200.検査とインタビュー その3
ビージェイ担当のインタビューが始まった。
「では最初に行った長崎県の原城跡で発生したことについて教えてください。原城跡に行くことになった経緯はエアクラフト機内で録音された会話で確認済みです。教皇の希望を聞いて行かれたようです。目的地に着くとそこが濃霧であったこともデータに残っています。そこでみなさんはエアクラフトから外に出たあと居なくなりましたが、どうされたのですか? しばらくしてから、藤沢さんが瞬間移動で機内に戻ってからのことは、エアクラフトが記録した映像とセンサーのデータで確認済みです」
三人は顔を見合わせ、詩織が答えることにした。
「エアクラフトが到着する予定だった原城跡は城跡ではなく、戦いが起こっている最中の城内でした。急に教皇が居なくなり、優衣が精神感応で天守閣にいる教皇を見つけて助け出しました」
「なるほど、今の説明で不思議なのは、記録されたGPSデータではエアクラフトは現在の原城跡に到着しており、そこでみなさんが機外に出たことになっています。その時の気象状況を確認したのですが天草地方に霧は発生しておらず、エアクラフトの記録との間に齟齬が生じています。映像記録では確かに霧が発生しており、霧の合間に映っている建物を画像解析してみると小さな城があります。いろいろと説明が不可能な状況で、現在『組織』で調査中です。ところでエアクラフトを出てから、みなさんはそこで戦ったりはしなかったのですか?」
ビージェイ担当が亜香里の方を向いて尋ねる。
「(ハイハイ、モノを壊すのはいつも私ですから)最初、自分たちの入った世界が何時なのか分かりませんでしたが、周りの様子から島原の乱が起きている頃に違いないと思い、手出しはしませんでした。やったことは、私たちににじり寄って来たお侍さんたちを小さな稲妻で追っ払ったくらいです」
「それは賢明です。分からない過去に手を出して良かった例は聞いたことがありませんから。次に鹿児島へ行った時の事を説明してください。市内のホテルで教皇と夕食を取られたところまでは確認済みです。小林さんが『組織』のカードを使ったことも把握しております」
「教皇が一緒だったので、少し高めの夕食でしたが」
地方都市のホテルでアルコール抜き一人2万円以上の食事をオーダーした事を思い出し、亜香里は少し気にしている。
「全く問題ありません。ミッション中の飲食は必要経費として処理されます。それよりも食事のあと、エアクラフトへは戻らずに、みなさんはどこへ行かれたのですか?」
優衣が記念碑の文字を読んで過去に行った事に責任を感じて説明を始める。
「夕食後に少し散歩をすることになり、ホテル近くの公園まで行くと記念碑があって、記念碑に書かれていた文字『西南戦争薩軍本営跡』を私が読むと『世界の隙間』に入ってしまいました。あそこは『世界の隙間』の入口だったのでしょうか?」
「篠原さんが、あの碑の文字を読んだら『世界の隙間』に入ってしまったと?(優衣「はい、そうです」) なるほど。あそこには以前『世界の隙間』の入口がありました。記録によると30年ほど前に機能しなくなり、それ以降『組織』はあの入口を使用しておりません。行き先の時代も世の中が穏やかな頃ではありませんでしたから」
「機能しなくなった『世界の隙間』の入口が何故、開かれたのですか?」
「推測ですが、みなさん三人がそこを訪れたことによって機能が復活したのかも知れません。あの場所は『組織』が改めて調査する予定です。『世界の隙間』に入ってからのことをお話しください」
『政府軍に手を出したのは私だから仕方ないか』と思いながら亜香里が説明をする。
「急に『世界の隙間』に入ってしまい、戻る方法も分からなくてどうしようかと思っていたら政府軍が大砲を撃ってきたので教皇の身を守るために政府軍の大砲をひと通り潰しました。最後の方は体力が保たなくなって、詩織に助けられましたが」
「小林さんが一人で政府軍の大砲を処理したと?(亜香里「はい」)それは教皇が居たからとはいえ少しやり過ぎです。それで亜香里さんのバイタル記録が途中から急に悪化したのですか… 前に説明しましたが『世界の隙間』で行われたことが現在に影響を及ぼすことはないというのが定説ですが、最近は『現在に影響を及ぼす』との意見も出ております。そうですね。それについては、みなさんに説明するまでもありません。8月の初めに東国三社から『世界の隙間』に入り、鹿島灘で起きたタンカー事故を未然に防いだと言うか、事故が起こった現実を変えてしまったわけですから。その話は置いておくとしても、自分の身体が保てないほど能力を発揮すると、能力者として危険な状態に陥るリスクがあるため、能力の使い方には十分気をつけてください」
「ハイ、反省しています。以後気をつけます」
「そのあと、西南戦争中の鹿児島から無事戻ってこられたのですか?」
優衣が説明する。
「亜香里さんが政府軍の大砲を壊している間に、公園内をもう一度探し回り結局、最初に潜り抜けた入口、記念碑が作られる場所の前で『西南戦争薩軍本営跡』と読み上げると、現在に戻ってくることが出来ました。碑の文字が呪文か何か、なのでしょうか?」
「『世界の隙間』の入口で、そのような入り方する例は聞いたことがありません。これについても調査が必要です。篠原さんには別途インタビューを受けてもらうかも知れません」
「何か、込み入った事情があるのですか?」
「いえ、精神感応の能力が関係するかも知れませんので、それに詳しい人をインタビューに加えた方が良いかと思っております。それでは最後に行った地球外でのことを説明してください。これについては『世界の隙間』に入ったわけではなく、エアクラフトが一緒でしたので全体の流れは承知しております。みなさんが居なくなった教皇を追って巨大宇宙船内に入ってから行ったことについてお話しください」
(詩織は途中から教皇を連れてエアクラフトに戻ったし、優衣は途中から意識を失っていたから私が話すしかないかな?)亜香里は一呼吸ついて、巨大宇宙船内での戦いを話し始めた。
「……という感じで、全員がエアクラフトに戻ったところでビージェイ担当から通信が入り、あの宇宙船内から脱出することが出来ました」
説明が長くなり、もうこれ以上、話しはしたくないという表情の亜香里である。
「詳しく説明頂きありがとうございます。非常事態とはいえ小林さんは、また能力を使いすぎて倒れたのですか? 能力の適切な使い方についてトレーニングが必要かも知れません。それについては検討してみますので、それまでは能力を自重するように努めてください」
「(敵対する相手が目の前にいるのに自重するって、どうするの? まあ言っても仕方ないか)ハイ、努力します」
「篠原さんの新しい能力の発現については本人が一番驚いていると思います。 昨日受診した検査結果を『組織』で精査中ですので、この件については別途、時間を取りたいと思います」
(さっきの記念碑の件もそうだけど、これも別? どうして?)
自分だけ、別件が増える優衣は少し不安になっていた。
「ビージェイ担当、最後の空中サーカスについてはインタビューをしないのですか? どちらかというとこちらから聞きたいことがいっぱいあります」
亜香里が、ディスプレイの中で資料を片付け始めたビージェイ担当に挑むように言い放つ。
「エアクラフトから旅客機へ教皇を送り戻した件ですか? その件については、藤沢さんに危ないことをさせて申し訳なかったと思っています。日本の『組織』とバチカン市国サイドの連絡不足によるものです。言い訳をするわけではありませんが、まず先方からの要請で秘密裡に教皇を旅客機へ戻して欲しいとの依頼があり、今回新しく導入した新エアクラフトには、それを可能にする機能があったため依頼に応じたわけです。それが直前になって『初めて使うツール(空中仮設通路)には不安がある。能力者の同行をお願いしたい』と頼まれたため、藤沢さんには旅客機との間の行き来をしてもらうことになったというのが事の顛末です」
「何だか納得行きませんが、国を跨いでいますからいわゆる大人の事情、ですかね?」
亜香里は納得が行かずに食い下がる。
「先方からは、お礼とお詫びが教皇の名前で届いております。それだけではなく感謝の気持ちを示したいとの事で、それは追って連絡があると思います」
そこまで言われると、それ以上いろいろ文句を言っても仕方ないかと思い亜香里は引き下がる。
「それではよろしいでしょうか。長くなりましたがこれでインタビューを終わります。ご存じとは思いますが、みなさんが日曜日の晩に本部へ持ち込んだ荷物は寮の各部屋に運び込んでいます。本社ビルのガレージに駐車したままの車もここのガレージに運送済みです。明日明後日のお休みで十分に休養取ってください。来週月曜日からは会社での通常勤務になると思います。今のところ『組織』からの呼び出しはありません。必要があればいつもの通りスマートフォンへ通知します。よろしくお願いいたします」
ディスプレイが消えた。
「何だか、知っていることの確認をしただけのような気がする」
亜香里が少し不満げに言う。
「結局、良く分からないことは分からないままで、不思議なことは『別途』になったからね」
詩織が同調する。
「その『別途』が私に集中して少し不安です」
優衣が呟く。
「大丈夫よ。『組織』のことだから、ミッション以外は無理をさせないと思う。それより『能力の適切な使い方についてトレーニング』って何よ! そんなのがあるんだったら最初からやってくれれば良いのに」
「ある程度、能力が使えるようになってからじゃないと、意味ないんじゃない?」
「なるほど、じゃあ連絡待ちね。アーッ、もう午後1時を過ぎているじゃない! お昼を食べ逃しているよ」
「車も戻ってきているようなので、久しぶりに3人でどこかに食べに行きませんか?」
「優衣の運転で?(優衣「ハイ」)まあ、ここ東京なら、信号機もついているし車も多くて飛ばせないから、優衣の車でも良いかな」
「亜香里さん! それどういうことですか? 何か私の運転に問題があるような言い方ですけど」
「「それはねぇー」」
亜香里と詩織が顔を見合わせて頷き、笑い出す。
「お二人とも私に内緒で何ですか! 分かりました。車の中で教えてもらいます。直ぐに出かけましょう。このまま地下駐車場へ行きますよ!」
優衣が二人を追い立てるようにして、優衣の運転で三人は遅い昼食に出かけた。