158.治療 と お願いリスト
桜井由貴に付き添われて2階の医務室に入った亜香里は、指示される前に診察用ベッドの上に横になる。
ベッド横の壁には、医療用マシンが壁一面にギッシリと詰まっていた。
「小林さんは、ここにお世話になるのは何回目だっけ?(亜香里「えっとー、 3回目だと思います」)そっかー、それなら慣れてるから大丈夫ね、あとはマシンに任せましょう」
最初に出てきたロボットアームが亜香里の左足のギプスを固定し、次に銃の様な形をしたロボットアームの先端から光線が出て、ギプスを切断し始める。
亜香里は焦って逃げようとするが、ロボットアームに足を固定されていて身動きが取れない。
「これって、レーザー光線? 私の足まで焼かないでぇ!」
「大丈夫よ。上にあるスキャナでギプスの深さを測りながら焼き切っているから。 なるほど… トレーニング中に行われた処置だから、現地の医療用マシンが丈夫なもので巻いたのね。でもカーボンケブラーのギプスはオーバースペックじゃない? これなら銃で打たれても平気だけど」
「足だけ平気でも意味がありませんよぉ。でもこのギプスは軽かったです」
焼き切られたギプスが取り外され、左足は固定されたまま、可動式のCTとMRI装置が壁から出てきて左足首の様子が精査され、画像とその診断結果がモニターへ映し出された。
「小林さんって、見かけによらず骨が細いのね(亜香里『どういう見かけですか?』)いえ特に意味はありません。えっとー、骨折は幸に酷くはなさそうです。モニターに『左足関節骨折、靭帯等の損傷無し、ズレの無い骨折、保存的治療を継続』と出てるけど」
一緒にモニターを見ていた詩織が答える。
「ニュージーランドのトレーニング中に処置されたときと同じ診断です。最後の『保存的治療を継続』が新しい説明です、引き続きギプスをするってことですよね?」
詩織が話している間にロボットアームが二つ割りになっている新しいギプスを壁の収納スペースから取り出し、亜香里の足に嵌め、ギプスを一つに接着し、モニターの表示が新しくなり、詩織が読み上げる。
「『しばらくこのギプスを使用します、サイズは小林さんの足に合わせていますが違和感があれば医務室で取り替えます。ギプスのまま入浴・シャワーは可能。ギプスの内部と皮膚の濡れ等は速やかに乾きます』って表示されている」
「良かったぁ、トレーニングのあとに到着したニューカレドニアが急に暑かったから、ギプスの中が蒸れて痒くて痒くて、海水にも浸かったし。これで心おきなく、お風呂に入れます。もしかしたらプールにも入れるのかな?」
「どうなのかな? 今度のギプスも軽そうだから浮力には影響しないと思うけど、バタ足は出来ないから泳いだとしても足にプルブイを挟んでクロールか背泳ぎくらいかな? バタフライも出来なくはないと思うけど足首に力が入るから無理ね(亜香里「私、クロール以外は泳げません」)春に特訓してクロールが泳げるようになったのを忘れていたわ。それにしても水が抜けて中が乾くギプスとか聞いたことがないよ」
詩織は亜香里のギプスを軽く手で叩きながら、感触を確かめていた。
突然、壁にあるボックスが開き、詩織が中を確かめると新しいスマートクラッチが入っており、取り出して外見を確かめてみた。
「見た感じ、今まで亜香里が使っていたものと変わらないみたいだけど。アッ! 分かった! これはブラスターライフルが内蔵されていない。手元にスイッチがないもの、まあ当然よね。あんな物騒な松葉杖を都内で使っていたら、危なくて仕方ないから」
「今使っているので良かったのだけど。大手町で追いかけられた火の玉や、多摩川で浚われそうになったUFOがまた出てきたら、これで反撃出来るのに」
「小林さん、『組織』のツールを一般社会に持ち出すのは禁止です。そもそもミッションやトレーニングでの使用限定だし。(亜香里「スミマセン、持ち出したことがあります」)そういうこともあったみたいね。新入社員研修のトレーニングで使ったブラスターピストルとライトセーバーを持ち出して、渋谷の『世界の隙間』で宇宙人と戦ったんだっけ? あれは新入社員で能力者補の初心者ミスということで済んだみたいだけど、今度はダメよ。(亜香里『承知しました』)とりあえず骨折が大事に至らなそうで良かったです。そろそろ、この部屋を出て解散にしますか?(3人「「「 はい 」」」)じゃあ、お疲れさま」
桜井由貴の合図で亜香里たち3人は2階の医務室を出て、自分たちの部屋がある5階へ上がって行く。
5階のエレベーターホールへ出た3人は、いつもの通りホールの横にある多目的室へ入り、冷蔵庫から飲み物を取り出してダラッと椅子に座る。
「なんだか疲れたね、帰って来て直ぐのインタビューは疲れが増さない? 今って土曜日の夕方でしょう? 月曜の朝、研修センターに集合してから随分時間が経ったような気がする」
「詩織さんもそう思いますよね。他の新入社員の人たちは月曜日から昨日まで普通のフォローアップ研修を受けたのでしょうか? あ! 思い出しました。私たちが研修センターに持って行った荷物はどうなったのでしょう?」
「言われてみれば、そうよね。月曜日にトレーニングA棟の更衣室に置いたまま、どうなったんだろう?」
優衣が『チョット見てきます』と言って多目的室を出て、自分の部屋5033号室へ入り、直ぐに戻って来た。
「キャスターバッグが部屋に届いています。この辺の手際の良さは『組織』らしいですね、今日はこれからどうされます? 亜香里さんは骨折しているので自宅に戻られますか?」
「戻っても良いけど、親に骨折の説明が出来ないじゃない? 『組織』のトレーニングで、ニュージーランドに行ってバイクで転んだとか、言えないよね?(優衣『それはそうですけど』)自宅の自分の部屋は2階で階段の上り下りもきついから、ギプスが取れるまでは、ここ(寮)に居た方が良いかなと思っています。寮からの方が自動車通勤の距離も近いし」
「それが無難ね、ここに居れば衣食住は足りるし。買い物に出掛けるのが不便かも知れないけど、その時は手伝うよ。会社の行き帰りの運転もね」
「ずっと、寮に居るのに飽きたら、私の家へ来られても良いと思います。私の父だったら『組織』のことを隠さなくても良いですし。私も会社の行き帰りの運転はお手伝いします」
「詩織も優衣も、ありがとう。しばらくの間、お世話になります。そう言えばインタビューで江島さんが『あとでも良いから必要なモノがあれば申し出るように』って言いましたよね? この骨折が治ったら『組織』にお願いしてバイクの練習と免許が取れるようにお願いしようかな? トレーニングでバイクに乗ることが多いじゃない? ちゃんと練習して免許も取っておいた方がトレーニングでみんなの足を引っ張らなくて済むし」
「それは良いかも知れないね。亜香里は自動車免許を持っているから技能試験だけで良いから足が治れば直ぐに取れるよ。実技は『組織』の電動オフロードバイクで鍛えているしね。じゃあ私は船舶免許かな? 小型船舶免許1級があれば、今回ニューカレドニアであった様なことにも対応出来そうじゃない?」
「亜香里さんがバイクで詩織さんが船舶だったら、私は空ですかね。日本だとセスナ免許を取るのにも結構面倒ですから。『組織』に頼めばジェット機の免許とかも割と簡単に取れそうじゃないですか」
ジェット機の免許は機種ごとに必要なことを優衣は知らなかった。
優衣の『ジェット機の免許』を聞いて、顔を見合わせる、亜香里と詩織。
2人は、優衣が南九州で操縦したマジックカーペットの無謀とも言える飛行が未だにトラウマになっていた。
「私のバイクや詩織の船舶はともかく、ジェット機はないんじゃない? 『組織』のエアクラフトはいつも自動運転だし、優衣の四輪以外の運転は大胆だし」
「言われてみればエアクラフトの自動運転はその通りだと思いますけど『運転は大胆』ってなんですか?」
「亜香里が言いたかったのは、優衣の運転が上手すぎて速いから、航空機を操縦したら成層圏を突き抜けるんじゃないかと心配しているのよ」
「そうなんですか?(ちょっと腑に落ちない様子)分かりました。では私も詩織さんと同じ船舶免許の早期取得を『組織』にお願いします」
3人はそのあとも、多目的室で『『組織』にお願いするリスト』を検討していた。