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第4話、聖都侵入


 その日は、うっすらと雲が空を覆う、あいにくの天気だった。


 聖アルゲナム国の都、その美しい町並みは見る影もなかった。

崩れた建物。破壊の跡が痛ましく、立ち昇る黒々とした煙が空へとたなびいている。


 聖都プラタナムの上空を緩やかに飛ぶ鷹が一羽。翼をはためかせ、地上の様子を観察する。


 魔人の国レリエンディールの軍勢――その魔人兵たちが、我が物顔で町中を歩いている。かつては聖アルゲナム国の青い旗が掲げられた場所は、すべて魔人の国を現す赤い魔獣の旗に代わっていて、要所には見張り兵が立っている。

 鷹はやがて、聖都中央にそびえるショードラ・アラガド城へ近づく。こちらも魔人兵が幅を利かせており、人間の姿は見えなかった。

 城の中庭には、兵の一団が整列している。向かいに立つ指揮官らしき魔人がなにやら声を張り上げているので、鷹は高度を下げ、中庭を見下ろせる城の壁の上に降り立った。


『――アルゲナムの姫を捕まえろ!』


 青い肌の人型魔人が、整列する兵士たちに叫んだ。


『我らがルナル様は厳命された! 姫を捕らえ、彼女が持っているアルゲナムの宝剣を手に入れるのだ!』

『ウラァ!』


 兵たちは一斉に右手を軽く突き上げて、声を上げた。青肌の魔人指揮官は頷いた。


『姫は、王都よりに東にある我が軍の封鎖線を突破し、国外脱出を図るものと思われる!隣国に逃げられたら終いだ。東の国境線には、第五軍が展開しているが、ルナル様は、連中より先に我らが宝剣を手に入れることをお望みである!』


 ウラァ――熱狂があたりを包む中、魔人兵らを見下ろしていた鷹は飛び立った。



  ・  ・  ・



 プラタナムから西、やや離れた場所にある森。アルゲナムの王子ケルヴィンの遺言を果たすために、聖都へとやってきた慧太けいたは、その森の端に潜んでいた。そこからでも都の様子がおかしいのは見て取れる。


 偵察を放ち、待つこと一時間ほど。一羽の鷹が森へと飛来した。慧太の身体から分離したシェイプシフター、その偵察体である。

 それは慧太の右腕に戻ってくると、その身体を液状化させて腕に同化した。聖都で見聞きした情報は、たちまち慧太の思考に流れ込んだ。


 近くの茂みに潜んでいるリアナとアルフォンソを手招きする。

 鎧甲冑戦士に見えるアルフォンソがのそのそと、同じ傭兵団に所属する狐人の暗殺者のリアナは機敏に、そばにやってきた。

 慧太は鷹型分身体が見てきた情報をまとめて二人に告げた。


「聖都は魔人の手に陥ちた」

『そんな。つい先日、国境であるトゥール防壁要塞を突破したばかりですよ?』


 アルフォンソが小首をかしげる仕草をとった。


『信じられない行軍速度です』

「トゥール防壁を攻撃した連中とは別の部隊が聖都を占領したようだ。連中は第六軍と言っていたが……。分身体が見てきたところ、アルゲナム王は死亡、オレたちが探しているお姫様は聖都を脱出したようだ。何でも宝剣をもって、東を目指しているらしい」

『東というのは、確かですか?』

「ああ、そっちで張っていた封鎖線を、お姫様と少数の近衛が抜けたんだそうだ」


 慧太は、しばし視線を地面へと下げる。


「魔人軍はお姫様を捕まえるべく部隊を動かした。この聖都からと、東の国境線にも別の魔人部隊がいるらしい……」

『東? 西ではないのですか?』

「どうやら魔人軍は、国境侵犯する前から部隊を潜入させて、入念な準備を整えていたんだろうな」


 セラフィナ姫が東へ逃げているということは、その双方に挟まれる格好となるわけだ。おそらく魔人軍は、彼女の逃走を阻止すべく、進路を塞ぎながら包囲していくだろう。どう考えてもお姫様が捕捉されるのは時間の問題だ。

 黙り込む慧太。リアナはじっと慧太の次の言葉を持ち、アルフォンソは、兜の奥の目を光らせながら言った。


『それで、これからどうしますか、ケイタ』


 慧太は心ここにあらずといった目で、しばし東の空を眺める。


『まさかと思いますがケイタ、お姫様を追いかけるとは言いませんよね?』

「……」

『正式な依頼ではないのに、魔人軍が集まってくるだろう人間のもとへ行く? 正気ですか?』


 確かに、ケルヴィン王子から死の間際に頼まれただけだ。正規の手続きも書類もない。慧太が王子とのやり取りを黙っていれば、誰も知らないままだった話だ。頼んだケルヴィンもすでに故人だ。慧太がその願いを反故にしても、誰も責めない。

 だが――


「お姫様に会って、こいつを渡さないといけない」


 ケルヴィンから預かった形見――銀のロケットを手に、それを見つめる。


「特に、故人の願いだからな。やれるところもまでやる……」

『日本人の義理深さは異常ですね。リアナはどう……と聞くだけ野暮ですか』


 アルフォンソは、狐人の少女に視線を向けた。リアナは、感情の読めない淡々とした表情のまま頷いた。


「わたしは、ケイタと行く」

『魔人のど真ん中へ突っ込む確率が高いですよ。戦闘は避けられません』

「構わない。むしろ望むところ」


 狐人の暗殺者リアナ。大人しそうな顔をして、戦いを好む一面がある。故に、彼女は戦闘狂と言われ、傭兵団に入る以前は、殺人人形なとど呼ばれていた。

 慧太はリアナに小さく頷くと、アルフォンソを見やる。彼は何だかんだ意見を出すが、最終的には慧太に逆らうことはない。


『どうやってお姫様を探しますか?』


 そのアルフォンソは問うた。


『手がかりは東に行った、という以外、まるでありませんが』

「オレたちは、シェイプシフターだぞ、アルフォンソ」


 慧太は右腕を掲げ、その腕から再び鷹を作り出す。


「空から探せば、素早く、かつ遠くまで見れる」

『なるほど。いつもの手ですね』


 そう、いつもの手だ――理解が早いのか鈍いのか、どう判断すべきか、慧太は迷う。

 アルフォンソのフルプレートメイルがうねり、そこから鷹型の分身体が幾つも生み出される。彼の肩や頭に鷹が止まっているさまは、中々にユーモラスだった。


『ですが、ケイタ、ひとつ問題が』

「なんだ?」

『私は、お姫様を見たことがないので、たとえ空から分身体がそれを発見しても、彼女だと気づけないかもしれません』


 会ったことがない――確かにアルフォンソは会っていない。慧太自身も遠目で一度見かけ――いや、鮮烈なビジョンとなって脳裏によぎった。目の覚めるような美少女の姿が。


「銀色の長い髪の少女だ。歳は、たしか今年十七になるはず」


 慧太はアルフォンソに右手を伸ばす。彼もまた手を伸ばし、その指先が接触した。同時に慧太の中でのセラフィナ姫の容姿の記憶が、アルフォンソへと伝わる。分身体が見聞きした情報を取り出したのと同じやり方だ。シェイプシフター同士なら、話さずとも接触で記憶の共有ができるのだ。


「まあ、近衛がついているらしいから、それを追うのもありだな。最悪、魔人軍も彼女を追っているから、その動きからある程度当たりをつけることができるかもしれない」

『わかりました』


 アルフォンソが答えれば、彼の身体から分離した鷹が次々に飛び立った。聖都から真東を中心に扇状に展開する索敵飛行。


 地上での移動が一番スムーズなのは、街道を行くこと。となれば街道に沿って探すのが一番可能性が高い。

 だが仮にセラフィナ姫や近衛たちが、魔人軍の追跡を警戒するなら、遭遇しやすい街道を避けることも考えられる。そのための扇状展開による偵察だ。


 ――魔人連中にぶつかる前に発見できるといいが……。


 最悪なのは、発見した時にすでに魔人軍に捕捉され、殺された場合だ。魔人軍はセラフィナ姫を捕まえるつもりのようだが、事と次第によっては殺してしまうこともありえる。戦場に絶対などないのだ。


 ――捕まったら捕まったで、今度は助け出す必要があるか。


 それはそれで面倒ではある。

 慧太は、リアナとアルフォンソを連れて森を出る。真っ直ぐ進むと聖都。魔人兵が大挙しているので、これを迂回しなくてはならない。


「走るぞ」


 追いつこうというからには、のんびり歩いていくわけにもいかない。

 幸い、狐人のリアナは長時間の走行にも耐える種族特性を持っている。シェイプシフターもまた通常の生物と身体の構造が違うため、肉体疲労はほぼない。

 長時間の追跡などは、実はお手の物だったりする。

次話は、明日投稿予定です。

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