表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/291

138.フォローアップ研修(LOTR?)その6

 詩織のバイクが先頭となり、左足首に怪我をした亜香里をタンデムで乗せた優衣のバイクがそれに続き、長い距離を2台のバイクは走り続けていた。

 深い森が終わり草原に出ると、目の前には上方が白く霞んだ山々が聳えており、夕陽に映えている。

『ビルボバギンズ邸から持ってきた地図と少しずれているけど、あの山の麓に『裂け谷』があるに違いありません』と、亜香里がインターカム越しに大ざっばな説明をするが、詩織も優衣も亜香里の言葉をどうこう言うのも面倒で、そもそも何処に行ったら良いのか分からなかったため、2台のバイクはとりあえず山の麓を目指すことにした。

『亜香里さぁ、だんだん山の麓に近づいてきたけど、どの辺を目指すわけ? こんなに裾野が広いと目的地の『裂け谷』が何処にあるのか分からないじゃない?』

『心配無用です『裂け谷』はその名前の通り、ブルイネン川とミスエイセル川に挟まれた三角地帯の先にその谷はあります。もうしばらくすると川に近づくはずだから、それに沿って走れば谷が見えてくるはずです』

『分かった。でも、どうしてそんなに細かいところまで亜香里は覚えているの?』

『さっき、詩織と優衣が私のところに来てくれるまで、動けなくなって暇だったからリュックから指輪物語(英語版)を出して『エルロンドの館』へ行くくだりを読んでいたの。その辺の風景描写だけを読めば様子は分かったから、英語でも何とか理解できました』

『なーるほど、そういう英語の勉強方法もあるのね… アッ!? 川が合流しているところが見えてきたよ。もしかしてあそこの谷間?』

『おぉ! まさしく『裂け谷』です。映画で観た景色をかなり良く再現をしています。『組織』ってこういう所には拘るのね。でもどうやってこんな辺鄙なところにあんな建物を作ったんだろう? 映画だと全体像はCGのはずなんだけど…。アッ! エルロンドの館も見えてきたよ。ウン、ここから見る限り館の作りは完璧ね。ロケーション・ハンティングしている気分で盛り上がります』


 優衣が運転するバイクの後ろに乗って亜香里は『裂け谷』の実況中継を始める。

『『裂け谷』の向こう岸に渡るのに橋はありません。館に近づいたらスピードを落として川沿いをゆっくり走って下さい。この電動オフロードバイクだったら、そのまま川を渡れる深さの浅瀬があるはずです』

『ただし、エルロンドの力が込められた川の流れは、侵入者が来ると増水して撃退するようになっていますから、気をつけて下さい』

『何それ? そんなことされたら、ずっと川を渡れないでしょう?』

 詩織が文句を言う。

『詩織さん、それって亜香里さんが映画の蘊蓄を語っているだけですよ。今ここにはエルロンドは居ませんし』

『優衣は良く覚えてるね、その通りです。映画では、エルフの姫アルウェンが負傷したフロドを馬に乗せて、黒の乗手ナズグルに川で追いつかれたとき、川を増水させて彼らを馬ごと溺れさせています』

『はいはい、解説ありがとうございます。 ちょうど、この辺が浅瀬っぽいから渡ってみるね。優衣たちは待っていてくれる? 川底の石とかが滑りやすくなっているかも知れないから、2人乗りは危ないかも。まず私が渡ってみる』

 そう言いながら詩織は、バイクのステップに重心を移し立った姿勢のまま、ゆっくりと川の中を進み始めた。

 亜香里が説明した通り、バイクのタイヤが川底についている部分は完全に水面下だが、ステップの上にあるブーツはギリギリ水に隠れないくらいの浅さである。

 途中、大きな石があったのか、川の中で停止状態からバランスを取りながらハンドルを切り、トライアル競技の様にバイクを進めて行く。詩織は向こう岸に上がるまで危なげなく走行し岸に辿り着いた。

『詩織さん、タイヤが見えない川の中の難しいライディングをずいぶん簡単にクリアしましたね。私はオフロード走行をそんなに練習していないので少し不安です。下手に転けると怪我をしている亜香里さんの左足が大変なことになりそうです』

『川の中に入ってからは、しっかりステップを踏んで、肩の力を抜いてハンドルを握りすぎないように、ゆっくりバランスを取りながら走れば大丈夫よ。電動バイクだからエンストしないし、川底に苔は無かったみたいだから、タイヤはあまり滑らないと思う』

『了解です、ゆっくりスタートします。亜香里さん、しっかり掴まっていて下さい』

 優衣が慎重に川の中に入って行く。

『川底の石がゴツゴツしていますが、ゆっくり走れば大丈夫そうです』

 優衣の運転するバイクが、川の真ん中あたりまで来たところで、うしろに乗っている亜香里が急に大声を出す。

『変な音がしない? アッ! ダメだー! 水がドッと来るよ!』

 亜香里の最後の言葉に重なるタイミングで、上流からたくさんの飛沫を伴い、大量の水流が二人を襲うように流れて来た。

 向こう岸で見ていた詩織は、優衣と亜香里がバイクごと大量の水流に襲われる瞬間『マズイッ!』と思うと同時に、川の中にいる2人のところへ瞬間移動をして2人の腕を掴み、次の瞬間、元居た川を渡った先の岸に戻っていた。

 上流から津波のような大量の水が流れたあとの川は、すぐに元の浅瀬の流れに戻っている。


 優衣と亜香里は今までいた川の流れを見ながら、しばらく呆然とし、詩織から『大丈夫?』と聞かれて、ようやく我に返った。

 ヘルメットとインターカムを外しながら、亜香里がホッとした表情で返事をする。

「あまりにも突然で驚いたけど、大丈夫。詩織の瞬間移動に助けられたのは2度目ね、ありがとう助かりました。それにしても『組織』は、こんなところまでロード・オブ・ザ・リングを忠実に再現しなくてもいいのに! 詩織が瞬間移動で助けに来てくれなかったら、ずーっと下流まで流されて今頃どうなったか分からないよ」

 優衣もヘルメットとインターカムを外す。

「詩織さん、ありがとうございます。初めて瞬間移動を経験させていただきましたが、気がついた時にはここにいて何も分かりませんでした。私たち2人を一度に連れて移動できるなんて凄いですね」

「ウン、今のは、急な事で実はあまり考えずに反射神経だけでやってしまったから結構危なかったのかも知れない。今までの練習で自分の体重の一・五倍くらいの物を持って、瞬間移動をしたことはあるけどね。優衣のバイクが流されちゃったから、これからどうするかな?『エルロンドの館』は目の前だから、取りあえずそこまで歩いて登りますか」

「詩織、悪いけど登れない…」

「アッ、そうだ! ゴメンゴメン。亜香里が足首を捻って動けないのを忘れてた」

「詩織さん、亜香里さんをバイクのうしろに乗せて、タンデムで登って行けばなんとかなりませんか? 急な登り坂ですが、詩織さんだったら大丈夫でしょう? 私は歩いて登りますから」

「じゃあ、そうする?」

「迷惑をかけて申し訳ないけど、そうしてもらえると有り難い」

 亜香里が謙虚にお願いをする。

 詩織はバイクに跨り、優衣がアシストして亜香里が後ろに跨るのを手伝う。

「先に行っているから、優衣も気をつけて登って来てね」

「了解です、詩織さんも運転に気をつけて」

 怪我人の亜香里を乗せたバイクを運転する詩織と、そのあとを徒歩で追う優衣の3人は『エルロンドの館』への小道を登って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ