115.『世界の隙間』旅行? その5
本居里穂たち世話人能力者の3人は光学迷彩モードのまま、江戸時代末期の太宰府天満宮境内で亜香里たちが『世界の隙間』に入って来るのを待ち続けていた。
「早苗が彼女たちにインターカムで『世界の隙間』の入口に入る前の注意をしてから、どれくらい経った?」
「えっとー、三十分? いや、もう直ぐ1時間経ちます。入口に入るまでの人混みの境内で何かあったとしても、時間がかかり過ぎると思わない? 里穂がさっきからやってるインターカムでの問い掛けは何回やったの?」
「数えていないから分からないけど、十回以上かな?」
「二人に提案だけど、ここは一旦、元の世界に戻らない? 彼女たちは未だ『世界の隙間』に来ていないから、あっちの世界で『組織』の目も届いているから大丈夫だとは思うけど、こっちに来るのが遅すぎです。もしかすると来る直前に、誰かの体調が悪くなったのかもしれないし」桜井由貴が心配そうな顔をして二人に確認する。
「そうね。ずっとここで透明人間のままでも仕方ないから一旦、元に戻りますか」3人は順番に『世界の隙間』の入口から、現在に戻って来た。
太宰府天満宮の境内は、相変わらず参拝客で混雑している。
「ちょっと呼んでみます『本居です。小林さん、藤沢さん、篠原さん、応答下さい』」里穂がコールを繰り返すが、応答はない。
「戻って来てから境内で立ちっぱなしなのは芸がないから、エアクラフトに戻らない?」
「由貴の言うとおり、ひとまず戻りましょう」
香取早苗は参拝客を避けながらエアクラフトに戻り、里穂と由貴もそれに続いた。エアクラフトの機内に入り、座席に座ってミネラルウォーターを飲んで一息ついていると、スピーカーから江島氏の声が聞こえてきた。
「江島です。なぜ世話人の皆さんだけが、こちらへ戻って来たのですか?」
「「「 エェッ!!! 」」」思わず顔を見合わせる3人。
「本居です。私たち世話人が先に『世界の隙間』の入口を入り、今回の目的地である江戸末期で小林さんたちを待っていたのですが、1時間待っても入って来ないので、入る前にトラブルに遭ったのかと思い戻って来ました」
「それはおかしいですね。みなさんがこの世界から消えて15分後に小林さんたちも消えたので、てっきり皆さんと合流したのだと思っていました。小林、藤沢、篠原3人の能力者補の3点セットは『組織』のスキャナーに映りませんし、今回、持って行ったマジックカーペットも『組織』の広域レーダーに映りません」
「桜井です。江島さんの説明ですと、小林さんたちは『世界の隙間』の入口を抜けて、今の世界からどこかへ行ってしまったということですか?」
「分かっている状況から判断するとそうなります。おそらく『どこか』は当初行く予定だった江戸末期の『世界の隙間』ではなく、違う『世界の隙間』だと思います」
「香取です、小林さんたちが違う『世界の隙間』に行ってしまったとしても、その入口はここ太宰府天満宮です。彼女たちがなんらかのアクションを取れば、ここへ戻ってくる可能性はありますよね? それとも私たちもここにある入口から、小林さんたちが行った『世界の隙間』に探しに行くべきでしょうか?」
「藤沢さんと篠原さんは違う『世界の隙間』に行った経験があり無事に戻って来ています。彼女たちがその時のことを思い出して行動すれば、太宰府天満宮に戻って来ると思います。みなさんがチャレンジをして小林さんたちと同じ、違う『世界の隙間』に行けるのかどうかは誰も保証できませんし、お勧めできません。『組織』で検討しますのでエアクラフト機内で待機して下さい。後輩たちを一刻も早く助けに行きたいという気持ちは分かりますが、ここはひとまず待っていて下さい」
スピーカーのスイッチが切れる音がした。
「今回の慰労兼合宿では『世界の隙間』に入ったら、小林さんたちが急にどこかで居なくなるかも知れないから、あっちの世界に入ってからは世話人と能力者補のバディ体制で行動しようと思っていたのに。まさか『世界の隙間』に入るところで居なくなるとは思いませんでした」本居里穂が悔しそうに言う。
「でも『世界の隙間』の入口って、必ず行き先が決まっていたじゃない? 今までのミッションで違う『世界の隙間』に行ったこととかなかったし」
「『由貴と同じく』と言いたいところだけど私たち、この5年間で『世界の隙間』ミッションはあまりやっていないでしょう? 『組織』も未だ『世界の隙間』のことはよく分かっていないみたいだし」
「だとすれば、能力者補に成り立てだけど、何回も『世界の隙間』に入っている、あの3人に任せておくしかないのかなぁ…」里穂がポツリとつぶやいた。
江島氏は『組織』のミーティングルームで、ディスプレイに現れたビージェイ担当と向き合っている。
「江島さん、責めるつもりはありませんが、最初から6人について行かなかったのは何故ですか?」
「ビージェイ担当、今回の慰労兼合宿に、私が『はとバスガイド』の様に旗を持って先導することは、当初から考えておりませんでした。今、起きていることは予想をしておりませんでしたが、能力者補の3人が『世界の隙間』で居なくなるとしたら、どんなに注意を払っていても、居なくなるだろうとは思っていました。ずっと首に縄でも付けていれば別ですが。そうなったとき、現場に居てもやれることはほとんどありません。『組織』の施設に詰めて、彼女たちの行動をモニタリングする方が、出来ることは多いと考えていました」
「なるほど、江島さんが一緒に太宰府天満宮に行っていたとしても、小林さんたち3人が居なくなることを事前に察知は出来なかったと思いますし、現地で対応できることはありませんでしたね。ここ本部にいたから本居さんたち世話人だけが『組織』のスキャナーやレーダーに再び現れるという異常事態に、直ぐ反応出来たわけですから。で、これからどうされますか?」
「『組織』のスキャナーやレーダーに何も手掛かりが無いとなれば、どこかに設置したセンサーに、小林さんたちのゆくえが分かるカケラの様なものが感知されていませんか?」
ディスプレイの向こうにいるビージェイ担当は、その中で複数のモニターを確認しながら説明する。
「非常に曖昧で、もしかするとセンサーの誤差かもしれませんが、ある『世界の隙間』の入口に設置されているセンサーに、能力者が数名通過したデータが見受けられます。痕跡な様なデータなので『組織』として個人を特定できませんが」
「入口のセンサーですか? それでも入った時間が合えば可能性はあります。そこはパーマネントな『世界の隙間』の入口なのですか?」
「『組織』が知りうる限り、かなり以前からある『世界の隙間』の入口です。本居さんたちのインターカム通話の内容と時刻からすると、小林さんたちが太宰府天満宮の『世界の隙間』の入口を通過した時間と、そのセンサーが反応した時間がほとんど同じです。『組織』が現在持っているデータから判断すると、小林さんたちがそこへ飛んだ可能性は高いです。いつの時代に入ったのかは分かりませんが、場所は鹿児島県の『霧島神宮』です」
「『霧島神宮』ですか? 確かあそこの入口から入る『世界の隙間』は随分昔だった記憶があるのですが」
「はい、あそこの入口から入る世界については年代に幅がありますが、千年以上前の時代だったはずです。ただし仮に小林さんたちが『霧島神宮』に行っていたとしても、今までとは入り方が違うのでいつの時代に行ったのかは不明です」
「時代はともかく、なぜ違う場所の『世界の隙間』に飛べるのか? 飛んでしまうのかが分かりません。私もこの年になるまで『世界の隙間』ミッションをいくつか遂行して来ましたが、違う場所に飛んだことなどありません。そんなことが起これば、ミッション自体が成立しませんから」
「その通りです。江島さんの様なベテラン能力者でもその様な経験はしたことがないはずです。『組織』として、その可能性について論じたことはありますが、実現性については仮説の範囲です。小林さんたちは初めてそれを実行したので戻って来られたら、いろいろと調査をする必要があります。では今後、状況に変化があれば連絡を取り合うことにしましょう」
「『戻って来られたら』ですか? 彼女たちがどうやったら戻って来られるのか、その方法が分からないのが一番の問題です」
江島氏は、ビージェイ担当が消えたディスプレイを見つめたまま、考え込んでいた。
115話です
この話を書き始めてから Monday to Friday をキープしてきましたが、来週はスキップします
よい週末を、お過ごしください
(^^)/
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115話ということは、連続23週
当時(といっても去年ですが)は、頑張っていたんですね (^_^)
今、新規投稿はスローペースで、当初書き散らしたもののメンテナンスモードです
[2021.06.18記]