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罪の魔王シリーズ

月下美人

作者: クスノキ

月下美人の花言葉『×××』『××××』

 人が自分の命を対価にしてでも、叶えたいと思う願いは何だろう。憎い相手と心中すること?至上の快楽を得ること?それとも不治の病に侵された大事な人を救うこと?

 あるいはそれは、愛する人と結ばれることかもしれない。


   ***   ***


「ごめん!待った!?」

「ううん。今来たところ」

 今日はお祭りだ。大通りにはにぎやかな人の列が並び、魔導エンジンのうなる音があちこちから聞こえる。そんな中でも、遠くから手を上げて声を上げる彼はひと際目立って見えた。

 フワフワの藍色の髪に垂れ目で優し気な薄い黄色の瞳。小柄で体の線は細いけど、魔導剣の名手で仲間の人達と一緒に国を脅かす邪龍を狩ったこともある。外見だけなら目立ちはしない。でも彼の内包する魔力の強さは誰が見ても明らかだ。


 私は卸し立ての藍色のワンピースに、昼買ったばかりの蒲公英をあしらった小さなバックを持って彼の方へ歩み寄る。大きな声を上げなくてもいい距離に近づくと、彼は顔に満面の笑みを浮かべた。

「珍しいね。突然お祭りに行きたいなんて言い出すなんて」

「…うん。突然行きたくなったの。無理言ってごめんね」

「そんなことないよ。シェーネが我儘言うなんて滅多にないから、むしろ嬉しい」

 彼の言葉に私はあいまいな笑みを浮かべる。


「じゃあ、行こっか」

「…?そうだね。どこから見に行く?」

 彼は私の態度にどこか引っかかりを覚えたらしい。だけどその違和感はすぐにぬぐいさられる。曇った顔はまた笑顔になって彼は私のバッグを受け取り、手を引いてくれた。

 手の触れ合う感触に私は、胸の高鳴りと重くのしかかるような罪悪感を覚えた。


「まずはご飯が食べたいな。…今日も空は晴れないね」

「ん?空は僕らが生まれた時からこのままでしょ?ふふ。夜なのに寝ぼけているの?」

 二人、ゆっくりと歩く。彼は甘い笑みを浮かべた。私もまたあいまいな笑みを浮かべる。

「そう、ね。本当、寝ぼけてるみたい」

 嘘。私は寝ぼけてなんていない。眠ってばかりだった私が寝不足になるはずがない。


「眠気覚ましにクレープが食べたいな。…アレク」

 彼の名前をわずかに言い淀む。アレクは笑いを含ませて答えた。

「そんな甘い物じゃ眠気覚ましにならないよ。うんでも分かった。ところでその花、綺麗だね」

「ありがとう。この間知り合った人にもらったの」

 アレクが指さしたのは私の黒い髪に差してある大輪の白い花。艶やかに咲く美しい花。この花のことがアレクは気になるらしい。

「知り合い?それって男?」

 アレクはむっとした表情だ。どうやら嫉妬してくれているらしい。私は笑って首を振った。


「違うよ女の人。『月下美人』っていうんだってこれ。綺麗、だよね」

「『ゲッカビジン』?聞いたことがないな」

 アレクは首を傾げる。

「うん。私も。でもとっても珍しい花なんだって」

「そっか」

 触れた手からアレクの温もりが伝わってくる。それだけで私は目から涙がこぼれそうになった。

(駄目だ。こんなところで泣いちゃ…。夜はまだ長いんだから)


「大丈夫?今日のシェーネは何だかおかしいよ?」

 アレクの薄い黄色の瞳が私を覗きこむ。ふと顔を前に傾ければ唇が触れてしまいそうになる距離。湧き上がる歓喜と苦悩。相反する二つの感情が私を襲う。そのどちらも押し殺し、私はスルリと動いて自然にアレクから距離を取る。

「何もないよ。急ごう。速くしないとクレープ、売り切れちゃうかも」

「そんなわけないじゃん」

 ふふっとアレクは笑みをこぼす。アレクは私と会ってから笑ってばっかりだ。押し殺したはずの心がピキリと音を立てて軋む。



 暗く立ち込める灰色の空は、昼のそれよりもわずかに暗い。その下で行われるのは出会ったこともない神様を祀るお祭り。お祭りでは人々の楽しむ心を捧げることが神事につながるのだという。

 私は、このお祭りを楽しめているのだろうか。



   ***   ***



 私は悪魔に願いを告げた。


 それでいいの?と悪魔は聞いた。


 それでいいのだと私は答えた。


 分かったと悪魔は言った。そして。



   ***   ***



 私たちは熱を帯びた淡いランタンの光で照らされた露店でクレープを一つ買い、分け合って食べた。

「おいしい」

「そう?なら良かった」

 薄い小麦粉の生地にたっぷりの生クリームと苺を入れたクレープは、露店で出されるものだから当然安っぽい味だ。名うての魔導剣士として普段からおいしい物をたくさん食べているアレクにとってみれば、決しておいしいと言えるはずはないのに、彼は嫌がりもせずに食べてくれる。

 その優しさが今は辛い。


「そういえばここ一か月くらい町にいなかったけど、どこに行っていたの?」

「隣国に出てきた悪しき魔族と戦ってたんだ。ここ数百年で魔族との関係も大分よくはなってきたけど、まだまだ人間に敵意を持つ魔族は少なくない」

「大変だね」

「そうでもないさ。双方の血を浴びてでも、人と魔族の仲を取り持つことが半魔たる僕の使命だから。それに僕自身が見てみたいんだよ。人と魔族が本当の意味で手を取り合える世界をさ」

 叶うといいね。そんなことを思った。


 人と魔族。その二つの種族はかつて不倶戴天の敵として、長年に渡り凄惨な殺し合いを続けてきた。魔族は人を下等種として嘲り、魔王と呼ばれる魔族の長を中心に人を滅ぼそうとしてきた。

 それに対抗してきたのが異世界から召喚されるという勇者。その勇者を筆頭に人は魔族に抗ってきた。


 けれどそれも昔の話。はるか昔に魔族を統べるはずの魔王は姿を消した。魔王出現と同時に現れる灰色の雲は消えていないから、魔王自体は存命のはず。しかしその系譜は歴代最強と言われた『罪の魔王』からもう何千年も途絶えている。

 そんな時代が長く続き、人よりも長い寿命を持つ魔族の中でも世代交代が起こり始めた。いつしか魔王を知らぬ若い魔族が多くなり、ついに魔王がいた時代を知る魔族はいなくなった。そして生まれたのが融和派の存在だ。

 人と魔族は長年争ってきた。しかし魔族側の御旗となりうる魔王はいない。そして魔王がいなければ異世界から勇者を召喚する必要もない。

 それでもにらみ合いを続けてきた人と魔族だったが、理由もなく憎しみあいを続けられるものばかりではなかった。双方の勢力の一部がどちらともなく「もういいだろう」と言い出したのだ。長い間争ってきたが、あえて争う理由もないだろうと考えたのだ。


 そんな風潮の中、魔族の男と人間の女が愛しあい生まれた子どもがアレク。アレクの外見は人と全く変わらないけど、血の色は魔族と同じ青色だし、魔力の強さも魔族のそれだ。

 ともあれ同時期に何組もの人と魔族のカップルが生まれ、そのカップルから生まれたアレク達は半魔の第一世代と言われている。

 でもそんな半魔を嫌う人は多い。人に根付いた魔族への恐怖は完璧には消えてくれないし、魔族に染みついた差別感情もまた同じ。人を排斥しようとする魔族は如何せん多く、そんな魔族をアレクは「悪しき魔族」として時に話し合い、時に殺している。


 私はアレクの幼馴染として、周囲の人達から石を投げられる幼いアレクを見てきた。そんな過去がありながら、歪まずに自分の想いを貫こうとするアレクを私は誇りに思うし、尊敬する。

 だから私はアレクのことが好きでいられるのだ。


「あれ?アレクじゃん?デート?」

 でもその想いが決して叶わないことを私は知っている。

「ノーラ」

 アレクがやれやれといった顔で目の前に現れた女性を見た。灰色の髪とその隙間から生えた真赤な角。目の虹彩は蛇のように縦に伸び、それが彼女の凛々しさとたくましさを象徴しているかのように見える。

「お、あっついねぇ~。たまの休みに恋人とデートたぁ、アレクも隅におけねぇな」

「茶化すなよ」

 ノーラを前に、アレクは表情を和らげる。私の前で見せる笑顔とは全く違う、自然でリラックスした笑顔。

(駄目。泣いたら駄目)


 分かり切っていたことじゃないか。私はこみ上げてくる想いを必死に押し殺す。ごめんなさい。ごめんなさい。という言葉を言わないために、そっと手で口を押さえる。

「久しぶり、だったっけ?会ったことがあるような、ないような…ま、いいや。一応挨拶しとくわ。あたしはノーラ。アレクの仲間で半魔だ」

 自分が半魔であることを誇りすらする口調でノーラは言う。

「わ、私はシェーネ、です」

「あり?元気ないね。大丈夫?」

 ノーラは心配そうに私の肩を叩く。その手から優しさと強さが伝わってきて。


 弱い私はもう限界だった。


「ごめんなさい」

 握ってくれるアレクの手を離し、私は一人雑踏の中へ消えていく。アレクの驚きと心配の声を背に、私は人混みをかき分けて進む。

 一人になりたかった。時間が欲しかった。大丈夫。今晩だけならこんな私の奇行を誰も不思議には思わない。そんな約束。そんな契約だ。


「それでいいの?」

 誰とも口を利きたくなくて、誰の声も聞きたくなくて、私は必死に走った。人混みを抜けて、お祭りの露店が全く出ていないところまで一気に走り抜ける。乱れる息と熱い体。かすかに歪む視界に遠のく声。

 そんな中で一つの声が私の耳に入った。顔を上げると薄暗い路地裏に存在する真っ黒な外套を着て、ツルリとした白い仮面をつけた。

「悪魔さん」

「こんばんは」

 悪魔がいた。



   ***   ***



 私とアレクは幼馴染だ。でもずっと一緒に遊んですごしていたわけではない。生まれ育ったのは住んでいる者のほとんどが人の町。そこでアレクは迫害されながら育ち、私はずっとベッドに横になったまま育った。

 幼い頃から私は重い病に患っていて、ベッドから起きあがることすら苦痛で仕方がなかった。また20歳までは生きられないだろうとも。そんな私のことを両親は悲しみ、慈しんだ。それでせめて長生きできるようにと空気のいい、この町へ越してきたのだ。


 魔導車に乗ってまるまる二日。当時5歳だった私にその長旅は大きな負担で、町に来て早々寝込んでしまった。

「わたし、このまましんじゃうのかな」

 病の苦しみに喘いでいた当時の私はひどく悲観的で、幼いなりに達観していた。そんな熱と吐き気で意識が朦朧しながら寝込んでいた二日目のこと。

 私はアレクに出会った。


「あれ?なんで、なんで開かない?」

 目を瞑っていた私の耳に、ガチャガチャという音が入ってきた。なんだろうと思って薄く目を開けると、薄いカーテンの向こうに綺麗な顔を真っ青にはらした少年がいたのだ。

 私は驚き、困惑した。何せ窓から尋ねてくる人がいるとは思わなかったし、それに男の子の顔から流れる血の色は赤ではなく、青。両親から聞いていた魔族の血の色と同じだったからだ。人の姿をしているのに、人ではない。薄いカーテン越しに私と彼の目が合った。


「あなたはだぁれ?…しにがみ?」

 言葉がついて出る。人の姿をした人ならざる者。それが私には命を持っていく死神に見えた。きっと悲観的な心がそう思いこませたのだろう。

 少年だったアレクは私のその言葉を聞いて、目をぱちくりさせた後、むっとした顔で言った。

「違う。僕は半魔だ」

「はんま?」

「そう。人と魔族の間に生まれた子。…もしよかったらこの窓を開けてくれないかな。ちょっとの間匿わせてほしい」

「う…ん」


 怖い、と思うのが当たり前だったのだと思う。けれど私は不思議とその少年のことが怖くなかった。おぼつかない足取りで窓に歩み寄り、鍵を開ける。窓が開くのと同時に私は少年の方へ倒れ込んだ。

「お、おい!」

「きもち、わるい」

 単純に、体力の限界だった。



 それからアレクは私をベッドに運び、私をかいがいしく看病してくれた。自分だって怪我をしていたのに。その日、両親は腕のいい医者と会う約束になっていて、家にいなかった。私はおとなしかったし、朝は体調も良かったから両親も油断していたのだろう。

 意識のはっきりした私とアレクは少しの間、話をすることができた。

 アレクが半魔であること。半魔はあちこちで迫害されていること。私が今住んでいる家はアレクの非常時の隠れ場だったこと。アレクの両親は周囲の目に耐えかねてどこかへ行ってしまったこと。

 そんな中、アレクはたった一人頑張っていたこと。


「ばいばい」

「ああ」

 ひとしきり話をして、私とアレクは別れた。アレクは人が住むようになってしまったのだから、ここにはもう来ないと言い、私もそれに反対しなかった。

 お互いに名前を名乗ることもなく、私たちは簡単な別れを告げた。そして私たちはそれから何年も会うことはなかった。



   ***   ***



 暗がりの中。私と悪魔は向かい合う。悪魔は闇の中にあって、白い仮面だけが嫌に明白だった。

 悪魔を前にして、私の中に恐怖はない。何せ悪魔と会うのはこれで二度目。それに悪魔がどんな存在かもよく知らない。悪魔自身は悪魔のことを神様に敵対するものだと言ったけれど、神話の中で神と敵対しているのは魔王であり、魔族だ。『悪魔』なんて言葉は見たことも聞いたこともない。


「…私には貴女が分からない。私は今までたくさんの人の願いを叶えてきた」

 その願いの対価として、悪魔は願いの数だけ命を奪ってきたのだろう。薄い闇の中、悪魔のいるところだけ存在感が欠落していて、それが反対に悪魔の異形を証明している。

 悪魔は淡々と語る。その声は男のものとも女のものともとれるもので、そこから悪魔のことについて、読み取れるものは何一つない。

 何となく、悪魔が女っぽいことは分かるんだけど。

「でも貴女の願いは命をかけるにはあまりに些末すぎる」

「そう、かな」

「そうだ。貴女が願うのであれば私は…」

「ねぇ悪魔さん」

 悪魔の言葉を遮って、私は言う。


「私ね。後悔しているの?」

「それは願いのことについてか?」

「ええ」

 あんなお願い、しなきゃよかった。私は間違っていたのだ。

「でもそれは時間のことじゃないの。私は彼と、アレクと結ばれるべきじゃない」

 悪魔の仮面がわずかに傾く。


「…分からないな。やはり」

「ねぇ悪魔さん。もう一つお願いを言ってもいいかな」

「願いは一つだけ。願ったものの命を対価にして叶えられる。それは貴女が願いの結果に満足している、いないに関わらずだ」

「いいじゃない。言うだけなら」

 不思議だ。悪魔は明らかな異形で、私はただの病弱な女。どんな願いも叶えてしまうような力を持った悪魔にとってみれば私は吹けば飛ぶような存在でしかない。だというのに私は悪魔に対して強気に出られる。


「私のことを…」

 そして私は悪魔に願いを告げる。その願いを聞いて、悪魔が動揺したことが分かった。

「分からないな。本当に私は、貴女のことが…分かりません」

「え?」

 一瞬、ほんの一瞬だけ悪魔の仮面がとれたような気がした。仮面の裏にある悪魔の素顔が垣間見える。

 けれどそれは本当に一瞬だけのことで悪魔はすぐさま無地の仮面で感情を隠し、淡々とした言葉を紡ぐ。

「貴女の願いは分かった。しかし邪魔が入ったようだ」

「邪魔?」


「シェーネ!」

 困惑する私に強い声がかけられる。振り返るとそこには剣を抜いたアレクと、両腕を赤く膨張させて臨戦態勢をとっているノーラの姿があった。

「その子から離れろ!魔族!」

 ノーラは悪魔のことを異形の魔族と考えたらしい。ノーラの両腕には弾けとびそうなほどの魔力が込められていた。


「だらぁ!」

 そしてノーラが地面に向かって両腕を叩きつけた。すると地面に亀裂が入って行き、それが悪魔のところまで到達すると、灼熱のマグマを噴出させた。

「むっ…」

 悪魔がわずかにうなる。その隙をつくように、アレクが魔導剣を起動させる。内蔵された小型の魔導エンジンがうなりを上げ、アレクは悪魔の死角から圧縮された魔力を放たれる。

 息のピッタリあったコンビネーション。互いが互いを信頼しあい、言葉などなくとも、顔なんて見なくても、何を考えているかが分かっている。あぁ、やっぱり。

「私の考えは間違っていなかった」

 彼の隣にいるべきは私じゃない。汚い私から、綺麗な涙が一条流れた。



   ***   ***



 初めてアレクと出会ってから何年も経った。あの日からずっとアレクとは会っていない。機会がなかったし、あえて会おうとも思わなかった。彼と再会したのは引っ越してきて5年。成長した私が何とか外を出歩けるようになってからのことだ。

「あっ…」

 あの日の邂逅は、自分の部屋のベッドの上だけという狭い世界の中で生きてきた私にとって大きな衝撃だった。だから本当に久しぶりに外へ出た私はアレクのことがすぐにわかった。

 両親から時々アレクの話は伝え聞いていたから、彼がまだ町の中で暮らしていることは知っていた。けれどその扱いは大きく変化していた。


「ひっ…!」

「半魔の化け物だ!」

「子どもを隠せ!」

 成長して力をつけたアレクは周りから化け物と呼ばれるようになっていた。


   *


「効かない!?」

「っかしーなぁ。今の攻撃、邪龍でもたじろぐくらいの威力なんだけど?」

 悪魔に向かって躊躇なく放たれた破壊。その中心にいた悪魔はだけど、全く動じていなかった。悪魔は興味深そうにアレクとノーラの方へ仮面を向けている。無傷の悪魔にアレクは驚き、ノーラは頬を引きつらせている。

「…強いな。魔王を倒しに行った女たちと同じくらい強い」

 悪魔の言葉にアレクとノーラは首を傾げる。私も同じ。悪魔が何を言っているのはさっぱり分からない。


「これもまた一つの可能性、か」

 淡々とした悪魔の言葉が辺りに広がり、フラリとはためいた外套から一輪の花が落ちた。


   *


 他の人達が自分のことを恐れ、目を背ける中一人アレクから逃げなかった私にアレクはすぐに気づいた。アレクは不思議そうに私に顏を向け。

「あれ?君はもしかして」

 彼も私のことを覚えていてくれたらしい。成長して少年から青年になった彼が優しく私に微笑んだ。

 ドキンと胸が大きく鳴った。これが私の初恋の始まりだった。


   *


「次はどこに行こうか?」

「え?」

 私を包み込むような人々の喧騒。気づけば私は祭りの通りへ戻っていた。悪魔に剣を向けた事実なんて初めからなかったかのように、アレクは私に話しかけている。


「え、と…その、あ、ノーラさんは」

「何言ってるの?ノーラとは一時間も前に別れたじゃない」

 認識にズレがある。悪魔の仕業だとすぐに理解できた。理解すると同時に、私の耳元で小さな声が聞こえた。

「貴女の願い、叶えましょう」

「…ありがとうございます」

「シェーネ?」


 小さく呟いた私の言葉を聞き取ったらしい。尋ねるアレクにゆるりと首を振って、私は口を開いた。

「ねぇアレク。私、一度だけ空が晴れるのを見たことがあるの」


   *


 再会した私とアレクは度々話すようになった。アレクは数年前に一度魔力を暴走させて以来、忌み子としてではなく化け物として扱われるようになったらしい。

「私はシェーネよ」

「僕はアレクドラだ」

 アレクの名前を知ったのもその頃だ。両親は私がアレクと話をすることをよく思わなかったけど、あえて止めるほどの勇気があるわけでもなかった。元々病弱だった私に、空気がいいからという理由で旅をさせるような両親だ。彼らは独善的で、自己満足に浸りたいだけ。


「アレクドラ。私は…」

 アレクとの会話は楽しかった。アレクドラ。そう名前を呼ぶと彼は優しく微笑んでくれて、幸せな気持ちになれた。今まで部屋で眠ってばかりだった私に友人と呼べる人はおらず、化け物と揶揄されるアレクにも他に話せる人はいなかった。

 互いに孤独になった理由は違えど、私達は気があった。あっという間に仲良くなり、よく待ち合わせをしては話をした。

 言ってしまえば、私達は人に餓えていたのだ。いくら強がっても、心がある以上誰かを求める。私にとってアレクドラは丁度いい友人で、また恋をするのに丁度よかった。アレクドラにとっても自分のことを怖がらずに接してくれる相手は貴重だった。


「アレクドラの魅力が早く皆に伝わるといいね」

 会話の中でそんな言葉を私は吐いた。嘘だ。私はアレクドラを独占したかった。私だけのアレクドラでいてほしい。他に何も求めないでほしい。そんな風に思っていた。それでも善人ぶった言葉を吐くのはアレクドラに良く思われたいから。唯一の友人に自分のことをよく思わせたいからだ。

「無理だよ。誰もが僕のことを化け物だと言って恐れる。僕とちゃんと向き合ってくれるのはシェーネだけだよ」


 アレクドラの言葉を表面上は困ったように受け取りつつ、その内心私がどれほど嬉しかったことか。アレクドラには私しかいない。あさましい私はさらに言葉を重ねる。

「そんなことない。アレクドラは化け物なんかじゃないよ。強いんだよ。だからその力を皆のために使えばきっと…」

 …愚かな私。その言葉がアレクドラをどれほど後押ししたか、私は全く分かっていなかった。私の言葉を聞いたアレクドラは大きく目を見開き、目に強い決意を宿らせたことに私は最後まで気づかなかった。

 本気でアレクドラを縛りつけたかったのなら「私がいるからアレクドラは大丈夫だよ」とでも言えばよかったのに。そうすればきっとアレクドラは私に依存した。アレクドラは私だけを見てくれるはずだった。

 私の心ない言葉が、アレクドラの心を動かし、彼の目を外の世界へ向けさせたのだ。


   *


「空が晴れる?」

 アレクは目を瞬かせる。

「そう。空はいつも灰色。変わらないものの代名詞」

 嘘ばかりついていた私だけど、この言葉は嘘じゃない。私は知っている。どこまでも透き通ったあの藍色の夜空を、その夜空を彩る星々を、空高く座する大きな月を、私は一度だけ見たんだ。


   *


 あの日の会話以来、アレクドラはよく町の外へ出るようになった。私はそのことに一抹の不安を覚えたけれど特に止めることなく、ただ「頑張ってね」とだけ言った。

 それからまた時は経ち、16歳になった私は一度病が悪化して何か月も寝込んだ。そして体調がよくなってアレクドラに会いに行った時、彼の隣にはノーラがいたのを見てしまった。


 二人の姿を見た瞬間、私はなんてお似合いなんだろうと思った。思ってしまった。ノーラは一目見ただけで半魔だと分かったし、彼女がアレクドラに好意を抱いているのも分かった。そしてアレクドラがノーラのことを愛しているということも。

「うしっアレク!お前が会わせたい奴って誰だよ」

「あぁ。シェーネっていう子で、僕がノーラに出会ったきっかけになった子」

「ふぅん。可愛いの?好きなの?」

 悪戯小僧のような顔で、ノーラがにひひと笑う。


「うーん。確かにシェーナは可愛い子だけど、そういうのとはちょっと違うかな。僕にとってシェーネは恩人で、妹みたいな人だから」

「へぇ。そりゃまた変な捉え方で」

 私は当たり前に隣にいる二人に気づかれないように、そっと背を向けて家に帰った。両親には体調が悪くなったと嘘をつき、誰も部屋に通さないように頼んだ。部屋に入ってそのまま枕に顏をうずめる。悲しくてしょうがないのに、なぜか涙は出てこなかった。

 つまるところ、アレクドラにとって私は恋をする対象ではなかったのだ。ノーラを見て分かった。アレクドラが求めていたのは、底辺を彷徨う現状を吹き飛ばしてくれるような強い人。弱い私では決してなれない。私はアレクドラの隣に寄り添うことはできても、手を引いて前を歩くことはできない。でもアレクドラが求めている人はそんな人なのだ。


「アレク、アレク…か。私にはそんな風にアレクドラのことを呼べないよ」

 乾いた声が、住み慣れた部屋に染みわたった。そして翌日、私はこの町に来てからお世話になっている医者から、始めに宣告されたよりも2年短い時間を。私が18までしか生きることはできないだろうということを告げられた。

 その日を境に私はアレクドラと会うことを止めた。アレクドラはもう私の隣にいない。ほかならぬ私の手で、彼を私の手の届かないところまで押し出してしまった。それに私があったところでどうなるというのか。もう先の長くない私が、アレクと会って何を話すと。


 そんな温い絶望に身を浸していた日の夜のこと。私は空が割れるのを見た。


   *


「驚いたよ。だっていっつも灰色だった空が急に割れちゃうんだもん。遅い時間で、他に見てた人はいなかったみたいだけど、私はあの光景を忘れることなんてできない」

「そっか」

 なんて言葉を返せばいいか分からないんだろう。アレクはあいまいに答える。アレクは私がどうして、そんなことを突然言ったのか分からないんだろう。でも私の言葉がアレクの背中を押したように、あの日の光景は閉じてしまったと思っていた私の未来を、開いてくれたように見えたのだ。だから言いたくなった。

 でも空が割れたことを両親や医者に伝えても幻でも見たんだろうと言って、まともに取り合ってくれる人はいなかった。それでも私はあの日の光景が幻だと思いたくなかった。あの透き通るような藍色の空にきらきらと輝く星。そして私を冷たくも柔らかく照らしてくれるあの月灯りを嘘だとは思いたくなかった。あの途方もなく美しい光景を本当のことだと信じたかった。

 だから調べた。私は町の図書館に通い、書物を調べた。その結果『罪の魔王』が現れるより前の空はとても色彩豊かであることを知った。私の見たものが幻でなかったことを知った。

 昼は青く、夜は藍色。でもそれだけではなくて日によって白くなったり、赤くなったり、黒くなったり、それこそ灰色になったりもしたらしい。


 でもいくら調べても空が裂ける現象について見つけることはできなかった。歴史、気象学、物理学に果ては民俗学までありとあらゆる文献を調べたけれど、私の知りたい情報はなかった。

 結局、私がそのことについて知ったのは、休憩がてらに読んだ三流ゴシップ紙からだった。


   *


「ごめん。…変なこと言った。折角のお祭り、楽しもう」

「あ、ああ。…シェーネ本当に大丈夫?」

 アレクは不安そうな表情を見せる。私は何も問題はないという風に笑って見せる。嘘をつくのは得意だ。ただ偽りたい想いが強すぎるだけ。

「大丈夫だよ」

 そっと髪に差した『月下美人』に手で触れる。花はまだ枯れてない。時間はまだある。


   *


「『悪魔が願いを叶える時、空は割れて真実の姿を映すことだろう』…か。いかにも与太話みたいな書き方だけど、私は空が割れることを知っている。だからこの記事ももしかしたら本当のことかもしれない」

 記事に書いてあったこと。それはどんな願いも叶えてくれる悪魔が存在すること。その対価に悪魔は命を持っていってしまうこと。そして願いを叶える時、厚くかかった灰色の雲が晴れるということ。

 悪魔はいくつかの条件を満たすと出てきてくれるらしい。ほんの気まぐれ。私は悪魔を呼び出すことにした。


「悪魔の呼び出し方。まず悪魔が叶えるに足る願いを持っていること」


「次に深夜誰も見ていない花畑に行くこと」


「そして最後。花畑から白い花を一輪手折って悪魔へ祈ること」


 何でも願いが叶うというにはあまりにお手軽な方法だ。だからこそ胡散臭いという人がほとんどだろうが、私にしてみるとだからこそ信頼できる。

 どんな願いでも叶えてくれるほどの力を持った存在ならば、自分を呼ぶ存在を見つけることなんてたやすいことだろうから。

 私は近所の小さな花畑に一人立つ。そして目についた一輪の花を手折った。


「ごめんなさい」

 不意にそんな言葉が口をついて出る。花だって生きているのだ。それを私の身勝手な想いだけで殺してしまう。

 摘み取った白いランタンのような形をした花が、風にふかれてフワリと揺れた。


「…お願いします。お願いします。悪魔さん。私の願いを、叶えて」

 目を伏せて、私は祈る。多分悪魔は現れないんじゃないかなと思っていた。だって私の願いは真摯であっても、ちっぽけでとても悪魔を呼び出せるほど強い願いじゃなかったから。でも。


「なら貴女の願いは何?」

 あっけないほど簡単に、悪魔は私の目の前に現れた。



   ***   ***



 月下美人。私の願いを聞いて、悪魔はそんな名前の花を私にくれた。

「その花は一晩だけ咲く花。貴女の願いにちょうどいい」

「一晩だけ…」

 私の願い。それはアレクドラと一晩だけ恋人同士になること。悪魔はその願いを些細と言った。

「己の命を対価にして願うにはあまりにちっぽけだ。願うなら、一晩と言わずに一日でも一年でも恋人にすることはできるが」

「いいの」

 だってそれでは未練になってしまう。私にとっても、アレクドラにとっても。アレクドラは優しい。幼い頃から迫害されてきたにも関わらず、歪まずに、笑顔を見せることができるくらいに優しい。

 だから一晩だけ。それだけなら夢だったと思うことができるだろうから。


「人の考えは理解できないな。私に恋人を殺してほしいと願う者がいれば、ほんの短い時間だけの幸福を求める者もいる」

「でもそれが人間というものなんでしょう?」

 醜くて、非合理的で、簡単に諦めてしまうくせに、すがるものがあれば手を伸ばしてしまう。それが人間というものだと私は思う。だって他ならぬ私がそうだから。

 悪魔はそれを聞いて沈黙する。悪魔が嘆息したような気がした。


「…その花が開いた時から世界は改変される。好きな時に願え。そうすれば花が咲き、花が枯れた時が貴女の最期だ」

「ありがとうございます」

 悪魔に深々と頭を下げる。

「なら一月後のお祭りの日に使うとするわ。あのお祭りは夜通しでやるからぴったり」

 時間はあるけれど準備を始めないと。私は寝込んでばかりだったから、まともな服を持っていない。精一杯のおしゃれをして、最期の思い出を作りたい。

「せめて楽しむといい」

 そう言って悪魔は消えた。



 そして一月後。私は選びに選んで買ったばかりの服を身につけ、花に願った。悪魔の力はすごかった。私の頭の中に偽りの記憶が流れ込んでくる。元々あった、寝込んでばかりだった私の記憶と、体は弱いけど町で一途にアレクの帰りを待つ私の記憶。二つの記憶が混ざり合って、混乱する。

 でもそんな風に感じたのは私だけだったようだ。周りの人は世界が書き換えられたことに気づいていない。最初からそうだったかのようにふるまう。私はアレクの恋人で、結婚の約束までしてる。そして今日のお祭りではアレクと一緒に回ろうという約束をしたと、偽物の私の記憶が伝えていた。

 なんて綺麗で理想的な世界。しかしその世界に私は戦慄し、恐怖した。弱くて愚かな私は理想の世界が恐ろしく思えた。


 だけどもう世界は書き換えられた。私はごちゃまぜになる感情を押し殺して約束の場所へと向かった。

 私の中に根付いた病すら書き換えられて、足どりは軽かった。だけど私の心にのしかかる重みは消えることはなかった。



   *


 アレクと二人で露店を回る。祭りはますます盛んになり、私は笑い、アレクも笑った。クレープをもう一度食べて、魚掬いに興じ、くじ引きの結果に一喜一憂した。どれほど楽しんだことだろうか。気づけば私達は人のいない泉の前まで来ていた。

 喧騒は遠く、縁を澄んだ明かりで照らされた泉は幻想的で、それはどこか終わりを予感させた。

 事実、暗い灰色の空は明るくなり始めていて、夜がもうすぐ明けようとしていることが分かった。

「ありがとう。今日は楽しかった」

「いいよ。また来ようね」

 その「また」はもうないんだよ。私は心の中で答える。


「シェーネ」

 アレクが一歩私のもとへ歩み寄り、そっと肩を抱いた。彼の綺麗な顏が私の方へ近づいてくる。

 愛の口づけ。結婚を約束した恋人同士。それは当然の行為なんだろう。


「…駄目だよ」

 でも私はアレクと…()()()()()と口づけをすることはできない。だってそれをしていいのはアレクドラの本当の恋人であるノーラだけなんだもの。

 けれどこの書き換わった世界でそれを知るのは私だけ。だから恋人への口づけを拒絶されたアレクドラの顔が辛そうに歪む。

「シェーネ。僕が何か…」

「もうすぐ、夜が明けるね」

 ねぇ知ってる?アレクドラ。


「ずっと言えなかったことを言わせて。アレクドラ。私は貴方のことがずっと好きだった。初めて会ったその日に貴方のことが忘れられなくなって、次会った時に好きになった」

「シェー、ネ?」

 アレクドラの顔に困惑が浮かぶ。

「真っ直ぐな貴方が好きで、ひたむきな貴方が好きで、半魔の貴方が好きだった。でもそれは『誰よりも』じゃないと思うの」

 アレクドラのことを誰よりも好きなのはノーラだ。アレクドラの力になってあげられるのも、アレクドラの手を引っ張ってくれるのもノーラ。

 私では、ないのだ。


「だから、だからねアレクドラ。貴方はノーラと幸せになって。貴方の夢に突き進んでね。そのために私は…」

 声が震える。目尻が熱くなる。鼻の奥がツンとなって、胸の奥から強い感情がこみ上げてくる。

「シェーネ!」

 私の尋常ではない様子にアレクドラが焦り出す。でももうどうしようもないの。


 もうすぐ夜が明ける。夢の時間はもうおしまい。私が消えて、全てが元通りになる。そう。


 ()()()()()


 疑問に思ったのだ。私の願いが叶い終わったら世界はどうなる?元通りに戻って、アレクドラはただ昔親しかった友人を失うだけになるのか?それとも書き換わった世界は元に戻らず、アレクドラは恋人を失うことになってしまうのか?

 私の願いは一晩だけアレクドラの恋人になること。その願いの果てに私は死んでしまう。確かに私の主観では、私の願いが叶うのは一晩だけのこと。でも改変された世界にとってはそうではないのかもしれない。アレクドラにとっては、そうでないのかもしれない。

 だから私はもう一度悪魔に願った。願いの果てに私の存在を世界から消してくれるように願った。だってそうすれば、世界がどう転がってもアレクドラが悲しむことはないから。それが最善の答えに思えたから。


「さようならアレクドラ。貴方に会えて、私は幸せだった」

「シェーネ!?」


 その時、夜が明けて厚くかかっていた灰色の雲が全て晴れた。私は驚いて空を見上げる。

「綺麗…」

「すごい…」

 私とアレクドラは空を見て言葉を失う。澄んだ藍色の空には今にも眠ってしまうそうな星々が輝いており、遠くには赤色とも紫色とも言えるような朝の空が見えた。私達が今まで見ていたような平坦でのっぺりとした空とはまるで違う、気まぐれで気分屋な色彩豊かな空だ。

 そして朝と夜の合間にありながら、未だに煌々と大地を照らしているものがある。月だ。前見た時と同じように、冷たくもあり、そして優しくもある光が私を照らす。柔らかな光が側の泉を照らし、きらきらと輝かせる。

 ハラリと髪に差していた月下美人の花びらが散り始めた。同時に私の体も淡い光となって消え始める。


「シェーネ!」

 それを見たアレクドラが決死の表情で私に手を伸ばす。

「嬉しい」

 最期の最期で、貴方といられて良かった。後悔と罪悪感にまみれていたけれど、偽りだったけれど、貴方と両想いになれて良かった。こんなに嬉しい気持ちに、幸せな気持ちになれて本当に良かった。


「私のことは忘れて、幸せになってね」

 ハラリ、ハラリと花びらは散っていく。私の体の光の粒子となって消えていく。微笑む私の目から涙の雫がこぼれる。

 泉に映った私の顔は儚げに、艶やかに見えた。



   ***   ***



   ***   ***



「何かが足りない気がするんだ」

 半魔の英雄と呼ばれたアレクドラは、ある時を境によくそんな言葉を口にしたという。まるで胸の大事なところにぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな気がするのだと。

 だがアレクドラの人生を追ってみても、アレクドラの周りに彼がそんな風に感じるような人物はいない。彼の両親は彼が幼い頃に彼をおいて消えてしまったし、アレクドラの妻であるノーラを始め、彼の仲間で戦死したものはいない。

 だからアレクドラのその言葉は彼の勘違いから来るものだろうと言われている。


 しかしアレクドラの生い立ちにはどうしても腑に落ちない点がある。アレクドラは幼少の頃、周囲の人間たちから迫害されていた。そんな環境にあって人は世界を救おうと思えるものなのだろうか。世界を憎悪するのが当たり前の流れというものではないだろうか。

 自ら血と汚名を被り、人と魔族が共に暮らせる世界を作り上げた英雄には決して晴れない謎がある。



   ***   ***



   ***   ***



   ***   ***



   ***   ***



「悪魔さん。そんな顔をしていたのね」


「…貴女は私のこの顔を、醜いと嘲りますか?」


「いいえ。でも貴女を見ていると何となく悲しくなる。まるで大事な人をずっと探しているみたい。とっても辛そう」


「私にも分からないんです。私が何を求めているのか。私は何をしたいのか。膨大な時間の流れに押し潰されて、私は私の願いを失ってしまいました」


「だったら」


「はい?」


「だったら、初めからもう一度、失ったものを探せばいいだけじゃないの?」


「…ふふ。シェーネさん。貴女は自分のことを弱くて愚かだと言いましたが」


「うん?」


「貴女はとても強い人だと、私は思いますよ」




 月下美人 終わり

月下美人の花言葉『儚い恋』『強い意志』


 あとがきで書くのもどうかとは思いますが、一応続きものです。でもこれだけ読んでも全く問題はありません。(最後の会話で?になるくらいでしょうか。いやならないかな?)悪魔の正体が知りたい方はシリーズの方から飛んでいただけるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章がすっっっごく上手いと思いました。 表現が的確で、容易にその光景を想像することができるので嬉しいです。 [一言] 月下美人……面白かったです。 月下美人は儚げなイメージです。 これでこ…
2018/07/15 16:08 退会済み
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