199.検査とインタビュー その2
途中で【side story】を入れたので、これで200話となりました。
読み続けて頂いている方々に感謝いたします。
MOH
桜井由貴が診療室を出て行った後、優衣は診察台にしていたストレッチャーから起き上がり、詩織がいるテーブルに置かれているボトルからオレンジジュースを選び、一気に飲み干した。
「ハァー、何とか落ち着きました。詩織さんは大丈夫ですか?」
「疲れました。最後の空中遊泳がきつかったよ」
「ホントにあの時はごめんなさい。まさか詩織さんが、あの中にいるとは思わなかったものですから」
「謝らなくていいのよ。高度1万メートルで宙ぶらりんの仮設通路に入っている方がおかしいから」
「でも『組織』は無茶なことをさせますね。極秘に教皇を旅客機に戻すにしても、もう少し安全な方法があったと思いますけど」
「『組織』はあの方法が安全だと思っていたんじゃない? 確かに教皇が旅客機に乗り移るところまでは簡単だったし」
「でも何故、旅客機は急に扉を閉じたのですか? 詩織さんがまだエアクラフトに戻っていなかったのに」
「その辺の事前打ち合わせが、適当だったんじゃないの? 能力者が旅客機に乗っていたとしてもバチカン市国の人でしょう。何処まで話が通じていたのか分からないよ。私が最初に旅客機へ乗り移るのも、急に決めた感じだったもの」
「そうなんですか? 『組織』ってミッションをキッチリ計画していると思っていたのですが、結構アバウトなのですね」
「今回は『やってから次を決める』ばかりだったからね。最初に言い渡されたミッションの内容を覚えている?」
優衣は『何でしたっけ?』と言いながら『アッ!』と思い出す。
「そうですよ! 私たちは三日間『組織』に詰めて、日本に滞在中のローマ教皇の無事を見守るだけでした。その間『もしもの事があったら出動する』がミッションでした」
「でしょう? それなのに教皇と一緒に島原の乱や西南の役にこっそり参戦したり、地球の外まで教皇を救出に行って、未来人?のロボットと闘ったりして、指示されたミッションと全然違ったよね」
「でも3日間『組織』の施設で、宇宙飛行士がトレーニングを受ける設備を使って毎日訓練したことが役に立ったということは、『組織』は最初から私たちが宇宙へ出て行くことを想定していたのではないでしょうか?」
「ビージェイ担当から『エンターテイメント施設を準備しました』という説明を受けたあと、あの施設を見たときに『おかしいな?』って思ったもの。オフィスビルの最上階に設置する手間とコストを考えると、私たちの暇つぶしのためだけにあんなものを作る訳がないよね? トレーニングだったらやりかねないけど『組織』ならね」
「ですよね。あのきつかった新入社員研修のトレーニングも毎週、訳の分からない海外でやらされましたから」
「『組織』は能力者のトレーニングには湯水のごとくお金をかけていると思うの。そのお金がどこから出ているんだろ、ってたまに思うよ。優衣のお父さんだったら知っているのかもだけど」
「父とは、その辺の話をしたことはありません。詩織さんと亜香里さんが食事に来られた時、父がいろいろ『組織』の話をしましたが、私も初めて聞くことばかりでしたから。自宅で父から『組織』の話を聞く事はほとんどありませんね」
「それはそうでしょう。家でもミッションの話とかしていたら気の休まる暇がなくなるよ」
「そろそろ部屋に戻って休みませんか? ちょっと横になりたいです」
「じゃあ、眠り姫の亜香里も起こして部屋に戻ろう。日曜日の夜から『組織』に詰めていたから、久しぶりに自分のベッドで寝られる」
詩織と優衣は第2医務室に入り、熟睡している亜香里を何とか起こし(起きなかった)上の階にある寮の部屋まで引き摺って行きベッドに寝かせて、二人は『お休み』を言って自分の部屋に入って行った。
三人が目を覚ましたのは、日付が変わり金曜日になってからのことである。
午前中、久しぶりに多目的室に集まって、遅い朝食(亜香里)やトレーニング後の軽食(詩織)を取りながら、昨日までのミッションの事を話していると三人のスマートフォンに通知が入る
『十一時からインタビューを始めます。寮の最上階、ミーティングルームへお集まりください』
「ここでインタビューを受けるのは初めてのような気がするけど、誰が来るのだろう?」
亜香里が通知を見ながら二人に聞く。
「私は上海ミッションで、ここに戻ってきてインタビューを受けたことがあります」
優衣はミッションのあと張玲《Zhang Ling》と一緒に受けたインタビューを思い出した。
「十一時開始だとあと三十分弱か、じゃあ部屋に戻ってから上にあがるね」
詩織は自分のトレイを片付けて多目的室を出て行った。
遅い朝食を食べ続けている亜香里を見て、優衣が尋ねる。
「昨日の検査で、亜香里さんの心電図や脳波計が測れなかったと、詩織さんから聞いたのですが本当ですか?」
「検査の時、寝ていたから分からなかったけど、スマートフォンに届いていた通知を見たら、その2つ以外にも、いくつか“NR”って書かれていた項目があったの。会社の行動予定表に良く書かれているけど、アレとは違うよね」
「行動予定表は『直帰《no return》』ですよ。亜香里さんは『読み取れない』みたいな意味でしょうか? ちょっと違う単語のような気もしますが。」
「どちらにしても、私の身体で電気的な検査は出来ないみたい」
「そうなんですか? 会社の健康診断を受けるときは要注意ですね」
「優衣だって、普通の検査は出来ないんじゃない?」
「どうしてですか? 昨日の検査ではどの検査も異常なしで普通でしたよ」
「いやいや、それは『組織』が優衣に気を遣って教えなかっただけじゃない?」
「何ですか? そんなこと言われたら不安になります。亜香里さんは何か知っているのですか?」
「だって、エルフの血は青色でしょう? 血液検査をしたら血を採る看護師さんが卒倒するよ」
亜香里は言いながら笑い出す。
「亜香里さん! 私はエルフではありません! 昨日の血液検査の結果も異常なしです。変なものは入っていません!」
多目的室の扉が開き、詩織が顔を出す。
「二人とも、ここで駄弁っているとインタビューに遅刻するよ」
詩織に諭され、二人は慌ててトレイを片付けエレベーターホールへ行く詩織を追いかける。
エレベーターで最上階へ行くと、インタビューを行うミーティングルーム入口のランプが点滅している。
三人が部屋に入ると誰もおらず、椅子に座って待つと壁全面に設置されているディスプレイにビージェイ担当が現れた。
「みなさん、こんにちは。本日のインタビューは江島氏が行い、私は陪席で参加予定でしたが。江島氏に急用が出来たため私、ビージェイが担当します」
詩織は『組織』が設定したインタビューに参加できない江島氏の急用は何だろうかと考えた。
「それでは昨日まで実施されたミッションのインタビューを行います。今回、日曜日の晩から水曜日までがミッションの予定でしたが、実際には昨日、木曜日までがミッションとなりました。『今回も』と言っては何ですが、みなさんは当初予定していなかったところに行き、いろいろと活動されました。今回行った先は『世界の隙間』に近い空間でしたがエアクラフトで行っていますので『世界の隙間』とは異なるものだと考えられます。行った先のデータをエアクラフトのセンサーが収集していますので、その地の説明は不要です。現在『組織』で分析中です」
亜香里が安心した表情で答える。
「であれば、今回は地球の外までエアクラフトで行ったので、私たちがインタビューで答えることはほとんどありませんね」
「小林さん、行った世界の科学的な分析は出来ますが、そこでみなさんが行ったことまでをエアクラフトは情報収集していません。エアクラフトのすぐ側の様子くらいは映像で記録しておりますが」
ビージェイ担当の話を聞いてゲンナリする亜香里。漁師の指輪を探しに行く手前のところから、教皇を旅客機に送り戻すところまで、いろいろなことがありすぎて、どう説明すれば良いのか、先ほど多目的室で詩織と優衣と話をしてみても『それ島原の乱じゃなくて西南の役でやったんじゃなかった?』とか『結局、宇宙人や未来人を見たのだっけ?』と話がまとまらない。
詩織と優衣も同じことを考え、三人ともディスプレイのビージェイ担当を前に押し黙る。
黙ったままの三人を見てビージェイ担当が提案する。
「今回のミッションでは、いろいろなことがあり過ぎて、みなさんも未だ頭の中が整理できていないのかも知れません。こちらで整理途中の資料がありますので、それを元に質問します。それに答える形でミッションの報告をして下さい」
三人が頷くと、長いインタビューが始まった。