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111.『世界の隙間』旅行? その1

 6月のどんよりとした梅雨空の朝、雨は降っていないがいつ降り出してもおかしくないくらい空は低く、グレー色の雲が空を覆っている。

 そんな休日の朝も、詩織は6時に目を覚まし、いつもと同じ様にジムへ行く用意をして食堂のある1階に降りていくと、珍しく早起きをして朝食を食べている亜香里がいた。

 食事をしながら彼女のニマニマする顔を見れば、なぜいつもよりも早く起きたのかは直ぐに分かったが、わざと聞いてみる。

「こんなに早くどうしたの? 6月に雪が降るんじゃない?」

「分かっていて聞いているのでしょう? だって私のリクエストが叶って、南蛮文化、南蛮料理ですよ? これで喜ばないとバチが当たります。『組織』が用意している衣装は何だろう? 当時の西洋服っぽい着物とかかな?」

「亜香里が桜井先輩に出したメッセージをCc;で読んだ時には『そんなアホなリクエストを聞いてくれるはずがないよ』と思っていたけど、本当にそうなったのにはビックリよ。昨日は江島さんが説明会まで開いちゃうし『組織』って真面目すぎるのか、それとも手の込んだお遊びを真剣にやる集団なのか、よく分からないなぁ。一つ言えることは、亜香里の様に何でも言ってみるものね。『組織』は普通ではあり得ないことでもやってしまうから。ミッション以外のことは、言った方がお互いのためにも良いのかもしれない。『組織』って基本的な考え方は古そうだから」

 詩織は手を揃えて『ごちそうさま』を言い、亜香里に『じゃあ、後で』と言ってエレベーターで地下に降り、ジムでルーチンのトレーニングを始めていた。


 亜香里がお茶を飲んでいると、本居里穂が食堂に入って来る。

 トレイを持って亜香里の隣に座る。

「小林さん、お休みなのにずいぶんと早い朝ごはんね? あっ! 分かった! 昨日は興奮して眠れなかったとか?」

「さすがの私でもそれはありません。今日が待ち遠しかったですけど、昨日もグッスリと寝ました」

「そうよね。小林さんを毎日職場で見ているのに忘れていました。まず眠ることが基本ですもの。毎日昼食後は寝ないことに必死だもの。そばで見ていると必死なのが面白くて。この前は何をしていたの? 机の上に何か並べていたよね? 眠らないためのおまじないか何か?」

「あっ! あれ見られたのですか? あの日は、本居先輩が長く席を外していたので、ネットで見つけた眠らない魔術を試してみたんです。効き目はありませんでしたけど」

「魔術かぁ、能力者らしからぬ行動ね。魔術ではないけど、そういうことだったら由貴が得意よ。知っていると思うけど彼女はマインド系の能力は能力者補の頃から得意でしたから。今度聞いてみたら? 『居眠りしない能力を身につけたいです』ってお願いしてみるとか」

「桜井先輩って、そんなにすごい能力を持っているのですか? 直ぐにでも聞いてみたいです」

 そこへ話題の当人、桜井由貴が食堂に入ってきた。

「小林さん、私に何を聞きたいの?」

「アッ! おはようございます。今、本居先輩から聞いたのですが、桜井先輩は居眠りをしない能力を持っているそうで、ぜひ教えて頂きたいと思いまして」

 亜香里が話をする横で、里穂は由貴にコッソリと舌を出す。

「里穂さぁ、朝から変な冗談を言って後輩をからかってはダメよ。小林さんもそろそろ直属の上司の変な冗談には気がついた方が良いよ」

「エッ! 桜井先輩はそんな能力を持っていないのですか?」

「ゴメン、小林さんが寮でも職場と同じ様に私の言うことをスルスルと信じちゃうから、ついからかってしまいまいした。由貴がマインド系の能力がとても高いのは確かだけど、睡眠については小林さんが求めているものとは逆に、相手を眠らせてしまう能力が最初から強くて、新入社員の頃に、ひと騒動を起こして大変だったんだから」

「里穂! その話は、この前ほじくり返したばかりじゃない? もう十分です」

 由貴と里穂は一瞬、睨み合うように見つめあったあと、笑い始めた。

 それを見ていた亜香里は、事情が分からずに『ポカーン』と2人を見ている。

 笑いがひと段落してから里穂が『笑いから置いてきぼりにして悪い、悪い』と言って『眠れる森の美女(桜井由貴)編』を亜香里に説明する。由貴は『ハァー』と言いながら、少し離れたテーブルで朝食を食べ始めた。

「そんなことがあったのですか? ではその時、上位の能力者がいなかったら、桜井先輩は今もミイラ状態だったのですね?」

 未だ、笑いのツボから離れていないらしく、里穂と由貴が笑い出す。

「なんで、眠れる森の美女が突然ミイラになるわけ? 由貴がそのまま干からびてミイラになる絵を想像しちゃったじゃない。小林さんは想像力が飛躍しすぎ」

「そうよ。眠ってるだけでミイラになるとか、怖くて眠れなくなるじゃない?」

 いつも寝付きが悪い由貴が、半分真剣に意見をする。

「いえ、先輩方にそんなつもりで言ったわけではありません。ただ、ずーっと眠り続けて誰からも栄養を与えられなくなったら、干からびちゃうんだろうなって思っただけです」

「だから、それが飛躍し過ぎだってば。干からびる前に生命の危機が来るでしょう? まあいいや、由貴が眠り込んだのは昔の話だし、今は干からびていなくて歳の割には、お肌もピチピチだし」

「『歳の割りには』は余計です。私は里穂と同じく入社して5年経った、アラサーです」

「えーっ! もうそんなになるの!? そっかぁー、今年はもう28歳かぁ。仕事と『組織』で暇になる時間がなくて、あまり意識してなかったよ。最近は翌日になっても疲れが抜けないはずよ」

「里穂も早苗も、モノは違うけど保険契約の仕事だからね。契約で人や法人の年齢は気にしても自分のことはあまり意識していないんじゃない? そう言えば早苗が未だ起きて来ないみたいだけど大丈夫かな? 昨日の説明会の後、また仕事に戻ったのでしょう? 隣の部屋だから、あとで生存確認をしてみるね」

 由貴の言葉で、里穂も亜香里もトレイを戻し、自分の部屋に戻って行った。


 寮の最上階、エアクラフトの駐機場に六人が集まる。

 香取早苗は日頃の『仕事が出来るビジネスパーソン』の格好ではなく、パジャマ兼部屋着の様なヨレヨレの格好。

「それ、起きてすぐの格好じゃない? 大丈夫なの?」里穂が心配する。

「大丈夫、大丈夫。どうせエアクラフトの中で着替えるのでしょう? その分、時間を節約して寝ていました」今も、立ったまま寝そうな勢いの早苗である。

「それでは、昨日決めた通り、私たち世話人のエアクラフトと新人のエアクラフトに分乗して出発しましょう」

 桜井由貴の発声で、六人はそれぞれのエアクラフトに乗り込む。

 フードが自動的に閉まり光学迷彩機能とステルス機能が起動し、天井(ビルの屋上の床)が開き、2機が上昇を始めた。

 亜香里たちの乗るエアクラフト機内のスピーカーから桜井由貴の声が聞こえてくる。

「桜井です、目的地まで三十分かからないと思うから『組織』からスマートフォンに届いている情報に目を通しておいて下さい。全部読むには時間が足りないし、今回はミッションではないので、どんなことが書かれているのかを確認する程度にして、あとは現地に入ってから必要な時に確認すればOKです。水平飛行に移ったらエアクラフトのストレージ内にある、今回の旅行用のアイテムを衣装も含めて確認しておいて下さい」

 ビデオ通話をしているわけでもないのに亜香里が挙手をして聞く。

「小林です。太宰府に着いてから、まず何をすれば良いのですか?」

「今回の『世界の隙間』の入口は今も、これから行く時代も人の混雑が予想されます。エアクラフトは当然ですが私たちもしばらく光学迷彩モードで移動する事になります。今回は人数が多いのでぶつからない様に、移動中はインターカムを装着したままの行動が多くなると思います。太宰府に到着してエアクラフトを出る前に、またこちらから連絡を入れます、以上です」

 エアクラフトが水平飛行に入りシートベルト着用のサインが消えた。

「では、ストレージのチェックを始めますか?」

「亜香里のその目は『何を食べようかな?』というふうに見えるけど?」

「そうですよ。ここで食べていたら、装備品を確認する時間がなくなります」

「二人とも心配し過ぎ。食べながらでも備品のチェックは出来ます」

 亜香里の備品チェックはまず食べることが前提である。

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