177.見守りミッション? その7
『組織』の駐機場に到着した亜香里たち。
エアクラフトの光学迷彩が解除され、外が見られるようになった窓から駐機場を見てみると、いつもと同じ様に何機かのエアクラフトが駐機している風景である。
「無事に戻れたみたいね」
「うん、取りあえず『組織』の施設があるということは、江戸時代や明治時代に行っていないことは確かです」
「アレッ!? 大変です! 教皇がいなくなりました!」
優衣の慌てる声で、亜香里と詩織が後ろを振り返ると、飛行中に教皇がエアクラフトの中を転げ回らないように、ストレージ前の床にクッションとロープで急ごしらえして作った臨時の座席は、クッションと解けたロープがあるだけ。
「エアクラフトが急降下を始めたときには精神感応で教皇とコミュニケーションして、そのときはちゃんと機内にいたのに何処に行かれたのでしょう?」
「急降下しているエアクラフトから脱出なんて出来ませんよ。何処に行ったのかは分からないけど」
「取りあえず『組織』本部には戻れたから、ココ(駐機場)を出て、ミーティングルームへ行ってみようよ。ビージェイ担当がディスプレイに現れて、とぼけたことを言い始めるかもしれないよ『みなさん、ジャンプスーツを着てどうされたのですか? 何か事案でも発生しましたか?』とか言ったりして」
「詩織のそれ、ビージェイ担当の話し方に似すぎで笑える。それで済めば良いけどね」
3人がエアクラフトを降りて駐機場を出るとランプが点滅しているミーティングルームがある。
「詩織さんの言う通りかもしれませんね。ミーティングルームにあるディスプレイの向こうに、ビージェイ担当がお待ちかねかもしれません」
亜香里が先頭になってミーティングルームへ入ると3人の予想に反して、部屋のスクリーンには大きな文字で『しばらくお待ちください』の表示があるだけであった。
「何なの? 今まではランプのついているミーティングルームに入ったら、すぐにビージェイ担当が現れて、一方的に話を始めるのがいつもの流れじゃない?」
亜香里はいつものルーチンが無くて拍子抜け。
「それが出来ないくらい『組織』がバタバタしているのかもしれない」
詩織が冷静に現状分析する。
「そんなこと知りませんよ『大使館に行ってみてくれ』と言われて、その通りにして教皇を助け出したのに。帰ってきたら誰も待っていないのは少し不親切じゃないですか?」
亜香里のイライラ棒が立ち始める。
「助け出した教皇が何処に行ったのかも、分からないのだけどね」
詩織が微妙なフォローをする。
「それはそうですけど… エアクラフトの機内から勝手にいなくなるのだもの。能力者補としては、言葉が通じないお爺ちゃんの面倒は、それ以上見切れません」
亜香里が『組織』を含め今回のミッションの不満を言っていると、ディスプレイにビージェイ担当が現れた。
「皆さん、お待たせして申し訳ありません。言い訳になりますが関係機関との調整が長引いておりました。みなさんがそろそろここへ戻って来る頃なのは承知しておりましたが、間に合いませんでした」
(『そろそろここへ戻って来る頃』ってどういう事? 私たちの行動を『組織』は全部お見通しなの?)
「はい、戻ってきましたが、救助をしたはずの教皇はここへ戻る途中で、何処かへ行ってしまいました」
「小林さん、心配はいりません。教皇は無事大使館に戻られ、今は館内で休息を取られていると思います」
「ビージェイ担当、ちょっと待ってください。教皇とは、つい先ほどまでエアクラフトの中で、精神感応でお話しをしていました」
ローマ教皇を助け出したあと、意思疎通を図っていた優衣は納得がいかない。
「なるほど、教皇が『不思議な少女に会った』と言われたのは、篠原さんのことだったのですね」
ビージェイ担当が話せば話すほど、亜香里たち3人は、言っていることが分からなくなる。モニター越しに彼女たちを見ていたビージェイ担当は、その表情を見て頷き、説明を始めた。
「この2日間に起こったことは、物理的・時間的にかなり複雑な動きとなり『組織』も未だ解明できていないところも有りますが、今、分かっている範囲で順序立てて説明したほうが良さそうです。どこから説明を始めましょうか?」
「全部説明してください。『世界の隙間』に関係することであれば、慣れてきましたので理解出来ますが、それ以外の理由で人が消えたり出てきたりするところは、ちゃんと説明をしてもらわないと頭がついて行きません」
「分かりました。それでは『組織』の上層部へブリーフィング資料を作成中ですので、そのドラフトをこのディスプレイに映します。時系列になっていますので、当事者の皆さんには理解しやすいのではないかと思います」
スクリーンの左半分に箇条書きにされたメモが映し出される。
[ 教皇と大使館消失の顛末 ]
1.火曜日午後十一時、エアクラフトのカメラ映像で大使館消失が確認された
2.待機中の能力者補3名に招集をかけ、Bプログラムを発動した
3.能力者補1名が二十四時間前の『世界の隙間』へ行き、他の2名も引き連れた
4.能力者補たちが入った『世界の隙間』では既に大使館が消失していた
5.能力者補3名は消失した大使館の敷地へ行き、教皇を発見した
6.能力者補は教皇をエアクラフトに乗せ成層圏を突き抜けた
(ここで新たな時空の歪みが生じたと推察される)
7.エアクラフトが本部に向けて急降下する際、教皇がエアクラフトから消えた
(ここでも何らかのネジレが発生したと思われる)
8.教皇は元通りになった大使館の寝室に戻っていた
9.能力者補は火曜日の深夜、日付は水曜日の本部へ帰還した
顛末メモを読んだ亜香里たち3人は、腑に落ちない。
エアクラフトを操縦していた詩織が質問する。
「ビージェイ担当に映して頂いたスライドで、今回の流れは理解できました。でも今まで私たちが頑張って『世界の隙間』の入口を抜けて、他の時代、時間に行っていたのに、今回のBプログラムは亜香里が一度『遠心シミュレーター装置』で1日前に行っただけではないですか? 私たちが一緒に二十四時間前に行ってしまったことと、教皇が出てきたり消えたりしたこと、私たちが何もせずに元の世界に戻ってきた理由が分かりません」
「藤沢さんの疑問はもっともだと思います。まだ『組織』内でもオーソライズされておりませんが、みなさんは当事者ですので現時点で分かっている範囲で説明します。なおこれからお話しすることは世話人も含め、他の能力者へは口外しないでください」
「まず藤沢さんと篠原さんが、小林さんが開いた『世界の隙間』に巻き込まれた件ですが(亜香里「私が悪いのですか?」)イエイエ、可能性の話をしているだけで良い悪いは関係ありません。お二人はポッドには乗りませんでしたが小林さんが『世界の隙間』を発生させるのを近くで見守っていました。おまけにみなさんは今まで何度も一緒に『世界の隙間』に行っている能力者補なので、シンクロニシティが発生して同じ世界に入ってしまったものと思われます」
3人とも『なるほどー』という顔をして納得する。
「よろしいでしょうか? 次に教皇と大使館が火曜日の午後十一時に消失し『世界の隙間』の月曜日の同時刻にも消失した原因はまだ分かっておりません。現代の科学力ではあのようなことは実行不可能です。『組織』の技術を用いても実現できません。もしかすると地球外から何らかのチカラが大使館に及んだのかも知れません。よって今、元通りになった理由も不明です。ただし大使館が元通りになったきっかけは、みなさんが作ってくれました。みなさんが更地になった大使館敷地内に入り、教皇を助けたことがキーになったことは間違いありません。ちなみにエアクラフトが敷地内に到着してから教皇を乗せて成層圏を突破するまでの間、『組織』には一切の情報が入ってきませんでした。いつもであればミッション中は全ての行動がモニタリングされているのですが、その間は一切の通信が遮断されていました。『組織』から見て、みなさんが『世界の隙間』に入っているときと同じ状態です」
ビージェイ担当の長い説明が続いたが、亜香里たちには納得のいかない内容がほとんどであった。