189.指輪を探すミッション その9
「みなさん、ミッション遂行お疲れ様でした。無事『漁師の指輪』が見つかり、これで教皇も安心してバチカン市国へ帰国できると思います」
いつになく、ビージェイ担当の声が溌剌としている。
「本当に疲れました、そして眠たいです。このあと午後からの仕事に戻れる気力と体力が残っていません」
亜香里がビージェイ担当へ遠慮せずに愚痴を言う。
「みなさんが乗られたエアクラフトのログ解析を始めたところですが、見たところエアクラフトごと『世界の隙間』のようなところに行かれたようで、これについては別途分析が必要です。それぞれの世界でみなさんがどのような活躍をされたのかは、あとでインタビューさせて頂くとして、お三方ともとてもお疲れのようですので『午後も引き続き日本同友会での活動を継続中』と会社には連絡を入れておきますので、会社へ戻らなくても結構です」
「本当ですか? ありがとうございます。ではこのまま寮に帰って良いのですか?」
亜香里は直ぐに寝る気がマンマンである。
「みなさんが大変疲れているのは承知しておりますが、一つお願いがあります。会社に戻って仕事をする代わりといっては何なのですが、教皇はあと3時間ほどで帰国されます。それまで教皇の警備をお願い出来ませんか?」
ビージェイ担当のお願いは、新しいミッションの依頼が入ったように聞こえ(実際に『組織』のミッションなわけだが)3人はゲンナリする。
亜香里は脱力感を身体全体で表すように、大使館の瀟洒な椅子にだらりと座りながらビージェイ担当に質問する。
「『警備をせよ』と言いますが、教皇には日本政府が厳重な警備を付けますよね? 私たちがそれに加わるのは無理でしょう? 私たちみたいな普通のオフィスワーカーが教皇の近くをチョロチョロしていたら、報道機関からツッコミ満載ですよね?『組織』も困るでしょう?」
「普通の警備は関係機関が行います。今回、大使館で起こった不測の事態、教皇と大使館ごと突然消えてしまったことについては、未だに原因も含めて分析ができておりません。また同じことが起こった時に対応できるのは『組織』しかありません。もっと言えば、その世界から戻って来ることが出来るのは小林さんたち3人しか居ません。教皇が帰国するまでの間、あのような事態が再び起こらないという保証は誰にも出来ませんので、念のためみなさんにはスタンバイをして頂きたいのです」
「「「なるほどー」」」と、亜香里たちは頷く。
「それで、具体的に私たちは何をすれば良いのですか?」
詩織はビージェイ担当の依頼を受ける気になったようだ。
「はい、教皇がここに居る間は大使館員に怪しまれないよう、庭のエアクラフトの中で待機してください。大使館から空港に向かう際には車の上空をエアクラフトで追跡してください。空港でも同様です。教皇が乗られた飛行機が日本を離れるまで追尾して、日本の領空を離れたところで、みなさんの警備は終了です」
思っていたよりも警備が長くなりそうなので、亜香里は不満顔。
詩織と優衣は『仕方ないかな』という表情をしていた。
そんな3人を見て、教皇が精神感応で話しかける。
『みなさんにはここでの昼食の後、長い間いろいろなサポートを頂き、心から感謝をしています。ただ私には使命があるため必ず国へ戻らなければなりません。帰国の途中までサポートをして頂けませんか』
いきなり教皇から丁寧な精神感応を受け、亜香里たちは姿勢を正す。
優衣が精神感応で応答する。
『そんなにお願いされると恐縮します。教皇と一緒に2回の戦いを体験した者として、もしもに備えて最後までサポートさせて頂きます』
亜香里と詩織も教皇を見て頷いた。
「よろしいでしょうか? 小林さんたちは大使館員に怪しまれないように、ここに来た時と同じように大使館の車で会社(『組織』の本部)まで戻っていただき、駐機場からエアクラフトで再びここに戻って来て下さい。今回の護衛には『組織』が新しく開発したエアクラフトを準備しています。それではよろしくお願いします」
プロジェクターのスクリーンからビージェイ担当が消えた。
教皇と亜香里たちがいるホールのドアが強くノックされる。
『鍵を掛けたままなのを忘れていました』
教皇の精神感応を受けて、優衣が鍵を開けに行く。
大使館員が2人、廊下に立っており教皇にスケジュールが押していることを声高に説明する。
亜香里たちは教皇に挨拶をして、足早にホールを出て玄関を出ると迎えのあった車が待機しており、乗り込むと来た時と同じように本社ビルまでの道を走り地下駐車場へ到着した。
「それではオフィスには戻らず、最上階へ直行しますか?」
「私、午後は仕事に戻ると思って机の上を片付けていないのですけど」
優衣が困った顔で相談する。
「私もよ。パソコンはシャットダウンしてきたけど、書類とかは放っておいても良いのかな」
詩織は(当然そのままよ)という顔をして話をする。
「私はどうだったかな、片付けたような、片付けていないような、パソコンはロックを掛けてきたから大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、一度オフィスに戻ろうよ。お昼休みは終わっているけど、午後の日本同友会の活動も自分から上司に断りを入れた方が、印象が良いでしょう? 早く片付けて『組織』のフロアに集合しましょう」
詩織の意見に従って、それぞれのオフィスへ戻って行く。
亜香里がオフィスに戻るとパソコンは思っていた通りロックされていたが、シャットダウンのためにロックを一旦解除するとメールボックスに未読の新規メールが数十通入っていた。
「エェ! 何でこんな時にたくさんメールが来るの?」
慌てて件名を確認すると自分が事務局(一番下っ端)で開催通知を出した、提携先外資保険会社を交えた定期会合の出欠連絡である。
出席予定者に「物理的な出席」、「オンラインでの出席」、「欠席」の確認をメールで発信していたのを、発信した本人が忘れていた。
外部とのミーティングはオンラインでの出席も多くなったが、社内の出席社員は相変わらず会議室に集まることが多く、事務局業務は社内用に会議室の確保と設営、外部のオンライン出席者のためにTeamsのインビテーションレターの送付と確認、当日は会議室にプロジェクターでオンライン出席者の表示、会議室に多人数用のスピーカーマイクの設置、ネットに繋がらないと宣う地方支店への対応、会議室に来ているのにパソコンを持ち込んでハウリングを発生させる社員のマイクオフ設定と、今まで以上にやることが多い。
会議終了後は直ぐに議事録作成が待っている。
(ハァー、 全部オンライン出席にして議事録はTeamsのレコーディングデータ配布にすれば良いのに)
メールの確認をしながら亜香里は声を出さずに愚痴を言う。
「返信はあとにしてと… 」新規受信メールは取りあえずそのままにして、不在中に届いた封筒の何通かが目に付いたがそれは見ないことにして、上司の本居先輩に午後も引き続き、日本同友会の用事で外出する事を伝えた。
「追加の用事が出たみたいね。気をつけて行ってらっしゃい」
本居里穂は、亜香里の方へ向き直り声を掛ける。
本居里穂は日本同友会から会社経由で亜香里が午後も仕事を離れることを、先ほど里穂の上司から伝えられたが、能力者で亜香里の世話人である里穂には事前に『組織』から通知が届いていた。
亜香里たちが駐日ローマ教皇庁大使館で教皇とランチを取っていた頃、久しぶりにお昼休みの社員食堂で同期の能力者3人、本居里穂、香取早苗、桜井由貴が集まり、昼食を取りながら、周りの社員には気付かれないよう『組織』からの通知について話をしていた。
「それにしてもあの子たち(今年新しく能力者補になった亜香里たち3人)は、よく(『組織に』)呼び出されるのね。私たちが(能力者補に)成り立ての頃は、こんなに呼び出しはなかったよね?」
由貴が2人に確認する。
「そうそう、新入社員なのに藤沢さんも席に居ない日が多い気がする。私たちが新人の頃は、たまに上(『組織』)のフロアに行っていたくらいじゃない? 今回のミッションで、彼女たちは日曜日から上のフロアで寝泊まりしているのでしょう? ハードよね」
早苗が頷きながら答える。
「うちの小林さんはトレーニングで足の骨を折ったからね。今年はトレーニングも厳しいのかな? 午後は眠気と闘っているみたいだけど」
里穂が、午後はよくウツラウツラしている亜香里の横顔を思い出す。
「小林さんが眠たいのはいつものことでしょう? 藤沢さんから聞いたもの。同期でもそこは突っ込みどころらしいよ」
「やっぱり、能力が影響しているのかな? 小林さんの能力は珍しいから」
「そうかも知れない。能力を使いすぎて燃え尽き無ければ良いけど」
「燃え尽き症候群ですか? 能力者にもあるのかな?」
先輩能力者たち3人は能力者アルアル(秘密)を話しながら、お昼を過ごしていた。