【 side story 01 】未来へ戻る人たち
巨大宇宙船から亜香里たちの乗るエアクラフトが脱出した様子を、宇宙船のメインコックピットから眺める二つの影があった。
耳の大きな黒いネズミと、赤いリボンを付けた白い猫の2体のぬいぐるみが、窓の外に広がる宇宙空間を眺めていた。
「教授、 捕獲した宗教家に逃げられてしまいました。この実習でA評価は無理ですか?」
「この時代で一番信者が多い宗教家を速やかにここまで連れて来た作戦は評価するが、これから教育(洗脳)するところで逃げられたのは残念だな。B+ぐらいだな」
「ですよね。でもこの時代に教皇と呼ばれた人を追いかけて来た、あの3人組は誰だったのでしょう? この時代では地球から外に出るのは、未だ技術的に大変だったと思うのですが」
「私も不思議に思い、先ほど調べてみたのだが、この時代には『ソシキ』という団体があったようだ。いろいろな活動をしていたらしい」
「地球の外まで追いかけてきて、宇宙船の中でアンドロイドを倒すくらいの技術があれば、この時代を支配していたのですね」
「それが不思議なことに表舞台には出て来なかったようだ。この時代の歴史のテキストにも記述がなく、非公式な記録が散見される程度だな」
「宇宙船の中での攻撃も凄かったですね。この時代の人間でも電気(稲妻)を出すがことが出来ていたのですね。おまけに最後のアレは何ですか? 時間停止ですか? それにしては、光が止まっていませんでしたけど」
「あれも『ソシキ』に属していた人間固有の能力だろう。この時代の人間は未だまだだよ。ようやく機械を作り始めた時代だ」
「なるほど。でも私たちの時代で『ソシキ』なんて聞きませんよ?」
「この時代の5百年後に突然存在を消したようだ。解散したのか、遠い星へ行ってしまったのか諸説があるが、はっきりしたことは不明だ」
「私たちの時代の千五百年前に突然消えた謎の団体ですか? 次の論文テーマにすると面白いかもしれませんね」
「そうだな、千年ほど前に書かれた論文は見つけたが、消えてから千五百年も経つと興味が薄れたのか『ソシキ』に関する論文は見当たらないね。珍しさと言う点では注意を引く論文になるかも知れない。草稿が出来たら見てあげよう」
「ありがとうございます。 そろそろ彼らが遠ざかったので、この宇宙船を私たちの時代に戻しましょう。ところで教授、なぜ今回のアバターはネズミなのですか?」
「この時代に来るにあたり、当時の風俗を調べたら、このネズミのぬいぐるみが一番有名だったらしいから、連れてきた宗教家と会うことがあれば、この姿が分かり易いと思ったからね。そういう君もその白い猫のぬいぐるみは、この時代に日本と呼ばれていた国で流行っていたから、その姿にしたのだろう?」
「はい、教授はこの時代の文化のことを良くご存知ですね?」
「事前に調べたからね。久しぶりの2千年前への訪問だったから。前に来た時は地球に上陸したからいろいろと大変だったよ」
「エッ! 2千年前の地球に上陸されたのですか? 人類が地球にしか居ない時代の上陸はチェックが厳しかったと思いますが」
「あぁ、あれは『機関』からの依頼によるミッションだったからね」
「そうなんですか? 私もミッションをやれる様になりたいものです」
「そのためには今日のような実習で良い成績を残さないとな。あの小さな宇宙船(亜香里たちが乗る新エアクラフト)が完全に見えなくなったから、この船を現在(AC4020年)に戻すとしよう。過去の人間を間違って引き込んだら、実習の評価どころではなくなるからな」
宇宙空間に浮かんでいた巨大宇宙船は、一瞬で跡形もなく消えてしまった。
主人公の亜香里たちが登場してこない、初めてのお話です