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第35話、地上へ


 水晶の群生地帯を抜け、元の暗い地下空洞へとたどり着く。通路のような穴がひとつ延びていて、グレゴの話が本当なら、ここが地上へと通じている。


 リアナから預かったグノームの小型魔石灯で道を照らしながら、ごつごつした地面を踏みしめ歩く。

 どれほど歩いたか、正面から光がこぼれているのが見えた。


 出口だ。


 慧太は歩みを止めず進み、やがて地下を脱出した。

 開放的な風が吹き込む。思わず深呼吸。空は生憎あいにくの曇り空。


「空……」


 セラが呟きと共に目を閉じ、顔を上げた。

 吹き抜ける風が彼女の銀色の髪を撫でる。リアナも外の空気を吸い込み、伸びをして、その開放感を満喫する。

 慧太は振り返る。そこには圧倒的高さを持つ断崖がそびえていた。


 グルント台地――地上から行っていれば、その険しい断崖を細い道を辿って降りねばならなかった。地下を進んだことで、この断崖を横断することはなく、下に到達することができたのだ。


 ぴくり、とリアナの狐耳が動いた。彼女はその碧眼を向ければ、フードを被った外套がいとうの人物が、ゆっくりと断崖の道を降りてくるところだった。


 慧太は思わず相好を崩した。その人物は、慧太らの姿を認め、軽く右手を上げた。


「やあ、慧太君。セラフィナ殿下、無事そうでなによりです」


 ユウラ・ワーベルタは被っていたフードをとった。ハイマト傭兵団に所属する友人と合流した瞬間だった。


「まさか僕が最後だったとは。……まあ、数泊も覚悟しましたから、それを考えるとラッキーでしたがね」

「オレたちがここに来ると?」

「ここから出てくるとは思いませんでしたが、生きているなら待っていれば必ず来ると思っていました」


 確信を込めて、ユウラは言うのだった。



  ・  ・  ・



 もうじき、雨が降る――そう言い出したのはユウラだった。

 台地から先の広野を徒歩で移動する慧太たち。空は曇っていたが明るく、雨の気配はまだなかった。


「もう二時間もしたら」


 風向きや雲の流れを見て、青髪の魔術師は言うのである。吹いてくる風はやや冷たく、やがてリアナも『雨が来る』と口にした。


「アルフォンソ、外套を出せ」

『わかりました』


 アルフォンソの背中部分から、身体の一部が分離し、それはたちまちフード付きの外套の変化した。傭兵団を出た時にあった荷物をそっくりそのままロストしているが、こういう時、形態変化できるシェイプシフターというのは便利だ。


 アルフォンソは外套を、リアナ、そしてセラに渡す。雨が降ったときはフードを被り、首筋から服に雨水が入らないようにするのだ。厚手の外套は多少の雨にも耐える作りになっているものだが、シェイプシフター製はさらに耐水性に優れた仕様である。

 セラは何ともいえない顔で、受け取った外套を見つめている。


「これを……着るんですか?」

「問題ない」


 慧太より先に答えたのはリアナだった。いつも無表情の彼女がさっさとシェイプシフター製外套に袖を通してみせる。


「普通の服と一緒」

「そ、そうですか」


 セラも外套を上から着込む。慧太は、リアナのフォローに感謝しつつ、アルフォンソへと視線を向けた。


「オレの分は?」

『ご自分で出されてはいかがですか?』


 しごく真面目ぶってアルフォンソは言った。なに、と慧太は眉をひそめ、同時に視線を一瞬セラへと向けて見せることで、この分身体は理解した。


『ああ、そうでした。うっかりしていました』


 どうぞ、とアルフォンソはもう一着外套を作り、慧太に手渡した。アルフォンソはともかく、慧太がシェイプシフターであることはセラには伏せている。――オレだってうっかり出しそうになったよ、まったく。


 正面に森が見えてきた時、背後のほうで雷鳴が聞こえた。見れば真っ黒な雲が流れてきていて、誰が見ても雨が近いのがわかった。


「この森を抜けると、バーリッシュ川……そしてシファードの町があります」


 ユウラはフードを被る。ぽつぽつと雨が降ってきたのだ。慧太もフードを被った。


「夜になる前に抜けられるか?」

「どうですかね」


 ユウラは眉をひそめた。


「この天気ですから、暗くなるのは早いかと。たぶん、森で野宿ですね」


 雨が凌げる場所があればいいのですが――青年魔術師は言うのである。


 しとしとと降る雨。先導はリアナ。アルフォンソ、セラと、ユウラときて、最後尾は慧太だ。雨が木の枝と葉に当たる音が周囲を満たす。水気を含んだ土が粘るように靴底にこびりつき、その足を重くする。動物の鳴き声などは、慧太の耳では聞こえなかった。


 先頭のリアナはどうなのか。彼女の狐耳もフードの奥だ。この雨では嗅覚も制限される。索敵面ではマイナスなのだが、不足は経験でカバーするのがリアナという狐人の戦士だった。


 やがて小休止をとる頃合になったが、雨脚が強くなる気配が濃厚で、ユウラはここらで野宿をしようと提案した。

 大岩が壁になり、倒れた大木が屋根代わりになりそうな場所を見つけ、そこを拠点とした。もっとも全員が雨を凌げるほどないので、せいぜい二人が座るのでいっぱいである。


「アルフォンソ」


 慧太はは、テントになれ、と指示を出せば、全身鎧姿のシェイプシフターは、その姿を変え、天幕の屋根を形成し、全員が入っても余裕で過ごせる広さを確保した。……ついでに座椅子まで用意しているあたり、地面が濡れている気遣いである。


 セラが座って一息つく。大粒の雨を凌ぐアルフォンソ――もとい、シェイプシフターテント。雨音を聞きながら、ぼんやり眺める慧太だが、「慧太くん、ちょっと」とユウラが声を手招きしてきた。セラ、リアナらの反対側へといそいそと移動。


「火をつけようと思うのですが」

「土が湿ってるから火はつかないと思うが……そもそも燃やすものは?」


 慧太が問えば、青髪の魔術師はバッグからカップを出して、その中にぱらぱらと粉を入れた。そして水筒から水を注ぐ。


「……その水、大丈夫か?」


 水は腐るのだ。ユウラは答える。


「朝、入れたばかりの新鮮なものです」

「お茶か?」

「似たようなものです。……身体が温まります」

「……火を起こせればな」

「ですから、あなたが持っていてください」


 カップを差し出される。慧太は受け取った。


「火」と、ユウラが呟けば、彼の指から小さな炎が噴き出した。まるで蝋燭ろうそくの火のように、彼の指先でちろちろと踊っている。


「じっとして」


 慧太は両手でカップを保持したまま、じっとしている。ユウラの指先の火が、カップの底をあぶる。


「……なあ、ユウラ」


 慧太は小さく首を横に振った。


「これずっと持っていたら、熱くて持ってられなくなるやつじゃないか?」


「ええ、普通なら」と、ユウラは平然としている。


「あなたはこの程度の熱さは感じないでしょう?」

「遮断はできるが、感じることはできる」


 皮肉げに慧太は口元をゆがめた。


「熱くなったら、言おうか?」

「構いませんが、カップを投げないでくださいね。中の葉がもったいないので」


 淡々と告げるユウラに、慧太は笑みを引っ込めた。


「ねえ、慧太くん。……セラフィナ姫に、正体を明かすつもりは?」


 慧太は固まる。ユウラは表情ひとつ変えず、さも火の制御に集中している風を装う。


「シェイプシフターであることは黙ったままですか?」

「……言う必要があるのか?」


 化け物であることを――と慧太は言葉を飲み込んだ。すでにアルフォンソがシェイプシフターであることを明かしている。慧太が制御しているから、と彼女もアルフォンソのことを受け入れつつある。

 だが。


「ライガネンまでの道中に、オレが正体を明かす必要はないと思うが」


 知らなければ知らないままでいいこともある。


「……あなたがシェイプシフターであることを公にしてくれたほうが、道中かなり楽できるんですよね」


 ユウラは、他人事のように言った。慧太は微苦笑した。


「もうそれならアルフォンソがいる」

「そうですね。……そうでした」


 ユウラは頷いた。しばらくそのままの姿勢でいれば、やがてカップの水が湯気をくゆらせはじめた。青髪の魔術師は火を消す。


「では、お姫様とリアナにこれを。身体が冷えているでしょうから」


 気が利いてるな――慧太はカップを片手で持ち直し、振り返った。銀髪のお姫様とリアナはこちらに背を向けている形で森の景色を眺めている。二人のもとへ歩くと、慧太はカップを差し出した。


「ユウラから。……身体が温かくなるってさ」


 ありがとう、とセラが受け取る。セラはリアナを見たが、彼女は「お先にどうぞ」と手で示した。熱いお茶を口にしたセラは、すぐに顔をしかめた。……どうやら、味はよろしくないらしい。それでも二、三口をつけて温まると、隣のリアナに譲る。


「ユウラさんと話していたみたいですけど、何を話していたんですか?」


 セラに問われ、慧太は一瞬言葉に詰まった。隣でリアナが、すっとそっぽを向いた。……耳のいいこの狐娘は、この雨の中、二人の会話内容を聞いて把握していたのだろう。


「今夜の食事の話」


 慧太はすっ呆ける。


「この雨だから調達もできない。……味気ない堅焼きパン。いつもの保存食」


 セラは小さく頷いた。特に不審を抱いている様子はなかった。ポーチを漁ると、グノームの集落からもらったお土産を取り出す。土入りクッキー――銀髪のお姫様はリアナに分け与えて、味の感想を言い合った。

 彼女曰く、そっけない味するのだそうだ。

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