169.お盆休みのリゾート? その3
翌日の朝、優衣は父親から電話を受け、コテージのオーナーから真夜中のドッキリについて、詫びのあったことを聞いた。
お詫びというわけではないが、日本海まで出てもらえればクルーザーに乗船出来るという提案付きの連絡であった。
船舶免許を取ったばかりの3人は、喜んでその提案を受けることにする。
特に亜香里は免許を取得してから実際に操舵をしたことがないので、是非乗船したいと言い(詩織と優衣は『組織』のシークラフトでの操舵?を経験済み)、バイクと車で日本海まで出掛けることにした。
クルーザーは、軽井沢からさほど遠くはない直江津港に停泊させているとのこと。
車とバイク2台で国道十八号線を浅間山沿いに北上し、小諸インターから上信越自動車道に入り、上越ジャンクションから北陸自動車道に入って上越インターで降り、港へ向かう。
優衣が電話で聞いていた港に到着すると、停泊している巨大な船に3人は驚く。
停泊している船はクルーザーというよりもメガヨット。
船の長さが百三十七メートル (四五〇フィート) ある大型のスワンボート?であった。
「何コレ?」亜香里が驚くのも当然である。
「ウチらの船舶免許だと、操舵できないよね」
3人が船の大きさに驚いていると船の横腹が開き、船への乗り込みを促すサインが出たので、3人は車とバイクで乗り入れたる。
「これって、アミューズメント系のカーフェリーなの?」
3人が乗り込むと横腹のハッチが閉まり、床にLED のサインが出ている場所に車とバイクを停めると、床から器具が出て来て、車とバイクが安定する様にロックされた。
「無人で全てが機械任せなのが、何となく『組織』っぽくない?」
「詩織さんもそう思いますか? 父の知人はもしかしたら、うち(篠原家)と同じ様に『組織』のサポーターじゃないのかなって、昨日の騒ぎの後から思い始めています」
「じゃあ、この大きなスワンボートも『組織』のマシンで、空を飛んだりするの?」
3人が話をしていると、上のデッキに繋がる階段から、誰かが降りてきた。
「小林さん、さすがにこの大きさの船が空を飛ぶことはありませんよ」
階段から降りて来たのは、ニュージーランド・トレーニングの途中で帰国した、萩原悠人と加藤英人の同期2人であった。
以外な人たちが船に乗っていて、少し驚く亜香里たち。
「萩原さんと加藤さんは、何故、この船に乗っているの?」
「ニュージーランドでは帰りの挨拶もせずに先に帰国してしまいスミマセンでした。その後みなさんが大変だった事は『組織』のレポートで知りました。今回、我々は『組織』の仕事と自分たちの休暇を兼ねて、このメガヨットに乗っています。ここでの立ち話も何なので、上のキャビンに行って飲み物でも飲みながら話をしませんか? それからこの船にも『組織』の医療用マシン付き医務室があります。小林さんの左足首骨折の連絡は受けていますので、ここでギプスを作って下さい」
英人の提案に3人とも異論はなく、英人と悠人について上のキャビンに入って行く。
5人が入った部屋は船のキャビンというよりも、キッチンや食堂が完備されているホテルのスィートルーム仕様である。
飲み物の入った冷蔵ケースから、それぞれ好きなものを取り出して椅子に座る。
「萩原さんと加藤さんは、こんな部屋で毎日、優雅なお休みを過ごしているのですか?」
「いやいや、この部屋には数回しか入ったことはありません。『組織』の仕事を兼ねていますから1日のほとんどは、下のデッキにあるメカニカルルームと自分が寝る部屋の往復ですよ、そもそもこの船は…」
悠人と英人の話によれば、日本における『組織』の活動は以前から海や海岸での活動が多い割には、それに見合った装備やツールの備えが不十分だそうで、近年それらを充実すべく、ツールの開発に取り組んでいるとのことであった。
この巨大スワンボート(メガヨット)もその一つで、先日、詩織と優衣が使用したシークラフトも重要なツールとして開発中であるとのことである。
「藤沢さんと篠原さんがシークラフトを使用したことは『組織』のレポートで読みました。途中で『世界の隙間』に入って、結果的には今の世界を変えてしまったので現在の『組織』の記録としては、お二人はシークラフトに乗ったことにはなっていませんけど。ちなみにこのメガヨットにもシークラフトを格納済みです。今回、みなさんにこの船に乗って頂いたのはシークラフトのテストも兼ねています。今日の午後と明日でプロトタイプのシークラフトの操舵を行い、気づいたところをモニターしてもらえば幸いです」
「萩原さんと加藤さんは、シークラフトの開発をやっているのですか?」
「『組織』の技術は、入社したての自分たちが直ぐに手を出せる様な、簡単なものではありませんからツールの開発はまだまだです。そのための勉強も兼ねてモニタリングをして、機能や技術を学んでいるところです」
「技術の人って、そんなに簡単には行かないのね」
「面倒な話をしてしましましたが、お昼にしませんか? 見ての通り、この豪華なキャビンには、小林さんも納得される美味しい料理がたくさん用意されていますよ」
『美味しい料理』に、亜香里が敏感に反応する。
「午後からのことはひとまず置いておいて、お昼にしましょう!」
亜香里の言葉に口を挟む者はおらず、悠人と英人からキッチンの使い方を聞いた亜香里たち3人は冷蔵庫、冷凍庫に収納されている料理を加熱して、お昼にする。
5人が一服したところで亜香里が一言。
「再加熱した料理でもこんなに美味しいのね。何処で作っているの?」
「さて、何処なんでしょう? 悠人も僕もその辺のところは全然分からなくて」
詩織が話を切り替える。
「これからシークラフトに乗れると思いますが、優衣と私は一度乗っています。 今日のシークラフトが前に乗ったものと同じものかどうか分かりませんが(悠人『プロトタイプは一艇だけなので同じです』)そうですか、それでは前回に乗った時の感想というか注文を言います。操作についてAIの説明がディスプレイに表示されますが、操舵に必ず必要なスイッチくらいは、分かりやすく表示して欲しいです。テプラでも良いから貼っておいて下さい」
「まだプロトタイプなもので… 了解です」
優衣が詩織に続く。
「光学迷彩をかけてホーバークラフトモードで道路を走行するとき、信号停止を守ったら後続車に追突されます。もっと上に、例えば10メートルくらい浮き上がる機能はつけられませんか?」
「今のスペックでは難しいです。場所が陸上でも海上でも今以上に浮き上がらせようとすれば、エアクラフトの技術を使わなければなりません。そうなるとシークラフトではなくなってしまいます」
未だシークラフトを見たこともない亜香里が突っ込む。
「じゃあ、陸上用のものも作ってくれたらいいんじゃない? 流星号みたいなやつとか」
「いや、あれは昔のアニメーションの世界で… それに流星号って宇宙まで行けてしまうのでしょう? あれって小さな宇宙船ですよ」
悠人が『相変わらず小林さんは飛躍するなぁ。でも何で流星号とか昔のアニメを知っているの?』と思いながら答える。
亜香里の質問で一区切りとなり、3人はさっそくシークラフトに乗ってみることにする。
船窓から外を見ると、いつの間にか巨大スワンボート(メガヨット)は港を離れており、陸地が遠くに見える。
「そうだ! まずギプスを作らないと」
亜香里は昼食を取ったあと、急に思い出したかのような左足首の痛みで壁により掛かっていた。
悠人と英人に案内され医務室に入るとそこは寮と同じ造りになっており、亜香里が診察台の上で横になると医療両マシンが壁から一斉に出て来て、アッと言う間にギプスを作り上げた。
亜香里は診察台から立ち上がってみる。
「うん、OK。軽いし痛みもなくなりました。これで思いっ切りマリンスポーツが楽しめそう」
一応、今から『組織』の新しいツールのモニターをやる訳ですが。
悠人と英人は、3人をさらに上階にあるシークラフトを設置している白鳥の頭部にあたるところへ連れて行く。
「何で、こんな高いところにシークラフトがあるの? シークラフトって飛べないから、このままだと海に出られなでしょう?」
詩織が質問すると、英人がニヤリと笑う。
「まあ、見ていて下さい」
5人が乗る白鳥の頭の部分、シークラフトが格納されている船倉ごと、それがついている白鳥の首が持ちあがり、ゆっくりと海上の高さまで降りて来て、白鳥が水を飲んでいる様な形になる。
「はぁ、なるほどぉ、確かにこうすればシークラフトは発進できます。でも最初から船底近くにシークラフトを置いておけば、こんなに仰々しい仕組みは必要ないんじゃない?」
「僕も最初はそう思ったんですけどね。能力者がミッションを行う時は、2~3人の少人数編成でしょう?(詩織『確かにそうです』)能力者がこの船に乗って、外の状況を確認しながら必要に応じてシークラフトに乗り込むことを想定すると、シークラフトが船底にあると乗り込むまでに時間が掛かり、その間に状況が変わるとまずいので、外部状況を確認しながらシークラフトを発進できる様に設計したそうです」
「なるほど、それなら分かります」
その後、亜香里たちはシークラフトに乗り、色々な操作を試みた。
シークラフトに初めて乗る亜香里は、操舵席に座るとご満悦。
「マジックカーペットも快適だったけど、シークラフトのホーバークラフトモードも快適ね、海の上に居るのに揺れないし」
午後いっぱい、3人はシークラフトを操縦し、亜香里は潜水モードが気に入りグングン潜って行くと、途中で悠人から『シークラフトは深海潜水艇ではありません。深く潜ることは保証されていません』とアナウンスが入り、慌てて急浮上する始末。
詩織は海面が穏やかだったため『スピードテストをしてみよう』とシークラフトを全速力で飛ばしてみる。
「やっぱり速いよ、パワーボート並み。時速は? 120マイル? ヤバイかな?」
詩織がその言葉を口にするやいなや、シークラフトは『水切り(石切)』遊びの石のように海面を何回か跳ねたあと、海面から数メートル浮き上がったまま反転し、100メートル以上スッ飛んだあと、海面に叩きつけられ上下が反転したまま停止した。
3人とも『組織』謹製ジャンプスーツと6点式シートベルトのおかげで、怪我はなさそう。
スピーカーから悠人のアナウンスが入る。
『みなさん大丈夫ですか?(詩織『大丈夫です』)、シークラフトは頑丈に出来ていますが、あまり無茶はしないで下さい』
メガヨットのブリッジから悠人と英人は、亜香里たちが操舵するシークラフトの様子を眺めていた。。
「彼女たちは研修センターで一緒だった時もそうだったけど、ますます凄くなってない? 小林さんはいきなり深海まで潜ろうとするし、藤沢さんは限界までスピードを出しているからね。やっぱり能力者になる人は普通の人と何処か違うのかな?」
「それはあるかも。新入社員研修のトレーニングの時だって、小林さんは突然、稲妻で装甲車を破壊したじゃない? 能力があったとしても、それをやろうとはなかなか思わないよ」
「そうなると、フツーの我々がその活動をサポートするツールを開発するというのは妥当なところかな?」
「だね、悠人も俺も体力やその他諸々で彼女たちを上回っていても、別の次元で敵わない気がする」
半分溜息をつきながら、悠人と英人は海面を疾走するシークラフトを見守っていた。
巨大スワンボートは津軽海峡を通過し太平洋岸に出て、翌日もシークラフトのテストと、たまにみんなで船釣りをしたり、スワンボートに備えてあった『呼吸器(071話参照)』でダイビングをしたり、詩織に至っては船内にあるセイルボードを見つけて海原を滑走し、英人が『『組織』には内緒で』と言いながらメカニカルルームから開発中のジェットスキーを取り出して、スワンボートの周りを疾走しボートの上をジャンプして見せ、亜香里が『あれは直ぐにでもツールに加えて欲しいね』と言った具合で、久しぶりに娯楽三昧の3人であった。
シークラフトのテストを終え、海の上で遊び倒したあと土曜の夜遅く巨大スワンボートは東京湾内に停泊し、ギプス姿を家族に隠している亜香里は寮へ、詩織と優衣は自宅へ、それぞれ車とバイクで帰って行った。