七話 ローブ野郎救出に向けて【テプト】
物語は【ローブ野郎】【アルヴ】【テプト】の三人視点で進むため、分かりやすいようタイトルに明記することにします。
旅は道連れ世は情け。そんな言葉があった気がする。意味はなんだっただろうか? たしか……旅においては他人に迷惑をかけまくろうゼ☆ 見てみろよ! 世の中も情けをかけまくってるじゃないカッ☆ 的な非常に御都合主義の光る正当化されたポジティブシンキングなことわざだった気がする。
うん。そこまでくると、もはや化物じみたことわざだ。情けをかけられたからといって、迷惑をかけても良いなどと言うことは決してないのだから。もしもその理論が通用するのであれば、かけられるものは、かけられるだけかけても良いということになる。飲食店なんかで『かけ放題』のうたい文句に、人目を憚ることなくかけまくってる奴等には、「それ、本当に食べきれるんですか?」と言ってやりたい。かけても良いのはパケットだけ。もちろん、そういったサービスに入ってることだけが前提となるが。
とにかく、「かける」とつくものには何かしらの躊躇をしなければならない。なんでもかんでもかけて言い訳ではないのだ。
だが、旅とはそういうものなのだろう。一筋縄ではいかない困難や苦難が待ち受けているが故に、だんだんと人の心も化物じみていく。その結果、生き残るためには何をやってもオールオッケー的な思考に陥り、最後に残ったのは彼らが導きだした狂人とも言えることわざだけ。きっと、欠けていたのは彼らの人間性なのではないだろうか?
「はぁぁぁ!」
『ウォォォ!』
そう。旅とは苦しくもあり、悲しいこともある非情な事柄なのだ。
『ギャアアアア!』
『プガァァァァ!』
彼ら、魔物にとっては。
「いやぁ……旅ってこんなんだっけ?」
『違うと思うぞ』
現実逃避から帰還し、ポロリと出てきた俺の言葉にエンバーザがこれまたポツリと返した。
現在目の前にしているのは、ゴブリンの村―――が、よく燃えている光景だ。燃え盛る炎はその勢いを留めることなく範囲を広げており、そこから逃げ惑うゴブリンたちは、消し炭となってその命を散らしていく。
地獄。そんな言葉がポンと頭に浮かぶ。だが、そこを地獄へと変えているのは灼熱の中を蠢く一人と一匹。彼らは、自重することなくその力をフルに発揮し、縦横無尽に村を駆け回っていた。
『ふん、他愛もない』
そのうちの一匹、ヘルハウンドのタロウが決め台詞を吐いて俺の横に着々した。ゴブリンの村を燃やしたのは何を隠そう彼である。……隠れてもいないが。
愛がないのはお前だ。決め台詞には決めポーズを、的なナルシスト臭のするタロウにそう言ってやりたい。ゴブリンは、村へと接近した俺たちから仲間を守ろうとしただけなのに、それに怒り狂ったタロウは、そのちっぽけな自尊心を守るために彼らの村を襲った。
守るものは絶対向こうの方が重いはずなのに、その軍配は残忍にも怒り狂ったタロウへと上がる。
悲しいけど、これが戦争なのよね。村へとたった独りで突っ込んで行ったタロウからは、そんな自虐的な言葉がよく似合ったが、蓋を開けてみると、その意味合いはゴブリンたちにこそ相応しかったようだ。
「ちょっと! なんで食糧庫にまで火をつけるのよ! 危うく焼け死ぬところだったじゃない」
そして、もう一人の方も遅れて俺の前に姿を見せる。ソカだ。
『ふん、ゴブリン共の食い物など要らぬわ!』
「はぁ? 一番食べるのはあなたじゃない! まぁ、その方がこちらとしては助かるんだけど」
その小柄な体に背負った布からは、この近くの森から取ってきたのであろう果物がはち切れんばかりに包まれている。どう考えても一人で背負いきれる量ではないのだが、それを可能にしているのは、俺が与えたオーガのガントレットのお陰だろう。
彼らは、俺と旅を共にする仲間である。そして、俺の我が儘な目的についてきてくれたかけがえのない者たちだ。
だからだろう。
ついてきてくれたという罪悪感からか、彼らの行動には寛容になっている。
たとえ、タロウが出会う魔物を駆逐し、彼らの住みかを襲い根絶やしにしようと、ソカが食糧をどこからか根こそぎ盗んでこようと、それも旅の為、冒険の為と自分に言い聞かせて目を瞑ってきた。
被害を被っているのは魔物なのだ。それはこの世界で罪にはならない。
なのに。
……なのに。
何故なのだろうか。この悲壮感は。
旅の目的は、とある人物を救出することにある。その人物は現在生きているかどうかすら分からない。分かっているのは、その人物がいるとされている所は過酷な場所であるということ。そして、この旅の最中に、もしかしたら俺たちは死んでしまうかもしれないという危険。
そんな旅のはずなのに、現在目の前で起こっている現状は、良くも悪くも予想外なものだった。
「テプト! これで三日は持つわよ!」
無邪気な笑顔を見せるソカ。彼女の背後で燃え盛る炎のせいか、その表情が眩しすぎて俺には直視できなかった。
『ここら辺を縄張りにしていたゴブリンは全員倒したからな。ここ三日は安眠できるだろう』
タロウの言葉がたくましすぎて目尻が熱くなる。あれ? 嬉し涙かな?
「安眠させる気があるなら夜中に吠えないでよ!」
『なんだと? お前がテプトの寝込みを襲おうとするからではないか!』
「はぁ? 襲おうとなんて……あれはただ……」
タロウの言い分に、ソカはもじもじとしながら言い返す。後半は声が小さく何を言っているのか分からなかったが。
『ほれみろ! 答えられないではないか! つまりは、そういうことなのだろう』
「ちがっ……私は、その……」
「もういい、わかったから」
二人の言い合いに、俺は終止符を打ってやる。こんなやりとりを何度見たことか……。
旅は順調と言えた。苦難と呼べるようなことも少ない。むしろ、上手くいきすぎて怖いくらいだ。
俺たちがアスカレア王国を出立してから一ヶ月ほどになる。
その間に出会ってきた魔物、盗賊、山賊。彼らはすべからく死体の山となり、残ることもない灰となってきた。
そう。何が間違っているのかと問われれば、俺たちが強すぎるのだ。
強すぎるが故に、触れるもの全てが抹消されてきた。
そのことに悲しさを覚える俺は甘いのだろうか?
『そうではあるまい。この狂った力の差も、魔物の住み着く大陸に入れば幾分かマシになろう』
おぉ、エンバーザ。俺の心の友はお前だけだ。お前には、是非ともリサイタルを開き、この喜びの声を歌にして聞かせてやりたい。
『……。それまでは我慢だ』
おぉ、エンバーザ。俺の寒いギャグをスルーし、暖かい気持ちにしてくれるのはお前だけだ。さすがは火の聖霊。
『……テプト、お前は少し休んだ方が良い。アスカレアに居たときは、意味のない殺生をしてこなかったお前だ。彼らが積み上げてきた死体たちに病んでいるのだろう』
そう……なのかもしれない。だが、違うとも思える。
彼らのやっていることは、全て俺のためなのだ。
タロウもソカもエンバーザさえも、俺のためを想ってくれている。そして、しいてはそれが自分の為なのだろう。
だから俺は怒れない。明らかにやり過ぎな事にでも、注意することを躊躇ってしまう。
もっと前はそんなんじゃなかったのにな……。
俺が冒険者をやっていた頃は、もっとシンプルに考えていた気がする。魔物ならば倒し、悪い奴等には罰を。そういった考えだった。
だが、タウーレンでギルド職員についてからは、その考えがめっきり変わってしまった。
悪い奴等には、彼らなりの理由や事情というものが存在し、魔物たちも、人という存在のせいで迷惑を被っているのかもしれない。様々な事を知ってそう思うようになった。
もちろん、それを知ったからといって俺がどうするということはない。正確に言えば、どうすることも出来ないというのが現状だ。
ただ。
「……タロウ、ソカ。これから先は戦闘に時間をかけてる時間もない。なるべく避けられることは避けてローブ野郎の救出に向かう」
『……そうか』
「わかったわ」
知っているのなら、それを考慮しても良いのかもしれないと思った。俺は今まで、そうやってきたのだから……。
『フッフッフッ。では、明日からは徒歩ではなく我の背中に乗って移動だな』
「最悪。あなた、隙あれば私を振り落とそうとするでしょ?」
『違うわっ! お前がそのガントレットで我を執拗に掴むからだろう!』
「だったらもっと安全に走ってくれる? 『我は風にィィ!』とか言ってトリップしてる場合じゃないのよ?」
『なっ、何を! お前こそ揺れる度に「キャッ! テプト!」とか言って主に抱きついているではないか! 聞こえてないとでも思ったか!』
「はぁ! ……はぁ!? 意味分からないんだけどっ!」
そんな二人のやり取りに思わずため息が出る。
……どうやら俺が何かを考慮しても、周りは一切考慮してくれないらしい。
そんな時、エンバーザが語りかけてきた。
『テプト。では前みたく、移動中は風圧をなくす魔法と、ソカの力にも耐えられるよう聖霊魔法を施しておくぞ?』
……修正しておこう。やはり、エンバーザだけは俺の心の友のようだ。