105.慰労を兼ねた合宿? その2
会社の就業時間を過ぎてはいたが定時間際に急ぎの仕事が入り、それを終えたときには定時後三十分以上経っていた。
桜井由貴は、慌てて机の上を片付けてエレベーターホールへ向かい、階に来たエレベーターに乗りIDカードをかざし『組織』のフロアへ向う。
ランプの付いている部屋に入ると、同期の本居里穂、香取早苗とベテラン能力者の江島氏が、飲み物を飲みながら雑談をしていた。
「急な仕事が入って遅くなり、申し訳ありません」
「私たちも、さっき来たばかりです」
里穂がフォローする。
「みなさん、揃いましたので始めましょうか?」
江島氏が話し始めると、壁の一面にあるディスプレイが表示された。
「先週までの3週間、能力者のみなさんは世話人として、新人の能力者補を引率して『世界の隙間』ミッションを遂行してもらいました。3回行なったミッションのうちの2つは、当初計画した『世界の隙間』から予想していなかった別の『世界の隙間』に、メンバー全員もしくは一部のメンバーが行ってしまうという、今まで『組織』が遭遇したことのない事案が発生しました」
「そこで、この新たに発生した案件の原因を究明し、今まで謎の多かった『世界の隙間』を『組織』として掌握し、今後のミッションに役立てられるよう、通常よりも大人数の編成によるミッションを計画しました」
桜井由貴が小さく手を挙げて発言する。
「(やっぱりそう来たのね)江島さん、新人能力者補のミッションに対する世話人の考え方は、先週までミッションが終わる都度、私たちそれぞれからお話ししたとおりです。そのミッションに対する私たちの懸念を払拭する説明もしていただけると思いますので、それを含めた計画の説明をお願いします」
「桜井さん、ご意見どうも。みなさんが懸念されている事については、新人能力者補のトレーニングを担当した高橋さんとも話し合いを行い『組織』の上の方にも上げて見解を確認しました。それらを踏まえた上での計画をこれから説明します。初めに話したとおり、これから実施するミッションは、前回と同様に『世界の隙間』へ行っていただきます。みなさんはすでに知っていることも多く『組織』も『能力者に隠す必要なし』とのことですので、ハッキリ申し上げると、今回のミッションの最終目的は『世界の隙間』から別の『世界の隙間』へ、任意に行っていただくことです」
「「「 任意?」」」
「ちょっと待ってください、『世界の隙間』から『世界の隙間』へ新人の能力者補を行かせることは、予想していましたが『任意』という意味が分かりません。ハワイと上海の件、あとミッションではありませんが、新人3人が渋谷で遭遇したイレギュラーな『世界の隙間』と、どれも任意ではなく急に入口が開いた『世界の隙間』ではありませんか? おまけに入ったあと、直ぐに無くなった入口も有りますし」
本居里穂が、問い詰める様な口調で尋ねる。
「『世界の隙間』の入口についても、これから説明の中で『組織』の考え方を説明します。仮説も含まれておりますので、みなさんの意見もここで聞かせてもらえればと思います」
「まず、『組織』と『世界の隙間』の関係については、みなさん能力者になってから6年目に入りましたが、今までこの様な場での説明が無かったと思いますので、改めて説明します」
(やっぱり『組織』と『世界の隙間』は特殊な関係にあるんだ。今までミッションをやってきて『世界の隙間』ミッションは不思議なものがほとんどだったもの。この前のハワイといい、人助けや世の中を良くするのに貢献しないミッションばかりだったから)香取早苗が、説明を始めた江島氏を先読みする。
「今さらですが『組織』自体の起源については諸説があり、私もハッキリとは分かりませんが、『組織』が『世界の隙間』を発見したことによって、現在の『組織』の活動・活躍が成り立っていると言っても過言ではありません」
(そう来ましたか? この先の説明が私の予測どおりだったら、ちょっとツマラないなぁ) 桜井由貴は一人で先読みをしている。
「最初は全くの偶然でした。ある能力者が通常のミッションを遂行中に『世界の隙間』に入ってしまいましたが、そこはあまり時間差の無い『世界の隙間』であったため、本人は気がつかなかった様です。本人が意図せず、その『世界の隙間』から現在に戻って来たことが分かると『組織』にとっては、違う時代に飛べる方法があることが衝撃的でした。行き先が自由ではないタイムマシンを発見した感じだったそうです。その後『組織』は『世界の隙間』を継続的に調査し『世界の隙間』は場所に依存し、入口から能力者が入ると『世界の隙間』という時間の断片に能力者が行ける事が分かり、今もミッションの一環として『世界の隙間』の入口を調査しています。『世界の隙間』には地球上の過去も未来もあり、入口の数が多い過去の『世界の隙間』は『組織』にとって、その時代の検証程度でしかなく、先週実施した一九二一年上海ミッションのように、歴史の補正といったミッションが最近出てきましたが『組織』にとっては、さほど価値のないものです。それと比べて未来の『世界の隙間』は、現在も確認されている入口の数は少ないのですが『組織』に取っては、非常に価値の高いものです。『組織』が、世界の安定と平和に貢献するために、能力者のみなさんが日々ミッションを積み重ね、その源泉は能力者のチカラにあるわけですが、それを遂行するために『組織』が提供する各種ツール、エアクラフトから始まりパーソナルムーブ、パーソナルシールド、ブラスターといった二〇二〇年現在の技術では実現不可能なツールを能力者に提供することにより、ミッションをより実行可能にしています。それらのツールはミッション遂行時にのみ能力者に提供され、その管理は厳格であることは、みなさんもよくご存じかと思います。それは何故だか分かりますか? 桜井さんは分かっている様な雰囲気ですが?」
「(そこまで説明されると分かります)私たち能力者に提供されている『組織』のツールは、未来の『世界の隙間』に行った能力者が、未来からパクってきた技術を使って、作られているのではないですか?」
「『パクってきた』という表現はどうかと思いますが『組織』がミッションを円滑に進めるために『未来の技術を利用している』思って頂ければと思います。そのような技術ですから、万が一、悪意を持つ人や集団に漏れると世界が滅びかねません。従ってツールの管理は厳格で、能力者にしか反応しないツールとなっています。ここまでの説明はよろしいですか?」
「『組織』と未来の『世界の隙間』との関係は良く分かりました」里穂が答え、早苗と由貴がうなずく。
「では、前提を理解頂いたところで、みなさんから意見のある『任意』で『世界の隙間』へ行って頂きたい理由を説明します。みなさんが今まで『世界の隙間』ミッションを経験されて分かるとおり『世界の隙間』は地理的な入口に依存しています。また入口ごとに行き先の時代、年代が固定されており、機能的にはほとんど融通が効きません」
「『組織』としては、この世界の動静に積極的に関与することは考えておらず、やるべきではないというのが基本方針で、それは今も変わりありませんが、昨今の地球レベルでの状況悪化を鑑みるに環境問題を含め『組織』としてもう少し深いところで対処しなければ、生態環境としての地球が維持できなくなるのではないかと危惧しております。そのため、ターゲットを絞った未来にある『世界の隙間』へ能力者を送り込み、現在地球レベルで抱える問題を技術的に解決したいと考えております。ご理解頂けますか?」
里穂、早苗、由貴の三人は「ウーン」と言って考え込む。
由貴が江島氏に『少し時間を下さい』と言って、里穂と早苗に連れて部屋を出る。
「どうなの? 悪く言えば未来の技術を盗みに行くために特定の『世界の隙間』へ能力者を送り込みたい、という事でしょう? 今までミッションをやるときに使ってきた『組織』のツールは、とんでもないものが多いなとは思っていたけど、未来からパクってきていたとは」由貴がズバッと指摘する。
「そのツールがあったから、今まで難なくミッションをこなせてきたというのは否定できないけど」早苗が現実的なことを言う。
「今まで普通に見れば危ないミッションが、そんなに苦労せずに遂行できたのも『組織』が提供してくれたツールのおかげだし、それを使っていて『なんでこんな機能があるんだろう?』とは思っていたから、未来技術をミッションに限って使うというのは否定できないよ」結論を纏めに掛かる里穂。
「じゃあ、『組織』の未来技術のパクリ、但しミッション限定は良しとしますか? 私たちも散々使ってきたわけだし。ではあとの説明を聞きますか?『任意』と今回の新人能力者ミッションとの関係を」
由貴の意見に里穂と早苗はうなずき、3人で部屋へ入り直した。