第26話、グノーム戦士グレゴ
グノーム集落を眺めて気づいたこと。
クリスタル状の大型照明――魔石灯というらしい――は集落のある空間にいくつも設置されているが、操作をしないと一定時間で消える。
そしてその光りの点灯時間から、おおよその時間を割り出していた。グノーム人がそれによってグループを作って集落を出たり、食事の支度をしているのを見ながら、太陽の光りの届かない地下でも時間があるんだ、と妙な感心をする慧太である。
結局、慧太は、昨晩の宴が行われた集落の中央広場から動けずにいた。その原因は酔った上に眠ってしまったセラが慧太の膝を枕にしていたからだ。
――女の子を膝枕。
女の子が膝枕ではない。まさに逆の展開である。麗しき銀髪のお姫様は、すやすやと横になっている。
『まったくよく眠っています』
「……」
『あなたはいつまでそうしているつもりですか?』
「うるさいぞ、アルフォンソ」
影に潜む分身体に、慧太は小声で言った。セラが寝ているというのもあるが、昨夜の宴の場から動かず座り続けている慧太の姿を、不思議そうに見ていくグノーム人もいる。
『脚、痺れませんか?』
「愚問だぞ」
『よければ代わりましょうか?』
「お前はいったい何が言いたいんだ?」
『別に』
それっきり、アルフォンソは黙り込んだ。わかってる、退屈だったのだ。
「ん……んん……」
もぞっと、膝の上でセラが動いた。長いまつげにふちどられた瞼がかすかに動く。
どうやらお目覚めのようだ。誰も見ていないのをいいことに、慧太は膝ポジションをあぐらから、正座へと変化させた。膝枕はこうでないと、と謎理論。本当は自分が女の子に膝枕されたい。
「おはよう、セラ」
「……ケイタ」
うーん、と小さく声を漏らしながら、その青い瞳をぱちぱち。セラは逆さの慧太の顔をぼんやりと眺め、バッと顔を赤らめた。
あ、これ飛び起きるやつだ。
慧太はすっと顔を上げた。セラが飛び起きたのは、そのわずか後だったので顔面衝突は避けられた。危ない危ない……。
「あ、あのケイタ! わ、私!」
「おはよう、セラ」
慧太はにっこりと笑った。セラは赤面したまま同じく正座して向き合う。
「お、おはようございます。あの、私、ずっとケイタの――」
「うん、膝の上で眠ってた。……可愛かった」
「か、かわい……!?」
両手を頬に当ててセラは動揺する。――うん、可愛い。
「ごめんなさい、ケイタ。その……重かったですよね」
「え、頭乗ってただけだから重くはなかったよ」
「ずっと、起きて、ました……?」
恐る恐るといった感じで言うセラ。慧太は次にくるだろう反応を予想し苦笑。
「うん。起きてた」
嘘はつけない。慧太が認めたのでセラはさらに「ごめんなさい!」と頭を下げるのだった。そこへ白い肌の若いグノーム女性がやってきて、朝食の用意ができていることを教えてくれた。
長の家に案内され、朝食に用意されたスープと例の食用砂入りのクッキー、アルコール成分なしの水をいただいた。砂入りクッキーを食べる。堅かった。
――味がよくわからんなぁ……。
全部が砂ではないようだが、そうなると残りの部分は何でできているのか。
地下で穀物が育つとは思えないが。そう考えて、たぶん地上人との交易で手に入れたのだと気づいた。
慧太は関心が薄かったが、そういえば傭兵団でもグノーム産の金属武器が人気だった。鉱石やら金属加工に秀でる彼らと地上の品を交換したり、商売なども成り立つわけで。
そもそもグノームの長や、食事の世話してくれた女性はこちらの言葉を問題なく話していた。戦士の一団は訛りがあったけど。
「それで、道順ですが――」
慧太が切り出せば、長は頭を振った。
「ライガネン方面に抜ける道中は昨晩話したとおりですな。少々危険な道じゃが、腕の立つ案内人をつけますので、迷うことはないはず」
「ご厚意、感謝いたします」
セラがすっと頭を下げた。
・ ・ ・
道案内として同行することになったのは、グレゴというグノーム男性だった。
グノーム人の年齢についてはよくわからないが、その顔の形、しわなどを見やり四十代半ばくらいではないかと慧太は思った。
なめし革をベースに、グノーム鋼で補強された鎧をまとっている。爆発物と思しき球が複数ついたベルトを鎧の上から二枚巻きつけ、背中には円形の盾と武器にも使えそうなツルハシを背負っていた。
身長は他のグノーム人に比べ若干高め。だが慧太よりは低い。横幅はあるので頑強で、見るからにタフな男に見える。その腕も丸太のように太かった。
慧太のいた世界における伝説のドワーフに近い風貌だが、彼らとは決定的に違うところは、『髭が生えていない』こと。
たっぷりあごひげを蓄えているドワーフと違い、グノーム人は髭を蓄えるという習慣がない。その顔はごつく、顎はほぼ四角。だが髭はない。例外は集落の長だけだが、グレゴが言うには。
「あの髭は地上人向けに生やしているンダ。あれで長だとひと目でわかるから、連中には評判がいいンダ」
ただグノーム人的には不評だがな、とグレゴは声を上げて笑うのである。
慧太たちは集落を出た。お土産兼食料に『ムリ』といわれるクッキーをもらった。それともうひとつ、鉄兜も。
「坑道を歩く時は、頭を守るものは被っとけ」
ということらしい。
グノーム鋼製の兜は頭全体と首後ろを守る構造になっていて、その内側には動物の皮をなめしたものが厚く張られていた。頭部がじかに金属に触れるのを防ぎ、長時間被っていても痛くないようになっているのだ。
そのグレゴが鉄兜を一度脱ぎ、汗を拭く。見事なスキンヘッドである。比較的暑い坑道内において、すぐに手入れできるという点は髭なし髪なしは都合がいいのかもしれない。
「何故、グノーム人には髭が不評なんだい?」
話の種に聞いてみれば、鉄兜を被りながらグレゴはニヤリとする。
「髭がないほうが、削った岩肌みたいで綺麗ダロぅ?」
見た目の問題か――慧太は納得しておくことにした。
北方へ抜ける地下通路を、グレゴを先頭に歩く。慧太とセラはその後に続きながら、グレゴのお喋りに付き合う。
「ワシはグノーム女からはモテモテなンダ。若い頃は嫁候補がわんさかいてな、ワシを取り合ったもンダよ」
「今は?」
「妻がおるからな。それでも祭りの時はよく女に誘われるンダ」
結婚してたんですかーへー――慧太はセラを顔を見合わせる。彼女も微苦笑。
「グレゴさんは――」
「グレゴでいいぞ。気持ち悪い」
「ああ、悪い。グレゴ、の旦那。あんたの奥さんは美人なのかい?」
「もちろンダ。顎もしっかりしてるし、何よりがっちりしているからな」
「あんたみたいに?」
「そう、ワシみたいに!」
がっはっはっ、とグレゴは笑った。冗談のつもりだったのに。
「すると旦那。グノームの女性は、顎が四角くて、肩幅広いとモテる?」
「ああ、美人とはそういうもンダ。それに加えて力持ちなら言うことない」
一般的な人間とグノームでは美人の定義が違うらしい。そういえば日本でも昔はふくよかな女性が美女だって言われたとか何とか。
グレゴは振り返った。
「地上じゃ、細いほうが好みらしいな。地上人と交流する時に会うグノーム女は、細いやつが多かったろう?」
「そういえば――」
宴の場でセラに料理を勧めていた女性は、グノーム人としては痩せていた。……人間から見れば標準か、ちょっと太めだったが。
「言い方悪いが美人ではないわな。ただ地上人からはそう見えないらしいから、そのまま地上人に嫁いだりすることもある」
「へえ……」
慧太は感心も露に頷くと、ちらと銀髪のお姫様を見やる。
「グレゴの旦那。地上人から見ればセラは美女の範疇に入るんだが」
「ケ、ケイタ!?」
吃驚するセラを無視し、慧太は続けた。
「グノーム人から見たら、どうなのかな?」
「……うーん」
グレゴは正面を見やり――つまりこちらの背を向け――小首を傾げた。
「残念ながら、結婚は諦めたほうがいいな。第一、細すぎる」
「細いって」
人間の女性は細いって言われると嬉しいだろうと思えば、セラは恨めしげに睨んできた。デリケートな話題だったようだ。
「ん……?」
グレゴが立ち止まった。通路の向こうから、何者かが駆けてくるのが見えたのだ。
グノーム人、だがそれにしては身長は一ミータほどだった。子供、だろうか……?
「グレゴ!」
そのグノームは、グレゴに真っ直ぐ駆け寄ると声を張り上げた。
「地下神殿! 神殿で一大事!」
「なンダ!? ゴバードの襲撃か!?」
怒鳴るような勢いで返すグレゴだが、低身長のグノームは負けじと返した。
「化け物! 化け物が神殿で暴レテルッ! 助けがイル!」




