176.見守りミッション? その6
ビージェイ担当がディスプレイの向こうで、ほかのディスプレイを見ている様子がうかがえる。
しばらくしてカメラの方へ向き直り、亜香里たちに話しを始めた。
「取り敢えず、エアクラフトを使って大使館上空まで行ってみて頂けませんか? 現在の状況が少し分かるかもしれません」
顔を見合わせ、相談を始める亜香里たち。
『ここに居て、ビージェイ担当と話をしていても埒があかないよね。じゃあ行ってみる?』となった。
「では大使館へ行ってみます。もしもに備えて『組織』のバックアップをお願いします」
「了解です。気をつけて行って来て下さい」
亜香里たちは同じフロアにある駐機場へ入り、エアクラフトに乗り込み、行き先をローマ法王庁大使館に設定して発進した。
三番町にある大使館上空まで来て、エアクラフトのカメラで下を見下ろして見ると敷地内に大使館の建物は無い。
建物だけではなく大使館のあった敷地がまっさらな更地になっている。
「今、エアクラフトにはステルス機能と光学迷彩がバッチリ効いているから敷地内に降りてみようよ」
詩織の提案で大使館があった敷地に降りてみることにする。
まっさらな敷地内にエアクラフトが到着し、亜香里たちがハッチから外に出てみると、周りの景色は焦点の合わない映像を見ているように揺らいでおり、その景色に吸い込まれるように、亜香里たちは地面の上に立っているにもかかわらず、空間識失調になりそうなくらいグラグラしていた。
「ここは何処なの? エアクラフトも一緒だから『世界の隙間』ではないよね。アッ! あそこに倒れている人が居る。誰だかわからないけど、とりあえず助けないと」
3人はエアクラフトを離れ、白い服を着て倒れている老人のところへ近づいてみた。顔をのぞき込むとニュースで見たローマ教皇、その人であった。
「大丈夫ですか?」
亜香里が日本語で声をかけるが返事はない。
優衣が手を貸して教皇の上体を起こしながら、カタコトのイタリア語で亜香里と同じことを聞いてみる。
" Stai bene? "
教皇は起き上がりながら、おもむろに話し始めるが話の内容は分からない。
" di nuovo. "と聞き直し、優衣は精神感応を使って話の内容を聞き取った。
教皇が一息ついたところで、優衣は亜香里と詩織に話の内容をかいつまんで説明する。
「教皇も今の状況はよく分からないと言っています。昨晩眠りについたあと、大きな音と共にベッドや寝室が消え始め、やがて大使館全体が消えて、それと同時に自分も消え始めたとのことです。今、私たちに話しかけられて、初めて意識が戻ったそうです。(教皇が再び話しを始めた)えっ? 何ですか? なるほど、私たちが日々踏みしめている大地も、あやふやなものなのだということを改めて認識したと言っています」
「大地があやふやなのは当たり前でしょう。他の星と引き合いながら宇宙に漂っているのが地球ですから。他の星も似たり寄ったりだと思うよ」
詩織は理系男子の兄に聞かされたことを思い出す。
「そんなことより、この状況でどうするの? 私たちも訳の分からない世界に入ったのでしょう? 優衣、教皇に何か解決する方法があるのか聞いてもらえる? たぶん『分からない』て言う返事しか返って来ないと思うけど」
「何故、分かっている返事を聞くのですか?」
「私たちが勝手に教皇を拉致したとか、あとで言われたら『組織』が困るでしょう? 私たちもだけど。困った教皇を助けたという事実を残しておかないとね」
「亜香里さんって、そういうところは慎重ですね。少し見直しました(亜香里『少し見直すって何よ!』)意味はありません。言葉の綾です。では教皇に聞いてみます」
優衣が精神感応で教皇に聞いてみると、亜香里が言ったとおり教皇は『どうして良いか判断がつかない、成り行きに身を任せるしかない』ということを言ったようだ。
「じゃあ、ここから先は私たちの判断で行動できますね」
「亜香里に何か考えがあるの?」
「今回、訳の分からない世界に来ていても、私たちにはエアクラフトがあるでしょう? 教皇をエアクラフトに乗せてここを離れれば何とかなると思います」
「何処に行くの?」
「うーん、そこまで考えてなかった。とりあえず『組織』に戻らない?」
「亜香里さん、それが良いと思います。あそこなら安全ですし『組織』に戻れば、他の能力者から、何かアドバイスがもらえると思います」
「問題は、ここからエアクラフトで飛び立ったら、そこが普通の世界なのかどうかなのだけどね。この敷地内の周りを見ていると、来たこともない世界にいる感じがする」
「その辺は考えても仕方がないよ。エアクラフトが無くなる前に乗り込みましょう」
亜香里たちは教皇を連れて、エアクラフトに乗り込んだ。
エアクラフトは座席が3席しかないため、教皇はストレージにあったクッションをフロアに置き、ロープで身体を固定してもらった。
詩織がエアクラフトをマニュアルモードで発進させる。
「さっき、ビージェイ担当からエアクラフトの操作方法を聞いておいて良かったよ。今まで、ずっとオートマチックモードで乗っていたから。こんなに操作が簡単だったら、最初から教えてくれれば良かったのに」
詩織が中央の座席に座りシートベルトを締めて、肘掛けの下にあるボタンを押すと目の前に仮想操作画面が現れた。目の前の画面に触れると実体は無いがタッチした感触があり、いくつかの簡単なタッチでエアクラフトをコントロールすることができた。
「離着陸や安定性はコンピューターがアシストしているから、操作は簡単ね」
詩織はそう言って、エアクラフトを高高度まで急上昇させる。
「『組織』本部に戻るだけなら、こんなに高く上昇する必要はないのでは?」
「一応、周りの景色を確認したいから。それにエアクラフトはいつも高高度を飛んでいるでしょう? その辺は、いつもやっていることを外さない方が良いかなと思ったの」
エアクラフトが成層圏を越えたところで、詩織は光学迷彩を解除して窓から外の様子を確認した。
「大丈夫そう『地球は青かった』ね。真下にある日本列島は夜だから暗くてよく見えないけど、明かりがたくさん見えるのは首都圏と関西圏ね」
「確かにここが地球なのは確認できたけど、ここから地上に降りたとき、そこがいつの時代なのかが問題です」
「『世界の隙間』プロの亜香里がそう言うと、ちょっと心配ね」
「詩織はさっきもそんなことを言っていたような気がするけど『世界の隙間』プロって何よ? 私はいつからそんな称号を付けられたの?」
「だって、亜香里は放っておくと、すぐに違う時代へ行ってしまうでしょう? いつも側にいる同期としては、ハラハラするよ」
「私も好きで行っているのではないのだけどね」
エアクラフトは中間圏に達していた。
「では、ここから一気に『組織』の駐機場を目指します。無事、今の時代に戻れますように」
詩織は祈りながらエアクラフトの行き先を『組織』の駐機場にセットした。
中間圏から成層圏に入ったエアクラフトに、詩織は再び光学迷彩をかけて、一気に『組織』の本部があるビル目がけて急降下して行った。
亜香里たちは何度も経験していることなので『離陸の垂直Gは毎回きついけど、着陸の時、無重力状態になるのは楽しいよね』とおしゃべりをしていたが、エアクラフトに初めて乗る教皇は気絶する寸前である。
教皇の様子を見ていた優衣が心配して、精神感応で体調を確認する。
「教皇に精神感応で様子を聞いてみましたが、取りあえず大丈夫みたいです。意識を保ったまま着陸できそうです」
「それは良かった」
初めてマニュアルモードでエアクラフトを操縦している詩織は一安心。
エアクラフトはさらに高度を下げ、『組織』本部があるビルの上空まで来ると屋上のハッチが開き、エアクラフトはいつものように静かに駐機場へ到着した。