195.教皇救出ミッション その5
詩織と亜香里は、意識のない優衣を座席に座らせシートベルトを締め、自分たちも座席につきシートベルトを締める。
教皇を見るとすでに準備を済ませており、二人の方を向き精神感応でメッセージが送られて来た。
『私を救出するために、みなさんを危険な目に合わせて申し訳ありません。あなたたちの心を読み取らせてもらい、エアクラフトへ戻って来るまでどれだけ大変であったのかを理解しました。意識を失っている篠原優衣さんは、しばらくすると目を覚ますと思います。お二人はこの宇宙船内のあらゆるものが停止していることを不思議に思われていますが、それは篠原優衣さんの能力によるものです。私もエアクラフトの中で、とてつもなく大きな思念波を受け、危うく気絶するところでした。彼女が敵だと思った物体に対して放った能力の余波がこの大きな宇宙船全体に広がったものだと思います。間もなくその影響は収まるでしょう』
亜香里と詩織は『いつから優衣はそんな能力を身に付けたの?』と疑問に思いながら、エアクラフトの脱出プログラムの起動を待っていると、エアクラフトの外が何やら騒がしい。
窓からスペースドックを見てみると、先ほどまで詩織を襲っていた大型触手ロボットの触手が動き始め、通路からは武装したアンドロイド部隊がゾロゾロと出てきた。
エアクラフトのスクリーンに『非常プログラム起動』の文字が表示されると、全ての窓が装甲で覆われ外は見えなくなり、機内のスクリーンに外の様子が映し出される。
大型触手ロボットの触手がエアクラフトの機体を捕らえたが、それをものともせず、エアクラフトはスペースドックから離陸し、その推進力で周りの触手やアンドロイド部隊を蹴散らして、ドックの出入口へ向かった。
出入口に近づくと、周りに駐機している謎の円盤が次々に離陸して、閉鎖中の出入口に突入して大破していった。
「どうしたの? 円盤が自爆しているけど?」
亜香里が不思議そうな顔をして呟く。
「このエアクラフトを脱出させるために、頑張ってくれているのではないのかな?」
「そんなことあるのかなぁ? 教皇を拉致しておいて」
謎の円盤の自爆行為が十機近くになろうかというところで、巨大宇宙船の自己防御装置が作動し、突然ドックの出入口が開け放たれた。
スペースドック内は減圧されていなかったため、ドック内のあらゆるものと一緒に、エアクラフトは宇宙空間に排出された。
円盤や機器類がエアクラフトの機体にぶつかるが、プロテクトシールドが最大に設定されていたため、大きな衝撃はあっても、機体に損傷は無いようだ。
機内でジェットコースター状態になりながら、亜香里たちは何とか耐え、その状態の中でも優衣は気絶したままであったが、6点式シートベルトで身体は固定されている。
エアクラフトはそのまま一気に加速して、地球を目指して行く。
「何とか助かった。今回はさすがにヤバイと思ったよ。初の宇宙ミッションだったし」
「そう? その割には、詩織は落ち着いていたように見えたけど」
「それを言うなら亜香里でしょう? 映画スタジオに遊びに来たみたいでワクワクしていなかった?」
「最初のうちはね、それは否定しません。でもホールで攻撃された時はダメかと思いました。光学迷彩も壊れたし」
エアクラフトの窓から装甲が取れ、窓から見える宇宙空間には巨大宇宙船が消えていた。
「急に消えたけど、どこへ行ったの?」
「また急に現れて、吸い込まれるかも?」
詩織と亜香里の会話に、教皇が精神感応で入ってきた。
『あの宇宙船の中で私たち以外の人間が存在するのを感じましたが、私たちとはかなり意識が異なっていました。おそらく遠い未来からきたのではないでしょうか? 彼らが想定していた以上にみなさんが奮闘されたので、諦めて元の世界へ戻ったのかも知れません』
「そうなのですか? では未来人が教皇を宇宙船に連れて行ったのは何故ですか? 世界で一番メジャーな宗教のトップだから?」
亜香里の質問に、教皇は笑いながら答える。
『そんなところかもしれません』
エアクラフトは順調に地球へ帰還する航路を取り、途中でビージェイ担当がスクリーンに現れた。
「みなさん、お疲れ様でした。教皇が無事であることは『組織』から関係機関に通知され、各国、特にバチカン市国からは大きな感謝の意が届いております。そこで今回ミッションの最後のジョブとなります。エアクラフトにいる教皇を外部からは分からないよう、元の旅客機へ移送をお願いします」
『はぁ?』という表情をして、亜香里と詩織はお互いに顔を見合わせる。
亜香里が聞いてみる。
「外部から分からないように旅客機への移送といっても、その旅客機は今どこを飛んでいるのですか? どこかの飛行場に駐機しているのですか?」
「今も飛行中です。スクリーンに空路と現在位置を表示します」
スクリーンに北半球の簡易図が現れ、教皇が乗っているはずの旅客機は日本から北回りでヨーロッパへ向かっており、北極圏付近を飛んでいた。日本から直接帰国するルートである。
地図を見ながら詩織が確認する。
「このままだと、旅客機は目的地のイタリアに直行ですよね? どうやってこのエアクラフトから旅客機に教皇を移送するのですか?」
スクリーンの中のビージェイ担当が、淡々と説明を始める。
「ローマ教皇の動静は世界中から注目されており、特に海外訪問はマスコミを含め、あらゆる機関から常にチェックされています。教皇が居ないまま旅客機が帰国すると間違いなくトップニュースになります。そして教皇が違うところから突然現れると、その理由を探ろうとニュースのネタになるでしょう。陰謀論が出て来るかも知れません。その教皇はホンモノなのかと。そこでお願いなのですが(詩織「またお願いですか?」)、そう言わずに聞いてください。お二人の能力を使って、エアクラフトから本来教皇が乗っているはずの旅客機に、旅客機が帰国するまでの間に教皇を送り届けてもらえないでしょうか」
亜香里と詩織はハテナマークが二乗の顔。
ビージェイ担当は何を言っているの? という表情。
『ハッ!』と気が付いた詩織が(冗談でしょう?)と言う顔をしながら尋ねてみる。
「要は、旅客機が飛んでいる状態のまま、教皇をエアクラフトから旅客機に移せ、と言っているのですか? 空軍レベルであれば空中給油機から戦闘機へ燃料を空中給油するというのは聞いたことがありますが、今回は教皇ですよ! 神に近い存在ですが人間ですよ! それをどうやってエアクラフトから旅客機に移すのですか?」
「まあまあ、そう熱くならずに。藤沢さんらしくありませんね(詩織「出来ないことの無理な依頼には腹が立ちます」)そう言わずに。どの様に教皇を移送するのかは、これから図解を交えて説明しますので聞いてください」
スクリーンに旅客機とエアクラフトのCGが現れた。
エアクラフトは旅客機の後方から徐々に追いつき、旅客機の上にピタリとくっ付く。
エアクラフトの出入口から大きなパイプ状の通路がセセリ出て、旅客機の乗機口に吸い付く様にくっ付く。エアクラフトと旅客機の扉が開き、教皇がスロープ状になっている通路を滑って旅客機に入り、両機の扉が閉じ、パイプ状の通路がエアクラフトに格納され、エアクラフトは旅客機から離れて行く。
CGアニメーションでビージェイ担当が手順を説明した。
説明が終わり、詩織と亜香里は『そんなこと出来るの?』という顔。
「説明の内容は分かりましたが、今の説明ですと実際の作業はエアクラフト任せで、私たちがやらなければならないことはありませんよね?」
「いえ、ここからがお願いなのですが、教皇が旅客機に乗り移る前に、まずお二人のどちらかに旅客機へ乗り移って頂きたいのですが、いかがですか?」
詩織と亜香里は、スクリーンのビージェイ担当の問いには答えず、顔を見合わせて『そう来ましたか』と思い、額を寄せてヒソヒソ話しを始めた。