149.研修からの帰還 その2
亜香里たち3人はエアクラフトから降りるときにリュックを背負っていたので、とりあえず最低限のものは持っていた。
これは上海で優衣が、いきなり二〇三〇年の『世界の隙間』に入ったときの教訓から来ており、彼女が『初めて知らないところへ行くときには、持てるモノを全部持って行くこと』を常々、亜香里や詩織に話していた成果である。
リュックの中には恐竜の島で使わなかった『組織』謹製の浄水製造装置(見た目はビニール袋)も入っており、南の島に着いた3人は喉が渇き、海水をその袋に入れて飲み水になることを確認して一息ついていた。
「場所は分かりましたが、二十世紀のいつかは、分かりません。これからどうしよう?」
詩織は亜香里と優衣も思っているであろうことを聞いてみる。
「その前に、GPSが使えてここがどこなのか分かったのは、なぜなの?」
亜香里がハテナ顔で聞く。
「『組織』があらかじめ、スマートフォンにオフラインで使える地図を入れておいたのだと思う。オアフ島のミッションがそうだったもの。あの時に行った一九八〇年の状況は今と同じでオンラインの地図はなかったけど、アメリカがGPS衛星を飛ばし始めていたからオフラインの地図にGPSを組み合わせて、なんとかなりました。厳密にいうと二〇二〇年の地図で当時を見ていたので、若干の違いはあったけど小さな島なら誤差範囲でしょう?」
「それなら、この島でGPSが使える様になったのは、いつ頃からなのだろう? 二十世紀中とは思うけど」
「それより、このイルデパン島からどうやって外に出るのかですね」
亜香里たちは今日一日『世界の隙間』の入口を探すのにビーチを行ったり来たりしていたため、日没が近づいてきた。
「お腹すいたー」
亜香里の食欲コールが始まった。
「その辺に茂っているバナナは食べられそうよ。その辺の野生植物も気をつければ食べられると思うけど」
「浅瀬に魚が泳いでいるから、稲妻を適当に落とせば、夕食になるね」
「亜香里さん、獲り過ぎに注意です」
亜香里は浅瀬にいる魚に向かってチカラを絞り稲妻を落としてみる。
違法な漁ではないのかな?
詩織はジャンプスーツのまま海に入り、稲妻で麻痺した魚を泳いで取りに行く。
(エルフの水鏡で見た海を泳いでいる景色は、これだったんだ!)
熱帯魚の様な魚だけではなく伊勢海老クラスも浮かんでおり、持ってきたリュックいっぱいに魚を詰めて泳いで持ち帰る。
「詩織さんが、お魚をたくさん持ち帰ってくれたのは嬉しいのですが、どうやって調理するのですか?」
優衣は料理が得意だが、包丁無しでは調理も出来ない。
「ライトセーバーで何とかなるでしょう? 刺身は無理かも知れないけど、さばいて余計なところを切り取ったりすることくらいは出来ると思うよ」
ジェダイが聞いたら怒りそうな、亜香里のライトセーバー使い方指南である。
「食べたことのない魚だから、生は止めた方が良いね。かと言って調理器具もないから… そこら辺にたくさん生えているバナナの葉に包んで蒸し焼きにしよう。私は魚をさばくから優衣と亜香里は、バナナとバナナの葉を集めてくれる?」
「バナナも食べられるの?」
「日本で売っている完熟バナナではないからそのままでは食べられないよ。この辺のバナナは蒸すか揚げるのが基本じゃない?」
詩織はどこで仕入れたのか南国の調理方法を披露し、それに従って亜香里と優衣は準備を始める。
詩織はリュックに入った魚を波打ち際まで持って行き、大きなところはライトセーバーで切り落とし、細かいところは手で引きちぎり、海水で洗ってリュックに詰め直す。
亜香里と優衣は周りにあるバナナの木の一つに狙いを定め、ブラスターでバナナと葉を打ち落とした。
3人は食材をビーチに持ち寄る。
「さて、クッキングタイムです。まず適当な大きさの穴を掘って下さい」
「適当ってどれくらい?(詩織『今ある食材が充分収まるくらい』)なるほど、砂に埋めて蒸し焼きにするのね」
亜香里と優衣が穴を掘り、その間に詩織はバナナの葉を海水で洗いに行き、戻って来て魚やバナナに砂が付かない様に注意しながらバナナの葉でシッカリと包み込んだ。
掘った穴に次々とバナナの葉で包み込んだ食材を並べて行き、最後に薄らと砂を掛ける。
「あとは加熱するだけなんだけど、燃やすものはどうしよう? 本当は熱く熱した石で加熱するのだけど、そんな手間はかけられないし…」
「要は砂に埋めた魚とバナナを加熱すれば良いのよね?(詩織「そうです」)じゃあ、まだ暗くなっていないけど、食材の上でキャンプファイヤーをやろうよ。ウン、それが早い」
亜香里の発案で3人は海岸に打ち上げられた木や林にある木々を集め、そうするうちに陽は沈み、辺りは薄暗くなってきた。
「ちょうど、キャンプファイヤーをやるのに良い感じになりました。点火します」
「誰もライターやマッチを持っていないよね?」
「チッチッチ(得意げに人差し指を左右に振る)詩織さん、私の能力をお忘れですか?」
「昨日もトロルの集団を一撃で倒したから、改めてあの能力はすごいなと思ったけど、火をつけるレベルではないでしょう? あんなのをここに落としたら、せっかく埋めた食材が砂ごと吹っ飛んじゃうよ」
「詩織さん、優衣さん、ご注目ください」
亜香里は左手に小さな枯れ木を立てて持ち、その手を伸ばす。
右手を反対側に伸ばし、人差し指で枯れ木の先を指し示す。
『カチッ、カチッ』という音がして小さな電気の火花が枝先を覆い『ボッ』という音と共に枯れ木に火がついた。
思わず拍手をしてしまう詩織と優衣。
「亜香里さんは、マジシャンになったのですか?」
「凄いじゃない! それも稲妻の一種でしょう? よくそんな小さな稲妻を出せるのね? 指先から出すなんてシス卿みたいじゃない?」
「詩織や優衣が随分前から、ジムや自宅で能力をパワーアップさせるための練習をしているのは知っていたから、私も何かしないと、と思ったわけですよ。でも私が出す稲妻は最初から威力だけは凄いでしょう。これ以上パワーアップすると危ない兵器になりそうだから、小さい稲妻が出せないかな? と思って時々練習していました。ちなみに右手の人差し指はカッコをつけているだけで、雷を出すのには関係ありません。ではこの枯れ木の火が消える前にキャンプファイヤーに点火します」
食材を埋めた上に置かれた井形に組んだ木の下に枯れ木で点火すると薪は勢い良く燃え始める。
「日も暮れたし、海岸でキャンプファイヤーをするなんて、臨海学校に来た気分」
「そうね、あとは花火と肝試しがあったら雰囲気が出るね」
「花火は大好きですが、肝試しは勘弁して下さい」
「優衣は怖がりだなぁー、じゃあ花火モドキを上げちゃう? 稲妻で」
「それは止めておこうよ。この島は無人島ではないのでしょう? 島の人を驚かせてしまうよ」
詩織がもっともなことを言う。
「それにしても今日一日、このビーチで『世界の隙間』の入口探しをしていて島民に会わなかったけど、本当に人がいるのかな?」
「お昼ごろ、遠くの方にプロペラ機が見えましたから、島民はいると思います。たまたま私たちが到着したビーチに人気が無いだけかもしれません」
優衣は二人と少し離れた時のことを思い出した。
「いきなり見つかって『お前たちは誰だ!』と言われるよりは良いのかな? 自分を証明するものを何も持ってないから」
「そうよ、外国に居るのにビザどころかパスポートも持ってないよ。捕まったら強制退去かなぁ?」
「日本人だと言えば、日本大使館か領事館に連れて行かれるんじゃない?」
「そうしたら日本大使館で自分たちのことを、何て説明すれば良いの?『二十一世紀から来て帰れなくなりました』と言っても信用してくれないよね」
亜香里が何気なく言った一言で、本人も含めて黙り込む三人。
ニューカレドニアに日本大使館や領事館は無く、オーストラリア在シドニー総領事館が領事業務を行っており、ある意味三人の心配は杞憂である。
自分たちで『世界の隙間』の入口を見つけて、元の世界に戻るしかないことを三人が一番よく知っているので、次の言葉が出てこない。
詩織が気分を変えて二人に提案する。
「かなり火が回って砂に埋めた食材がそろそろ料理になっている頃だと思うから、焚き火を崩して掘り返してみようよ」
「そうだ! キャンプファイヤーの雰囲気に飲まれて食欲を忘れていたよ。私らしくないなぁー」
亜香里はギブスで覆われた足で、燃えている薪を払っていく。
薪を払い終わり覆われた砂を取り除くとバナナの皮に包まれた魚や海老、バナナから良い香りが漂ってくる。
詩織が知っていたのかは分からないが、出来た料理はニュージーランドの郷土料理『ブーニャ』に近いものである。足りないのはココナッツミルクの味付けくらい。タロイモがあれば完璧なのだが。
素手で持つには熱いため『組織』のグローブをはめて食べ始める亜香里。
「これは美味しい! もしもここから出られなかったら、ここでビーチレストランでも開くかな」
「亜香里さん、ここにそんなにたくさんのお客さんが来るのですか?」
「そこはニューカレドニアの政府と掛け合って、インバウンド効果を狙うのですよ」
「亜香里さん、そこまで身分を明らかに出来れば、とっくに日本へ帰っていますけど」
「それは、そうね」
キャンプファイヤーの残り火に照らされながら自家製蒸料理を食べ、ここから出られない不安を紛らわす亜香里たちであった。