188.指輪を探すミッション その8
エアクラフトが『組織』の日本本部、外向きには(社)日本同友会本部、亜香里たちが働いている本社ビル最上階にある駐機場へ到着すると時刻は午後十時を過ぎていた。
「何とか間に合いました。私たちが『組織』に叩き起こされる一時間前です」
3人と教皇はエアクラフトを降り廊下に出て、ビージェイ担当だけがそう呼ぶ『娯楽室』へと入って行く。
迷うことなく4人は遠心シミュレーター装置へ乗り込む。
「いよいよこれも乗り納めです。みなさん準備は良いですか? 良くなくても時間が無いからスタートします」
開き直った無責任な声を掛けて、亜香里はシミュレーターのスイッチを押した。
何度乗っても慣れない強力なGにしばらく耐えていると、徐々に回転が収まり、シミュレーターが停止した。
亜香里がスマートフォンで日時を確認する。
「月曜日の午後十時半。あと三十分で、この世界の私たちは『組織』に起こされることになりますから、直ぐにここを出ましょう」
「それが良いと思います。今日は、散々な目に遭いましたから。エアクラフトに乗って大使館の上空でホバリングしながら時間が来るのを待ちませんか」
「そうしよう。これ以上、戦いの中に突っ込むのは遠慮したいからね。エアクラフトの中で大人しくしていよう」
優衣と詩織の意見に教皇も頷く。
3人と教皇は『娯楽室』を出て駐機場へ行き、再びエアクラフトに乗り込んだ。
「しばらくしたら、この世界の私たちは、ここから大使館へ向かうのね?」
「そうそう、大使館に行くけど何かが変で、面倒なことに巻き込まれるの」
詩織が仮想ディスプレイを呼び出して、駐日本国バチカン市国大使館から少し離れたところに行き先をセットすると、ビルの屋上が開き、エアクラフトが飛び立った。
「これでOK。あとはこの世界の私たちが教皇を助けて、大使館の敷地から離れるのを待つだけです」
「どれくらい待つのかな?」
「一時間も待たないと思うよ。アッ! 亜香里が時間を知りたい理由が分かった。眠たいのでしょう?」
「詩織さんは良く察しておられます(詩織「亜香里がやることがない時は、寝ているか食べているかでしょう?」)何だか言い方がムカつくけど、否定はしません。鹿児島で稲妻を落としすぎて少し疲れたから眠っていい?」
仲間に確認する口調であったが、亜香里はもう寝ていた。
「亜香里さん、よっぽど疲れたのですね。政府軍に捕まった時に精神感応で感じた" help "は弱々しかったですから」
「あれだけ稲妻を落とせばね。砲台をいくつ壊したのか知らないけど、政府軍のものを全部潰したのでしょう? 凄い数。私も久しぶりに慣れない念動力を使ったから体がダルいよ」
教皇が精神感応で会話に加わる。
「みなさん疲れたでしょう。私が起きていますから、休んでも大丈夫です。どういうタイミングでみなさんを起こせば良いのですか?」
「せっかくなので、お言葉に甘えますか? 無理して起きていて、うたた寝をしたら危ないから。優衣、精神感応で説明してくれる? レーダーを付けっぱなしにしておくから、この世界の私たちが乗っているエアクラフトが近づいてきたらアラームが鳴るので、直ぐにわかると思うけど」
詩織が仮想ディスプレイを指差しながら説明する。優衣が説明しようとすると教皇は指でOKマークを出す。詩織の言ったことを精神感応で読み取ったようだ。
安心して座席にもたれ掛かる詩織と優衣、2人とも亜香里に劣らず直ぐに寝息をたてていた。
3人の寝顔を眺める教皇。
『能力者補に成り立てで、これだけの能力と行動力があるとは驚きました。おまけに『世界の隙間』に入ることを怖がりもしないとは。国に帰ってから能力者たちと相談しましょう』
一人起きているエアクラフトの中で、教皇はこれからのことを考えていた。
教皇がバチカン市国の能力者と相談する内容が、このあと自分たちに降り掛かってくることを、熟睡中の亜香里たちが知る由もなかった。
しばらくすると、けたたましい警報と共に仮想スクリーン全体が赤くなる。
教皇から起こされる間も無く、3人とも飛び起きた。
「あーっ、ビックリしたぁ。この警報は心臓に良くないよ」
「ちょっと音が大きかったかな? さっきレーダーをセットする時に音が選べたのだけど、念のためにエマージェンシーを選んだから。どれどれ、この世界の私たちは今どの辺にいるの?」
詩織がレーダーにマップ画面を重ねて確認する。
「今、大使館の敷地に到着したところね。もう少ししたらエアクラフトを出て教皇の救助を始めると思うよ」
レーダーの画面を拡大するとエアクラフトから出てきた人の形をした影が3つ、少し離れたところにいる人影に近づいている。
人影に近寄り、しばらくすると4人の影がエアクラフトへ戻って行き、直ぐに離陸した。
「いよいよ本当のミッション開始です。指輪を見つけて早く元の世界へ戻りましょう」
詩織はマニュアルモードでエアクラフトを操作し、今、この世界のエアクラフトが発進した場所にエアクラフトを着陸させる。
4人は大使館の敷地に降り立った。
エアクラフトから少し離れたところへ教皇が駆け寄る。
「ありました。『漁師の指輪』です」
教皇は大事そうに手に取り、左手の薬指に指輪を嵌めてみた。
「やっとミッション終了ですね。大使館でランチを頂いてから、時間にすると短いですけど、何日もミッションをやった気分です」
「優衣の感覚は合っているよ。日本国内で数少ない内戦に2回も遭遇したのですから。2回とも大砲で狙われたし」
「でも西南戦争の時は思う存分、大砲を破壊できて気持ちよかったんじゃない?」
「いえいえ、兵隊さんが多くて気を使いましたよ。この世界と繋がってしまうかもしれないし、関係ないとしても人を殺めると、あとあと気分が良くないでしょう?」
教皇は3人の会話を精神感応で読み取りながら微笑み、言葉を送る。
『みなさんのおかげで、これからも教皇の職を全うできます。ありがとうございます』
教皇から改まって礼を言われて戸惑う亜香里たち。
(「どういたしまして」はおかしいよね? なんて言えば良いんだろう)
亜香里は口に出す言葉が思いつかず、『当然です』と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。
4人はエアクラフトへ戻り、詩織はマニュアルモードで成層圏の上の中間圏まで、一気に上昇した。
「えっとー、確認だけど、これから大使館に戻ったら水曜のお昼、教皇とのお食事が終わったところで、会社に戻れば良いのよね?」
「時空が元通りになっていれば、そうなるはずです」
「そうなっていないと困ります。この状態で会社に戻って仕事をするのも眠くて辛いけど」
「考えても仕方ないからこのまま、大使館の庭を目指します」
詩織は光学迷彩とステルス機能を確認し、ローマ教皇大使館の庭を到着地にセットしてエアクラフトを一気に下降させた。
直ぐに到着のサインが出る。
虫型ドローンを飛ばして周囲の様子を確認すると、昼食に招かれた時に見た庭の景色と変わっていなかった。
「今、水曜日の12時55分です。私たちがここを出発してから5分しか経っていません」
「ほんとだ。ビージェイ担当からそう聞いていたけど、実際にその通りになると疲れるね。丸一日働いた気分よ」
喋りながら亜香里は大きなあくびをする。
『早く大使館へ戻りましょう。大使館員がホールに入っているかもしれません』
3人は精神感応で教皇に促されて、エアクラフトを出て庭から昼食をとったホールに入って行く。
亜香里たちはミッションが終わりホッとしたためか、パーソナルシールドの光学迷彩を忘れて庭に出てしまい、そもそも指輪型パーソナルシールドの使い方に慣れていない教皇はそのままエアクラフトから出ていた。
突然、大使館の庭に現れた4人だが、たまたまその瞬間を見た大使館員が居なかったのは幸いである。
部屋に入り、亜香里たちはボディスーツの上にオフィススーツを着て身なりを整える。
亜香里は鹿児島で水を被ったり、空を飛んだりして髪もボサボサだったので、優衣に手伝ってもらい何とか見られる格好にする。
3人の着替えが終わり、昼食をとった席に着いたところで、室内のプロジェクターが点灯し、ビージェイ担当が現れた。