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五話 同じ実験体ディエル

「おい起きろ」


 言うが早いか、アルヴは気絶させた女性の頬をつねった。


「ちょっ、ちょっとアルヴさん。それはやりすぎですよ」


 そんな彼の行為を止める為、ユナはその腕にしがみついた。そんな彼女をのそりと見やるアルヴ。


「なんだよ……やりすぎって」

「この人は女の人なんですよ?」

「お前は……。見てなかったのか? こいつはさっき、俺たちに剣を向けてきたんだぞ? つまりは殺そうとしてきたってことだ。そんな相手に、俺は起きろと頬をつねっている。優しいのはどっちだよ」


 問われたユナは厳めしい表情をしていたが、やがてしがみついていた手を放す。


「むぅ。ですけど……」


 そんなユナを無視してアルヴは指に力を込めた。


 瞬間。


「いだっ! いだだだだだっ!」


 カッと目を開いた彼女が、涙目で跳ね起きた。


「なっ、何事だっ!」


 シュタッと中腰になり、構えのポーズをとる女性。頭の上の耳がピンと立っている。


「よぉ……久しぶりだなぁ。っていっても、俺はお前を知らないし、お前も俺を知らないだろうがな」


 そんな彼女に笑みを浮かべて挨拶をするアルヴ。ユナは、何のことだかサッパリ分からなかった。


「お知り合い……なんですか?」

「知り合いってほどじゃないな。まぁ、アレだ。同じ穴のムジナってやつだ」


 そう答えたアルヴに、女性は目を細めた。


「……誰だ?」


 訝しげな瞳の中で、自身の記憶を探るような交差が見える。しばらく彼女はそのままの表情だったが、やがて鼻がヒクヒクと動き始めた。


「……旨そうな臭い」


 じゅるりと、涎を吸い込む音。そして視線は、アルヴではなくその後ろの『焼き肉』へと移っていく。


「食うか?」


 問いかけたアルヴに、彼女はゆっくりと頷いた。


「良いぞ」

「かたじけないっ!」


 そう言うと、彼女はアルヴとユナを軽々と飛び越えて肉の元まで走った。それから、近くにドラゴンがいるのにも関わらず、無我夢中で肉を食べ始める。

 その食いっぷりは清々しく、片手で掴んだ肉を、顎の力だけで引き千切っては頬張っていた。


 その姿に、ユナは正直ドン引きしてしまう。


「ユナ、あれくらい逞しくなれよ」

「いや……あれはちょっと」


 それは、ユナが思い浮かべていた大人の女性とは、かなりかけ離れた姿だった。



「……ふぅ。食べた食べた。さて――――」


 見る間に無くなった肉。最後に口を拭う獣の耳を持つ女性。そして、彼女は立ち上がるとアルヴへと向き直る。


「助かった。どうやら、お前たちは敵ではないようだな?」

「敵? 敵って誰のことだよ」


 問いかけたアルヴに、彼女は満面の笑みで答える。


「無論、人だ」


 その言葉に沈黙が流れる。やがて、アルヴが盛大に吹き出した。


「ぶっははは! なんだ? 俺たちは人に見えないのか?」


 そう言ったアルヴに、彼女は首を傾げた後肩越しに背後を親指で指し示す。


「あぁ。ドラゴンを連れている人など聞いたことがない。それに、私でさえも感知できぬ程の速度……極めつけは、お前たちからは『殺気』を感じないからな」


 その説明に、アルヴは笑いを止めて「へぇ」と呟いた。


「なんだよ。ただの馬鹿かと思ったら、ちゃんと見えてたんだな?」

「馬鹿にするな。これでも目端は効く方だ」


 褒められて彼女は胸を張る。


「俺やドラゴンが怖くないのか? 間違えば、お前死んでるぞ?」


 脅しのように声音を変えてアルヴは言った。それに彼女はフンと鼻を鳴らした。


「怖い? そんなものは、とっくの昔に置いてきてしまったよ」


 その表情は穏やかで、しかし、口調は強い。そこには何一つの感情はなく、そして力強い意志が隠っていた。


「……へぇ。やっぱり同類だな」


 言ったアルヴに、彼女は何かを考えていたようだったが、やがて口を開いた。


「そうか。信じられないことだが、お前も……そうなのか」

「あぁ。やっと分かってくれたかよ」

「そうか……まさか、こんな所で会うとはな」

「俺も驚いている。今まで、仲間と会ったことはなかったからな」


 二人だけで通じ合う言葉のやりとりに、傍で見ていたユナは意を決して会話の中に飛びいる。


「あのっ! ……一体どういうことなのか、説明してくれませんか?」


 そんなユナに視線を送る彼女。


「その子は……なんだ?」

「まぁ、成り行きでな」


 それだけでユナの説明を終わらせるアルヴ。それから彼は、ユナに向き直った。


「ユナ、俺の体には魔物の魔石が埋め込まれている。そのせいで、俺は人じゃなくなっちまった」

「それは、聞きました」


 旅を始める前に。


「それは研究者たちの実験だった。俺は奴等の玩具(オモチャ)だったんだよ。……そして、玩具(オモチャ)は俺の他にもいたんだ」


 そこまで聞き、ようやく理解し始めるユナ。


「じゃあ、あの人は」

「あぁ。俺と同じで、魔物の魔石を体に埋め込まれた可哀想な奴さ」


 ユナは改めて女性を見た。

 黒い獣の耳。髪は長く茶色だが、先の方は黒くなっている。瞳は黄土色であり、肌は健康的な血色を浮かべている。


 何故だか、先程見た感じとはどことなく違って見えた。


「さすがだな? 腹一杯になったら魔力回復も尋常じゃない」

「あぁ。お前のお陰で、今は体に力が溢れている。この感じは久しぶりだ」


 女性は自身の手を閉じたり開いたりして何かを確かめているようだった。それは、アルヴの言う魔力なのだろうと推察できる。


「私に埋め込まれた魔石は【ケルベロス】。回復速度においては、私の右に出る者はいないだろう」


 女性はそう言って、最後にグッと握りこぶしをつくった。


「……そういえば、名前を聞いてなかったな? 私はディエル。実験番号は七十五番だ」

「七十番台……やっぱ融合実験が行われてた場所か」

「詳しいな? 私たちは殆ど他の房には入れなかったはずだが?」

「脱走する為に調べたからな」


 その返しに、ディエルは「脱走?」と首を傾げた。それから、不意に目を見開く。


「……まさかお前は」


 その反応に、アルヴは嬉しそうに口元を歪めた。


「あぁ。俺の名前はアルヴ。実験番号は四十四。埋め込まれた魔石は【サンダードラゴン】。……あの施設を破壊し、お前らを逃がしてやった張本人だよ」


 アルヴは言ってから額に手をあて、それから全力でその手を横に薙いだ。


 その瞬間、ちょうど手の先にあった家が耳をつんざくような爆発音と共に噴解した。


 その衝撃に、ユナとディエルは思わず目を閉じる。


「クッ……クククッ」


 もうもうと上がる煙の中で、アルヴの含み笑いだけが聞こえた。

 その声が持つ雰囲気に、ユナは急劇な不安に襲われてしまう。

 なんだか、アルヴが遠くに行ってしまいそうな気がしたのだ。


「あぁ……久しぶりに思い出したら……グッ……ググッ」


 アルヴの声に、嫌な濁音が混じる。


『いかん!』


 何処かで、ドラゴンの叫びが聞こえた。その意味をユナは瞬時に理解して手探りをした。


「……アルヴ……さん」


 目も開けられない中、ユナは近くにいるはずのアルヴを必死に探す。


 そして……旅の前に彼が言っていた事を思い出していた。


 ――――俺は死ぬ。


 それは、生物的な死ではない。存在の死。


 アルヴはその日、自分の存在がいつか消滅してしまうことを、まるで当然のことのように呟いた。


「……そんなの」


 それにユナは怒った。彼女は診療所の娘だった。そして、将来多くの人々を救う事を目標とする薬草士だった。

 そんな彼女は、たとえそれが別の意味であったとしても、軽々しく『死』を口にするアルヴに怒りを覚えた。


「そんなの、私がさせない!」


 掌に何かが触れた。その瞬間に、ユナは自身の能力を解放する。


 煙の中で、伸ばした手が瞬間的な光を放った。ユナの【回復魔法】が発動したのである。


 それはとても半端で、その名前の意義すら果たせぬ魔法。

 今は、魔力を吸い取ることしか出来ぬ無意味な魔法。


 しかし、『魔力暴走』を起こしかけたアルヴには、絶対的な効果を持つ。


 掌から魔力が流れ込んでくる。それは禍々しく、ちっぽけなユナの存在を掻き消さんとする。それに耐え、自分が出来る精一杯の魔力を吸い取った。


 そして。


「ぐぅ……」


 ユナ自身も、魔力を体内に取り込みすぎて意識を失う。その意識の途切れる最後の瞬間に、彼女は体の奥からざわめく何かを感じ取っていた。


 ――――いや。


 そしてユナの意識は、完全に途絶えた。






「一体……何なんだ」


 煙が晴れると、そこにはアルヴとユナの二人が倒れていた。その光景に、ディエルは唖然とするしかない。


 その後ろから、ドラゴンは悲しげにそれを見つめている。


 ……なんという悲劇か。


 突然の状況にディエルは固まっていたが、ドラゴンだけは理解していた。


 アルヴはそうなのだ(・・・・・)。彼は、おそらく本人でも分からない瞬間に突然『魔力暴走』を起こす。それはきっと、強い感情が鍵となっているようだが、本人でさえもそれを制御しきれてはいない。

 何の脈略もなく、何の前触れもなく、何の予兆もなく、ただ突然感情が爆発をするのだ。


 そして、その度にアルヴは自身の肉体を魔力に委ね、魔物化を急速に早めてきた。


 しかし、それを今回はユナが止めた。


 ユナは魔力を吸い取る能力を持つ。それは、通常の人は持ち得ない能力。そして、魔物だけが持ち得る能力。

 彼女はその能力を使い、アルヴと同じように『魔力暴走』を起こした事がある。それは彼女の存在を食い潰し、人ではない何かに変貌させようとする。


 アルヴは、ユナがいる限り魔物にはならないかもしれない。

 しかし、アルヴの近くにいる限り、ユナは魔物へと近づいていくだろう。

 

 ドラゴンは、それを悲劇と呼ぶしかなかった。


 だから、この時ドラゴンは願ったのだ。


 どちらも人であるうちに、この旅が終わるように、と。


物語の展開上、二人の出会いについては在るべきタイミングで書きます。


が、それまでは読者様を置いてけぼりにしてしまうかもしれません。


うーん、もっと筆力があればと思うこの頃です。

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