第48話、性欲のアスモディア
バーリッシュ川を越え、対岸へと渡る。
ゴルド橋が分断されなければ、昼には通過しているはずだった。一刻も早くライガネン王国へと向かいたいセラにとっては、少しの遅れでも強い焦燥を抱かせる状況だ。
橋自体は、アルフォンソを使って渡ることで問題はない。
だが、それとは別の問題が浮上した。アスモディアが連れてきていた魔人軍の追撃部隊である。
規模は二個中隊。魔人軍の一般的な歩兵中隊は、約一五〇名からなる。単純計算、三〇〇の魔人兵がいる計算になる。
うち一個中隊がすでに対岸に陣取っていて、橋を架けて渡ったら、そこで敵部隊とぶつかる。
しかしこの問題は、ユウラが解決した。召喚奴隷としたアスモディア自身に、部隊に対して本国への撤退命令を出させたのだ。
かくて慧太たちは、戦わずして対岸へ行く算段がついた。同時に、魔人軍の追撃部隊も撤退したことで、これ以上の遭遇はない。一石二鳥である。
・ ・ ・
宿でとる夕食は、豆のスープと白パン、そして角猪のステーキだった。
なお、ステーキは、シファード住民の好意による。
昼間のセラとアスモディアの戦闘は、町ではセラの白銀の鎧の新フォームが『天使のよう』と噂になっていた。
伝説の『アルゲナムの白銀の勇者』様が魔人を追い払った。……白銀の勇者伝説は現地民たちなら、子供でも知っている有名な話だ。
その伝説の通り、光の鎧と翼をまとった戦乙女が魔人を撃退したとあれば、騒がれないほうがおかしかった。
結果、勇者であるセラが泊まっている宿に、町の代表者らがやってきた。
被害が最小限に留まった事を含め、お礼として町の近辺でとれた角猪を進呈。宿で晩御飯のステーキに変わったという顛末である。
ちなみにパンも、焼いたばかりの白パンで、普段の堅い黒パンとは雲泥の差があった。
町の代表者との会談は、セラがアルゲナムのお姫様らしい応対で、問題なく切り抜けた。
深夜に出発、ということで、しばしの休息タイム。セラとリアナは自室で準備をするなり、あるいは仮眠をとっているかもしれない。
一方で、慧太とユウラ、そしてアスモディアは――
「ケイタ、わたくしに服を用意しなさい!」
「ええぇ……」
慧太はアスモディアに迫られていた。
ベッドに押し倒される格好で、羊角の女魔人は、その豊かな胸をさらして――はっきり言おう。全裸だった。
「お前、ローブあるだろう? あれはどうしたんだ!?」
「え? 何のこと?」
アスモディアはすっ呆けた。その中々むっちりとした足が、慧太の股の間に入り込む。「貴方はシェイプシフターでしょう? 貴方の身体の一部を使って服……いいえ、この際贅沢は言わないわ。下着でいいから作りなさいって言ってるの」
妖艶なる女魔人の麗しき顔が、慧太の顔に迫る。
「もちろん、何か在ったときに締め付けたり震動したり揉んだりしてくれるやつよ。多少肌に粘っこくてもいいわ。とにかく、こう……」
ぱしっ、と慧太の手を掴んだアスモディアは、その手を自身の豊かな胸に押しつけた。慧太の手のひらに伝わる、柔らかで、しかしボリューム感溢れる弾力。
「おいおいおいおい、何やってるんだ!」
「はぁ……」
頬を染めて、妖しい吐息をつく女魔人。
「おい、ユウラ! こいつに何とか言え!」
すっ、とあからさまに青髪の魔術師は顔を背けた。知りませんし、関わりませんのポーズ。
「貴方もわたくしの胸を触れて嬉しいでしょ? 貴方が望むなら、ヤッてあげてもいいのよ」
「ふざけるな! 何でお前に迫られなきゃならないんだ!」
「マスターと契約する前から言ったでしょう? 貴方が個人的に欲しいって」
アスモディアは自身の身体を慧太に押し付ける。あいだに挟まれ、むにゅっと潰れる巨乳――
「貴方がシェイプシフターだって知って、なお寝てくれる女なんて、そういないんだから貴方はわたくしに感謝するべきだわ!」
「……ああ、慧太くん。いいですよ、彼女と好きに寝て。日ごろの鬱憤とか晴らしても」
ユウラは言った。慧太は青筋立てる。
「何でそんな投げやり口調なんだよ!? おい、マスターだろ、ちゃんと管理しろよ」
「マスターである僕が許します」
「おいおいおい!」
「マスターのお許しがでたわ」
アスモディアは圧し掛かる。
「わたくしも最近ご無沙汰で溜まってるのよ。出発まで時間があるしタノシイことしましょうよ。スライム系シェイプシフターとのプレイなんて……あぁ、どんなタノシイことになってしまうのかしら……!」
「待て待て! 下着、じゃない、えっと服作ればいいってんだろ。……あ、そうだ」
慧太は一つひらめいた。最近やってないといえば――
「これで……どうよ!」
慧太の身体がすっと細くなる。黒髪がうなじあたりまで伸び、胸が盛り上がる。十代後半の少年は、やや幼げな面立ち――ただし目じりは吊り目気味の少女へと変わった。
「あ、慧ちゃん、久しぶり」
ユウラが口を挟んだ。
シェイプシフターである慧太のもう一つの形態――女体化である。ここしばらくは本来の男で通していたが、一時期、女の身体で活動していたことがあった。
「ほうら、女になったぞ! 女同士なら……」
すっかり女声になる慧太――慧だが、アスモディアは手を伸ばしてあまり豊かとは言えない二つの山に触ってきた。
「あら、可愛い。ますます燃えてきたわぁ」
「エェェ……! ちょ、やめ、触んな……!」
「言わなかった? わたくし、男嫌いだって」
仲良くしましょう、ケイちゃん――アスモディアには逆効果だった。
・ ・ ・
「……いったーい!」
アスモディアが自身の額を撫でていた。不死になっても痛みは受けるらしい。
慧の本気の拳骨を喰らった結果である。
女体化のまま――服装は今の身体にあわせたものに変わっている――慧は腕を組んで、怒りの形相。
「服が欲しいっていうなら、作ってやんよ!」
「……できるだけ露出の強いのでお願いします」
正座させられているアスモディアが言った。
「あぁ!?」
慧が睨めば、彼女はぐっと顔を下げた。
「……う、動きやすいので、お、お願いします」
「そんなこと言ってんだけどォ、ユウラ」
「歩く公然猥褻は、ちょっとご遠慮していただきたいですね」
苦笑するユウラ。
「セラさんがお怒りにならない程度、できればまともな服が望ましいですね」
「だよなー」
これから一緒に行動する手前、セラの機嫌は重要だ。ただでさえ魔人に対する評価が厳しいお姫様なのだから。
「まともな格好って、どんなのがある……?」
「普通でよくないですか?」
「だから、普通ってどんなのだよ?」
慧は口を尖らせる。
「町娘の格好とか? ……あるいは修道服」
ポツリとユウラ。え――と慧とアスモディアは同時に振り向いた。
「まともな格好と聞いてふと。露出は強くないですし」
「むしろ厚ぼったい」
「ええぇ……」
露骨に顔をしかめるアスモディア。逆に慧はニヤリとした。
「いいねぇそれ。採用!」
「あの、わたくし、人間の宗教には詳しくないですが、教会関係と魔人は最も対極に位置していることは知っています」
何故か敬語だった。
「魔人のわたくしが、人間の聖職者の扮装をするのは人間の信仰に対する冒涜というか」
「僕は無神論者ですが」
「オレも」
そもそも慧は異世界の住人である。この世界の神に対する信仰などあるはずもなかった。
「つーわけだから、シスターの格好をさせてやる。……あと、お前の希望どおり、下着はエロくて、動くやつにしてやる」
「本当!? でも何故……」
「お前の望みを叶えてやるから、その代わり、セラの前では自重しろよ!」
要するに交換条件である。慧――慧太が望むのは、セラの心の安寧だ。余計な問題を引き起こして、心労を与えたくないのである。
「あ、シスター服だけど、下は丈の短めのスカートか、もしくはスリットを入れて欲しいのだけれど……」
「あぁ!?」
「いやぁ……その、エロいとかそうじゃなくて、動きやすいのでという意味で」
「……」
心底どうでもよかった。




