197.教皇救出ミッション その7
新エアクラフト機内の凄まじい気流と警報音で、気を失っていた優衣が目を覚ました。
「ウーン… どうしたのですか?」
周りを見ると自分以外、座席には誰もいない。
機内のスクリーンには赤く『緊急事態』の文字が表示され、機外映像にはエアクラフトの左側面に、吹き流しの様なものがくっついている様子が映し出されていた。
優衣は座席袖のスイッチを押して、仮想コンソールを呼び出してみると『緊急事態への対応』の注意書きと『対応しますか?』の質問が表示される。
優衣が迷わず『はい』を選択すると、吹き流し(詩織が中に入っている仮設通路)は切り離され扉が閉まり、機内の激しい気流と警報音は治まった。
エアクラフトの後方から足音が響き、亜香里がコックピットに走って来る。
「詩織が落っこちた! 助けないと!」
「えっ! どういうことですか?」
「今、切り離された通路の中に詩織が入っているの!」
優衣は、一瞬黙ってから『ハッ!』気がつき、急いで仮想コンソールを操作して、新エアクラフトを垂直下降させ推進力を最大にした。
新エアクラフトは、落下中の仮設通路にすぐ追いついたが、中に居る詩織の様子が分からない。
優衣が精神感応を送ってみる。
『詩織さん、直ぐ側まで来ました。その筒から出られますか?』
『優衣? ロープが通路に引っかかって出られないの… そうか! 瞬間移動で出られる! 焦って思いつかなかった』
詩織は優衣が送った精神感応で落ち着きを取り戻し、瞬間移動で仮説通路の中で絡まったロープから抜け出て、外(空の真っ只中)に飛び出した。
背負っていたパラシュートが説明書きの通り、自動的に開かれユックリと降下を始める。
『助かったぁ、このままパラシュート降下すれば、何とかなるね』
『詩織さん、さっきは知らずに通路を切り離すスイッチを押してしまいました。まさかあの筒の中に詩織さんが入っているとは思いませんでした。ごめんなさい』
『優衣は、いつ目を覚ましたの?』
『よく分からないのですが、気がつくと機内は激しい気流でメチャクチャになっていて『緊急事態』が表示されていました』
『そっかー、それなら仕方ないよ。私がエアクラフトの外でバタバタしていたとか知らなかっただろうし』
優衣は詩織と精神感応で会話を続け、自分も落ち着きを取り戻していた。
「優衣、ホッとしている場合ではないかも? このままだと詩織はパラシュートで、北極圏の冷たい海に着水するよ」
亜香里は機内のスクリーンに映し出されている地図で、現在地を確認しながら優衣に教える。
「エーッ! 今、そんなところを飛んでいるのですか?」
「優衣は気を失っていたから知らないと思うけど、私たちは教皇が帰国する予定の旅客機を追いかけていたの、北回りでね。それで教皇は無事旅客機に戻りました」
「そうなのですか? ではエアクラフトで詩織さんを回収しないと凍っちゃいますね。精神感応で詩織さんにどうすれば良いのかを聞いてみます」
そこから優衣は詩織とやり取りをし、エアクラフトの降下速度をパラシュートのそれに合わせ、ホバリングモードで詩織を待ち受けることにした。
優衣は高度5百メートルで新エアクラフトを待機させ、亜香里は扉を開け上空から降下してくる詩織に手を伸ばして機内に引き込んで扉を閉めた。
「初スカイダイビングでした。途中で終わったけど」
「途中で終わらせずに、今から最後までランディングまでしても良いのですよ。詩織さん」
「亜香里ぃ、状況を知っていて、そんな意地悪を言わないの! ここは北極圏でしょう? シーズンが秋でも凍るよ」
2人は笑いながら、優衣がいるエアクラフトのコックピットまで歩いて行き座席に座る。
「詩織さん、本当にごめんなさい。詩織さんがあの筒の中に居ると知っていたら『緊急事態対応』のスイッチを押しませんでした。あの時はスイッチを押したらどうなるのかも分かりませんでしたし」
「気にしなくていいよ。あのとき優衣がスイッチを押さなかったら、私は空中ではためいていた仮設通路の中で、揉みくちゃになって飛ばされていたかも知れないし、亜香里は手摺りから手が外れて吹き飛ばされていたから。それに通路と一緒に落下しているのを助けてくれたのは、優衣だからね」
「優衣が気絶していたとき『もしもの事があったら、私が操縦して助ける』と言ったら、詩織に全力で拒否られたよ。優衣の操縦は信頼されているからね」
「そうですか? みなさんと一緒の乗り物を操縦するのは、久しぶりな気がします。では東京を目指してサクッと帰りましょう!」
優衣はエアクラフトの仰角をロケットの様に垂直にして、フルスロットルで急上昇させた。
亜香里と詩織は座席に張り付いてGに耐えながら『油断して優衣に操縦させちゃったよ。自動車以外は優衣に操縦をさせたらダメなことを忘れていた』と後悔していた。
高高度の水平飛行に移ったところで、スクリーンにビージェイ担当が現れる。
「みなさん、お疲れさまです。エアクラフトの操縦はこちらが引き継ぎました。(それを聞いてホッとする詩織と亜香里)機内でゆっくり休息を取ってください。ミッション終了後、直ぐに行うインタビューを今回は後日にします。エアクラフトを寮に到着させますので、そのまま2階の診療室へ直行して検査を受けて下さい」
亜香里が『エッ!』という表情をしてビージェイ担当に聞く。
「私たちの体調を気遣って頂くのは有り難いのですが、あちこちに行って今、日本時間で何時なのかも分かりませんが、お腹が空きました。空腹のままだと良い検査結果も悪くなると思います」
普通の人は空腹時検査が良いと思うのだが、能力者補で能力が過大な亜香里は様子が違うのかもしれない。
「診療室に食事も用意しますので(亜香里「それならOKです」)心配は入りません。診療室に直行して頂く理由は、みなさんが身につけているスマートウオッチから送られて来るバイタルの値が良くないためです。過度の疲労だと思いますが、能力者の極端な体調不良は、色々と問題が出てくる場合がありますので見過ごせません」
3人は以前、優衣の父から聞いた能力者の話を思い出して納得する。
「それから今は日本時間で木曜日の明け方です。東京に到着するのは木曜のお昼前になります」
「と言う事は、昨日の午後に引き続き、今日も日本同友会の活動で会社の勤務は無し、で良いのでしょうか?」
「小林さんは、仕事がやりたくて仕方がないみたいですね?」
「滅相もありません。日曜の夜から『組織』で寝泊まりの番をして、昼は会社で普通に仕事をして、ようやくそれが終わったかと思ったら、2回も歴史的な内乱に巻き込まれたり、地球を飛び出してアンドロイドと戦ったり、最後は北極圏で曲芸飛行ですよ。1ヶ月くらい休暇を頂いても足りないくらいです」
「1ヶ月ですか? さすがにそれだけ長い休暇となると『組織』が会社に依頼するのは難しいかと思います。会社の席が無くなるかも知れないリスクを取れるのであれば、交渉してみますが如何しますか?」
「席が無くなるって、クビってこと? それは勘弁です(安定を重視して就職したつもりの会社ですから)1ヶ月の休暇は例え話で『それくらい疲れた』ということを理解して欲しかっただけです。とにかく休みたいです」
弁解する亜香里である。
「明日の金曜日まで日本同友会活動として会社に報告しておきますので、ゆっくり休んでください。その間にミッションのインタビューがあると思います。私からは以上です。よろしければ説明を終わります」
いつもの様に、直ぐにスクリーンからビージェイ担当は消えた。
「ビージェイ担当が『バイタルの値がよくない』って言っていましたが、そんなに体調不良は感じないけど? おなかの空き過ぎと、すごく眠たいのが原因かな?」
「亜香里のその2つの症状は、亜香里が亜香里らしくしているために必要なものでしょう? 亜香里から、朝早く起こされたり、食事の時にお腹が空いていないとか言われる方が、友人としては心配よ」
「詩織ぃ、そこまで言う? まあ、否定はしませんけど」
優衣が静かなので優衣の座席を覗き込むと、座席をリクライニングにもせずに、また気絶した様に眠っている。
「ビージェイ担当は言わなかったけど、おそらくバイタルが良くないのは優衣のことよ。教皇が言っていた思念波を発動したからじゃないの? 私はその場に居なかったから優衣がどうやったのか分からないけど、私が居たスペースドックを埋め尽くしていた大型触手ロボットの触手が全部停止したもの」
「私は優衣と一緒に居たけど、能力を使い過ぎてフラフラで優衣に助けられていたから、意識が元に戻りかけた時に、優衣が思念波を使ったみたい。優衣の大声で意識がはっきりした時は、周りのものが全て止まっていたの。優衣が『弾がどうとか』言っていたけど… そうか! あの時、優衣は私に当たりそうになった弾を思念波で止めたんだ! うん、そうに違いない」
「そんなことができるの? って思うけど、あの時の宇宙船の全停止状態を見るとそれもありかも」
「きっとそうよ。それにしても優衣は時々とんでもない能力を出してぶっ倒れるのね。潜在的に持っている能力と、今の体力の釣り合いが取れていないのかな?」
「そうかも知れない。でもそんなことを繰り返していたら身が持たないよ。優衣のお父さんがまた心配するんじゃない? 今度は『組織』を脱退しなさい、とか言い出すかも?」
「たぶん優衣は『続けます!』って言うんだろうなぁ。でも今回は前回の九州の時ほど酷くはないと思うよ。さっきは目が覚めて直ぐに、精神感応を使って詩織を助けたし、危ない操縦もいつも通りだったし」
「そうね、あの過激な操縦と繊細な精神感応の対応に助けられました」
「今回のミッションでの宇宙編は、私たち二人とも優衣に助けられたから、帰ったら何かお礼をしないと」
「何かアイデアはあるの?」
「小さなエルフへのギフトかぁ? 何にするかな? とりあえず診療室の検査結果次第ね」
亜香里は、シートベルトに固定されたまま寝入っている優衣を見ながら返事をし、詩織はそれを見て頷いた。
それから二人は優衣の分も含め座席をリクライニングにして、巨大宇宙船やローマ教皇の話をしているうちに、どちらからともなく眠りについていた。