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第3話、アルゲナム炎上


 聖アルゲナム国、聖都プラタナム――


 整然とした町並みと周囲の自然の景観がもたらす美しさを誇る白銀の都。聖都を囲む白亜の外壁、都市の中央には雪山のように白くそびえるショードラ・アラガド城。


 本来なら、平和と繁栄の象徴だった聖都は、月明かりの下、炎に包まれていた。


 魔人軍による国境線、トゥール防壁要塞陥落からわずか二日後。魔人の領内侵入の件が、聖都に知らされたまさにその時、地中から迫っていた魔人軍別働軍が攻撃を開始したのだ。


 地中魔獣であるテール・グロワーム――それは超巨大なミミズのような姿をした魔獣。全長十数メートルの巨大魔獣が地面の下を掘り進み、外壁内に侵入。そのまま聖都の建物を破壊すると、グロワームが開けた穴から、魔人兵がなだれ込み、住民を攻撃。聖都を守備するアルゲナム兵と戦闘に突入した。


 奇襲だった。


 戦闘の準備が整っていないアルゲナム軍守備隊は、数でも装備でも劣り、指揮系統が機能することなく、各個撃破されていった。


 ショードラ・アラガド城内。中央塔(キープ)を王座の間へ足早に進む者がいた。

 長い銀髪をなびかせた少女――聖アルゲナム国王城、セラフィナ・アルゲナムである。

 十六歳。少女の面影が濃く残る顔立ち、青く澄んだ瞳を持つ美少女だ。

 アルゲナムの国の色である青と白のバトルドレス、その上に白い軽甲冑。腰には長剣を下げ、腕に小手をはめながら先を急ぐ。兜までつけている余裕はなかった。すでに敵はそこまで迫っているのだ。


 悲痛な表情ですれ違う兵たち。死を決意したようなそれを見やり、セラの中で悲しみと怒りがない交ぜになった苦しさが胸を突いた。兵たちの中には王の近衛も混じっていた。王を守る彼らが王座から離れるというのは、事態の深刻さを物語る。


 セラが、ルクス・アルゲナム王のもとへ参じたまさにその時、国の終焉が告げられていた。


「城門、突破されました! 魔人軍の勢い、止められず、抗戦も時間の問題――」


 伝令の報告を受けた、ルクス・アルゲナム王は、王座に腰掛けたまま、「ふむ」とだけ答えた。

 六〇を超えた老王は、すっかり白くなった頭髪と髭を持つ。その表情は穏やかだが、かつては、アルゲナムに息づく白銀の勇者伝説、その末裔に恥じぬ豪傑だった。十年前に右足を失って、今は歩くことも叶わない。


「父上!」


 セラは王座に速足で駆け寄る。


「おお、セラフィナか。無事だったか」


 ルクス王は、娘にも受け継がれたその青い瞳を向ける。


「お前のことだ。民を守らんと、剣をとり戦場に行ってしまったのではないかと心配しておった」

「すぐに戦場に参ります」


 セラはその場に片膝をつき、王に頭を下げた。


「ですが……その――」


 敵襲。そして旗色が絶望的に悪いのはすでに察している。民のため、国のために戦うことに、セラは何のためらいもない。

 だが、予感があった。

 おそらく、この戦いで生き残れない、と。

 不意を突かれた軍に勝利の可能性は低い。まして、戦争のための準備も行われていない平時体制とあっては、本格的な計画を練って攻めてきた相手に勝つ確率など、万に一つもないだろう。

 敬愛する父王と、民と臣下たち、その多くがおそらく――


「セラよ」


 ルクス王は、娘を愛称で呼んだ。


「こちらへ――」


 優しく声をかけながら手招きする。セラはそばまで寄ると、父王の傍らで再び膝をつく――と、唐突に彼の手がセラの頭を撫でた。


「父上……!」

「許せ、娘よ。これが最後となろう――」

「……っ! お父様……ッ」


 セラは俯いた。目頭が熱い。胸の奥が焼けるように熱く、そして苦しい。優しく、そして老いてなお、大きな手のひら。


「お前に使命を与える。銀魔剣を携えてこの城を脱出し、友好国ライガネン王国へ向かえ」

「……!」


 セラは大きく目を見開く。父王は何と言ったか――脱出しろ、と言ったか。


「そんな! 何故です!? 私も、戦います!」

「ならぬ。お前は死んではならない。真にアルゲナムの民を思うなら、お前は生きてこの状況を伝えよ、ライガネンのアルダクス王に」


 セラ――ルクス王はじっと愛娘の目を見つめた。


「ここで残る騎士たちが勇戦しようとも、もはや陥落は免れぬだろう。魔人の侵略はアルゲナムを飲み込む。だがそのまま民が虐げられる未来を見過ごすわけにもいかん。我らが死すとも、残った民を救わねばならぬ。――そのために、お前はライガネンに行くのだ」

「民を救うために……」


 セラは唇を引き締める。そう聞かされては、雄々しく戦って死ぬなどという考えは大変に愚かしいと思った。いや、愚かであろうとも父王や皆を守るために戦いたいという気持ちがくすぶる。家族を守るたいと思う気持ちを、簡単に捨てることなどできない。

 だが、理性が感情を押さえ込んだ。本当に民のことを考えるならば……たとえ、愛する肉親を見捨ててることになろうとも――

 アルゲナムの、白銀の勇者の一族に生まれたからには、民のことが第一である。


「誓って、使命を果たします……!」


 セラはこうべをたれた。ルクス王は穏やかな表情を崩さない。


「では、すぐに発つがよい。……遅れるほど脱出は困難となろう。銀魔剣を忘れるな。白銀の勇者が携え、いにしえの魔人を打ち倒した聖剣――奴らの手に渡してはならぬ」

「はい、おと……父上」


 立ち上がると、最後に娘としてではなく、臣下の礼をとった。


「必ず、ライガネンにたどり着き……必ず、戻ってまいります。アルゲナムを救うために」


 セラは深々と頭を下げると、王座の間を後にした。……おそらく二度と、会うことはないだろう。その予感に胸が張り裂けそうで、堪えようとしても涙が溢れた。



  ・  ・  ・



 愛しい娘が去り、ルクス王はなお王座にいた。

 どうあっても敗戦は免れない。そうであるならば、聖都の民の可能な限り守り、避難させなばならない。

 聖都の守備隊は離脱にかかるだろうが、近衛と城の当直兵らには貧乏くじを引いてもらうしかない。魔人が投降を認めるとは思えない。兵らは死の瞬間まで戦い続けるしかないだろう。 


まさに時間の問題。さて、最初に王座の間に飛び込んでくるのは、どのような魔人か。


 ルクス王は、その時を待った。自身の失われた右足を見やる。……自由に歩くことができたなら、彼は待つことなく自ら戦場に赴いでいた。


 ――まったく、惜しいことよ。わしは、それほど気が長くないんだ。


 剣戟の音が聞こえなくなっていく。どうやら近衛たちも制圧されたようだ。魔人軍はそこまで来ているはずだ。

 やがて、王座の間の大扉が押し開けられた。


 ――来たか。魔人……!


 ルクス王は自身の死が近づいていることを感じつつ、なお表情は崩さなかった。

 静かな靴音が響いた。猛者か雑兵か――だが、ルクス王の視界に飛び込んできたのは、まったく想像もしていなかった者の姿だった。


 女のようだった。


 金と紫色、東の国に伝わる異国風のドレス。煙草だろうか、それを右手に優雅に持ちながら、歩く姿は艶やかな美しさがある。

 なんとも気だるげな表情をしてはいるが、美女である。だが人間ではない。彼女の金色の髪からのぞくは狐の耳。さらに複数のふさふさした毛に覆われた大きな尻尾が尻のあたりに見える。

 狐人――獣人のなかでも狐の特徴の濃いフェネックともまた違うようだ。

 その彼女は、背後に醜悪な獣の顔を持つ兵らを従え、王座の間――アルゲナム色の青いカーペットの上を進んだ。


「アルゲナムの王とお見受けする」


 綺麗な西方語で、狐の魔人は言った。淡々とした表情、しかしよく通る声だ。

 ルクス王は口を開いた。


「いかにも。わしが聖アルゲナムの王、ルクス・アルゲナムだ」

「初めてお目にかかる、ルクス王」


 女魔人は恭しく一礼した。


「わらわは、レリエンディール第六軍を指揮するマニィ・オル・ルナル。……貴殿に代わり、アルゲナム国を統治する者だ」



  ・  ・  ・



 城が燃えている。

 地下を通る秘密の抜け道を通り、セラと彼女を守る直属の近衛隊が、聖都を見渡せる丘に出た。

 愛する故郷、美しい町並みもみな燃えていた。すべては硝子細工のように。脆く……。


「お父様……」


 セラは首から下げるペンダントを握り込む。

 かつて魔人の侵略から大陸を守った白銀の勇者が身に付けていたというそれ。母の形見であり、お守りだ。


 ――必ず、使命を果たし戻ってまいります。お父様、お母様……。


 守れなかった。助けられなかった。それでも生きながらえている自分。悔しくて、悲しくて。


「セラフィナ様」


 王女直属の近衛騎士であるメイア・ラディガンが声をかける。お急ぎを――


「ええ、出発します」


 ここでいつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。ライガネン王国へ。

 

 セラはアルゲナムの聖剣、アルガ・ソラスを携え、聖都に背を向けた。

 その青い瞳から、一筋の雫がこぼれたが、彼女はそれを拭わなかった。真っ直ぐ正面を見つめ、ぴんと伸ばした背筋は美しく、固い決意を胸に秘めた白銀の戦姫は旅立った。

セラ姫の旅立ち。


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