四話 支配された村
「休憩は、まだ……ですか?」
ユナは、虚ろな瞳でそう問いかけた。
「さっきも言っただろう、まだだ」
「……うぅ」
日は高く昇り、景色は見渡す限り荒野。道らしき物はなく、故に、人も他の生き物も見えない
そんな荒野を、アルヴはひたすら駆けていた。その背中に、ユナを背負って。
「魔物にも出会いませんね」
背中でユナが呟く。それにアルヴは面倒臭そうに答えた。
「ダンジョンから遠ざかっているからな」
「そうなんですね……というか、未だにダンジョンが魔物を抑え込むための建物だったなんて信じられません」
「そう教え込まれてきたからだろう。だが、それが真実だ」
「なるほど……」
現在アルヴが駆けている荒野は、アスカレア王国内部のタウーレン地方に属している。だが、属しているだけでそこは人も動物も魔物ですら見当たらない荒野だった。
アスカレア王国には四つの町が存在し、その町の近くには魔物が巣食うダンジョンが存在していた。
人々はそのダンジョンにて魔物を倒し、魔石を採って発展を遂げる。だからこそ、ダンジョンの近くは栄えた。
しかし、栄えたというのは正しい表現ではない。栄えさせたというのが正しい表現だ。
なぜなら、ダンジョンとは魔物を抑え込んでいる建物であり、その地で最も魔物が発生しやすい場所に建てられていたからである。
「みんな、騙されているんですね……」
「そういうことだな」
町の近くには、魔物の住む森や山があったりする。その魔物から身を守るために【冒険者】たちがいるのだが、実はその魔物たちはダンジョンが近いが為に発生する、というのが真実だった。ダンジョンから漏れ出る魔素が、長い時間をかけて辺りに魔物を発生させているのである。
しかし、その真実を皆知らない。
知ってしまえば、きっとダンジョンを破壊しようとするだろう。それでは、魔石が採れなくなってしまう。
だから、ダンジョンを作った者はそれを国民に知らせなかったのだ。
町から離れるということは、ダンジョンから離れるも同じ。離れれば離れるほど魔物が少なくなるというのは、当然のことだった。
そして、魔素とは生命エネルギーとも呼ばれている。それを独占しているダンジョンから離れれば、草木がなくなっていくのも当然のことだった。
それをアスカレア王国に住まう者たちは知らない。知らずに、生活を送っていた。
それをアルヴから教えられたユナは、大きなショックを受けた。今まで自分が当然だと思っていた常識を覆されたからだ。しかし、アルヴの言葉には強い説得力があり、以前タウーレンで起こった事件についても、その説明で納得することができた。
「テプトさんは、皆を守ってくれたんですね……」
ユナがポツリと呟く。それに、アルヴは短く「そうだ」と答えるしかなかった。
「なのに、テプトさんは全ての罪を被って……」
「あいつが望んだことだ。それにとやかく言う権利なんて俺たちにはないさ」
「……ですよね」
以前タウーレンで起きた事件とは、町の中心にある闘技場にて、魔物が大量発生した事件である。原因はとある研究者の実験だったのだが、その罪や原因もろとも、テプト・セッテンという男が仕掛けた事として彼は王都で処刑された。
アルヴは真実を知る一人として、彼を救おうとしたのだが彼はそれを断り、代わりにユナの事をアルヴに話したのである。
故に、テプト・セッテンという男の名前はアスカレア王国では悪名として広がっていた。
「お前は自分の心配だけしてろ。このままの速度じゃ、今夜は野宿だぞ」
「そんなっ!」
「じゃあ、速度を上げていいか?」
「ダメですぅ……今でも、精一杯なんですから」
そんな弱気な発言に、アルヴはため息を吐くしかなかった。
……子供の世話も一筋縄じゃいかないな。
アルヴはそんなことを思う。そして、自分もそうだったのかと、上空を飛んでいるはずのドラゴンを見上げた。
アルヴは今まで、そのドラゴンと共に生きてきた。ドラゴンはダンジョンにも、そこから漏れ出た魔素からも生まれたわけではない。
彼は、ここにアスカレア王国が出来る以前からいた魔物である。
故に、アスカレア王国の成り立ちと、ダンジョンの秘密についても知識を有していた。だからこそ、アルヴもそれを知っていたのだ。
そんなドラゴンを見上げていると、ちょうどドラゴンは空から降りてくるところだった。
「どうした?」
『この先に村がある』
「村!」
その言葉に反応したのはユナだった。
「やった! 村! 村! 村村村村!」
村の発見が嬉しかったのか、狂ったように村を連呼するユナ。激しく揺れ動くせいで、ユナの体が執拗に背中へと押し付けられてくる。それに、アルヴがムラムラすることはなかった。
ユナの体は、アルヴを興奮させる程に育ってはいなかったからだ。……いや、もしくはアルヴは魔物化のせいでそういった感情が欠落しているだけのかもしれないが。
「静かにしろ」
「ごめんなさい……つい」
そんな彼女を黙らせて、アルヴは村へと向かう。
タウーレンを出てからほぼ半日以上が過ぎていた。食事もロクに取っていなかったが、アルヴにとってはそんなこと日常茶飯事である。しかし、ユナにとってはそうではなかった。
その差が、二人の溝ともなっていたりする。
「でも、これで今夜は野宿しなくて済みそうです」
安堵にも似た言葉を吐くユナ。アルヴは、ドラゴンの言う通り村らしき物を見つけたが、彼女のように安堵したりはしなかった。
むしろ、その村から感じる魔力に不穏な考えを抱いていた。
……そうだと、良いがな。
それをユナに言うことはない。せっかく静かになった彼女を再び不安にさせるのは面倒だと思ったからだった。
その後、村に着いたアルヴたちだったが、そこには人の気配が全くなかった。
代わりに。
『グルルルルゥゥ』
近くにある家から出てきたのは、一体の犬のような魔物。
「ふぇぇ……なんで魔物が」
ユナが絶望的な声をあげた。そんな彼女を、アルヴはゆっくりと地面におろす。
「ユナ、下がってろ。この村はもうダメだ」
「ダメって……どういうことですか?」
意味が分からないと言うように問いかけたユナに、アルヴはハッキリと告げた。
「そこらじゅうから魔物の気配を感じる」
『グルルルル』
それは別の鳴き声だった。見れば、現れた魔物の他に複数の魔物が家から這い出てきた。
「そんな……じゃあ、村の人たちは」
「もう殺されてるんだろ。家の廃れ具合から見て、かなり前にな」
あっという間に村の入り口は犬のような魔物たちによって埋め尽くされた。奴等は痩せ細り、目は充血している。食うものを探しているのだろう。
そして、アルヴたちをその対象として睨んでいた。
涎が、渇いた地面に滴り落ちた。
「おいおい、俺を獲物だと思ってんのか?」
そんな魔物たちに、アルヴは凶悪的な笑みを浮かべた。
「よく考えろよ。どっちの魔力が上なのか」
アルヴは魔物たちに語りかける。しかし、魔物に言葉など通じる筈もなく、奴等は一斉に襲いかかってきた。
「雑魚が」
その瞬間、アルヴは姿を消した。いや、消したかのように見えただけ。【雷魔法】にて最速を誇るアルヴは、瞬く間に素手でその場にいた魔物たちを殴り殺した。
その光景に、ユナは唖然とするしかない。
彼女から見れば、魔物たちの中心に突然アルヴが現れ、同時に魔物たちが倒れたように見えたからだ。
アルヴは圧倒的だった。
周辺には、痩せ細った体を変形させて死に絶えた魔物たちが散乱した。
『ガルルッ!』
そんな戦闘で生き残った一体の魔物が、村の奥へと逃げる。それをアルヴは静かに見送った。
「逃がして……いいんですか?」
散乱した死体の中心に立ち尽くすアルヴに、ユナは恐る恐る問いかけた。
その拳からは血が滴っている。思わず顔を背けたくなるような光景にユナは顔を歪ませた。
「わざと逃がしてやったんだ。これ以上殺せば、食いきれなくなるからな」
アルヴは当然のように答える。その言葉の意味を理解し、ユナは顔をひきつらせた。
「食いきれない? ……まさか、この魔物たちを食べる気じゃ」
嘘であって欲しいとユナは願った。だが、アルヴは尚も当然のように答えた。
「当然だろ? 食料なんて持ってねぇんだから」
「そんな……」
愕然とするユナ。そんな彼女を尻目に、アルヴは殺したばかりの死体を回収していく。
「焼けば食えるからな」
そう言って、村の外で待機していたドラゴンの元へ向かい、その死体を放った。それから、アルヴは躊躇いもなく取り出したナイフで魔物たちをさばき始めた。毛皮を剥いで、血にまみれた肉を剥き出しにする。それから、腰に下げた袋から香辛料のような物を取り出してその肉に塗り始めた。
「よし、焼いてくれ」
『私の分は焼かぬぞ?』
「あぁ」
ドラゴンは放られた死体から三体を仕分け、残りをブレスにてゆっくり焼き始める。
それを見つめるしかないユナ。
それは、今までドラゴンとアルヴが日常として行ってきた行為なのだろう。だからこそ淀みなく、口数も少なくそれが出来た。
彼女は、今さらながらに思い知らされていた。アルヴと旅をするということは……そういうことなのだと。
「そろそろいいぞ」
そんな声と共に、信じたくない調理が終わりを告げる。あまりにも呆気ない調理だったが、半日以上も食事をしていないユナには、その肉の焼けた臭いは耐え難い誘惑だった。
「旨そうに焼けたな」
そう言ってから、焼けた肉をナイフで削ぎ始めるアルヴ。
「おら、お前も食えよ」
アルヴがユナに促す。ユナは、ゴクリと唾を飲み込んでそうっとその肉を貰った。
初めてこの旅で口にする食事。旨そうなのは臭いだけで、それは最悪の味だった。
「……うぇぇ。すごく不味いんですけど」
「仕方ないだろ。焼いただけなんだからよ」
そう返し、肉を頬張るアルヴ。
ユナは、もう何もかもが信じられなくなっていた。こんなに不味い肉を頬張るアルヴにも、瞬く間に魔物を調理してしまったドラゴンにも……そして、それを仕方なく受け入れようとしている自分にも。
そんな彼らの元に、近づいてくる存在が一つ。
「なんだよ……仕返しにはまだ早いんじゃないか?」
そんな存在の気配を感じたアルヴが、チラリと視線を向けた。それに反応したユナも、彼の視線を追う。
「……人」
そして思わず出た声。そこには、冒険者風の女性が一人立っていた。
「お前らか。私の下僕を殺したのは」
その女性はそう言って、腰に下げていた剣を抜く。
「え?」
その行動に、ユナは固まった。
――――下僕を殺した?
何を言っているのか理解出来なかったからである。それから、ユナは女性の頭に生えている『耳』のような物を見つけた。
――――何? 飾り?
それは紛れもなく耳に見えた。しかし、人間の耳ではなく、動物の耳に。
「……なるほど、そういうことだったか。通りで魔物が少ないはずの場所に、こんなにも奴等がいたわけだ」
アルヴが、感慨深そうに呟いて立ち上がる。
「なっ! ドラゴン!?」
剣を構えた女性は、アルヴとユナの後ろで魔物の死体を食っているドラゴンに気づき、驚きの声を発した。
『アルヴよ……あれは』
「あぁ、分かってる」
そんなドラゴンは、アルヴと何やら会話を交わした。
「……くっ! しかし、下僕を殺された仇はとらなければならない」
女性は剣を構えたまま腰を落とした。そして、そのままこちらに向かって来たのである。
「なんで!?」
状況が理解できず、ユナは悲鳴をあげようとする。
しかし。
「おせぇよ」
そんな暇もなく、彼女の真後ろに現れたアルヴがその首筋に手刀を叩き込んだ。
「がっ!……?」
崩れ落ちる女性。そして、そのまま意識を失った。
「はっ? はっ?」
訳も分からぬままにユナは、その女性へと走る。
何故、女性がいきなり攻撃をしてきたのか、何故、アルヴは何の躊躇いもなく応戦したのか、頭が追い付いていかない。
「アルヴさん!」
とりあえず、嫌な予感がしてユナはアルヴの名を呼んだ。
「……なんだよ?」
「その人は食べちゃダメです!」
「誰が食うか!」
ユナの言葉に、思わず盛大にツッコむ。
「え……でも、今攻撃を……」
「こいつが襲ってきたからだ」
その言葉にユナはホッとした。
「なんだ、てっきり食料にするのかと……」
「さすがに人は食わない。……まぁ、こいつは『人』じゃないがな」
その言葉に、ユナは小首を傾げる。
「人じゃない?」
「よく見ろ。頭にアイツらと同じ耳が生えてるだろ」
気を失っている女性を見下ろすと、その頭には、先程の魔物と同じような耳が確かに生えていた。
「この人は……」
そう言ったユナに、アルヴは笑って答える。
「俺も驚いた。まさか……こんな所で再会するとはな」
「知ってるんですか? この人」
「あぁ。こいつは――――」
アルヴは女性を見下ろしながら、ハッキリとその言葉を口にした。
「――――俺と同類だ」
前作 第三章 一話『十年前の報告書』 抜粋
『実験施設壊滅の概要』
……先日、タウーレン西に建設された実験施設が、何者かの手によって破壊されたのを確認した。実験施設では、魔核を体に埋め込んだ『対魔物生物兵器』の開発が進められており、これの失敗によるものではないかと推測される。生存者はなし。生物兵器の残骸もいくつか回収することに成功。しかし、その残骸は少なかったことから、生物兵器が逃亡したと思われる。また、施設の破壊も、生物兵器によって行われたものであると思われる。回収できなかった残骸から予想するに、逃亡したのは十体。その中でも、雷竜の魔石を結合させて生成した最上級魔核の生物兵器、第四十四号は実験体の中でも計測不可能な魔力を保持しているため、危険と判断される。本部には至急、生物兵器破壊の追手を要請する。
なお、実験施設は原型を止めないほどに破壊されていたため、強力な魔法によるものと思われる。追手には魔法の扱いに長けた者たちを選別されたし。
また、破壊された施設の回収予算は…………。
※アルヴは殆ど最強のため、戦闘は今後もサクサク進んでいきます。