君が携帯するその端末は
この手紙が読まれているという事は、私はこの世にいないという事でしょう。そして「スマートフォン」と呼ばれた通信端末も進化している事でしょう。とは言っても、私はスマートフォンと呼ばれた端末の前の世代に当たる『フィーチャーフォン』という物を使っていましので、あまり偉そうなことも言えませんけどね。
因みにですが、私がスマートフォンに変更しなかった理由は3つあります。
1つ目は私自身あまり外出する事も無く、自宅ではパソコンでインターネットを利用していたという事もあり、スマートフォンが無用であったという事です。知人にスマートフォンを触らせて貰った事もありますが、何故あんな小さい画面でみんな我慢できるんだろうと思ってもいましたね。まあ、それに関しては、私が高齢であるというのが理由かもしれませんけどね。
2つ目の理由は財政上の理由でしたね。数年でバッテリーの性能が落ちるとか端末自身のスピードが遅くなるとの理由で、数年で買い替えを迫られる上に中々の出費を要するとの事で……。値段的に言えば数年毎にノートパソコンを買い替えている様な物だということで、ちょっと財政的にきついというのもありました。しかし、なんでもかんでも充電が必要になって便利なんだか不便なんだが……。まあ同時に電気のありがたみも感じましたけどね。
3つ目の理由としては、スマートフォンで電話をしている人の姿に違和感を覚えたという事でしょうか。なんだか『かまぼこの板』を耳に当てながら会話をしているという姿が、とても滑稽に見えてしまったという事で……。まあ、ちょっとこの意見は失礼でしたね、失敬。
そういった理由で私はフィーチャーフォンのままでした。そういえば私の時代では個人情報の扱いが厳しくなっていった時代でもありました。まあ、組織等が扱う個人情報についてですがね。それと反比例するかのようにして、時代の背景もあり、個人が自分の情報を安易に社会に流すようにもなって行きましたね。動画やSNSといった媒体で以って、自分の情報を自分で晒している状況に違和感を覚えたものです。
もう私は知る事が出来ない訳ですが、この手紙を読んでいるあなたの時代には、携帯端末はどのような進化を遂げているんでしょうかね。
そんな事が書かれた手紙を見つけた。手紙は私の曾祖父が書いたものだ。この手紙が書かれたのは、西暦2018年という事で凡そ70年前だ。
今の時代、成人になった時点で、耳の後ろに通信兼統合処理チップが埋め込まれ、思い浮かべた言葉を脳神経を通じて文字列とし、それを視神経を通じて網膜の一部に映像という形で直接投影し、他者からの通信も網膜に投影されるという網膜投影の文字列通信で、いわゆるチャットで以って外部と通信する。それらは通信兼統合処理チップのメモリにログとして記憶される。メモリは現在の技術力では10テラバイトの容量が限界といい、古いものから自動的に削除されていく。
当初、先鋭的な技術者達は脳にイメージした『言葉』を直接通信しようと試みたが、それだと思った事がそのまま通信されてしまい、ほんのちょっと不遜な言葉を閃いただけでも相手に通じてしまうという事で、それは人間関係の崩壊、人格までも問題になるという懸念が払拭出来ずに諦めたという事だ。そんな事になったら黙秘、忖度といった事も不可能となってしまう。いかがわしい事をチラっと考えただけで相手に伝わってしまうという事であり、そんな事、考えただけでも恐ろしい……。
故に、思った事を文字列として網膜に投影し、それを明確に『OK』とした後に通信するという仕組みになった。それなら旧方式とさして変わらないじゃないかという意見もあったが、取り敢えずは手を使わず無言のままに通信出来るというドラスティックな変化を皆が支持したとの事だ。また、文字列を音声信号として直接聴覚神経に流す事も出来る。但し、その機能を使うには慣れが必要である。慣れないままに使用すると耳と聴覚神経からの音声とが混在する事で平衡感覚を失い、場合によっては転倒し怪我をするといった事にも繋がる為である。私は未だにその違和感に慣れず、一人になれる場所以外では音声通信を行わないようにしている。
そしてそれらを動かす源とも言える電源についてはひと悶着あった。当初は人の後頭部付近にバッテリーを埋め込むといった方法が考えられた。そのバッテリーは充電式とし、枕を供給源とした非接触充電をするという案だった。だがここでまた先鋭的な技術者が『動脈の血流を利用しての血流発電で電気を起こす』という案を持ち出した。これに対しては医学界から怒涛の反発があったらしいが、経済界が押し切って血流発電が採用されたらしい。それと同時に、息を吸って吐く度にプロペラを回して発電するという『気管エアフロー発電』も同時に採用された。血流同様に自力で生きている限りは発電し続けるという優れ物である。
私も耳の後ろに通信兼統合処理チップが入っている。そして首には最新の血流発電システムが埋め込まれ、胸の気管にもエアフロー発電が埋め込まれている。私は何の懸念もなくそれらを埋め込んだが、体の中にチップを入れる事自体が嫌、先進的発電システムが怖いという人も多いらしく、そういう人はメガネタイプの統合処理通信機を使っている。メガネの柄についたセンサーで、こめかみを通じて脳神経と視神経の電流を取得し、デジタル化しながら増幅し、またこめかみを通じて視神経から網膜へ映像を映し出すという古い方式である。但し、メガネタイプであると消費電流が多く、メガネと有線で繋がったバッテリーパックが必要になるので煩わしいというデメリットがある。それでも「体内にチップや発電機を埋め込むよりは」と言って我慢しているらしい。心臓のペースメーカー等体内に埋め込む機器は一般的だし、埋め込んだ方が便利である事は間違いないのに、随分と保守的な人達である。
そういえば手紙の主は個人情報の流出を気にしていたようだが、今の時代は全てが晒される時代であるとも言える。それは安全保障の観点から決まった措置である。「誰が何時何処で何をしている」と、そういった情報は全て当局に筒抜けである。それと引き換えに、テロ等の取り締まりが容易になると共に事前に抑止も出来、国民に安全を保証するという事だ。
当初、その制度を口にした人達は攻めに攻められた。だが一歩も引かずに国民投票を持ちかけた。
『安全は担保されない代わりにプライベートが欲しいか、安全を担保する代わりにプライベートを差し出すか』
そういった二者択一を国民に迫った。そして僅差ではあったが後者が選ばれた。まあ、私の場合には隠したい何かがある訳では無いので、私も後者を選択した。結果、街中に監視カメラが溢れると共に、地上から35,000キロメートル上空の静止衛星による国民監視が行われている。当然ながら、耳の後ろに埋め込んである通信兼統合処理チップによる通信も監視対象である。都市部に於いては、そのチップから発せられる電波以って誤差1メートル以内という精度で、リアルタイムにその人の位置を特定できるらしい。
友人の中には監視されている事を知った上で、如何わしい場所へ出入りする者もいる。如何わしい場所に行ったからといって捕まるという訳では無いが、見られていると知った上でそういった行動を堂々ととる友人を、私はある意味で尊敬している。
しかし『スマートフォン』か。「過去に流行っていたという物」という番組で見た事があるが、手紙の主が書いているように『かまぼこ板』の様な物を耳に当てながら会話をするという光景が不思議に見えた。皆が俯きながら「かまぼこ板」を見ているという光景が不思議に思えた。皆が「かまぼこ板」を同じ方向へと向けて、写真や動画を撮る姿が異様に見えた。
端末は薄さと軽さを追求しながらに大型化し折り畳む様にもなり、メインとサブ、若しくは通話用やネット用にと複数台持ち、更には無線のイヤホンまで持つ。それらの装備はそれぞれがバッテリーを必要とし、使い方にもよるが1日持たない事も多いらしく、予備のバッテリーを携帯せざるをえなかったらしい。結果携帯できる小型の装備が増えて行ったという。例えて言うならば、大型の多目的車両を1台所有するのでは無く、目的別に軽自動車を複数台所有するみたいなイメージだろうか。いったい何がスマートなのだろう。耳に当てている『かまぼこ板』の厚みが薄いからスマートなんだろうか。見た目は兎も角として、常に電池の残量を気にしながら沢山抱えて過ごすというのは、とてもスマートには思えないな……
まあ、何がスマートなのかは分からないが、その時代は今に繋がる過渡期であったという事なのだろう。そして、今の私達の装備も十年も経てば笑ってしまう様な古い物になるのだろう。それが日進月歩という物という事だな。
2020年 06月14日 5版 誤字訂正他
2020年 04月24日 4版 誤字訂正
2019年 11月24日 3版 句読点消しすぎた他
2019年 11月18日 2版 句読点多すぎた他
2019年 03月20日 初版