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第24話、ディナータイム


 影喰かげくい

 

 ずぶずぶと底のない沼に沈むかのごとく、その巨体を飲み込まんとする漆黒の影。マクバフルドはもがくが、すでに手遅れだった。洞窟中に響くだろう大きな鳴き声も、哀愁を帯びて、まるで助けを求めているようだった。


 ――そう連れない態度をとるなよ……。


 慧太の伸ばした手がマクバフルドの左頬に張り付き、地面へと引っ張る。けたたましい咆哮。地面の影から、にゅっと慧太の上半身が浮かび上がる。


「――久々の直喰(じかぐ)いなんだ。……大人しく喰われろよ」


 大モグラの身体の半分が慧太の半身、黒々としたシェイプシフター体の沼に沈んでいる。絡めとる漆黒の手の数は増え、マクバフルドを引きずり込む力は増していく。


 慧太の表情に歪な笑みが浮かぶ。モグラの化け物は声すらあげず、固まったままその身体を貪られている。……そう、もう息絶えたのだ。傍から見れば、巨獣は影の沼に沈んでいくようだが、シェイプシフターの身体は獲物の身体を速やかに取り込み吸収していた。……もうお腹一杯だ。


 シェイプシフターになって、もっともエネルギー効率のいい食事は、こうした体への直接吸収だったりする。慧太はマクバフルドをほぼ吸収(食べ終わり)、残ったのは一ミータ(メートル)近い巨獣の角のみ。


「……さて」


 慧太は影の沼から下半身を引きずり出す――ように見えて、実際は自身の影にそれを収納したわけだが、先ほどから痛いほどの視線を向けてくる銀髪の戦乙女を前に、首を傾げた。


 ――どう言い訳しようか。


 果たして言い訳が許されるだろうか、と慧太は思う。少なくとも、問答無用に攻撃されないあたり、まだ話を聞いてはくれそうだが。……このあたりは、以前アルフォンソがシェイプシフターだと正体を明かしていることが効いているかもしれない。


 いや、単に思考が追いついていないだけかも。


 セラは、慧太が人間ではないのを目の当たりにしたのだ。

 シェイプシフター、姿を変える化け物。アルフォンソの時と違い、慧太はそれをずっと黙っていたわけだから、当然彼女の心象はよろしくはないはずだ。


 ――ここまで、かな。


 何とか力になってやりたいとは思うが、相手がそれを嫌がればどうしようもない。


「ケイタ……」


 セラは、信じられないものを見る眼になっている。現実離れした光景を目の当たりにしたのだから無理もない。彼女は一歩、また一歩と前に出て、やがて駆け寄った。


「ケイタ! あの、生きて、るんですよね……?」

「見ての通り……足はついてるよ」


 ついてないようにもできるけど――慧太の中で緊張が高まる。

 上手く説明できる自信がなかった。嫌われてしまうのではないかという思いが口を開くのを躊躇わせる。

 セラも困惑しているのがわかる。慧太を見やり、しきりに目を瞬かせている。


「何と言うか……その、見ただろセラ。オレは――」

「ニンジャ!」


 は? ――セラから出たその単語に、慧太は目を丸くした。忍者、だって?


「ケイタは、東の果てにある国にいるという伝説の戦士、ニンジャなのですか!?」


 この世界にも忍者っているの――思わず口に出そうになる慧太だが、セラの期待のこもった眼差しを真っ直ぐに浴び、口元が引きつった。


「あ、ああ、そう。……うん、オレ、忍者」


 嘘をついた。だが彼女が勝手に勘違いしてくれたのだ。否定して、わざわざシェイプシフターであると告白する必要がどこにある。


「やっぱり! はじめて会った時から、どこか不思議な人だと思っていたのですが――」


 ――やっぱ、思われてたんだ……。


 自嘲したい慧太である。


「ニンジャなら納得です! 影を使う術と言うのは、アルフォンソなどのシェイプシフターのことだったのですね! 常人離れして身体能力で駆け回り、摩訶不思議な術で敵を葬っていく伝説の戦士――異国風の名前だと思っていましたが、まさか、本物のニンジャだったなんて……!」


 ひどく感動されてしまった。


「……まあ、人に言うものじゃないし、ね」


 忍者にしておけば都合がいいか――慧太は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 セラは、今だ座ったままの慧太を見下ろす。


「立てます……?」

「ちょっと反動がきて」


 マクバフルドを丸ごと一匹喰らったので、まだちょっと身体が重い。食い過ぎ状態。


「反動?」

「――消耗の大きな術でね」


 それらしく嘘をつけば、そうとは知らないセラは首肯した。


「なるほど。確かに凄い術でしたものね」


 そう言うと、銀髪のお姫様は膝をつき、慧太と視線の高さを合わせた。


「でも、びっくりしました。いきなり消えてしまうんですもの。……あなたが踏み潰されてしまったのではないかって……心配、したんですからね」


 熱っぽい視線を向けられる。その不安げな顔を見て、慧太の心は何ともいえない罪悪感のようなもので苦しくなった。


「ごめん。説明している暇がなかったんだ」


 慧太はようやく立ち上がる。少しふらついたら、セラが手を伸ばして支えてくれた。


「ありがとう」

「こちらこそ、助かりました」


 ありがとう――セラは微笑んだ。それだけで、慧太は胸の底からじんわりと温かな熱を感じた。


「それにしても」


 セラが大モグラが広げた通路を見返す。


「さっきの看板といい、爆発物といい、一体全体どうなっているんでしょうか」

「たぶん、人か、それに近い種族が地下に住んでいるんだと思う」


 慧太は顎に手を当てる。


「ユウラが言ってたんだけど、地下に住んでる亜人種族がいるって。最初に地下に落ちた場所も、鉱山というか人の手が加えられている感じだった」


 専門家ではないので断定はできないけど、と心の中で付け加える。


「看板はたぶんアレだ。『この先行き止まり』とか書いてあったんだと思う」

「読めたのですか?」

「いや、何となく」


 慧太は首を横に振った。


「寝ていたマクバフルドを起こした爆発物も、地下亜人だろうなぁ。……たぶんこのあたりの通路も亜人らが掘ったものだけど、そこにあの墓場モグラが棲み付いたんじゃないかな」


 マクバフルドがこじ広げた通路を逆に歩く。行き止まりなので戻るしかないのだ。


「なんて言う亜人だったっけ――」


 考える慧太は、そこでハッとなる。通路の向こうに、無数の赤い光点が浮かんでいたのだ。

 ほのかな赤色に照らされるのは、手に岩塊や巨大な鎚、ツルハシを持った屈強な人型。戦士の一団――それらが慧太とセラを取り囲むように待ち構えていた。

 慧太はそれらを見やり、ため息をつく。 


「思い出した。……グノームの民だ」


 険悪な空気だった。セラはアルガ・ソラスを抜き、慧太もしぶしぶ手にダガーを握った。


「……アルフォンソ、いるか?」

『すぐそばに』


 シェイプシフターの声は、慧太のほぼ真下から聞こえた。影の形になって、慧太のもとへと移動していたのだ。


『グノーム人は二十三名。全員男性。武装しています』

「待機しろ」

『了解です』


 さて、荒事になるか。墓場モグラことマクバフルドを仕留めた。一難去ったと思えばまた一難か。


 地底の民ことグノーム人の男たち。身長は一ミータ(メートル)五十テグル(センチ)程度とやや低身長だが、がっちりした筋肉質の肉体を持った彼らは、例えるならドワーフのような見た目をしている。ただし髭は生やしていない。

 武器やツルハシをもった彼らの熱烈な歓迎に身構える慧太とセラ。リーダーと思しきグノーム人は、唐突に口を開いた。


「マクバフルドはどうしたンダ?」

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