第49話、橋を架けるシェイプシフター
夜にも関わらず、シファードの町の表通りは明かりが焚かれている。旅人などが疲れを癒したり食事をして過ごす夜の店が開いているせいだ。
ただ、現在ゴルド橋が分断され、川を境に往来がストップしているため、普段に比べて閑散としているという。
その日は雲が多く、月もまたほとんど見えなかった。
日が変わる深夜、慧太らは宿を出た。川さえ渡れば、リッケンシルト国の王都エアリアは徒歩で二日の距離だ。携帯食四日分を買い足し、準備を整えた一行はゴルド橋へと向かった。
特に注目されることなく、ゴルド橋を踏みしめる。先頭を行く慧太はランタンを手に進む。木製の橋は数え切れない人間や乗り物が通過してもなお頑強だ。
他に明かりがないため、眼下を流れるバーリュッシュ川は黒々としており、水の流れる音が大きく耳に届いた。その強さからして、まだまだ川の流れは激しいようである。
肝心の分断箇所――二番島と三番島の間に差し掛かる。
町に着いて見た時のまま、橋は約十ミータほどの間がなくなっている。普通の人間が跳んだ程度で超えられないのは瞭然だ。
「さて……」
慧太はランタンと橋の上に置いた。そしてすっと目を凝らす。
橋の向こう側に人の姿なし。アスモディアが使い魔を使って魔人部隊を退去させたはずなので、対岸に敵が待ち伏せているということもない……はずだ。
「アルフォンソ」
振り返り、漆黒の全身甲冑にまとった分身体を手招きする。のそのそとやってくる彼は、まず両腕を振り上げると、勢いをつけて前へ振った。
釣竿を振り上げて飛ばすのに似た挙動。次の瞬間、その腕が飛んだ。ロケットパンチよろしく、向こう側の橋に届いた手にはワイヤー状に伸びたシェイプシフター体が繋がっている。
アルフォンソの身体がスライム状に崩れたかと思うと、ワイヤー状の身体に沿って伸びていき、その身体を橋へと変えていく。
時間にすれば十数秒の出来事だった。分断されていたゴルド橋はシェイプシフターによって繋がった。
セラが、じっと目を凝らしながら、感嘆の声を上げる。
「こうして目の当たりにすると、シェイプシフターって凄いですね」
「まあな。姿を変えるのが十八番だから。……アルフォンソ、橋の淵を白くしてくれ。周囲と見分けがつきやすいように」
『了解です』
橋となった分身体から返事。同時に、橋の両端の色が白くなり、橋の境界が目で見やすくなった。この白い線を越えたら、轟々と流れる川に落ちるというわけだ。
夜風がやや強いが、幅は十分のため、よほど脱線しなければ落ちることはないだろう。
慧太が先頭きってアルフォンソの架けた橋を渡ると、立ち止まりランタンで後続の道を照らした。セラが抜け、リアナが続き、ユウラとアスモディアが分断箇所を渡り終わったのを確認した後、慧太はアルフォンソを回収させた。
結果、橋は元の寸断された状態に戻るのだった。
ゴルド橋を渡り、対岸にたどりついた慧太たち一行。夜の鳥の声が耳に届く。すぐそこにはリッケンシルト国の王都へ繋がるエーレ街道が真っ直ぐ伸びている。
街道は、黒々とした森の間を走っており、軍隊が行軍するに十分な幅があった。もともと街道は、通商よりも軍隊の移動用として整備される傾向にあるのだ。
街道を辿るだけなら、たとえ夜間でも迷子になることはない。……夜行性の野獣が襲い掛かってくることがあるという危険はあるが。
「どうやら魔人の部隊はいないようですね」
ユウラが言えば、シスター服のアスモディアは一礼した。
「仰せのままに、マスター。有無を言わさず、全速力でレリエンディールに帰投するようと命じましたから」
アスモディアは、慧太の身体から作り上げたシェイプシフタースーツ……修道女姿だ。
ただ、慧太はシスターなんて漫画やアニメでしか知らなかったから、結果的にアスモディアの望みに近い形で再現となった。
――実際、修道服の構造なんて、本職かコスプレイヤーくらいしか知らんでしょ。
その女魔人の顔に、小さな笑みが浮かぶ。
「本来なら部隊集結をはかるところですが、それすら時間が惜しいほどの急変が母国で起きたと言いましたから。兵どもは昼夜を問わず、走り回っているでしょう」
「素晴らしい」
ユウラはしかし小首を傾げる。
「でもゆっくり帰ってもらってもよかったのに」
「部隊合流する余裕を与えると、わたくしの不在を不審に思う者もいるかと思いまして」
「ああ、なるほど。合流できないのは、あなたも全速力で帰国しているから、というわけですね」
ユウラは納得するのである。
闇の中、街道を進み、やがて小休止をとる。リアナが適当な薪拾いをして集めた枯れ枝などに、アスモディアが魔法で着火した。
街道わきでの焚き火。暗闇のなか、温かな火は自然と心をホッとさせる。ついでに夜食とばかりに、堅焼きパンや水をとるが――
「そ、それをわたくしに近づけないで……!」
アスモディアがやや怯えた声を出すのである。
原因は、リアナが薪拾いの合間に、捕まえた蛇だった。
彼女は一刀で、蛇の首を切り落とした後、皮や内臓の処理も手早くこなす。串を作成すると、あっという間に蛇一匹を料理した。
焚き火で焼いた蛇焼きを差し出したのだが、アスモディアからは拒絶の声。これにはリアナも、どこかがっかりしたような顔になった。
「魔人だから蛇肉も普通に食べるかと」
「わたくしはこれでも高貴な生まれなのよ? 蛇なんて貧民の食べ物、食したこともないわ」
「……」
「なに、その何か言いたげな目は?」
「……別に」
リアナは、蛇肉をセラに突き出す。銀髪のお姫様も遠慮した。続いてユウラへ向けるが、彼もまた辞退した。……慧太には最初から向けなかった。
「悪くないのに」
狐娘は焼き蛇にかぶりついた。熱いのだろう。はふっとリアナは息をついた。一人だけ温かい食事だが、周囲が断ったので何も悪くない。
「それにしても意外だ」
慧太は言った。
「お前が蛇が苦手なんて」
「苦手というか……」
アスモディアは口を尖らせた。
「食べ物ではないわ」
それよりぃ――とアスモディアは立ち上がると、慧太の背後に回り、その背中に抱きついてきた。
「ねえ、ケイタ。暇だし、少しタノシイことしないィ……?」
「あ? 何だよ急に」
背中に柔らかな弾力を感じる。ユウラが彼女を下僕にしてから、開き直ったのかというくらい、やたらくっついてくるんだが。――というか、セラの目が怖い。怖い!
「人前で、あまりベタベタしないでくれます?」
案の定、セラの冷たい視線。
「目障りですし。静かにしてくれませんか?」
「何故?」
「何故って……わかるでしょう? ケイタも迷惑してます」
「迷惑なの、ケイタ?」
「見てわかるだろう」
慧太もそっけなく振る舞う。正直、セラの機嫌を損ねているのが大変感情的によろしくなかった。
「つれないこと言わないでよ」
アスモディアは慧太の首もとに手を回し、じゃれついてくる。修道服ごしの胸もまた、これでもかと押し付けてくる。
「いい加減にしてください! 不愉快ですっ! ……魔人の癖に」
すっと顔を背けるセラ。ふっと、アスモディアの手が慧太の肩を押さえ、反動立ち上がった。
「あ? 癇に障る言い方ね……人間の癖に」
「……!」
つかつかとセラへと歩みよるアスモディア。対するセラも立ち上がり、二人の視線は交錯し火花を散らす。
「仲間づらするのは早すぎるんじゃない? アスモディア」
口火を切ったのはセラだった。
「私はあなたを仲間だなんて認めてませんから」
「貴女が認めようが知ったことじゃないわ」
アスモディアは一ミータ挟んでセラと対峙する。身長は女魔人のほうが高いので、自然と見下ろす形になる。
「わたくしは、マスターの下僕。貴女の指図は受けないし、仲間になったつもりもないわ」
「仲間でないのなら、ケイタと接触しないで」
――え、何でそこでオレの名前が出てくるの?
慧太は視線を配れば、ユウラは我関せずと言った顔。リアナは――まだ蛇肉を食っていた。
「いいじゃない、わたくしがケイタとイチャイチャしたって。……お姫様にとって何か困ることでもあるの?」
「ケイタは私の仲間です。魔人に誘惑されるのを見ていられるとでも?」
「あら、魔人でなければいいみたいな言い回しね。……大丈夫、今のわたくしは、レリエンディールの魔人ではないわ」
「そんな出まかせを――」
憤るセラ。アスモディアは胸の前で両腕を組んで、その豊かな胸を強調する。
「何? まさか貴女妬いてるの? わたくしがケイタをとってしまうのではないかって」
「な、何を、突然!?」
カッとセラが赤面した。それは怒りか、はたまた羞恥心なのか。
「あら、図星ぃ? 可愛いところもあるのね」
にんまりと笑みを浮かべるアスモディア。漂うのは大人の余裕。
セラはその青い瞳を慧太に向けた。慧太も同じく見つめ返していることに気づくと、さらに顔を赤らめた。
「か、関係ないですよね、今その話は!」
セラはアスモディアに食って掛かるが、当の女魔人はどこか勝ち誇っていた。
「関係あるわよ。だってわたくし、ケイタを自分のモノにしたいと思ってるもの」
「は!?」
「え?」
その声はセラと慧太で同時だった。アスモディアが目配せする。
「ほら、前にも言ったでしょケイタ」
「前っていつですかケイタ!?」
セラが詰め寄ってくる。……飛び火したー。慧太は目を閉じた。
ビクリっとアスモディアが突然、その身体を震わせた。
「あ、ちょ……あふん、こんな……時に――」
頬を赤らめ、アスモディアが悶える。豊かな胸、そして下腹部に手を当てつつ、その場に膝をつき、もじもじと。彼女の下着――シェイプシフターの分身体が震動しているのだ。彼女の希望通りの機能を発揮した結果、セラとの口論どころではなくなった。
「何ですか、突然……」
セラが目の前で妙な声を上げて悶える女魔人を、心底呆れたような目で見つめる。
「……馬鹿みたい」
しらけたことで怒りが吹っ飛んだのか、セラは焚き火に戻った。リアナが食べる蛇肉の串焼きを見る。
「それ、少しもらっていいですか?」
「……ん」
金髪碧眼の狐娘は食べかけの肉を差し出すのだった。




