179.見守りミッション? その9
翌朝、とは言ってもミーティングルームでビージェイ担当から、今回のミッションの顛末を聞かされてから4時間も経っていない朝6時、詩織は念のためセットしていたスマートフォンのアラームが鳴る前に目を覚まし、掛け布団をはねのけてベッドを離れる。
カーテンを開け、雨が降っていないことを確認し、バスルームで簡単に身支度をして部屋を出てエレベーターで地下駐車場まで降り、自動車用出入口から外へ出た。
まだ出社してくる社員はいないが、社員が通勤に使わない道を選んで走り始める。
(ミッションが終わったのに、このあと大使館に行くのは面倒だなぁ)
深夜にビージェイ担当から説明を受けたミッションの顛末を、走りながら思い出す。
(それにしても、今回のミッションは謎だらけ。『世界の隙間』という変な空間には慣れてきたけど、今度は突然、大使館が無くなるし、教皇が現れたと思ったら急にエアクラフトからいなくなるし)
表通りの国道に出てみると時間が早いためか、車の往来は少ない。
(でも何故、教皇は今回の異常な出来事を覚えていたのだろう? 優衣が精神感応を使ったことまで覚えているし。精神感応を不思議に思わないのかなぁ? 宗教家のトップだったらそんなことも普通にあるの?)
ランニングは心を無にしてストレス発散を兼ねて走る詩織だが、今朝までのことが不思議すぎて頭から離れない。
いつもより短い距離で折り返し、出発点のビル地下駐車場へ戻りエレベーターで、表向きは『日本同友会』のフロア、実態は『組織』の施設へ戻って行く。
部屋へ入ろうとした時、部屋から出てくる優衣と顔をあわせた。
「優衣、おはよう!」
「アッ! 詩織さん、おはようございます。今朝も走られたのですか?」
「これだけは習慣だから止められません。朝走らないのは『組織』のトレーニングの時くらいかな? 毎回変なところに行かされて走ろうにもその土地の勝手が分からないからね。ミッションでは走りましたよ、一九八〇年のワイキキは走りやすかった。優衣は今から朝食?」
「はい、いろいろ気になって、あまり寝付けなかったので。ここのフロアから出勤するには少し早いのですが起きちゃいました。詩織さん、ちょっとお話ししたい事があるのですが」
「じゃあ、朝食を取りながら話そう。シャワーはあとでいいや」
詩織と優衣は多目的室に入り、クッキングマシーンにそれぞれ好みのメニューをセットして、冷蔵庫とポットから飲み物を用意して席に着く。
「大事な話だったら、亜香里も起こす?」
「今、亜香里さんを起こしに行っても、亜香里さんを起こすだけで、就業時間が始まってしまいます」
「優衣の言うとおりね。亜香里の凄いお寝坊を忘れていたよ」
優衣がおもむろに口を開く。
「ビージェイ担当の顛末説明のあと、部屋に戻ってから考えてみたのですが、やっぱり今回のミッションはおかしいと思いませんか? 教皇が出てきたり消えたりしたのは詩織さんもおかしいと思いますよね?(詩織「まあ、納得はしていないね」) ですよね。でもそれ以上におかしいのは、そのあと大使館も日本側の機関も何事も無かったようにしている事なのです。今朝のニュースには何も出ていませんでした」
「大使館が消えていた時のことを、誰も覚えていないとか?」
「でも、教皇が覚えていたから、今日、私たちが大使館に呼ばれているのでしょう? 矛盾していませんか?」
「ウーン… 優衣はどうしてだと思うの?」
「これは陰謀かも知れませんよ?」
「陰謀?」
「ええ、ここに集まった日曜日の夜に、亜香里さんが遠心シミュレーター装置で『世界の隙間』を作ったじゃないですか? 今のところ一日前に戻るだけですが、それでもそれが手に入れば、使い方によっては世界の歴史を変えられますよね?」
優衣の説明に考え込む詩織、性悪説に立てば考えられない話ではない。
「それで私たちを大使館に呼び込んで、何処かへ連れ去ろうという訳?」
「教皇がそんな事を考えているとは思いませんが、まわりの関係者が何かを企んでいるのかも知れません。亜香里さんが宗教の功罪を初日に話されていましたが、一日前に戻って今を作り替えれば、毎日必ず当たる予言が出来て、信者なんて直ぐに倍増です」
「布教のネタにしようとしているわけね。中世の時代だったらそれで国の一つや二つを乗っ取ることが出来るかもしれないけど、現代ではどうなのだろう? まあ、優衣の言う事は否定できないから、ミッションのフル装備をしてから大使館に向かいますか?」
「それが良いと思います。今更『大使館には行きません』とは言えませんから」
食事をしながら、持って行く装備や大使館で不測の事態になったらどうするかの話を続けたが、仮定の上の仮定の事なのであまり話が進まない。
結局、深夜に亜香里が提案したジャンプスーツにブラスターピストルとライトセーバーを持って行く事にする。
二人は食事を済ませ会社へ行く準備をするために、それぞれの部屋へ入る時、亜香里をどうしようか? という話になったが『起こしに行ってもギリギリにならないと起きないよね』となり、自分たちの身支度を済ませたあと、起こしに行く事にする。
8時過ぎ、詩織と優衣はジャンプスーツの上にオフィススーツを着て、ハンドバッグにブラスターピストルとライトセーバーを忍ばせて部屋を出た。
「さて、亜香里を起こしに行きましょう」
「詩織さん、私たちのミッション終了時刻、朝6時をとっくに過ぎているのに、IDカードもスマートフォンもミッションモードのままです」
「だから、ブラスターやライトセーバーも所持できるのね。無くさないようにしないと」
二人で亜香里が寝ている部屋に行くと、鍵は掛かっていなかった。
「このフロアに私たちしか居ないといっても、不用心よね」
思いっきり、ベッドにダラッと寝ている亜香里の側まで来て、詩織が揺さぶって起こす。
「亜香里ぃ! 朝飯が無くなるよ!」
「エッ! なになに!? ご飯が無くなるの?」
ベッドから飛び起き、目の焦点が合ってくると、目の前には詩織と優衣がスーツ姿でバッグを提げて立っている。
「アー、びっくりした。今何時? 8時かぁ、ここからオフィスまで3分も掛からないからまだゆっくり食事ができます。詩織と優衣はもうオフィスへ行くの?」
「まだ、オフィスには行きませんが、亜香里さんを起こすのに手間取ったら時間が無くなるでしょう? 自分たちの準備を全部済ませてから亜香里さんの部屋に来ました」
「用心深いエルフね、私の寝坊もそこまで酷くはありません」
「スコットランド弾丸ツアーから帰ってきたときのことを覚えている? 羽田空港から帰る途中の車で寝てしまって、次の朝も寝坊をしていたじゃない?」
「そうだっけ? 昔のことだから忘れました。詩織は記憶力が良いねぇ(詩織「そんなところでおべっかを使わないこと」)ハイハイ、起きられないのは遺伝子のせいですが頑張って起きますよ」
亜香里が会社に行く準備をする横で、詩織と優衣は先ほどまで話をした今回のミッションの怪しさについて説明する。
「やっぱりそうよね。私もおかしいとは思ったんだ。これからその怪しい基地(大使館)に乗り込むわけだから武器は必須よ。ブラスターとライトセーバーだけで足りるのかな? トレーニングで使ったロケットランチャーとか、このフロアの武器庫には無いの?」
亜香里は大使館を襲撃するつもりなのか?
「本当にやばくなったら亜香里の稲妻があるし、私が二人の手を引っ張って瞬間移動で逃げれば良いから何とかなるよ」
「そうね。あの大使館の敷地はあまり広くないから外に出るのは簡単だし、道路に出てしまえばウィーン条約の外交特権の範囲外だから大丈夫です」
卒業してからまだ半年しか経っていないので、たまに法学部出身っぽい話をする亜香里である。
公館を出たからといって、必ず日本国が助けてくれるとは限らないのだが。
亜香里は二人から言われたとおり、ジャンプスーツの上にオフィススーツを着る。
オフィススーツから出ている部分は自動的に色が変わり目立たなくなっている。
二人のおかげで亜香里はゆっくりと朝食を取ることが出来た。
「ここでの朝食も今日で終わりかぁ。通勤時間が3分なのは楽だったなぁ」
「じゃあ、『組織』にお願いして、寮からココに住まいを替えてもらう?」
「それは嫌かな。住んでいるところが会社と同じビルって、仕事人間=社畜みたいじゃないですか?」
毎日午後は眠気と戦っている社員が宣うセリフでは無いと思うが。
亜香里も準備が終わり一旦、地下駐車場まで降りてから、3人はそれぞれのオフィスがあるフロアへ上がるエレベーターへ向かう。
「では、十二時十分前に地下駐車場に集合しましょう」
真意が分からない大使館からの招きのことを考えながら、亜香里たちは職場へ向かった。