第八話 試合してみた!
魔王の恋愛相談も終わり、僕は皆の元へと戻った。
去り際に温泉街の魔族を撤退させるようにお願いしたら、あっさり了承してもらえた。
「そんな些細なことに時間は使えん!」
「そんなことよりも、獣人族からの印象を良くしていかねば!」
人間族への侵略が些細なことになってしまった…
魔王も急に俗物的になってるし。
「拙者、己の力を試してみとうござる」
いざ魔王城を出発しようとすると、ゴブモンがそんなことを言い出した。
せっかく強い人達が揃っているのだから実戦の練習にはちょうど良いかもしれない。
魔王城から少し離れたコロシアムのような場所へ移動した。
魔族にも娯楽のようなものは必要なのだろう。観客席があり、中心に舞台があった。
他のメンバーも戦ってみたいようで、各自準備を始めている。
「まずは、私ですね!」
覚醒したミリルが舞台上にふわりと下り立つ。相手は魔王軍幹部『土のアガテア』、全身鎧に身を包んだ騎士のような魔族だ。
当のミリルだが、今は体が地面から少し浮いており、自身の周りに火の玉をユラユラと漂わせている。服装は魔王から貰った宝具の一つ『炎の羽衣』が『ゆらめきの装束』に変化したもので、赤と白がベースの巫女装束に似たものを着ていた。
体が浮いたり、火の玉が出てるのはこの宝具の効果だ。
もう一つの宝具は『不死鳥の羽飾り』が『不死鳥の魂』という指輪に変化した。効果は自動回復と自動蘇生で、魔力が続く限り永続するチートな一品に仕上がっている。
武器の大鎌は大変危険なので、僕がミオに上げた大扇子にしてもらった。
要するに物凄い強者感を出している。
観客になっている魔族がワーワーキャーキャー言う中、一際うるさい迷惑な客がいた。
「うぉーーー!ミリル嬢ーー!女神だーー!」
…魔王だった!
大声を張り上げてミリルを応援していた。
審判みたいな魔族が開始の合図をする。
先に動いたのはアガテア、全身鎧着てるよね?と思わせるスピードでミリルに迫る。接近戦に持ち込む気だろう。
ミリルは相手を近付かせないよう手をかざし、周りの火の玉を数個アガテアに向かって飛ばした。
アガテアは火の玉を迎撃すべく剣を抜き放ち、そして叩き切った。
どっがーーん!
突如、切った火の玉が爆発した。
更に一緒に飛ばしていた火の玉がいつの間にかアガテアを取り囲んでおり、一斉に誘爆した。
爆発の衝撃が此方にまで伝わってくる。
あれヤバくね?
爆発が収まるとアガテアが膝をついて座っていた。
「咄嗟に壁を造らなければ、今ので終わっていたな…」
アガテアは魔法で瞬時に土の壁を作って爆発の衝撃の向きをずらしたみたいだ。
すっと立ち上り、剣を構え直す。
これだよ!これ!今まで何か足りないと思ってたけど、やっぱりファンタジーの醍醐味は緊張感ある戦闘だよね!
ミオのは一方的な蹂躙って感じだったし。
全く戦わずに魔王まで辿り着いたから、やっとだよ!
僕は興奮して、思わず隣にいるミオの手を握ってしまった!
届け!この思い!
「いきなりなんだよ、照れるじゃねーか…」
…届かなかった。
試合は進み、アガテアが砂で作ったサンドドラゴンで攻撃したり、ミリルが疑似太陽を作って舞台上を燃やし尽くしたりして、一進一退の攻防が続いた。
あのミオっ子のミリルが、魔王幹部と普通に戦えてることに感動していると、試合終了の合図が聞こえた。
「流石だな、魔王様が見込んだだけのことはある。こちらの魔力切れだ」
アガテアはそう言って潔く去っていった。
アガテアは全身鎧を着ているので近接戦闘系なのだろう。
対してミリルは遠距離系で、尚且つ常に周囲にあの火の玉が浮いているのでアガテアも迂闊に接近戦に持ち込めなかったのかな?
「勝者!ミリル!」
審判がそう言うと、会場から物凄い歓声が鳴り響いた。
「勝っちゃいました!」
「流石、私のミリル!良くやった!」
ミオがミリルの頭を撫でている。ミリルも嬉しそうだ。
観客席の魔王が「ぐぬぬ…」と悔しがっている。
アガテアが負けたことに対してだと思いたい。
次はレンの番だ。
「…ふ、ふふふ。とうとう私が鮮烈なデビューを飾る時が来た!」
とても心配だ。
スレンダー美人のレンが舞台上に立つ、その手に持つのは青白い色の巨大なアイスソード。
対するのは又しても魔王軍幹部『光のリウル』魔王軍なのに天使みたいな姿をしている。
誰も気にしている様子は無いので大丈夫なのかな?
「それでは、始め!」
審判の魔族は合図をすると直ぐに舞台を降りる。
「…最初から全力でいく!」
なんか嫌な予感がする…
「…『絶対零度』!!」
瞬間、世界が氷ついた…
その後は本当に大変だった…
唯一無事だった魔王がミリルとミオを回復し、ミオと魔王がひたすら観客達を元に戻していく。
幸い処置が早かったため、怪我をしている者はいなかった。
ミリルは氷を溶かし続けて、魔力切れでダウン。
何とか全部元通りになった。
「…ぐすっ、ぐすっ。…ごめんなさい、ごめんなさい」
レンは自分が起こした事の重大さに泣き出してしまった。
「あれだけ使うなって言ったのに、なんで使っちゃうかな~。まあ、皆呆気に取られて怒ってはないみたいだから、早く泣き止め。あ、ミリルにはちゃんと謝っておけよ!」
そう言って僕はレンの頭を撫でてやる。
「…でも」
「僕も危険だと承知でレンに持たせてたんだから同罪だよ。謝れって言われたら僕も一緒に謝ってやる!」
僕はレンを慰めるために笑顔でそう言ってやった。
僕も流石にここまでとは思っていなかったので、確かに同罪である。
「…タクミ」
レンは僕を見上げて少し驚いた顔をして、また泣き出した。
僕はレンが泣き止むまで頭を撫で続けた。
気を取り直して三戦目、満を持して登場したのはムーちゃんだ!
ランドセルを舞台に置くと、変形して『キラーマシン・改』になった。全長3mほどあるのだが、どうやってランドセルになれるのかは謎だ。
観客だった魔族も何事も無かったように盛り上がっている。
とてもありがたい。
レンはまだちょっとグズっているが、今は僕の腕に抱き付いて落ち着いている。
「あんまり気にするな、って言っても無理か。僕はいつもみたいにバカやってるレンが好きだから落ち込んでると調子が狂う。だから元気だせ!」
「…うん」
なかなか気の利いた言葉が浮かんでこないな。
はっ!まさか、これが童貞の弊害というやつか!?
僕がうんうん唸っていると、ムーちゃんの対戦相手が出てきた。
これまた魔王軍幹部で『風のティアラート』さんだ。
何でさん付けかと言うと、メチャクチャ魅力的なお姉さんだからだ!
服を着崩しており、たわわな胸が強調されている。
すごいなぁ~
はっ!急に寒気が!さっきの『絶対零度』の後遺症か?
僕が視線を感じて周りを確認すると、ミオがこちらを睨んでいた。
僕は慌てて首を振り否定の意思を伝えた。
ミオは握った手の親指を上に向け、親指で首の前をなぞって、最後に下に向けた!
ひぃぃぃー!
このままではヤバイ!何とかしなくては!
僕は精神を落ち着かせるため、まだ腕に抱き付いているレンをモフり始めた。
「………」
レンは僕に大人しくモフられていた。
僕がミオへの謝罪の言葉を考えている内に試合は進んでいた。
因みに今回のムーちゃんの『覚醒』は、王道のジャンガリアンハムスターだ。
どんな力があるか知らないけど。
キラーマシン・改は片手にチェーンソー、片手にガトリング砲を持っており、さっそくガトリング砲で攻撃し始めた。
ティアラートさんは、空気圧の障壁を張って弾幕を防ぐ。
キラーマシン・改は攻撃しながらさらに距離を詰めるが、なんとティアラートさんも距離を詰めてきた。
「おーっと!ここでティアラート選手、接近戦に持ち込む気だー!」
急に闘技場のスピーカー?から実況みたいな声が聞こえてきた。
なんか、舞台の横にいつの間にか運動会であるようなテントが設置してある。
テントの中には長机とパイプ椅子とマイクみたいなものだけ置いてある。即席で作ったのかな?
そこに魔王が居た!
「解説のミリル嬢。これはどう見ますか?」
ミリルが隣に座っていた。
何してんの?
大方、魔王がミリルの隣に居たいから、ミオを無理矢理言いくるめた感じがする。
魔王の顔はご機嫌だ!
「あわわわ…」
「流石、ミリル嬢!あの空気圧の障壁はかなりの防御力を誇りつつ、接近戦でも攻守共に使える優れものです」
ミリル何も言ってないんだけど!
もうあちらは放っておこう…
舞台上に視線を戻すと、両者共何もせずに至近距離で睨み合っていた。
どちらが先に動き出すのか、緊張が走る。
先に動いたのはキラーマシン、チェーンソーを振りかぶりティアラートに叩きつける。
ティアラートは直ぐ様反応し、手の平をキラーマシンに触れた。
直後物凄い勢いでキラーマシンが回転しながら吹っ飛んでいく。
あれは!?あれなのか?某忍者漫画の○○丸か?
距離が離れたのでティアラートは魔法の詠唱を始めている。
キラーマシンは壁に埋もれていたが、瓦礫を退けて立ち上がった。
その間に詠唱は終わっていた。
「極大魔法!『夢幻の雷』」
突如、キラーマシンに雷が落ち徐々にその数を増やしていく。
眩しくて見ていられなくなり、最後に見たのは物凄い太さの極光だった。
すげー!ものすげー!
僕の語彙力が低すぎる!…とにかく凄かった!
たが、キラーマシンは焦げて煙を上げながらもティアラートに接近し、チェーンソーを突き出した。
「ありえないわね…」
魔法発動後の硬直で身動きがとれないティアラートはそのまま吹き飛ばされた。さすがに練習試合なのでチェーンソーの刃は駆動していない。
「私の負けね」
ティアラートさんは、よろよろと立ち上り負けを宣言した。
キラーマシンが普通じゃないだけで、最後の魔法の威力は凄まじかった。相手が悪かったとしか言いようがない。
ムーちゃんが覚醒した意味とは一体?
様々な疑問を残しつつ試合は終了した。
最後は、実力を試したがっていたゴブモンだ。
『覚醒』が済んで物凄い剣豪のような佇まいだ。
今回は『殺陣』の効果を確かめるため、幹部以外の魔族にも協力してもらい、1対50にしてもらった。
勿論、最後の悪代官役で幹部の『闇のベリオル』が待機している。
『絶対切断』のスキルがあるので、用心のため武器はひのきの棒だ。
そして、試合?が始まったがまさに圧倒的だった。
「ヒャッハー!」
「テメーの婆さんは何色だぁー!」
「骨も残さねーぜー!」
魔族達が変な雄叫びを上げて、一斉にかかっていくが全く当たらない!
しかも、ひのきの棒で体をなぞられた者はバッタバッタと倒れていく。
これには観客の魔族達も驚きを隠せず、闘技場は静まり返っていた。
「これぼどの実力者が埋もれていたとは…、わが軍に欲しい逸材だ!」
最後の1対1になり、ベリオルが率直な称賛を贈る。
今朝まで只のゴブリンだったんだけどね!
テーテテー♪テテーテテー♪
お馴染みの音楽が聞こえてきそうな雰囲気で二人が相対している。
そして、ベリオルの攻撃を華麗に避けていくゴブモン、範囲攻撃まで避けた時はなんで?と思ったが深く考えまい…
最後は綺麗に一撃で決めたゴブモン。
『殺陣』の凄さを改めて実感した戦いだった。
魔族達もひのきの棒だったので薄皮一枚切られた程度だったが、何故か起き上がることが出来なかったらしい。
何か結界的な物が働いているのかもしれない。
魔王は最後まで実況と解説を続けていた…