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第39話、誤解


 ビルゲという娼館を出て、宿に戻ろうとした慧太けいたは、そこでバッタリ、セラと出くわした。


「やあ、起きたのか?」


 慧太が声をかければ、銀髪のお姫様はどこか不満そうな表情になった。


「散歩か?」

「……」


 黙りこんでいるセラ。

 何だろう。慧太は首をかしげた。


「どうかしたのか?」

「なんていうか……少しがっかりしているというか」

「がっかり?」


 何の話だ、と慧太は思う。


「ケイタも、男の子なんですね」

「は?」


 言葉少なに立ち去ろうとするセラ。どこか拗ねているようにも見える。オレ、何かやらかしたか? ――心当たりがまったくない慧太である。


「どういう意味だ?」

「あなたはとても頼りになる殿方です。あなたがいなければ私はここにたどり着けなかった……。今こうしているのはあなたやリアナ、ユウラさんのおかげです」


 セラはそこで俯き、何故かもじもじとし始めた。


「でも、その……町に到着して早々、その……女性と如何わしいことをする店に行くのはどうかと……。いえ、別に行っては駄目とか、私が口出しするようなことではないのはわかっているのですが、その――」

「あぁ、そういうことか」


 慧太は自身の黒髪をかいた。

 娼館から出てきたところを見られたわけだ。当然、そんなところにいたということは、彼女のいう如何わしいことを堪能してきた、とそう解釈がなりたつわけだ。十中八九、断定される。そういうお店なのだから。


「別に如何わしいことはなかったぞ」


 慧太は、さも当然のような調子で言った。下手に動揺したりすれば、嘘や言い訳をしているととられかねない。


 正直に言えば、例え慧太が娼婦とお遊びしようとセラには関係のない話だ。旅の息抜きに如何わしい……いや、如何わしいと思うのがすでに偏見なのだが、別に悪いことではないのだ。


 ただ、事実がどうだろうと、このお姫様の機嫌を損ねるというのであれば、それを無視するわけにもいかない。ライガネンまでの道中をお守りするという仕事の最中だ。気まずい関係になるのはできれば避けたい。


 さて、どう説明したものか。依頼に関しての守秘義務というものがあって正直に話すというのも本当ならよろしくない。かと言って、下手に誤魔化したりするのもNG。


 ――話しても問題ないか、セラなら。


 少なくとも今回の依頼主に直接関係があるわけではなく、また敵に通じているということもない。


 ――……うーん、だが全部話すというのも、な。


 他の仕事内容をべらべら喋るのはよくない。例え直接関係ない事柄といえど、傭兵として依頼を受けるに当たっての信用に関わることだ。

 仕方ない。腹をくくろう。元々、引き受けてしまった自分にも責任がある。


「ちょっとした依頼を受けたんだ」


 慧太は、淡々と事実だけを告げる。セラはキョトンとした。


「依頼……?」

「あの店の子がゴタゴタに巻き込まれていてな、その解決のお手伝いを頼まれた」

「店の子って、娼婦にですか?」


 セラは、じっと慧太を見つめる。まるで嘘がないか推し量ろうとするように。


「娼婦だからな。ああいう仕事には揉め事も多いらしい」

「ケイタでなくては、駄目なのですか?」

「多少手荒なことになるかもな。傭兵を雇うっていうことはそういうことさ」


 すっと、セラは視線を落とした。少し考え、また慧太の目を正面から見つめる。


「仕事、だったと?」

「ああ」


 決して遊びに行ったわけではない――慧太は真っ直ぐだった。セラはしばし見つめ、やがて根負けしたように首を振った。


「そうですか。なんだ……私の勘違いだったようですね」

「娼館だからな、無理もないよ」


 慧太はやんわりと言った。別に責める気はない。勘違いされてもしょうがない。


「それで依頼のほうは解決しました?」

「……それは」


 一瞬、まだこれからと言いかけ、はたとなる。セラをライガネンに連れて行くという依頼の途中だ。しかも問題なければ今夜、この町を出るのだ。そこでまだ依頼を遂行している最中というと、何を言われるかわかったものではない。それに――


「オレの傭兵仲間を紹介しておいた。そいつが解決してくれるさ」


 自分の分身体をギャング討伐に当てたのだ。まんざら嘘ではない。


「いまは君の依頼が優先だからね」


 そうですか、と心底ホッとしたような表情になるセラ。慧太は肩をすくめる。


「宿に戻るか。今夜出発だし、もう少しゆっくりしようか」

「そうですね」


 セラは頷くと、慧太の隣を歩いた。



  ・  ・  ・



 疑ってしまった!


 セラは内心、後悔に苛まれていた。


 娼館から殿方が出てくるというのはどういうことか。少し考えればわかることだ。だからセラは、慧太が女性と性的なお遊びをしたのだと決めつけた。


 そう、決めつけ、だ。


 彼が傭兵で、荒事に対して仕事を引き受けるという可能性を欠片も考えなかった。


 男性が娼館を出入りすれば、おそらく多くの女性がセラと同じことを考えると思う。慧太も無理もないよ、と笑って勘違いを許してくれたが、彼のことをまったく信じていなかったのではないか――そう思うと、セラは自分の浅慮に腹が立つのだった。


 がっかりした、などと口走ってしまったことに、時間が戻せるならその場に言って自分に言いたいくらいだ。


 セラは、慧太が娼館にいたことで、拗ねてしまっていた。事情を聞くでもなく、自分の感情で、慧太に拗ねてしまったところを見せてしまったのだ。


 モヤモヤした気持ちになっていた。


 どうして、胸の奥が痛く感じるのだろう。

 どうして、目の奥がじんときて、涙が出そうになるのだろう。

 どうして、何故? わからない。


 考えれば考えるほど、おかしな話だった。


 慧太が娼婦と遊ぼうが、ライガネンを目指す旅に支障を来たさなければ別にかまわないのではないか。

 彼は傭兵であり、セラの部下ではない。善意で旅に同行してくれているのだ。付き合ってまだ日は浅すぎるが、たくさんの恩と濃厚な経験をもらった。


 彼には感謝してもしきれない。尽くしてくれた彼にも、休養は必要なのだ。


 そう、セラは頭では理解した。けれども心が納得しない。疼いている。


 本当に自分に同情するなら、軽々しく女遊びなどするべきではないのではないか。

 もちろん、それは勘違いだった。セラの思い込みに過ぎなかわったわけだが、同時に愕然としていた。


 初めは、巻き込むことに抵抗を覚えていた。

 聖アルゲナムが陥落したあの日。セラを守って力尽きていった仲間や、囮となって自らの国の姫を逃がそうと犠牲になった民たち――


 本当なら、あの場で死ぬまで戦うべきだった。父王の遺言、未来のための苦渋の決断――その思いを胸にここまで頑張ってきた。


 結果、セラの心を苦しめ、周囲を巻き込むことへの忌避へと繋がる。


 それなのに――いつからか、セラは慧太を頼るようになっていた。彼は不可思議な力でセラの旅を助け、幾多の危機を切り抜けた。リアナやユウラという心強い仲間も、彼の仲間だ。

 彼がいなければ――当にこの旅は終わっていたのだ。滅びた国、民の犠牲は報われず、託された使命も果たされず。


 ――私、最低だ……。


 恩人の彼の、たった一夜の娯楽さえ認められない器量の狭い人間になっていたことが。

 感情が納得できない? それが何だ。私は元とはいえアルゲナム国の姫。自らの感情よりも使命を優先させなくてはならない。


 個人の感情は殺せ。


 使命を優先させろ。


 ちくり、と胸が痛んだ。だが、それは無視した。王族生まれの意地だ。

 セラは、慧太に対して申し訳ない気持ちを抱えながら、宿へと戻った。

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