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第2話、託されたモノ


 魔人軍は巨砲を用いて防壁を破壊し、魔獣騎兵による突撃で一気に防壁の裏へと流れ込んだ。奇襲を受けた守備隊――アルゲナムの騎士や兵たちは次々に凶刃に倒れた。


 割をくったのは、たまたま依頼で現地にいた慧太けいたとその仲間たちである。この期に及んでは、依頼どころではなく、大いに予定が狂ったのだ。そして、思いがけない荷物を抱え込むことになる――


「は? 王子殿下!?」

「頼む! ……頼むっ!」


 血だらけの騎士が押し付けるように預けたのが、銀髪も麗しい美形の王子だった。


 聖アルゲナム国王子、ケルヴィン・アルゲナム。二十代前半の青年。国境線の視察に赴いていた彼は、慧太同様この魔人軍の奇襲に巻き込まれたのだ。そして運の悪いことに、王子殿下もわき腹から出血――負傷されていた。


結果的に、慧太は王子を連れ、トゥール要塞を脱出。首都にあたる聖都へ向けての逃避行を余儀なくされたが、結局、魔人軍の追撃部隊に追いつかれ――返り討ちにしたところで、時間軸は現在に戻る。

 追手の魔人兵をひとり全滅させた慧太は、そばの茂みの奥へと足を踏み入れ、口を開く。


「王子、終わりましたよ」


 あぁ、ケイタか――木に背を預け、座り込んでいるのはケルヴィン王子殿下。酷い怪我の上に移動を強いられていた彼の顔は青ざめ、その視線は空ろ。息をつくのもつらそうだった。


「すみません、殿下。仲間に足止めを任せたのですが、敵の動きは思ったより速いようです」

「君の、仲間たちは……?」


 魔人兵の追撃をかわすためにわかれた二人の仲間――リアナとアルフォンソを思い出し、慧太は小さく笑みを浮かべた。


「あの二人なら何も心配いりません。たぶん、生きてます。それより、ここを離れましょう。……立てますか?」


 慧太は歩みより、王子に声をかけた。だが彼は顔をしかめ首を横に振った。


「いや……。ケイタ、私はもう……。おそらく、聖都はおろか近くにあるだろう町にも、たどり着けないだろう……君まで私と心中する必要は……ない」

「王子……」

「ここまで、ありがとう。……ひとつだけ、頼みを、聞いて、ほしい」


 限界が近い。ケルヴィンは震える手で胸のポケットから、銀のロケット・ペンダントを取り出した。聖アルゲナム国の国章である盾と聖剣が刻まれている。


「……これを、妹に。……セラフィナに渡して、ほしい」


 妹――慧太は王子の顔をまじまじと見つめた。会ったことはないが、確かアルゲナム国には銀の戦乙女の異名を持つ美しい姫君がいた。


「お守りなんだが、ね……。魔人どもに、奪われるのも面白く、ない……だから」


 頼む――


 慧太は唇を噛み締める。ケルヴィン・アルゲナム――彼の最期の時に居合わせた。そして託されようとしている。


 何故オレに――ああ、わかってる。他に誰もいないからだ。


 胸の奥がうずく。静かに息をつき、慧太は、王子の手からロケットを受け取った。


「――妹を……セラを……たの、む……」


 すっと、王子の目から光が消えた。力が抜け、木に寄りかかった彼は、まるで人形のようだった。

しばし、彼の亡骸を見やる。埋葬するべきだろう。

 だがその時、角笛らしき音が聞こえた。魔人兵の追手だ。面倒になる前に個々を離れないと……しかし彼をこのままにしておくわけにはいかない。


「すみません、王子――」


 慧太は詫びた。その影が事切れた王子の身体に重なった。

 その約一時間後、慧太は仲間たちと合流した。



  ・  ・  ・



『ケイタ』


 物思いにふけっていたところに声をかけられた。黒い全身鎧を身に付けた身長二メートル近い体躯を持つ戦士のようなモノ(・・)。兜の眉庇(バイザー)が降ろされているので素顔は見えない。

 慧太はひとつため息をついた。


「どうした、アルフォンソ?」

『いえ……先ほどから、空を見上げて動かないので、調子が悪いのかと』


 アルフォンソと呼ばれた鎧のそれは、機械音声じみた男性声を出す。全身鎧の姿と相まってロボットのような雰囲気を漂わせているが、正確には『人間』ではない。


 シェイプシフター。


『変身する者』という意味を持つ魔物。慧太の世界でも、妖怪だの怪物だの言われていたそれ。代表的な著名シェイプシフターの例を挙げるなら、宝箱などに擬態しているミミックもその仲間らしい。

 姿を自由自在に変える能力を持っているシェイプシフター――アルフォンソと名づけたそれは慧太の身体から分離した分身体でもある。

 そんな片割れに、慧太は小さく笑んだ。


「オレは元気だよ」


 正直言うと、王子の死が気がかりだった。同時に彼が託そうとした、妹姫のことも。

 王族の、見ず知らずの他人のはずなのに……今ではそうとばかりは言えない気持ちにさせられている。

 しかしそんな慧太の心情を知らず、アルフォンソは淡々と言った。


『そうですか。では何故、右腕に手を添えていたんです?』


 右腕――慧太は反射的に視線を自身の右腕へ向ける。確かに左手が、右の肘あたりに触れていた。一年前に人間だった頃に切り落とされた箇所……こういう癖が出るのはよくない兆候だ。


 なんと返してやろうか、少し考えた時、近くの茂みが揺れ、人型が飛び出した。


 黄金色に輝く髪、狐の耳をもつ小柄の少女。シノビ装束を思わす黒い戦闘服、背中に弓、腰には二本の短刀と矢筒を下げている。ちなみに腰の後ろでふさふさの尻尾が揺れていた。

 魔人――ではなく、フェネックと呼ばれる狐人だ。


「ケイタ」


 狐人の少女、リアナは表情ひとつ変えずに言った。

 慧太の所属するハイマト傭兵団に所属する傭兵にして、慧太の相棒に当たる。整った顔立ちは、まるで機械のように表情に変化がなく、口数も淡々としているが、暗殺者集団の一族出身で、こう見えて傭兵団でもトップクラスの戦闘スキルを持つ。


「近くに魔人はいない」


 偵察結果を報告するリアナ。

 聖アルゲナム国に侵入を果たした魔人の軍勢。それは国境線を越えて内陸へ進攻、周辺集落は次々にその魔の手に脅かされている。現状、人間が歩いていたら即襲われるという危険な状況だ。


 狐人は大変耳がよく、かなり遠方からでも敵を探れる。狐人の耳のよさは、狐同様、十数メートル範囲に落ちた落ち葉の音さえ拾うという。……落ち葉の落ちる音なんて人間にはほぼ聞こえないだろう。


「わかった。じゃあ、移動しよう」

『進路は?』


 アルフォンソが聞いてきた。慧太は表情をやや曇らせる。


「聖都だ」


 聖アルゲナム国の聖都プラタナム。その答えに、アルフォンソは声のトーンを上げた。


『魔人軍も聖都を目指しているはず。いまから向かうのは危険ではありませんか?』

「……託されてしまったからな」


 銀のロケット・ペンダント――亡き王子の遺品。それを妹姫のもとに届けるという役目を受け取ることで引き受けたのだ。


「依頼は依頼だ」

『お金にならない仕事です』


 アルフォンソは表情はないが、指摘する。


『故人との口約束です。状況が状況です。反故にしてしまっても問題ないのでは。傭兵は命あっての――』

「モノダネ、わかってる」


 慧太は頷くと、視線をリアナに向けた。


「君は反対か?」

「ケイタの指示に従う」


 狐娘は、例によって無表情だった。


「ケイタが行くところが、わたしの行くところ」

「……決まりだな」

『そうですね』


 アルフォンソも頷いた。


『このパーティー構成だと、私が何を言っても無駄ですね』

「そう言うな。忠告はいつでも歓迎するさ」


 聖都プラタナムを目指し、慧太と仲間たちは東へと向かった。

リメイク前は、まったく喋らなかった人が喋っている件

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