184.指輪を探すミッション その4
号砲が鳴り響いたあと、天守閣の近くでガラガラと瓦が割れる音がした。
亜香里が飛翔で天守閣の屋根に上り、海の方を見てみると海岸から少し離れたところに黒い帆船が停泊しており、甲板には砲台らしきものが見える。
「エェーッ! あの人たちは戦争でもやろうとしているの? あの玉に当たったらエアクラフトのシールドでもダメじゃない?」
亜香里は急いで天守閣へ舞い戻る。
「今の凄い音は、船から打ってきた艦砲射撃よ。幕府軍は総攻撃を掛けてこようとしているみたい。でも、この時代に艦砲射撃をするような帆船が日本にあったのかな?」
亜香里が疑問に思うのも無理はない。その船は幕府がオランダ商館から調達してきた『デ・ライプ号』である。
「じゃあ、グダグダしている暇はないね。私がエアクラフトまで瞬間移動で飛んでから、ここへ迎えに来るよ。大丈夫だとは思うけど、それまで教皇を守っていてね」
詩織はそう言い残して姿を消した。
「詩織は『教皇を守っていてね』とサラッと言い残して行ってしまったけど、艦砲射撃の玉が飛んできたら守り切れないよ」
「亜香里さんの稲妻で、何とかなりませんか?」
「うん、それは屋根に上った時に考えたのだけど、帆船の近くに雷を落としたら船が沈没してしまうかもしれないよね? 木造船だったし。もしもそれが原因で戦況が変わってキリシタン側が優勢なうちに島原の乱が終わったら、幕府が鎖国をしなくなるかもしれないでしょう? そうなるとペリーの黒船来航もなくなるし、そもそも開国なんて無くなるよね? 江戸時代に海外との行き来を閉じていないわけですから。そうすると明治維新なんてやる必要が無くなるし、それに続く西洋列国に追いつき追い越せの富国強兵政策とかも無くなるし… というふうに考えたら、この戦況に私たちが関与してはダメなのかな? と思うわけですよ」
「亜香里さんは見かけによらず、とても先のことまで考えていますね」
「『見かけによらず』って何よ? ビージェイ担当が『都心で誰にも会わないように』と言っていたことと同じでしょう? ここは『世界の隙間』とは違うかもしれないけど、関わってはいけない歴史の世界だと思うの。それに先のことまで考えたわけではなくて、受験の日本史の後遺症です。今でも文化史はトラウマよ。問題用紙に印刷されている画質の悪い絵を『年代順に並べよ』という問題を見る度に『これはイジメだ』と思ったもの」
亜香里が受験の日本史を語っていると天守閣の窓の外に突然、エアクラフトが現れた。
詩織が光学迷彩を解除したようだ。
エアクラフトをホバリングさせながら天守閣の窓の直ぐそばまで近づきハッチを開け、詩織が機内から手招きをしている。
亜香里は教皇の身体に手を回し、飛翔でハッチから機内に入り、優衣は天守閣の窓枠から手を伸ばしてハッチを掴み、何とかエアクラフトに乗り込んだ。
詩織は3人が乗り込んだのを確認してハッチを閉じ、エアクラフト急上昇させると、未だ椅子に座っていない3人は、その場で機内の床に張り付いた状態になり、しばらくして急上昇が収まると、ようやく立ち上がる事ができ座席に着いた。
「日本史で有名な天草四郎とはほとんどお話をしないまま、お別れの挨拶も出来ずにお城を出て来ちゃったね」
「あそこでボヤボヤしていたら、大砲の玉に当たっていたよ」
「アッ! スマートフォンが使えます。日付も火曜日の夕方ですからミッションの途中です。GPSも大丈夫です。原城跡の上空にいます」
優衣がホッとした表情をする。
「不思議な世界ね。高度を上げると元に戻れるなんて。これからどうする? 大使館へ行くにはまだ時間が早いし」
「今度は、あまり物騒ではなさそうなところへ行くのはどうですか?」
「亜香里が考えている物騒ではないところって、何処なの?」
「ここに来るとき、『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』を調べたでしょう。今、居たところは一番、物騒な場所だったけど、関連遺産の中で最南端の崎津教会だったら、大丈夫かなと思います。ここは隠れキリシタンが居た集落だけど、集落の中に教会と神社とお寺があって、今だと3つ揃った御朱印が手に入るみたい」
「なんで教会が御朱印を出すわけ? おかしくない?」
「さっきスマートフォンで読んだ説明書きに、そう書いてあっただけで、それ以上のことは知らないよ」
「詩織さん、教皇はその教会で、島原の乱で亡くなった方のお祈りをしたいと言っています」
「教皇がそう言われるのなら、崎津教会へ行ってみますか。 えっとー、このエアクラフトのマップは名前検索も出来るの? カーナビみたい。天草市河浦町﨑津、これで間違いなさそう。それでは、今度はまともな場所へ着きますように」
詩織は冗談半分、本気半分でエアクラフトの仮想ディスプレイにあるコントロールスイッチをセットする。
エアクラフトの光学迷彩とステルス機能が稼働しており、これから行く先がまた江戸時代なのか、二十一世紀の現代なのかは、到着してから外に出てみないとその様子は分からない。
「到着したらまた、霧の中だったら嫌ね」
「亜香里さん、農務注意報は解除されていますから、条件が良ければ綺麗な夕焼けが見られると思います」
「そうだと良いけど」
エアクラフトの中でシートベルトを外す間も無く、シートベルト着用のサインが出て、直ぐに到着のサインが表示される。
詩織が虫型ドローンを飛ばして、エアクラフト周辺の様子をモニターに映し出す。
「オォ! スマートフォンの画像で見た通りの教会。周りに人も居なそうだからそのまま外に出ても大丈夫じゃない?」
「人は居なさそうだけど、私たちのジャンプスーツ姿とローマ教皇の衣装だと目立ち過ぎでしょう?」
「詩織さん、さっきストレージから武器を取り出すとき、中に服の着替えがありましたよ。ジャンプスーツの上からそれを羽織れば、少しは目立たなくなると思います」
優衣の提案に教皇も賛成し、4人は機内で観光客っぽい服を上から羽織る。
亜香里たちは念のためライトセーバーとブラスターピストルを持ち、教会の庭に駐機されたエアクラフトから降り、周りに他の観光客がいないことを確認してパーソナルシールドの光学迷彩をオフにした。
「うーん、一般人の格好をして観光地に来ると、伸び伸びして気持ちがいいね。空気も美味しいし」
「スマートフォンのアンテナも立っていますし、日付も変わっていません。GPSも使えます。やっと普通に九州へ観光に来た感じです。教皇? 何ですか? そうですよね。教会にお祈りに来たのですよね」
教皇が先頭になって崎津教会の入口へ向かい、亜香里たちは後ろからついて行く。
入口は開け放たれており、出入りは自由のようだ。
入ったところに靴箱があり、靴を脱いで教会に入るようになっている。
4人は靴を脱いで教会の中に入る。
チャペルの中は中央に赤いカーペットが祭壇まで伸びている以外、信者が座るところは畳敷でパイプ椅子が置かれていた。
「畳敷の教会ですか? 初めて見ました」
亜香里の言葉に詩織と優衣も頷く。
教皇が精神感応で3人に『日本には畳敷の教会がいくつかあり、どれも由緒ある教会です。床の種類に信仰は関係ありません』
3人が『なるほどー』と思っていると、教皇は畳敷の一番前まで歩いて行き、パイプ椅子には座らずに畳にひざまずいて、お祈りを始めていた。
亜香里たちはそれを後ろから見守る形となった。教皇がお祈りをしている間、教会の関係者や他の観光客はチャペルの中に入って来なかったのは幸いである。
お祈りが終わり、教皇は3人のいるところまで戻ってくると『祈りました。外へ出ましょう』と精神感応で語りかけ、出入口へ向かう。
教会の外に出ると周りには高い建物もなく、見渡す限り秋の空が広がり、東シナ海へ沈み始める夕陽が見える。
思わず見入ってしまう、教皇と亜香里たちであった。