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174.見守りミッション? その4

 亜香里たちは月曜日の朝、階下の会社へ出勤し、定時後は最上階の『組織』フロアへ戻り、ビージェイ担当が説明した『娯楽室』にあるNASAのトレーニング設備並みの施設で、詩織が中心になってトレーニングを行い、本来ミッションに備える午後9時を過ぎると、3人とも疲れ果ててぐっすりと眠りについていた。

 亜香里だけは初日に遠心シミュレーター装置で『世界の隙間』に飛ばされたため、その装置だけは使うことはなかった。

 火曜日、3回目の夜、トレーニングを終えた3人は個室へ戻る前に多目的室でドリンクを飲みながらダラっとしている。

「明日の朝で、このミッションは終わりだけど、何もなさそうね」

「一番のトラブルは初日の夜に亜香里が『世界の隙間』に入ったことぐらいかな?」

「あれには驚きました。いきなり亜香里さんが居なくなったのですから」

「一番驚いたのは私です。ポッドのハッチが開いたら部屋は薄暗くて警備ロボットに脅されるし、ビージェイ担当には集合の日を間違えているとか言われちゃうし、散々でしたよ」

「とりあえず来日したローマ教皇に何も起こらなくて良かったじゃない? 今日はもう宿舎の大使館に戻っているはずだし、明日、羽田から離日したら私たちのミッションは終了でしょう?」

「日曜日の夜からミッションらしきものは何もやっていないけどね。教皇ってキリスト教の中では偉い人なのかもしれないけど、日本人の私たちにはあまり縁がないよね。歴史を遡ると宗教って多く人の心を救ったのかも知れないけど(統計資料がないから分からない)、宗教の名の下に多くの戦いが起こって多くの人が亡くなったのは事実です。信憑性はともかく、いろいろな戦いで死者数が残されていますから。仏教や神道では聞いたことがないけど」

 亜香里が急に蘊蓄を語り始める。

「亜香里さん、急にどうしたのですか? 亜香里さんは大学で、そういうのを勉強されたのですか?」

「法学部だったから宗教のことは勉強していませんよ。大学の写真部に哲学科の部員がいて、そんなことを言っていたのを思い出しただけです」

「亜香里と知り合ったのは3年の就活セミナーからだから、それより前のことは知らないけど、初めて会ったときも哲学を語るような感じではなかったね。都内の大学の学食ランキングを語っていたのは覚えているけど」

「亜香里さんらしいですね」

「だって、宗教よりも食べることの方が大事でしょう? 毎日お参りに行かなくても死ぬことはないけど、毎日食べられなくなったら生命の危機です。食事の話をしていたら、お腹が空いてきたよ。クッキングマシーンに何か作ってもらおうかな?」

 亜香里が腰を浮かす。

「やめておいた方が良いよ。もうすぐ9時だし、デブるよ」

 詩織は立ち上がりつつある亜香里をチラリと見る。

「分かりました… プロポーションの良い詩織に言われると自制する気になります。それでは寝るとしますか」

 飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨て、多目的室を出ようとする亜香里に、詩織と優衣も立ち上がり『お休み』を交わしてそれぞれの部屋へ入って行った。


 それから数時間後の深夜、すっかり熟睡している3人のスマートフォンに『組織』から呼び出しのコールが大音量で響き渡わたる。

 詩織は急いで飛び起き、優衣は『エーッ!エーッ!』と言いながら目を覚まし、亜香里は寝ぼけたままサイドテーブルにあるスマートフォンを取ろうとしてベッドから転げ落ちた。

 スマートフォンにはメッセージが1行だけ記されている。

『大至急、ミーティングルームへ集合してください』

 ミーティングルームは亜香里たちが眠る部屋からは近く、3人とも急いで寝間着の上に適当なものを羽織り廊下に出て来た。

 亜香里はパジャマ姿(熊さん柄)、詩織はそのままトレーニングが出来そうなジャージの上下、優衣はコットンのネグリジェと頭にはナイトキャップを被っている。

 ミーティングルームに入り、椅子に座ると壁一面のディスプレイにビージェイ担当が現れた。

「みなさん、お休み中のところだったと思いますが、ミッション出動の事案が発生しました。ローマ教皇がローマ法王庁大使館ごと消えてしまいました」

 真夜中、急に起こされて半分寝ぼけていた3人は、思いもよらないビージェイ担当の説明に驚き、改めて目を覚ます。

 亜香里がスマートフォンをパジャマのポケットからゴソゴソと取り出して操作し、やっぱりという顔をしてビージェイ担当に反論する。

「そんな嘘みたいなことは起こらないと思います。今、スマートフォンでニュースとSNSで確認しましたが、どこにもそんな記事は出ていません」

「起こったこと事態がとんでもないことなので、ニュースにもあげられない状況だと思います。皇居近くの東京のど真ん中でそんなことが起こったとは、国内は当然として海外にも発信できないでしょう? 近くには大使館も多いですし」

「で、どうするのですか?」

 詩織が聞いてみる。

「今分かっている状況から説明します。最初にこの異常事態を察知したのは『組織』です。東京の高高度上空にエアクラフトを遠隔操作のオートマチックモードでホバリングさせ、監視衛星カメラ並の解像度で大使館の様子を警備していたところ今日、火曜日の午後十一時に突然、敷地内の建物が全て消えてしまいました。すぐに当局へ連絡しましたが、先方も打つ手無しで『組織』に応援が求められています。当局はマスコミやメディアが不適切な報道をしないように報道管制を敷いています。それとバチカン市国とのやり取りで、彼らは手一杯の様子です」

「応援を求められてもね。能力者はマジシャンではないし、空っぽになった敷地に大きな風呂敷を掛けて、パッと開けると建物が『ハイッ! 出てきました』とはなりません」

 亜香里は『私たちが出来る事などないでしょう?』という顔をしてディスプレイのビージェイ担当に答える。

 黙って聞いていた優衣が話し始める。

「よろしいですか? もしかしたら大使館ごと『世界の隙間』に入ってしまったのではないでしょうか?」

「そういう可能性もあるかもだけど、大使館が丸ごと入るような『世界の隙間』の入口ってあるのかな? そうだ! ローマ法王庁大使館がそもそも『世界の隙間』の入口なのかも」

「小林さん、それはありません。都内二十三区にある『世界の隙間』の入口は全て調査済みで、あの大使館に入口はありません」

「でも一昨日、このフロアに、厳密に言えばシミュレーターのポッドに乗って入口が発生したじゃないですか? イルデパン島の時だって無いはずの『世界の隙間』の入口が発生しましたよね?」

 亜香里の質問にディスプレイ内のビージェイ担当は一瞬、言う事を躊躇する素振りを見せたあと、亜香里の方を向いて話し始める。

「皆さんは『組織』に入ってから何度も『世界の隙間』に入っており、入口を通り抜けるのを何とも思っていないかもしれませんが、改めて思い出してください。誰でも『世界の隙間』の入口に入ることができますか?」

 ビージェイ担当の質問に『ハッ』とする3人。

 優衣が気まずそうに答える。

「私が大使館ごと『世界の隙間』に入ってしまったのかもと言ったのが間違いでした。そもそも『世界の隙間』の入口には、能力者しか入れないことを忘れていました」

「篠原さん、良く思い出しました。その通り『世界の隙間』には今まで能力者しか入ったことはありません。従って法王と大使館が『世界の隙間』に入ってしまうことはありません。良い機会ですのでお話ししておきますが、能力者の誰もが容易く『世界の隙間』に入れるわけではありません。ましてや皆さんのように、あるはずのない『世界の隙間』の入口から入ったり、本来行くべき『世界の隙間』の入口から違う時代に行ったり、違う場所から出てきたりと、皆さんが入社されてから半年の間に『世界の隙間』に関わってきたことは『組織』として初めてのことばかりで、まだ個々の原因もプロセスも分析できておりませんし、これからのことも予測できない状況です。今後ミッションを実施する際にはその事を忘れないようにしてください」

 教皇と大使館のいなくなった緊急事態の説明を受けるはずの3人は、ビージェイ担当から『世界の隙間』について改めて教示を受け、黙り込んでしまった。

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