178.見守りミッション? その8
「大使館の敷地内に入ってから成層圏を抜けるまで、私たちは『組織』が分からないところへ行っていたということですか?」
「みなさんが乗っていたエアクラフトを現在分析中ですが、おそらくそのような結論になると思います。エアクラフトで出発する時に、小林さんからバックアップの要請がありましたので無人のエアクラフトを追尾させて大使館上空に待機させましたが、みなさんが乗るエアクラフトが大使館の敷地内に到着してから追尾できなくなりました」
「『組織』が私たちを見失った理由は分かりましたが、エアクラフトから教皇が急に居なくなったのは、どうしてですか?」
教皇が居なくなる直前まで、精神感応でやり取りをしていた優衣は納得がいかない。
「これも原因は不明です。考えられる原因は、みなさんが教皇を敷地内から連れ出して成層圏を突破したのを今回、事態を引き起こした何者かが教皇の移動を察知して大使館を元の状態に戻したのだと思います。大使館が元に戻ったので、教皇は元いた場所、大使館に戻れたのだと考えられます」
先ほど、3人一緒に『世界の隙間』に入った理由を聞いたときとは異なり『そんなことって、あるのかなぁ?』という疑問符が3つ以上、亜香里たちの頭の中に浮かんでいた。
「信じられない話だと思われるかもしれませんが、そもそも大使館が一時的に消えてしまったこと自体が有り得ないことですので、そんなことが起こったのかもしれないという程度に聞き流してください」
亜香里が『まあ、これ以上聞いても仕方がないかな?』と思いながらビージェイ担当に聞いてみる。
「ミッションはこれで終了ですか?」
「はい、これでミッションは終了です。ひとつ申し忘れておりました。明日のお昼頃、と言っても日付は今日になりますが、ローマ教皇庁大使館へ行って教皇にお会いしてください。」
「「「 エェッー!!! 」」」
「ミッションはここで終了ですよね? 何故、大使館へ行かなければならないのですか?」
『組織』から、また変なことを押し付けられるのではないかと亜香里は警戒している。
「教皇は敷地内で倒れているところをみなさんに助けられ、エアクラフトに乗ったことを側近に話され、是非お礼を言いたいとのことです」
「『組織』と『能力者』の存在は、トップシークレット扱いではないのですか?」
優衣が数日前にビージェイ担当から聞いた話を思い出す。
「はい、世界各国で『組織』の存在はトップシークレット扱いですが、教皇はバチカン市国のトップです。そして教皇の側近には能力者がいます。バチカン市国にも能力者が居ることをお忘れなく」
「はぁ、そういうことですか。大使館にはどのようにして行けば良いのですか? タクシーで乗り付けてインターホンを押せば誰か出てくるのかな?」
詩織は『なんだか面倒な話』と思い始めていた。
「みなさんが準備をすることは何もありません。お昼前にこの本社ビルの駐車場へ迎えの車が来ますので、それに乗って大使館へ向かってください。セレモニーをやるわけではありませんので平服で。勤務時間中に外出することになりますので、いつものスーツ姿で結構です。よろしいでしょうか? そろそろ午前2時になりますので、ミーティングを終わりにしたいと思います。お疲れ様でした」
ディスプレイからビージェイ担当が消えた。
「今日の朝でミッションが終わりかと思っていたら、余計な仕事が増えたね。大使館に行くのは良いとしても、教皇に会ってもイタリア語は話せないよ。会ってどうするのだろう?」
「詩織と私は、側に立ってニコニコしていれば良いのではないのかな? あとは『不思議な少女』が精神感応でやり取りをして、教皇からお礼を言ってもらえば用事は終わりでしょう? それにしても『不思議な少女に会った』という教皇の見立ては、私と同じね。優衣はカトリックの総本山から『幼女』の称号を授与されました。パチパチパチ。ここでフィナーレね」
そう言いながら、亜香里は自分で笑い出す。
「笑い事じゃありませんよ。ヨーロッパの人から見て、日本人が幼く見られるのは仕方ありませんから。それよりも当日、と言っても今日のお昼まで半日もありませんよ。大使館に行く準備が出来ないじゃないですか。もう少ししたら朝になって仕事も始まりますし」
「ビージェイ担当が会社に着ていくスーツで良いと言っていたでしょう。優衣は今回も大きなスーツケースに、たくさん服を持ってきたから、どれを着ていくのか悩んでいるの?」
「そうじゃありません。普通のオフィスで着るスーツしか持って来ていないので、自宅に別の服を取りに帰るのかどうしようか迷っています」
「優衣は構えすぎよ。篠原家的にはバチカン市国とは言え一国のトップに会う時は正装なのだろうけど、昨日の今日じゃなくて、今日の今日でしょう? 私も亜香里も普通のオフィススーツで行くよ。大使館から戻って来てから、また仕事でしょう? 何回も着替えていたら無駄に疲れるよ」
詩織はジャージ姿で大使館に行きそうな勢い。
「そうだ! 思いついた! 優衣さぁ、さっきまで教皇と一緒にいる時、私たちは何を着ていた?(優衣「今着ているジャンプスーツですけど?」)そうよね。体型が無駄にクッキリ出ちゃうジャンプスーツよね。教皇はこれを着ている私たちしか知らないから、コレを着て教皇に会うのが一番良いよ。オフィスのスーツ姿で会うよりも能力者っぽいでしょう? 教皇の側近にいる能力者から感心されて、バチカン市国の『組織』にスカウトされるかもよ」
亜香里の斜め上的な発言に、詩織と優衣は唖然とする。
詩織が突っ込む。
「大使館に行くまでの間、どうするの? ジャンプスーツを着て仕事をするの?」
「そんな羞恥プレイを詩織さんはお望みですか?(詩織「一発、殴ろうか?」)イヤイヤ、冗談ですよ。私の初ミッションの時の事を覚えていませんか? ジャンプスーツを着て、その上にゴテゴテした宮廷女官の服を着て新撰組と戦ったことをお話ししたと思います(詩織「聞いたような気もするけど、ずいぶん昔のことだから覚えていないよ」)えぇ! 覚えていないの? 会社に初出社した週に、いきなり呼ばれたミッションだったから終わってからすぐに、詩織と優衣に詳しく話したのだけどなぁ… まあいいや、私も二人のミッションのことはあまり覚えていないから。話が脇道に逸れましたが、要するにジャンプスーツは上にオフィススーツを着たら、下から出ているところはカメレオンの様に肌色にカモフラージュしてくれるから仕事をしても大丈夫だってことですよ。教皇の前で早着替えをしたら、驚いて感激するかもしれません」
優衣が大使館に着ていく服装で悩んでいる話から、いつの間にか芸能人が舞台でやる早着替えの話になっていた。
「そういうネタは明日起きてから考えようよ。もうすぐ午前3時だよ。亜香里は朝、起きられるの?」
「えっ! もうそんな時間! ダメかもしれない。起きたら3時のおやつの時間かも」
「亜香里さん、大使館に着ていく服のことを考えるのは取りあえず止めますから、早くベッドに入りましょう。すぐに寝れば8時まで、5時間は睡眠を取れます」
「たった5時間? それで一日中、起きているのは私にとっては試練です。教皇の前で立ったまま寝てしまうかも。とりあえず直ぐにベッドに入ろう。おやすみなさい」
亜香里は急いで席を立ち、ミーティングルームを出て行った。
「うちらも寝るかな。今回のミッションは時間が短くて冒険も無かったから、身体は疲れていないけど、疑問だらけで神経が疲れたよ」
「私は精神感応を少し使ったので快い疲れです。ただ相手が教皇だったので最初は、敬語を使おうかなと考えたのですが、精神感応だから関係ないと、途中で気がつきました」
「そっかー、思いを伝えるだけだからね。意思が伝われば良いわけだから、言い方なんて関係ないのか。さて、それでは寝るとしますか」
詩織と優衣は、お休みの挨拶をしながら、それぞれの部屋へ入って行った。