第47話、信用と代償
アルフォンソは黒い馬の姿になると、セラをその背中に乗せた。シェイプシフター馬に初めて乗った彼女は、少し戸惑っていたが、やがて聞いた。
「そういえば、あなたの姿、見かけなかったですけど、どこにいたんですか?」
『影に潜んで、町の入り口を見張っておりました。魔人の侵入がないか、ユウラさんの指示で。……肝心な時にそばにいなくてすみません』
「いや、そんな。……気にしないで」
黒馬の背に揺られるセラと共に、慧太は宿に戻った。
アスモディアが部屋を吹っ飛ばしたおかげで、一階のバーで食事をとりながら話していると、ユウラと当のアスモディアがやってきた。……アスモディアは戦闘で服をほとんど失っていたはずが、黒いローブ姿だった。
ユウラは、セラに告げた。
「予定通りに今夜、町を出て対岸に渡ります。それまでゆっくり休んでください」
ちらりとユウラは背後に控えているアスモディアを見た。セラもそちらを見たが、すぐに視線をはずした。……つい先ほどまで殺しあった敵なのだ。まだ気持ちに整理がついていないのだろう。
「とりあえず、僕が新しい部屋を宿に手配してもらいます」
ユウラはそういうと、宿のフロントへ行き手続きをとった。戦闘があった後だから、面倒がなければいいが、と思ったが、彼の交渉術ゆえかすんなり部屋をとれたようだった。
セラとリアナと別れた後、新しい部屋には慧太とユウラ、そしてアスモディアの三人となった。
「なんでコイツも?」
「彼女をセラさんと同じ部屋にすると言ったら、賛成しますか?」
ユウラが事実を淡々と告げれば、慧太も黙らざるを得ない。セラとアスモディアを同室などありえない。彼女もお断りだろう。
「とりあえず」
慧太は扉にもたれた。
「オレも納得してるわけじゃないから、説明して欲しいんだが」
「もちろん、何なりと聞いてください」
ユウラは席に着くと、頷いた。アスモディアは青髪の魔術師の横に立ち腕を組んだ。魔人女もまた、こちらに警戒心を抱いているようだった。
「本当に大丈夫なんだな?」
この魔人女を傍に置いて――その意味を含ませて。
「ええ、彼女はセラさんを攻撃できませんし、傷つけようとすると」
ユウラは、アスモディアを見やる。正確には、彼女の首に光る黄金の首輪を。
「途端に彼女自身の動きを封じ、苦痛を与えます。たとえ僕が見ていなくても」
「本当に、彼女をあんたの奴隷にしちまったのか」
「奴隷、使い魔、召喚生物……まあ、言い方は色々ありますが、彼女が僕と契約をしたのは間違いないですね」
「契約魔法、だったか……?」
「そうです。僕が古代の魔法を研究している探求者であることは――」
「ああ、知ってる」
慧太は頷いた。視線はアスモディアへ向く。
「よく契約する気になったな、アスモディア。それとも掛けられると強制的に契約させられる類の魔法だったのか?」
「あの場合、契約しなければわたくしは死んでいたわ」
アスモディアは吐き捨てるように言った。
「あの時、わたくしは生きたいと願ってしまった。苦痛に負けて、マスターの不老不死という言葉につられてしまったのよ」
「不老不死……?」
慧太は眉をひそめた。聞き違いか……?
「彼女は契約によって、その身体を作り変えられました」
ユウラは机に肘をつき、手を組む。
「アスモディアは、今や老いを逃れ、死ぬことすらない。僕が消せばいつでも消えるし、呼べばすぐに現れる身体になっています。そういう魔法なんです、この契約魔法は」
「召喚魔法の類か」
何となく昔遊んだRPGを連想して呟けば、ユウラは愉快そうに笑った。
「本当に君という人は、無知に見えて真髄を突いてくるから面白い。あなたのおっしゃるとおり、召喚系の魔法で間違いはないです」
そこまで魔法学に詳しいわけでもないが……まあいいか――慧太は頷いておく。
「アスモディアは、ユウラの召喚獣、もとい奴隷になって当然ながら納得をしていないと」
「いいも悪いもないわ」
赤毛の女魔人は肩をすくめた。
「矛盾した言い方だけれど、わたくしはもう死んだと思えば、まあ仕方ないとは思えるわ。わたくしはマスターの下僕、操り人形、尖兵――」
「……なんでお前は、そういう言葉を言う時に嬉しそうなんだ?」
「べ、別に嬉しくなんかないわ!」
アスモディアは声を張り上げた。ユウラが咳払いをすると、アスモディアも背筋を伸ばした。
「まあ、信用できないでしょうけど、安心しなさいな。わたくしはセラフィナ姫の命を狙うことはないし、あなたの仲間にも手を出さないわ。そういう契約だから」
「契約だから」
慧太は鼻で笑った。
「魔人の仲間とセラを天秤にかけることになっても?」
「マスターの命じるままに」
アスモディアは芝居がかった仕草でユウラに一礼した。
「契約の存在となってしまった以上、契約は無視できない」
信じていいのだろうか。慧太は考える。ユウラは大丈夫と太鼓判を押した。アスモディアの言い分も、わからなくはない。
が、やはり信じる信じないについては別なのだ。
「オレはユウラのことは信じている」
慧太は、友人である魔術師を見やる。
「そのあんたが大丈夫だって言うなら、そうなんだろう。傭兵団……ドラウト親爺の仇ではあるが」
アスモディアは無言。事実故に否定しない。何を言っても言い訳になると察しているのかもしれない。
ユウラは口を開いた。
「何なら、ドラウト団長や団員の仇として、彼女を殺しますか?」
「は?」
「敵討ちがしたいのなら、一回分殺すのもありです」
アスモディアの顔が引きつる。ユウラの冷淡な申し出に、慧太は少し苛立った。
「彼女は不老不死なんだろう? どうせ殺せないのに、そんなことして何になる?」
「感情の整理ですよ。あなたの」
ユウラは顔を傾けて、じっと慧太を見た。
「再生するとはいえ、彼女にとっては痛いでしょうし、正直魔力を供給している僕にも少し痛みが来るのですが、そこは我慢しましょう」
「おいおい、いまさりげなくヤバイこと言ったか!?」
慧太は扉を離れ、ユウラのもとへ歩み寄る。
「何か? アスモディアを傷つけるとあんたにもその痛みがくると?」
「そういいましたね、はい。正確には彼女が死ぬほどの苦痛を受けた場合、少量の痛みが来る程度なんですけどね」
ユウラは淡々と言ってのけるのである。
「契約の代価ですよ。彼女は魔力存在で不老不死になりましたが、その魔力を維持しているのは、僕が魔力を供給しているからです」
「……大丈夫なのか、それ」
ユウラの身を案じれば、青髪の魔術師は笑った。
「余裕です。魔人の十や二十」
「そ、そうか。それならいいんだけど……」
参ったな――慧太は自身の黒髪をかいた。自分の魔力を消費し、かつアスモディアの受ける痛みの程度によってはユウラも被害を受けるわけで……。
ユウラにとってもデメリットがある。それでもなお大丈夫と彼は言うのだ。
「あんたがそこまでの覚悟でアスモディアを置いておくってんなら、もうオレは何も言わない」
「ありがとう慧太くん」
ユウラは素直に礼を言う。珍しいこともあったもので、慧太も何故か照れてしまうのだった。
「リアナは、まあ警戒するだろうけど問題ない。あとはセラだけど――」
「仮に彼女がアスモディアを背後から刺そうとも」
ユウラは席を立った。
「殺せないわけですから、そのうち感情にも整理がつくでしょう」
「それもそうか」
慧太は納得するのだった。
それで――とユウラは、バッグから紙切れを一枚取り出すと、机に広げる。慧太にインクを出すように言うと、羽根筆をとった。
「そろそろ、川を越える話をしましょうか」




