144.フォローアップ研修(LOTR?)その12
3人はプテラノドンの残骸と一緒に壊れてしまった電動バギーカーをその場に残し、亜香里が操縦するマジックカーペットで、山脈の中腹からなだらかにつながる草原の台地の上空を滑る様に進んで行く。
「やっぱり、マジックカーペットは『組織』が用意する乗り物の中では一番快適ね。さっきまで乗っていた電動バギーカーも性能は凄かったけど、岩だらけの山道をずっと走ると揺れと振動で身体が疲れるよ」
「それはそうよ『組織』が作ったとは言え四輪車でしょう? あの山道を難なく登れるだけでも凄いわ。バギーカーに乗り心地を求めるのは酷です。この敷物は、そもそも浮いて飛んでいる仕組みが分からないし。『組織』が未来から持って来た技術で作ったのだと思うけど、そもそもカーペットって乗り物なの?」
動くメカニズムが好きな詩織にとっては、どこにもそれらしい機械が無いのにスイスイ飛んでいるマジックカーペットは、乗っていて楽だが解せないと思っている。
「私は詩織さんほど、こだわりがないのでマジックカーペットはこれで良いと思います。南九州の時の様にスマートフォンの操作ではありませんし」
優衣が言う通り、壊れたバギーカーから回収したマジックカーペットを袋から取り出すとホットカーペットに付いている様な操作パネルがあり、カーペットから外して手に取ると、ゲーム機のコントローラーの様にマジックカーペットを操作することが出来る仕様に改良されていた。
左足首がギブスで巻かれている亜香里は、3人がカーペットの上でランチを取ったあと、半分寝そべりながらマジックカーペットの操縦をしている。
「亜香里さぁ、ギブスはしていても寝っ転がりながらの操縦はマズイと思うよ。ちゃんと前を見ていないと高い木に突っ込んじゃう」
「まだしばらくは大丈夫。森に近づいたら詩織に操縦を交代してもらうから」
亜香里は草原の上空、二十メートルの高さを寝そべりながら操縦しており、詩織が心配していた通り、しばらくするとカーペットの上でうたた寝を始めていた。
詩織と優衣は昨日の疲れが残っていたのか、巡航しているマジックカーペットの上で、すでに昼寝をしている。
誰もコントロールをしていないマジックカーペットであったが、最初に設定した方角が目的地と一致しており『ロスロリアン』のある森に向かって飛んで行く。
今まで滑る様に飛んでいた草原が終わりローハンの谷を抜け、目の前には針葉樹の巨木が鬱蒼と生い茂る深い森が迫っていた。
亜香里が操縦マジックカーペットは、スピードを維持したまま、深い森へ突っ込んで行く。
『バシッ! バリバリバリッ! ドーン!』
シールドが機能しているマジックカーペットは、激しい音を立てて大木に激突し、そのまま枝にぶつかりながら落下し、地面に着陸した。
「エッ! あっ! 痛ー!」
「何ぃー! 痛ぁい!」
「痛ッ! 何だよぉ!」
地面に到着するまで、マジックカーペットのシールドが効いており、3人ともカーペットから放り出されることはなかったが、カーペットが枝にぶつかりながら落下したため、シールドの中でお互いの身体がぶつかり合っていた。
幸いなことに落下途中でぶつかった枝がクッションとなり、最後はマジックカーペットの安全装置が働き、地面に叩きつけられることはなかった。
カーペットで横になっていた3人は『痛い! 痛い!』を連発しながら起き上がると、軽い打撲以外に怪我は無く、カーペットに載せていた荷物も無事なことが分かり一安心。
「だから言ったじゃない? 『寝そべって操縦するな!』って」
「ゴメンなさい、マジックカーペットを操縦していて寝てしまったのは反省しています。でも『森に近づいたら操縦を詩織に交代してもらう』と言ったけど」
「亜香里ぃ! 人はそれを『言い訳』と言います。子供じゃないんだから… パッセンジャーが寝てしまうのは仕方がないじゃない? 『操縦を代わって下さい』と言ってくれれば、ちゃんと代わりましたよ」
「まあまあ、みんな軽い打撲で済んで良かったじゃないですか。エルフの森に入ったみたいなので、今日のお宿になる『ロスロリアン』までは近いのでしょう?」
「恐らくそのはずです。それでは目も覚めましたから、気を引き締めて再出発しましょう! あれ? マジックカーペットが浮上しないよ?」
亜香里がコントローラーを操作するが、マジックカーペットは地面の上の敷物のまま。
「貸してみて!」
詩織がコントローラーを手にとり、スイッチやスティックを操作してみるが、マジックカーペットは森に敷かれたカーペットのままである。
優衣がふと、カーペットの隅を見て気がつく。
「右後ろのカーペットの角が破れてますよ、今の墜落で壊れたのでしょうか?」
「カーペットだから『破れたら機能しない』というのは理にかなっているけど、さてどうするかな? 亜香里は午前中の電動バギーカーと、このマジックカーペットで今日は2つも『組織』のマシーンを壊したことになるけど」
「エェーッ! カーペットは不注意だったから言い訳はしませんが、バギーカーは仕方がないじゃないですか? ああしないとプテラノドンから逃げられなかったし」
「冗談よ。『組織』のトレーニングだから壊れることもプログラムに折り込み済みでしょう? それよりも、ここからこの深い森を歩いて目的地に辿り着くとなると日が暮れそう、途中で野宿かな?」
「チッチッチ(人差し指を振りながら)、詩織さん、今朝ガレージで私が見つけて、持って来たものをお忘れですか? オアフ島のミッションでは、詩織さんが公道でブイブイ言わせたと聞きましたが?」
亜香里は袋に入っている3枚のパーソナルムーブを取り出す。
「そっかー、『組織』には、そんなツールもあったね。忘れてたよ、その板があれば、この森で野宿をしなくても済みそうね」
「亜香里さん、さすがです。ところで亜香里さんの左足首はギブスで巻かれていますけど、パーソナルムーブを操作できるのですか?」
「そう言われてみれば、この板って足首と膝の動きに反応した様な気がする。ちょっと乗ってみるね」
両足だけでは立てない亜香里は『組織』謹製スマートクラッチを両腕に付けて立ち上がり、パーソナルムーブの上に立つとパーソナルムーブが浮き上がり、亜香里を支えていたスマートクラッチも地面から浮き上がったため、その場で転んでしまった。
優衣と詩織が慌てて駆け寄り、亜香里を立ち上がらせながら『パーソナルムーブは無理かな?』と話をする。
「でも松葉杖での移動だと、この先、ほとんど進めないし… もう一度試してみてダメだったら、トレーニングを諦めることも含めてどうするかを考えます」
亜香里はスマートクラッチの突く位置を変え、今度はパーソナルムーブ上の両端に杖の先端を突いてから、両足を乗せる。
パーソナルムーブは亜香里を乗せて浮き上がり、亜香里が重心を前にかけると、森の中を滑る様に進み始めた。
「これで大丈夫。オォッ! オマケにこのスマートクラッチはパーソナルムーブに接続されるみたいで、これで舵も取れるよ。どういう仕掛けなのだろう?」
亜香里は詩織と優衣の周りを、得意げにグルグル回りながら説明する。
「私たちが2本足で立って動かすより、操作しやすそうですね」
優衣はパーソナルムーブでスイスイ動かく亜香里を眺めている。
「とりあえずこれで先に進めそうだから、荷物をリュックにまとめて出発しましょう」
詩織の合図で3人はリュックに必要なものを詰め『ロスロリアン』に向けて深い森の中を出発した。