的に利用しようとする動きがあります。古くから『組織』のサポーターをしていただいている一族、篠原家当主である篠原優衣の父、篠原昭人氏がそれについては釘を刺しており、その動きが収まっているのが現状です」
「その篠原優衣ですが彼女に突然発現した能力への対応は、小林亜香里のそれよりも難しく、どうしたものかと思っています。本人には別途インタビューする旨を申し伝えたのですが」
「今回のミッションレポートをざっと読みましたが、宇宙船内で発現した思念波ですか? ローマ教皇はシールドが効いているエアクラフトの中にいたにも関わらず、強くその影響を受けたと話している記録がレポートに残っていますが、凄まじい能力ですね。6月に南九州の『世界の隙間』で発現して一部の能力者から『death』と呼ばれたものが、思念波であることがこれでハッキリしました。今回は前回以上に強い威力を発揮した様で、また篠原さん自身が倒れてしまいましたが、しばらくすると意識も回復したので、本人も少しは慣れて来たのかもしれません。ただし無意識に使って本人が倒れてしまうような能力を使わせるわけにはいきません。本人が任意に発動できないところが『組織』としての対応が難しいところです」
「残る能力者補の藤沢詩織は三人の中では、比較的順調に能力を習得しているようで、瞬間移動は普通に歩くように出来ていますし、人ひとりくらいは容易く運べています。今回は久しぶりに念動力を使っていましたが、無理のない範囲で着実に能力を上げています」
「個人の能力の面では藤沢詩織は安心ですが、彼女も篠原優衣も小林亜香里の能力に影響を受けているのか『世界の隙間』へ容易く入れてしまうところが、能力者としては良いのですがミッション中に予想外のところへ行ってしまう点に問題があります」
「ええ、その点は私から三人にミッションを通知するときに、いつも注意しているところです。ミッション中は想定していない『世界の隙間』に入らないように全体の計画を策定していますが、今回は「教皇に随行する」という急な不確定要素が入ってしまい、本来ミッションに関係のない時代に行かせてしまいました。最後の宇宙空間で起こったことについては、『組織』も如何ともしがたいのですが」
「例の巨大宇宙船と空飛ぶ円盤ですか?(ビージェイ担当「はい、春先に小林亜香里を連れ去ろうとしたものと同じです」)『組織』も彼らが未来から来ていること以外に何も情報を掴んでいませんからね。今までは滅多にこの世界に来ることもなかったのですが小林さんの件、今回の教皇拉致事件を見ると今後、我々にとって脅威になるかも知れません。ところで今回もそうなのですが彼女たちが度々、江戸末期から明治維新前後に飛んでしまうのは何か理由があるのですか? その辺は分析していませんか?」
「『組織』のデータベースで、今まで『世界の隙間』ミッションをやったことのある能力者を調べてみたのですが、そもそもミッションにない『世界の隙間』に行ったことのある能力者は見つかりませんでした」
「そうか、そうですよね。彼女たち以外に不用意に『世界の隙間』に行く能力者なんかいませんよね? そうなるとその対策はペンディングですか」
「はい、その件は様子見です。とりあえず小林亜香里と篠原優衣の突出している能力をうまくコントロールできるようなトレーニングプログラムを検討中です。実は今回、想定外の事象が続いたミッションが無事終了して、その内容がバチカン市国の『組織』を通じてヨーロッパの『組織』に広く知れ渡り、イギリスの『組織』から彼女たちに招待状が届いております。ただその内容が今ひとつ明確ではなく、その誘いに応じる前に彼女たちにはトレーニングに取り組んでもらおうと考えております」
「イギリスの『組織』からのお誘いですか? どのような内容なのですか?」
「ローマ教皇も絡んでいる様で表向きはミッション遂行のお礼なのですが、彼女たちの能力に興味を持ったのか、イギリス『組織』での顔見せとチョットした依頼だそうです」
「チョットした依頼ですか?」
「ええ、そこが引っ掛かるところです。ミッションではないとのことですが、歴史のある国ですから、彼女たちに依頼するのであれば当然『世界の隙間』を使って何かを『明らかにしたい』『解決したい』といった内容ではないかと思われます」
「なるほど、その提案を受け入れて小林さんたちがイギリスで『世界の隙間』に入ったら、またとんでもないところに行ってしまう可能性大です」
「そうなのです。それに加えてまだ十分に制御が出来ない能力を、そこで発現させると世界の歴史を塗り替えてしまう可能性があります」
「『世界の隙間』で実施したことは現実に影響を及ぼさない、と長い間考えられていた定説が最近は揺らいでいますから、その辺は注意する必要があります。話はそんなところですか?」
「はい、ミッションの詳細はデータでご覧いただいた通りです。では、彼女たちには能力の制御に特化したトレーニングを実施するということでよろしいでしょうか?」
「ええ、能力者補になって能力を発現してからの経過を勘案するとそろそろ、その時期だと思います。小林さんのパワーレベルを見ると遅すぎますが… プログラムのドラフトが出来たら一度拝見させてください」
「承知しました」
ミーティングルームのディスプレイからビージェイ担当が消え、江島氏は席を立って部屋を出て行った。
亜香里たちは金曜日、平日の午後の特別休暇(会社には日本同友会の所要で外出中と連絡済み)を満喫するように、週末は長蛇の列が出来るピザ屋で遅い昼食を楽しんでいた。
寮から遠くない距離にあるピザ屋まで優衣の運転は、亜香里や詩織が心配した事態にはならず、お店までの道のりは穏やかであった。
「亜香里さんと詩織さんは私の運転の何が不安なのですか? ちゃんと優良ドライバー運転でこのお店に着きましたけど?」
「うん、今日の運転はまともだった」
頷きながら詩織が答える。
「『今日の運転はまともだった』ってどういうことですか? 私の運転って、そんなにまともじゃないのですか?」
亜香里と詩織が顔を見合わせて吹き出す。
「危ない、危ない、おいしいピザを吹き出すところだった。優衣さぁ、最初に優衣の運転が凄いと思ったのは、まだ新入社員研修の頃のことだけど、覚えている? 週末に亜香里が自分ちの近くで変な沼みたいなものに取り囲まれたときのことだけど」
「えっとー、あれは確か4月の研修で週末自宅に戻る途中で亜香里さんが変なものに取り囲まれて動けなくなったときですね。確か荻原さんと加藤さんも来てくれて、ビージェイ担当が何とかしてくれたと思いますけど、あれがどうかしましたか?」
「亜香里が助け出されてから、優衣が先に帰ったけど、その後ろ姿を見てみんなで盛り上がったの」
「何ですか! 初めて聞きます。今まで誰も教えてくれませんでしたよ?」
「優衣はあの時、お父さんのバイクに乗ってきたでしょう?(優衣「ええ、緊急事態だったのでH2 CARBONの方が早く着くと思って」)でね、それだけでも普通のバイカーから見たら『小さな女の子が乗りこなしている!』凄いって思うのに、優衣は帰る時どうやって最初のカーブを曲がった?」
「えっとー、あ! 思い出しました。あそこの世田谷通りに出る手前の道は住宅街にしては珍しく見通しの良いカーブがあるので気持ち良く走り抜けました」
「なるほど、優衣的には『気持ち良く』なんだ。その走り抜ける時のライディングポジションを見て萩原さんたちと盛り上がっていたの」
「えーっ! どうしてですかぁ? 私、変な乗り方をしていましたか?」
優衣が真面目に不思議そうに聞いてくるので、これ以上、街中での優衣の『ハングオン』ライディングの事をどうのこうの言っても無駄だと思い、詩織は説明を諦める。
「優衣さぁ、じゃあ今度、お休みの日に萩原さんや加藤さんにも声を掛けてツーリングに行きましょう。一緒に走れば、どこが違うのか分かるよ」
「私、まだバイクの免許を取ってないのですが」
ピザを食べることに専念していた亜香里が、一息ついて話しに加わる。
「そっかー、『組織』が自動二輪免許を取らせてくれると言っていたけど、左足骨折で自動車学校に入るのが伸び伸びになっていたからね。じゃあ、免許が間に合わなかったら、いつもの通り私の後ろに乗って行きましょう」
「バイクの話だけになったけど、そもそもは優衣の運転の話しですよね? バイクのことは良く分からないけど、マジックカーペットやエアクラフトの操縦だったら、私も一言あります」
亜香里は三人でオーダーした3種類のピザを、また頬張りながら喋っているので『一言物申す』という威厳が全く無い。
「亜香里さんまで、私のことを責めるのですか?」
「責めない、責めません。幼女のエルフを虐めたらバチが当たるよ(優衣「亜香里さん! 私は… [以下略]」)優衣の操縦や運転がワイルドな時があるので、今日みたいに穏やかな運転をして欲しいなと思っているだけです」
亜香里の言葉を受けて少し考え込む優衣。
「分かりました。操縦や運転にはメリハリをつけるように習ってきたのですが、これからは注意してみます」
「うん、優衣は良い子だねー(優衣「亜香里さんと同い年です!」)まあそれは良いとして、来週は通常出勤みたいなことをビージェイ担当が言っていたから、定時後は自動車学校に通おうかな。普通自動車免許があれば自動二輪はすぐに取れるのでしょう?」
「中型だったら教習を所定時間乗って、ペーパー試験に合格すれば直ぐよ」
「詩織先生がそう言うのなら間違いありません。1週間で取れるかな?」
「流石に1週間で免許を取るのは無理じゃない? そんなに詰めて教習所でバイクに乗れないでしょう?」
「チッチッチ、詩織さん、私たちが船舶免許を取った時の事を、もうお忘れですか?」
人差し指を振りながら、ドヤ顔で話す亜香里。
「思い出した!『組織』があり得ない夜間講習を組んで、船舶免許を取らせてくれたね。そのあと直ぐにシークラフトで出動させられたのは、出来すぎだと思ったけど」
亜香里はスマートフォンで調べ、満足げに声を上げる。
「自動車免許取得者は最短9日間で自動二輪中型免許を取れるみたい。『組織』に頼めば半分の5日くらいかな? 明日、土曜日から通えば来週末のツーリングには間に合います。ライディング自体は『組織』のトレーニングで、道路じゃないところを散々走ったから余裕でしょう?」
会社も『組織』にも関係ないところで、一人盛り上がる亜香里であった。