119.『世界の隙間』旅行? その9
江島氏からハッキリとしない説明が続く。
『確かに同じ九州でも北と南ですから距離はありますが、それより行った年代が分からないところが、捜索を難しくしています。通常は霧島神宮の入口から入った『世界の隙間』は西暦千年頃の世界です。ただ今回は小林さんたちが普通ではない入り方で霧島神宮の『世界の隙間』に入っていますので、いつの時代に行ったのかは、分かりません』
『行った先の時代が不明であることは分かりましたが、小林さんたちが霧島神宮の『世界の隙間』に入ったのであれば、そこへ行ってみるしかありません。情報ありがとうございます。では、私たち3人は霧島神宮へ向かいます』
『了解です、気をつけて行って下さい。『世界の隙間』の入口へ入る時には、事前に連絡を下さい』
『承知しました』
本居里穂は通信をオフにした。
「では、南九州を目指しますか。エアクラフトの行き先を変更登録して霧島神宮にします」
「ここ(福岡県)から霧島神宮(鹿児島県)までの距離だと、エアクラフトで直ぐに着くからそれでも良いけど、そこから入る『世界の隙間』が千年以上前だといろいろと不便だから、ここで少し準備してから出発しませんか? 小林さんたちの行方不明騒動で昼食も未だだし、もうすぐ日が暮れます」
亜香里ほどではないが、食事は気になる桜井由貴だった。
「そうよ、さっきから思考能力が鈍ったなとは思っていたけど、朝食を食べてから、水しか飲んでいません。もう若くはないんだからちゃんと栄養を取らないと」
歳が気になり始めた香取早苗だった。
「じゃあ、どうしよう? この服(巫女装束)のまま外に食べに出るのは今の時代でも目立つし、どこかに行くのにも時間が掛かるし… では、こうしましょう、小林さんたちを探すのは簡単ではなさそうだから、長期戦に備えて保存食や必要になりそうなものを手に入れてから、捜索を始めましょう」
「里穂の案に賛成。そうすると一旦、自分の服に着替えてから買い出しをすることになるけど、ここ(太宰府)だと買い物や食事をするところが、あまりないのでは?」
「ですよね。早苗は巫女装束に着替える前の服がパジャマだったから、これから行く先の『世界の隙間』のことを考えると、何か着るものを買っておいた方が良いよ」
「由貴様、あれはパジャマではありません。部屋着です。いずれにしても、これからいくつかの『世界の隙間』に行くことになるから、部屋着と巫女装束では心許ないわね。環境が変わっても耐えられる服を入手して、食事をしてから出発しましょう。福岡だと行き先は天神ね」
「買い物をするのならそうなります、というか博多は駅前と天神と中州しか知らないし」
関西出身の里穂であるが、福岡市へ行ったのは社会人になってから出張で訪問したのが初めてだったため、知っている行き先は繁華街のみである。
「では不肖、桜井由貴が行動計画案を披露したいと思います。間もなく日没で、これから移動しても行った先は夜になっていますし、初めての場所での捜索は難しいため、今日はここで捜索に必要なモノを買い揃え、ちゃんとした食事をして鋭気を養い、明日早朝から捜索を開始します。今から天神のどこかの公園にエアクラフト留めて買い物、食事、ホテルに宿泊、でいかがでしょうか? 里穂さん、早苗さん」
「「 異議なし!」」
先ほどまで後輩の能力者補が行方不明になったことで思い悩んでいた3人であったが、由貴の明るい吹っ切れた計画で3人は元気を取り戻していた。
「小林さんたちは能力者補とはいっても、最初から並外れた能力を持っているし、初ミッションの時にトラブルに遭っても、彼女たちの行動は落ち着いていたから、どこかの『世界の隙間』に入ってしまったからと言って、直ぐにどうこうなることは無いと思います。私たちもバタバタしないで世話人らしくじっくりと構えましょう」
里穂は自分に言い聞かせるように語る。
「では、エアクラフトの行き先を変更しますよ。天神...天神...と、エアクラフトのAIは天神中央公園がお薦めだそうです。お任せしましょう、あと泊まるホテルは... 出張で使ったことのある、西鉄グランドホテルで良いかな? 部屋は空いてます。土曜日だからビジネスで泊まる人が少ないのかな? 当日予約できるのはラッキーです」
桜井由貴がパタパタと3人分の宿泊予約を入力して、完了する。
太宰府天満宮の境内近くで光学迷彩モードのままであったエアクラフトが、ステルスモードも起動させ、上昇を始めた。
「来るときに思ったのだけど、ここも私たちの寮と同じくらい空港に近いから大丈夫かな?と思うよね。ぶつかったりしないのかなって」
「由貴って、未だそんな心配をしているの? 誰から聞いたのかもう忘れてしまったけど『エアクラフトの自動操縦をしているAIが、その辺は全部把握しているから大丈夫』と聞いた覚えがあるよ。近くの管制塔とレーダーの情報で周辺を飛んでいる民間航空機や自衛隊、在日米軍の航空機をリアルタイムで確認しているって。把握出来ないのは宇宙から飛んでくる未確認飛行物体くらいかな」
「未確認飛行物体ですか… 未確認飛行物体と言えば小林さんが連休明けの出社初日にUFOに捕まって、里穂が救出したのよね?」
「もう先月の話になるのかー、あの時は焦ったよ。連休明け早々から例の金融庁の件で残業してたら、『組織』から緊急連絡が入るんだもの。スクランブル体制で助けに行きました。オフィスからエアクラフト発進までの時間は最短記録かも」
「それで小林さんは難なく救出できたけど、彼女が乗ってた車はおシャカになりましたと」
「そうなの。でも『組織』がUFOに拿捕された状況を分析するために壊れた車を回収して、代替の車を貰えたから良かったんじゃない? 例によって外観は今までと同等、中身は全く別物のハイパフォーマンスカーが手に入ったんだから」
「やっぱりそうだったんだ。篠原さんが私に聞いてきたもの『桜井先輩、亜香里さんが『組織』から貰った代替車が何だか変なのですけど、そのままディーラーには持って行かないように亜香里さんに注意しておきました』って言うから、『そのアドバイスで良いと思う』と答えておいたから」
「私たちが能力者補から能力者になった時に『組織』から貸与された車のように『組織』オリジナルのツールが付いているのかな?」
「最初から能力が異常に高いといっても、能力者補に成り立てだから、それは無いと思うよ。スキルが伴わないと危ないし、小林さん自身も自分の能力のコントロールに苦労しているみたいだから」
話をしているうちに、エアクラフトは天神中央公園へ到着した。
詩織が操縦するマジックカーペットは、亜香里や優衣が操縦したときとは違い、地面から数十メートルの高さを保ち、人吉にある青井阿蘇神社へ滑るように向かって行く。
「ウーン、空気も美味しいし、日差しがあるけど進行風が気持ちよくて、絶好のお昼寝日より」
亜香里はそう言いながら、巫女装束のまま、カーペットに寝そべり、うたた寝を始めた。
「昼食のあとの亜香里さんは、いつでもお昼寝日よりでしょう? 桜井先輩から伺いましたよ。先輩たち3人で話していたとき、亜香里さんが毎日昼食後のデスクワークで、仕事じゃなくて眠気と戦っているのが話題になったって」
「亜香里のお寝坊さんは先輩たちにもバレてるんだ。そこまで有名なら今度からデスクワークがある時は、午後にフレックス睡眠時間を取るしかないね」
「初めて聞いたけど、詩織ホント? うちの会社にはそんな制度があるの?」
「日本の会社にそんなものがあるわけがないでしょう? スペインのシエスタじゃないんだから」
「チェッ、詩織に騙された。でも今日はお仕事中ではないから、神社に着くまで寝ても良いよね? 到着したら起こして下さい、おやすみなさい」
次の瞬間、亜香里は寝息を立てている。
「亜香里の睡眠と食事の取り方は超一流ね。だから能力の発現も凄いのかな?」
「詩織さんは亜香里さんのように、睡眠や食事をそんなに取らなくても、最近はチカラが強くなっているんじゃないですか? この前は大手町で亜香里さんを引っ張って瞬間移動をしたのでしょう? 毎朝、寮のジムでトレーニングしていますし」
「優衣は私の朝トレを知っていたのね。同じ寮にいれば分かるよね? 優衣はその後どうなの? 精神感応は、日本人相手でも出来るようになったの?」
「言葉が分からない相手に対しては、全部何を考えているのか分かるようになりました。日本人相手には、もうチョットですね。ただ相手の思いが何かに対して強いときや感情的になっているときは、だいたい分かります。でもそんなときに頭に入ってくる『念』は強いので受け取っていて、こちらが疲れます」
「なるほどー、私はそんなこと出来ないけど、何となく分かる気がする、精神系の能力者ならではの苦労があるのね」
能力のことを話し込んでいる詩織と優衣、風に煽られながらも熟睡する亜香里の三人を載せたマジックカーペットは、人吉に近づいていた。