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第45話、契約


 倒れるアスモディアは全身火傷が酷く、唯一その美麗な顔だけが保たれている状態だった。翼は焼け焦げ、ボロボロ。ただでさえ露出の強い水着アーマー的衣装も、かろうじて残っている状態。……ただ痛々しすぎて、邪な感情は浮かばなかったが。


 慧太けいたは息をつく。


 アスモディアにもはや戦闘能力はない。それどころかその命は風前の灯だ。

 すっと、セラが一歩を踏み出す。アルガ・ソラスを握りこみ、女魔人の苦痛に歪める顔を見やり、解放してやるとばかりに。

 だが、アスモディアの傍らで片膝をつくユウラが、セラを制止する。


「近づかないでください、セラさん」

「ユウラさん――」

「彼女は……僕に任せてもらえませんか?」


 ユウラは断固たる口調で告げた。真剣そのものの目を見て、セラは一度唇を噛み締めたが、すぐに頷いた。


「わかりました。お任せします」

「ありがとう」


 ユウラは二コリと笑い、アスモディアへと振り返る。

 青髪の魔術師はナイフを取ると、自らの指先に傷をつける。血を、アスモディアの胸もとに垂らし、空でひと払い。


『魔なる血、聖なる輪、祭壇、形成』


 真紅の魔法陣が、アスモディアを中心に開く。石畳上に浮かび上がった文字と輪。……何らかの儀式が展開されたのがわかった。


『アスモディア・カペル――レリエンディール七柱の血を引く者よ』


 紡がれるのは、魔人らの言葉。慧太は過去、魔人を取り込んだことである程度の魔人語を理解するが、それでもユウラの口にしているそれは、やや違っているようだった。


『汝、我と契約せよ』


 アスモディアが驚く。ユウラは表情ひとつ変えずに続ける。


『我が魔力を授けよう。契約を交わした暁には、汝の不老不死は約束しよう』


 ユウラは人差し指をアスモディアの胸に当てた。


『ただし、我に絶対の服従と忠誠を誓え。我のめいに逆らえば汝は灰となって消える』

「!」


 アスモディアがビクリと身体を奮わせたように見えた。随分と古風な言い回しに感じる。慧太は、友人の魔法使いの行動をつぶさに観察する。


「貴方は、いったい……? その契約呪文はレリエンディールの一部しか知らない禁断の――」

『正体を知れば、汝は我と契約するや?』


 ユウラは問うた。真紅の魔法陣が、バチバチと弾け、赤毛の女魔人の身体を激しく痙攣させる。


『ロワ・サン・ラ・レリエンディール、ユウラ・ワー・ベルダ。……セールメンツ、ア・ズ・アスモディア』

 完全に慧太が理解できない言葉だった。あるいは呪文かもしれない。


「ぐ、ぐっ……!! があぁぁっ!」


 アスモディアの身体が弓なりに仰け反る。傍目には、彼女に苦痛を与えているようにしか見えない。


『汝が生き残る道は、それしかない……』


 一切感情を感じさせない冷淡な声だった。アスモディアの痙攣が収まる。その紅い唇が静かに言葉を吐き出す。


「契約に従います……。我が命、貴方様に捧げます……マイ・マスター」


 バチリと稲妻が走った。アスモディアの細い首に黄金の首輪が具現化し装着される。さらに手首、足首にも黄金の輪が嵌められた。

 だが次の瞬間、彼女が追っていた火傷が綺麗さっぱり消え去り、健全な――いや格好はエロいのだが――姿へと戻った。


 儀式は終わった。だがそれは、慧太はもちろん、セラにとってもまったく予想外の結末だ。というより。


「これは一体どういうことですか!?」


 セラは噛みつかん勢いだ。ユウラは涼しい顔で言った。


「彼女と契約したのです。……いま彼女は、僕の奴隷です」

「は……!?」


 一瞬、セラは眉間にしわを寄せた。何を言っているの理解できなかったのは慧太も同じだ。


「奴隷?」

「ええ、古代魔法の一つで、悪魔魔獣の類を契約し従わせる魔法がありまして……」


 ユウラは立ち上がる。真紅の魔法陣は当に消えうせている。首に嵌められた黄金の首輪を撫でながら座り込んでいるアスモディアを見やる。


「ちょっとした研究の実践です。……ええ、上手くいきました」

「そんな話、一言も伺っていませんが」

「ええ、言ってませんですし」


 ユウラはセラの怒気を受け流した。


「心配いりません。彼女は僕の命令に従います。逆らえば、灰になって消える」

「!?」


 セラは目を見開く。慧太もまた耳を疑った。


「それって、つまり、アスモディアはお前の言いなりに?」

「何でも、思いのままです」


 青髪の魔術師は小首を傾げた。


「お望みなら、ここで全裸にさせましょうか?」


 ビクリとアスモディアが身体を震わせるが、その頬は朱に染まっていた。……もう少し嫌そうな顔をするべきじゃないか?


「結構です!」


 セラは肩を怒らせていた。


「この魔人を下僕に置いたということですね、ユウラさん」

「はい」

「そういうことを何の相談もなしにされると困ります!」

「殺せないから?」


 ユウラは冷ややかだった。セラは一瞬言葉に詰まった。


「それは……」


 あの女魔人を殺すつもりだった。魔人は故国の仇。親の仇、民の仇だから。慧太はセラの背中を見つめ思った。


「こうは考えられませんか、セラさん。僕はアスモディア嬢を奴隷として死ぬまで働かせることができる。魔人が、同胞である魔人を倒していくわけです。……あなたの尖兵として」


 さっと、セラの顔に赤みが差した。当然ながら、照れや羞恥のそれとは違う。


「あなたの魔人への復讐――その一つの形と考えられては」

「私のため、ですか?」

「ご自由に。……本音を言えば僕の個人的な理由もあるのですが、彼女を従えることで、レリエンディールの情報を得られる利点があるのは否定しません」

「こういうやり方は、好みではありません」


 セラは怒りを溜息と共に吐き出した。


「まったく好きではありません! ですが……あなたに免じて、今回は見なかったことにします。でもできれば、次からは相談して欲しいです」

「承知しました、セラさん」


 ユウラは恭しく頭を下げた。セラは硬い表情のまま言う。


「本当に彼女、危険ではないですか?」

「問題はありません。こちらで行動を制限できますし、万が一反逆を企てても、先ほど申したとおり、自殺するだけですから」


 そのあたりの受け答えに、ユウラはまったく揺ぎ無い口調だった。


 ふと、リアナが視線を転じる。

 見れば、戦闘が終わったためか町の人々が集まりだしていた。セラはアルゲナムのお姫様で、それ自体問題はないが、魔人である――つまり町を攻撃したアスモディアは別である。


「場所を変えましょうか」


 ユウラも周囲の動きを察したか提案した。セラは首肯する。


「そうですね。とりあえず、宿に戻ります」


 言うや否や踵を返す。白銀の鎧を解除し、神々しい白き翼もふわっと散った。


 綺麗だ、と思う一方、さっさと離れようとする彼女を見やり、その心のうちは苛立っているのではないかと、慧太は思った。


「慧太くん、セラさんについていてあげてくれませんか? 僕はアスモディアと少し話しをしますので」

「話?」


 怪訝に眉をひそめる慧太に、ユウラは片目をつぶって見せた。


「セラさんには黙っていたほうがいいことってあるでしょう? あなたの正体を含めて」


 それもそうだ。よもやアスモディアの口から慧太がシェイプシフターであることをセラにバラされてもたまらない。

 慧太は頷くと、足早にその場を離れるセラの後を追った。

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