110.ミッションに近い合宿? その2
金曜日の朝、傍目から見ても亜香里のウキウキしている様子がわかる。
今日も彼女たち三人は一緒に出勤していた。
「亜香里さぁ、今時は小学生だって『明日は遠足』で、そこまでウキウキしていないよ」
「詩織さんの言うとおりですよ、亜香里さん大丈夫ですか? これからお仕事が始まりますよ」
「優衣に言われなくても、それくらい分かってますよ。でも今日の定時後は遠足の説明会でしょう?」
「だからぁ、遠足じゃなくて『慰労兼合宿』だってば。でも何で江島さんが主催する説明会なのだろう?」
「本居先輩たちが『組織』に掛け合ってくれたのではないかな? 『優秀な新人たちの慰労旅行をするので『組織』が費用他全てをバックアップして欲しい』と頼んでくれたとか」
「亜香里さん、自分から『優秀』と言うのは社会人としてどうなのですか?」
「それは、優衣が自分で『淑女です』と言うのと同じよ」
「それとこれとは、話が違います!」
通勤途中の亜香里と優衣のクチバトルは、お決まりのパターンになりつつある。
「はいはい、2人とも会社に着きましたよ、今の勢いで仕事も頑張ってね」
二人を取り成す詩織の役割も、固定化されつつあった。
金曜日の定時を少し過ぎた頃、亜香里たち三人の能力者補と、里穂たち三人の世話人能力者は、ビルの最上階にある『組織』の会議室に集合した。
「召集をかけた、江島さんが来ませんね?」
亜香里が話をしていると、当の江島氏が会議室に入って来る。
「お待たせしました。明日からの『慰労兼合宿』について説明をします。昨日まで、世話人能力者とはいろいろとやり取りをしていますが、新しく能力者補になられたみなさんは知らないこともあるので、最初から説明します。説明途中で分からないことや聞きたいことがあれば、説明の途中でも構いませんので、挙手をして質問をしてください。この進め方でよろしいですか?」
能力者、能力者補の六人は全員、うなずいた。
「それではまず『慰労兼合宿』の内容について、私が事前説明会を開催することになった経緯をお話します。『慰労兼合宿』は、世話人能力者の3人が発案された様ですが、別件で世話人の方々と私とで話をしている時に話題となり、中身を聞いてみると『組織』がバックアップして内容を充実させる方が、能力者補みなさんのトレーニングにもなると考え『組織』の上へ内容を伝え、合宿内容をこちらで企画しました。その中には小林さんが桜井さんにリクエストした内容も加味されています」
(えっ! 桜井先輩は私がリクエストした文明開花時代の和洋折衷料理まで江島さんに伝えてくれたの? 何だか至れり尽くせりで申し訳ないなぁ)亜香里は自分の送ったメッセージを拡大解釈し『和洋折衷料理でのおもてなしコース』と勝手に思い込んでいる。
「まず、合宿先ですが長崎を考えています。具体的には江戸末期の九州にある『世界の隙間』を目的地としました」
早速、亜香里が挙手する。
「江島さんの方でいろいろと考えていただき、嬉しいのですが行き先が九州の『世界の隙間』ですと、今週末の二日間では日程的に無理があると思いますが?」
「それについては私が『組織』の上と話をし、日本同友会の活動として会社に申し入れをしました。合宿期間が翌週にずれ込んでも大丈夫です」
(そうなるから困るのよ。この説明が終わったらオフィスに戻って、不在時対応の仕事振り分けメモを作って、職場のみんなと関係先に回してから、キリの良いところまで今の仕事を終わらせないといけないのに)今週は残業続きで仕事の進捗が気になり、江島氏の説明に身が入らない香取早苗である。
「では、明日からのおおよその流れを説明します。明日、寮からエアクラフト2機に分乗して、福岡の太宰府天満宮へ飛んでもらいます。天満宮の中に江戸時代の『世界の隙間』の入口があります。『世界の隙間』に入って太宰府から長崎までは少し距離がありますが、南蛮文化を楽しんで来てください、以上です」
「「「 えっ! 」」」
能力者補である亜香里たち3人は、江島氏の『以上です』を聞き、説明があまりにも短いので驚く。
((( ウーン )))
世話人能力者、里穂たち3人は口には出さないが(知っているから口に出せない)江島氏が亜香里たちに『世界の隙間』から『世界の隙間』へ飛ぶかも知れないリスクを話さない事がもどかしく、これからの質疑の中で説明があるのかどうかも分からないため沈黙している。
「今の説明ですと、面倒そうなのは江戸時代の福岡から長崎へ行くことぐらいで、長崎に着いたら当時の南蛮料理を食べるだけ食べて、戻ってくれば良いという理解でよろしいですか? 太宰府天満宮参道の梅枝餅も外せませんが」
引き続き挙手をして質問する亜香里。相変わらず食べることには拘っている。
「今回はミッションではないので『何かをやらなければならない』ということはありません。江戸時代の長崎を見物するというのが目的ですから」
詩織は『なんか話がうますぎるなぁ』と思い始めていた。
週末の合宿に『組織』が少しくらいバックアップしてくれるのであればともかく、エアクラフトで九州まで飛び、物見遊山のような合宿なのに日程が翌週まで伸びてもOK、というのは虫が良すぎると思い挙手して質問した。
「今のご説明ですと『組織』が私たちに、遊ぶためのお膳立てをしてくれているだけの様に感じます。疑う訳ではありませんが、今回の長崎見物に伴うリスクはありませんか?」
詩織の質問に対して、江島氏が『世界の隙間』から『世界の隙間』へ飛んでしまうことを話そうかどうか迷っていると、優衣が挙手して話し始める。
「二つ質問があります」
「今、藤沢さんが質問したリスクを『組織』が、どのくらい予測しているのかは分かりませんが、今回の長崎見物には予測できないリスクがあると思います。まず『世界の隙間』の中での移動にリスクを感じます。先週、私が行った上海ミッションでは市内の移動だけでもかなり苦労しましたし、中国の能力者補、張玲さんが上海市を離れたこともインタビューの中で『世界の隙間の中を長距離移動したのに無事で良かった』というコメントを頂いているので、今回『世界の隙間』での移動にリスクが無いのかをお教え下さい」
「次に、先々週の藤崎さんのミッション、私の先週のミッションでもそうだったのですが、目的地の『世界の隙間』から、全然予想していなかった『世界の隙間』へ飛んでしまうリスクは今回、発生しないのですか? 両方とも海外で今回は国内だから大丈夫、というのであれば良いのですが」
(篠原さん、未来の上海でロボットに追いかけられたことが相当怖かったのね。ここまで能力者補から言われると江島さんも説明せざるを得ないよね)
一九二一年の上海で居なくなった優衣に何も対応出来ず、心配しながら待っていた桜井由貴には、優衣の質問の内容が良く分かり少し胸がスッとした。
優衣の質問は、江島氏が説明するかしないかを悩んでいた事に真っ直ぐ突っ込んできたので、江島氏の気持ちは固まった。
「篠原さんから2つ質問があり、藤沢さんの質問もそれに含まれますので、順番に説明します」
「まず、『世界の隙間』の長距離移動ですが、今回はミッションで使用しているパーソナルムーブを携行してもらいます。それに加えて複数人、3人くらいまで一緒に移動できるツールを『世界の隙間』に持ち込んでもらいます。強化されたシールド機能も装備されていますから行った先の『世界の隙間』で、危険な状態に遭遇した時にはシェルターとしても利用ができます。また今回の『世界の隙間』は、国内の能力者が何人も行ったことのあるところで、危険な地域は『組織』が把握済みです。出発する前にいつもの通り、みなさんのスマートフォンへデータを送信しておきます」
「次に『世界の隙間』から別の『世界の隙間』へ飛んでしまうことについて、正直に申し上げれば、まだ事例が少なくリスクを分析できるほど『組織』としての知見はありません。従って江戸末期の九州にある『世界の隙間』から別の『世界の隙間』へ飛んでしまう可能性はあります」
「但し、オアフ島で香取さんと藤沢さん、上海では篠原さんが対処した通り、元の『世界の隙間』の入口まで戻れば現在に戻ってくることが出来ますし、再びそこから当初目的とした『世界の隙間』へ行くことも出来ます。今回通る『世界の隙間』の入口はパーマネントであり、発見されてから今まで存在し続けているもので、もしものことがあれば太宰府天満宮まで戻れば、想定外の『世界の隙間』から戻って来ることが出来ます。更に、念には念を入れて九州にある他のパーマネントな『世界の隙間』の入口データも出発前に送信しておきますので、何らかの理由で太宰府へ戻れない時は、そちらを使えば戻って来られると思います。篠原さんの質問に対する説明は以上です」
本居里穂が挙手する。
「小林さんの初ミッションに同行して、明日から行く『世界の隙間』と同じ頃の京都に行ってきましたが、あの時代は侍が普通に帯刀しているので、社会環境的には現在より常に危ない状況です。それへの対応をどうお考えですか?」
「先月、本居さんと小林さんが能力を使って、浪士組を蹴散らしたのは、一緒にいて見ているので良く分かっています。今回も物騒な事態になれば、みなさんの能力を使ってもらうことになると思います。ただ、みなさんの能力は今の社会でも知られてしまえば大騒ぎになるレベルですし、江戸時代にその様なものが大っぴらになると大変です。もしもに備えて現地ではずっとパーソナルシールドを使用してもらうことを考えています。途中でエネルギー切れが起こらない様にエネルギーバングルも所持してもらいますし、先ほど説明した大型の移動装置にはエネルギー集積装置がついていますので、滞在期間中に『組織』のツールを使い続けてもエネルギー切れになることはありません」
桜井由貴が『リスクについては、これ以上説明がなさそうだから、あとはこれを聞いておこう』と思い挙手する。
「今までの説明で『組織』のリスクに対する考え方は分かりました。確認ですが明日『世界の隙間』へ行くのは私たち6人だけですか? 『世界の隙間』から別の『世界の隙間』へ飛ぶことについて『組織』の知見が少ないと説明されて、それが起きそうなメンバーが『世界の隙間』に行くわけですから、それを観察するというか見守るというか、第三者として他の能力者も参加する予定はないのですか?」
『桜井さんは、感づいていて言っているのかな?』と思いながら江島氏が答える。
「みなさんの他に長崎見物に参加する能力者はいません。世話人とその能力者補の懇親の場でもありますので。みなさんの行動を見守るとの観点から同じ『世界の隙間』へ別の能力者も行くことは考えています。よほどのことがない限り、みなさんの前に姿を表すことはないと思いますので、気にしなくて結構です」
挙手することを忘れて、亜香里が話始める。
「(見張り付き? まあ仕方ないかな)私のリクエストを取り入れて頂き『組織』として出来うる準備をして頂けることが良く分かりました。あと現地で必要になる衣装やその他のものの準備はどうなりますか? 前回の様な動きにくくて、あまり役に立たなかった衣装は勘弁して欲しいのですが」
亜香里は京都で着用した、宮廷女官采女装束姿に懲りたらしい。
「通常のミッションと同様に、エアクラフトに準備していて出発までには完了していると思います。今回はミッションではないので堅苦しい格好は避けつつ、当時の安全な身分となる衣装を予定しています。これも詳細はスマートフォンに送信されます。他に質問がなければこれで終わりにしたいと思います」
「出発する時間と、分乗して乗るエアクラフトの座席割りは、みなさんで相談して決めて下さい。今日の説明会はリスクのことに時間が多く割かれましたが、最初にみなさんから提案のあった通り『慰労兼合宿』ですので、江戸時代の長崎で南蛮文化を楽しんできて下さい。スマートフォンへ送るデータにも記載済みですが、当時の長崎出島は女人禁制ですので、間違って中に入らない様にして下さい。それではお疲れ様でした」
言い終わると、江島氏は退室した。
「みんなどう? 今回の『慰労兼合宿』は私が言い出しっぺで、小林さんのリクエストを江島さんに話して、今日の様な感じになったのだけど何か問題はない?」
桜井由貴が念押しする様に質問した。
「私が一番リスクのことを聞きましたが、一応『組織』もそれなりに考えている様なので、あとは行ってみてからかな?と思います。上海での反省を生かして、一人で別行動を取らない様にしたいと思います。もしもの時に一人は心細いですから」
(私の時は香取さんと一緒だったから、零戦の機銃掃射以外ではあまり心配もしなかったな)と思い、優衣の発言に詩織が深く頷いた。
「他になければ、出発時間とエアクラフトの座席割りをしようと思います。出発は朝9時で良いかな? 座席割りは世話人と能力者補を組み合わせると一組だけ離れてしまうからどうしましょう? 同期同士にしますか? 旅行だし」
引き続き仕切る由貴に、香取早苗が応える。
「私はこれからまだ会社に残るから、本当はお昼頃の出発にして欲しいのだけど、明日現地に行って宿泊場所を決めるのにも時間が必要だから9時の出発でいいです。それより早いのは勘弁して下さい。座席割りも由貴の案で良いよ、寝て行きたいから」
「他の人はどう?(全員、早苗の意見に首肯している)じゃあ明日の朝9時出発で、十分前までにエアクラフトの駐機場があるフロアに集合しましょう『組織』の3点セットを忘れない様に、それではお疲れさま!」
「「「「「 お疲れさまでした 」」」」」
香取早苗を除く5人はエレベーターホールへ向かい、早苗だけは『今日は遅くなりそうだから、ここで簡単に食事をしてから仕事に戻る』と言い『組織』のフロアに残っていた。
『組織』のフロアには寮の各階にある多目的室と同じ設備が整っている。
多目的室と同じ部屋に入って食事をしながら、ボーッと明日からのことを考え、独り言を言う早苗だった。
「オアフ島の時の様に、物騒な時代に飛ばなければ良いけど… 」