第6話、白銀、覚醒
ミリナを殺した異形の怪物。おそらく魔人軍だろう。教会の長椅子を、蜘蛛のような足で蹴飛ばしながら、槍を手にセラへと迫る。
セラは剣――アルゲナムの勇者が携えたという銀魔剣、アルガ・ソラスを抜いた。
その刀身は月明かりを浴びて白銀色に輝く。光をまといしその剣は、魔なるモノを一閃するという。
はじめて握るその剣は、女性であるセラにも意外としっくり馴染んだ。ロングソードであるが、不思議と重く感じないのは材質が魔法金属だからだろうか。
だが今はそれを考えている場合ではない。目の前の敵――ミリナを殺した怪物を倒すことが先だ。
『そいつが銀魔剣か』
怪物が何事か喋ったようだが、西方語ではないので、セラには理解できなかった。だがその好戦的な表情からして、こちらを殺す気満々だろう。
セラは両手で剣を握り、その剣先を怪物へと向ける。鎧をはずしてしまっているために、少し心許ない。こみ上げてくる不安はしかし、ミリナを無残に殺した怪物への殺意で押し潰す。
怪物が動いた。突然の跳躍――いや体当たりに、セラは横に飛んでかわす。思いがけず、しかも巨体に見合わず素早い怪物の動き。
床を転がり、何とかかわしたセラだが、怪物は蜘蛛の足で床を突き刺すように走り迫ると、手にした槍で突いてきた。
何とか身を翻して回避、そして後退。
――反撃できないっ!
怪物戦士は早い。銀魔剣で何とか敵の突きや払いを弾くが、防戦を強いられる。
『くふっ、かははっ! 白銀の勇者の一族と言っても、しょせん小娘だったか!』
相変わらず何を言っているかわからないが、怪物の表情を見れば馬鹿にされたのは見当がつく。
「このっ!」
セラの顔めがけて放たれた突きを、剣で弾く。魔なるモノを一撃で斬る、という銀魔剣だが、伝説に過ぎないのか。今のままではただの魔法金属の剣だ。
――このままでは押し切られる!
焦る。もう少し余裕があれば、魔法を絡めて攻撃できるのに!
再び迫る突き。セラの美しい銀髪が一、二本かすめとられた。間一髪、というのは大げさか。いやしかし危なかった。
――何とか、距離をとらないと……!
『逃がさないヨ!』
迫る怪物戦士。防戦一方になるセラ。
――私に、もっと力があれば……。
皆を守れる力があれば。国を守り、民を守り、メイアら近衛騎士たち――ミリナも死なせずに済んだかもしれない。力があれば――
(力が欲しいのか、アルゲナムの子よ)
ふいに浮かんだのは女の声。いや、それは脳裏に浮かんだのか、あるいは聞こえたのか、とっさにはわからなかった。
だが確かに、女の声だった。――今のは何? 幻聴……?
その瞬間、セラの胸もとで光が溢れた。
月明かりしかなかった教会内を満たした光に、セラも怪物も目を細め、その動きが止まった。
「ペンダントが……光って……!?」
白銀のペンダントが輝いている。母の形見。伝説の白銀の勇者が所有していたというそれ。
(我が力を欲するならば、唱えよ。『古の銀天使の加護を。闇を貫く光を――!)
「我は乞う――」
セラは自然と口にしていた。
「古の銀天使の加護、闇を貫く、光となせ!」
光が、銀髪の少女の身体を包んだ。銀の鎧、腕や脚を守る銀甲がセラの身体に装着され、なびく長い銀髪、その頭に天使の翼を模した飾りの兜が現れる。
具現化したのは白銀の鎧。それは白き翼を備え、天界の使者として悪を討つ戦乙女を思わす姿。
「これが……伝説の――」
突然、身にまとう鎧を肌に感じ、セラは驚く。だが呆けている場合ではない。光が収まったところで、例の怪物戦士が再び飛び掛ってきていた。
「くっ……!」
セラは迎え撃つ。銀魔剣、その刀身が光をまとっていた。迫る槍を弾く――いや、切断した。いままで弾かれていた穂先が綺麗さっぱり切れたのだ。
光の剣と化した銀魔剣アルガ・ソラス。伝説の通りの切れ味だ。
『ぐがぁああ!』
引き裂くような咆哮を上げ、怪物は向かってくる。
(唱えよ、アルゲナムの子よ。剣に光を集め、放て――ニーファフト……)
「閃光!」
アルガ・ソラスがまばゆい光を放ち、それを振り下ろした一閃は、たちまち光の傍流となって、怪物戦士を飲み込んだ。その一撃は、教会内を吹き飛ばし、壁とえぐった。
半壊した教会。室内にいたのは、セラのみ。怪物の姿はない。塵も残さず吹き飛ばしたのだ。
「……やっ、やった」
途端に膝から力が抜けた。すさまじい脱力感。
――ミリナ……仇は討ったよ……。
身体が重い。力が入らない。これまでの疲労のせい、いや、おそらく白銀の鎧の力を使ったことで、セラの身体が消耗してしまったのだ。息が自然と深くなる。
身体を休めたい欲求がこみ上げる。だがいま横になったら、きっと起き上がれなくなる。そんな予感があった。
ふと、教会の外から、複数の足音が聞こえた。同時に金属がこすれるような音も。――集団。魔人兵か!?
こんなところにいるだろう集団など、それしか考えられない。立たなきゃ――セラは慌てる。だが身体が言うことを利かない。
「く、なんで……こんな……」
ここで見つかれば、まず助からない。身体が動かなければ、いかに白銀の鎧をまとっていようとも敵からすれば格好の的。こんなところで、やられるわけには――
『いたぞ!』
魔人兵が、教会入り口に達し、セラの姿を見つけた。
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