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第1話、魔人の侵攻


 少し昔話をしよう。といっても、わずか一年前に起きたことだが。


 羽土(はづち)慧太(けいた)は、その日、クラスメイトと共に修学旅行に行くバスにいた。


 少しうとうとしていた時、突然光に包まれた。

 気づけば、そこは堅牢な石の壁に囲まれた部屋。床には魔法陣があって、慧太を含めた高校生三〇人が『召喚された』のだ。


 いわゆる異世界に飛んじゃったのだ。


 そこで呼び出した王様――ではなく実際に召喚をやった魔術師が言う。


『魔人の軍勢が攻めてきています! 皆様のお力で、奴らを返り討ちにしてください!』


たちの悪い冗談だった。日本の普通の高校生が、突然見知らぬ世界に呼び出されて、魔人とかいう化け物じみたものと戦うよう強要されたのだ。

 剣や斧、槍、盾を支給された結果は、火を見るより明らか。返り討ちにあったのは、こちらだった。

 異世界転移ものにありがちなゲーム的なスキルやチートなんてものはなかった。勇者としての第一歩が始まるなんて、都合のよい展開もなし。……レベル1の勇者がいきなり最終ダンジョンに徘徊するような化け物と戦って勝てるわけがないのだ。


 結果は、無残なものだった。押し寄せる魔人によって異世界に召喚された三〇人の高校生は、ただの一人も残ることなく全滅した。……慧太自身も含めて。

そう、あの時、慧太は死んだ。黒くて、スライムのような塊に、頭から喰われ飲み込まれたところで、記憶は飛んでいる。


 気づけば、慧太は見知らぬ場所にいた。そして人間ではなくなっていた。


 彼を飲み込んだ怪物、シェイプシフターとなって甦ったのだ。どうしてそうなったのかは慧太自身にもわからない。神様も誰も教えてくれなかったから。


 その後、何だかんだで獣人の傭兵団に拾われ、慧太は傭兵となった。

 そして一年が経過した。


 イグアス大陸の西にある聖アルゲナム国での仕事依頼に派遣されたところで、魔人軍による侵略が始まり、現在に至る。

 国境線に沿って構築されたトゥール防壁要塞の向こう側を少し偵察に行ってくるというものだ。

 その防壁の向こう側というのが、魔獣だったり、『魔人』と呼ばれる人類との敵対種族が闊歩する危険な土地であるのだが……。まあ、特定の魔獣を狩れだとか、魔人の拠点に乗り込めとかいう仕事でないだけ、まだ簡単と言える。


 そう、簡単な仕事のはずだった。


 トゥール防壁要塞に着いて早々、魔人軍の聖アルゲナム国に大侵攻を遭遇しなければ――



  ・  ・  ・



「……まあ、目の上のタンコブよな」


 魔人軍第四軍指揮官、ベルフェ・ド・ゴールは、トゥール防壁が見える深い森の中の監視所で呟いた。


 外見は十歳程度の少女に見えた。熊の耳を持ち、純粋な人間ではないことがわかる。茶色い髪を三つ編みにし、魔鏡(めがね)をかけている。緑色のローブをまとい、どこかやる気を感じさせない淡々とした表情である。……だがこれでも貴族であり、ゴール家の当主(最年少)だった。


 すでに時間帯は真夜中。静かな夜であるが、この森にはすでに魔人軍の戦闘部隊が、その時を待っていた。

 監視所にいた青色肌のコルドマリン人副官が懐中時計から顔を上げた。


「ベルフェ様。そろそろ――」

「うん、第一、第二砲兵大隊に攻撃命令。目標、アルゲナム国境、トゥール防壁」


 感情の起伏を感じさせない、淡々とした口調だった。戦いを前にした興奮や脅え、その他感情とは無縁な調子である。

 第四軍指揮官の命令を受け、森に隠されるように配置されていたゴール式18ポルタ砲の砲門が一斉に開かれた。


 対城壁用決戦兵器と称される新開発の大型砲は、轟音と共に鋼鉄の巨弾を撃ちだし、まるでハンマーを打ち付けるが如く、長大かつ頑強な防壁を砕いて大穴を開けた。

 望遠鏡でその様子を観察していたベルフェは、うんと頷いた。


「初弾から命中とは幸先がいいねぇ」

「当たるように事前に準備なさったのはベルフェ様ではありませんか」


 副官が苦笑まじりに言えば、ベルフェは小さく嘆息した。


「計算上はな。だがなアガッダ君。奇襲のためとはいえ一発も試射ができなかったのだ。いざやってみたら、計算外のことは起こるものだよ」


 幼い外見に反して、ベルフェは冷静そのものだった。監視所にいる見張り兵が声を上げた。


「各砲、装填完了。第二射、いけます!」

「射撃続行。次からはボクの指示を待つことはない。通達通り、各砲十発の連続射撃を行え」

「ハッ!」

「……故障する砲が出ますよ」


 副官は渋い顔をする。


「18ポルタ砲は、短時間の連続射撃に耐えられるかははなはだ疑問です」

「知っている。ボクが設計した砲だ」


 ベルフェは望遠鏡を覗き込む。森の中に隠して配置してある巨砲が順次、砲撃を開始した。


「設置に時間のかかる固定砲だからな。どうせ防壁を破壊したらしばらく出番がないのだ。実戦での耐久テストと思えばいい」


 城壁が砕ける音が闇夜に響く。望遠鏡から見えるそれは、積み上げた壁が脆くも崩れていくさまをベルフェに提供した。ちなみに、魔人である彼女には、夜でもきちんとその光景が視認できていた。


「……十発もいらなかったかな」


 ボソリと呟く。見た目より造りが弱かったのか、あるいは単純に十八ポルタ砲の威力が優れているのか、国境の城壁が砂の城のように崩れていく。


 城壁に穴が開き、壁がその機能を果たせなくなっていくさまを見やりながら、各砲に配置した弾着観測員は、砲に微調整を指示して、弾着――砲丸の落下場所をズラす。防壁を完全に破壊するつもりなのだ。

 第四射が行われた頃、森のなかからアイコルヌ――獣の角を利用した楽器の重低音が響いた。その音色を聞いたベルフェは、珍しく表情を変えた。


「おい、いまの。聞き間違いではなければ――」

「はい、『突撃』の合図です」


 コルドマリン人の副官も、呆れとも驚きともつかない表情を浮かべる。


「えぇぇ……」


 ベルフェは露骨に嫌そうな顔になった。……あの単純バカめ。


 ドドド、と大地を疾走する集団の音。蛮声が上がり、崩壊しつつトゥール防壁めがけて魔人騎兵の中隊が各所で突撃を開始した。


「第二軍ですね。魔騎兵連隊」


 副官が言えば、ベルフェは苦虫を噛んだような顔で吐き捨てた。


「あのバカにも十発撃つまで待てとボクは言ったよな?」


 第二軍――ベルゼ・シヴューニャ率いる魔騎兵を中心とした高速突撃騎兵群である。指揮官はベルフェと同じ七大貴族出身のベルゼだが、名前が似ていてもそれは単なる偶然であり、性格はまったく異なる。


「砲撃を中止しますか? ベルフェ様」

「……放っておけ。ボクは知らない」


 面倒事は嫌いなのだ。ベルフェは匙を投げた。


 

 ベルゼ・シヴューニャ。魔人軍第二軍指揮官。

 短めの黒髪は、その毛先が跳ねていて、どこか獅子めいている。獣の耳を持つが人間――それも美女の部類に入る顔立ちだ。つり目がちの目は、獰猛どうもうそのもので、ゴルドルと呼ばれる獅子を一回り大きくしたような魔獣を駆り、戦場へと飛び込む。


 第四軍がこじ開けた防壁の穴に、配下の魔騎兵部隊を率いて、ベルゼは突撃の声を上げた。


「進めェ! ゴーグランの戦士たち! 人間どもを血祭りにあげろ!」


 オオッ、とゴルドルを駆る赤い肌の鬼魔人――ゴーグラン人の騎兵は、その猛々しいまでの顔に戦意をたぎらせ、咆哮した。


『ヤァトル、ガァザァァーン!!』


 古代ゴーグラン語で『突撃』を意味するその言葉と共に、人間――憎きアルゲナムの守備兵に襲い掛かった。

 防壁を失い、殺到する魔人騎兵によってアルゲナム軍は蹂躙じゅうりんされた。


 難攻不落と思われたトゥール防壁と、それを巡る戦いは、一時間とかからず終局を迎えるのである。

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