三話 あやふやな三者【アルヴ】
ユナとアルヴの旅です。
執筆後に思いましたが、前作を読んでなければ理解できませんね(笑)
まぁ、続編を希望して下さった読者様の為だけに書いてる物語なので、今のところ思うことはありません。
夜。風がごうごうと吹いていた。その風に目を開けていらず、ユナは必死で屈み、ゴツゴツとした取っ掛かりに掴まりながら大声で叫ぶ。
「止まってぇ!!」
しかし、その声は風に拐われ、後方へと飛ばされていく。伝えたい頭上の相手には全く伝わっていなかった。このままでは自分が飛ばされてしまうと恐怖したユナは、足を何とかバタつかせて危険信号を送り続けた。
「どうした?」
ようやく相手が気づいたようで、すかさずユナは同じ言葉を叫び続けた。
風が収まっていく。恐怖で満たされていた肉体に自由が戻っていった。
ここは上空二十メートルほど。ユナは、とある事をキッカケにタウーレンの町を発っていた。そして、その旅の同行者は黒ずくめの男と一体のドラゴンである。現在、ユナはドラゴンの背に男と共に乗り込み、空を移動している最中であった。
「私、何度も止まってって言いましたよね!?」
「あぁ? 聞こえなかったが?」
ようやく、ゆっくりと地面に降りていくドラゴンの背で、ユナは後ろに跨がっている男に文句を言った。しかし、男は面倒臭そうな表情を彼女に向ける。
男の名はアルヴといった。彼もとある理由からユナと共にタウーレンを発ったばかりである。
「私、無理です! こんなのいつか死んでしまう!」
「なんだよ……空を飛べるんだって喜んでたのはお前だろう」
「こんなの……いえ、確かに喜びましたけど、予想してたのと違います! 違いすぎます!」
「お前は……」
アルヴはため息を吐いた。
こうなることは予想していたのだが、まさか自分に苦情を言われるなどとは思ってもみなかったからだ。
タウーレンを発つ前、アルヴは空を飛べるとはしゃぐユナをしっかり見張っておくために彼女の後ろに跨がった。それならば、簡単に彼女が落ちることはないと思ってのこと。ドラゴンにも速度を節制するよう言った。
初めてドラゴンの背に乗ったアルヴも、同じように恐怖したからだった。
そんな彼の気遣い虚しく、ユナはリタイアどころかアルヴに文句を言い出す始末。その状況に、ため息を吐かずにはいられなかったのだ。
『あれ以上速度を落とせば、私が疲れてしまう』
地面に降り立つと、ドラゴンがそう言ってきた。
ドラゴンは空を飛ぶための翼を持っている。その翼で風を掴み、巨大な体を持ち上げるのだが、一度風に乗ってしまえば翼は殆ど動かさなくても良くなる。そうすることにより、エネルギー消費の少ない飛行を現実のものとしていた。
「じゃあ、私歩きます。空はもうイヤ!」
ユナは泣きそうな表情で訴えた。
「歩くったって、どれくらいかかるか分からないんだぞ?」
「でも、落ちて死んじゃったら、もう二度と辿り着けません」
「俺が見張っててやる」
「それでも嫌です!」
頑なに飛行を拒むユナ。その小さな体は、僅かに震えていた。
「わかった……別の移動手段を考えよう」
そんな姿に、アルヴはそういうしかなかった。
『しかし、どうする?』
ドラゴンの問いかけに、アルヴは軽く笑った。
「どうもこうも、あいつが歩くって言ってる以上、そうするしかねぇだろ」
『……随分と素直に言うことを聞くのだな?』
「頼まれたからな……テプトに」
その言葉に、今度はドラゴンが笑う番だった。
『……そうか』
「……なんだ? 文句でもあるのか?」
『いや、何も』
「だったら変な間をつくるな」
悪態をつくアルヴに、ドラゴンは尚も笑いながら視線をおくる。
――――今だけ……なのだろう。
そんなドラゴンは思う。
アルヴには、人である時間があまり残されてはいない。見た目は人に見えても、中身は殆ど魔物と化してしまっている。それも、ドラゴンという魔物に。
ドラゴン、アルヴ、ユナ。その三者は、現在微妙な関係の上で成り立っていた。
ドラゴンの古き友の魔石をその体に秘めるアルヴ。そんなアルヴと同じように魔物の能力を体に宿すユナ。
ドラゴンとアルヴが出会ったのは、もう八年も前のことになるが、そこにユナが加わったのはつい最近のことである。それは、テプト・セッテンという男が原因。彼がアルヴにユナの事を伝え、アルヴがユナに近づいた為だった。
その間の事を、ドラゴンは知らない。
ただ、ある日突然アルヴがユナを連れてきて、とある場所へ向かうと言っただけだ。彼女の素性は簡単に聞いたが、なぜ彼女がその場所へ行かねばならないのか。なぜ、アルヴがその旅に同行するのか。その理由は聞いていない。
その場所とは、アスカレア王国の端にある山奥。そこには、いくつかの村が存在していて、そこに住む人たちに会いに行くのだと言う。
ドラゴンはその場所に行ったことはない。もちろん、アルヴも行ったことはない。そして、ユナでさえも行ったことはなかった。
とても、あやふやな旅。
しかし、その『あやふや』は、彼らにとってみれば気にすることでもなかった。
魔物なのにも関わらず、人に加担するドラゴン。
今は人だが、いずれ魔物になることを決められているアルヴ。
そして、人でありながら魔物の能力をその身に宿すユナ。
三者ともあやふやなのだ。だから、今さらその事を気にする必要はなかった。
――――しかし。
その旅はあやふや等ではなく、運命付けられたように一つの線となっていくことを三者はまだ知らない。
知っていたなら……。
それはただの幻想。ありもしない未来。
もしも、一人でも旅の結末を知っていたなら、彼らがこの旅を始めることは絶対になかっただろう。きっと、現状のままを望んだはずだ。
……いや、もしかしたらそんな未来の方が無理なのかもしれない。
この世界に、あやふやなどという存在は限りなくゼロに近い。
例えば、思春期。彼らは子供か大人か分からないあやふやな存在だ。だが、世界はいつまでもあやふやでいることを許してはくれない。
だから、魔物か人かあやふやな存在も、許されてはいけないのだ。いずれは、どちらかに振り分けられ、それを受け入れるしかない。
そして、魔物と人は交わることがない存在。
……それは、よく考えれば分かる結末だった。それでも、彼らは旅をすることを選んだのかもしれない。
あやふやのままでいたいからじゃなく、いつか振り分けられた時に、そのことに納得するため。
だから……今だけは。
「おい、ユナ。おぶってやるからこっちにこい」
「……一人で歩けますよ」
「歩いてたら遅いだろ。俺が走るんだよ」
「私を背負いながら走るんですか?!」
「文句言ってたら、目的地につくのは数年後だ」
「……わかりました」
『私は空を行く』
それから、ユナは恐る恐るアルヴに背負われ、ドラゴンは羽ばたいて飛んだ。そして彼女は、数秒後に後悔することになる。なぜなら、アルヴは【雷魔法】によって、馬よりも速く走ることができるからだ。
アルヴは理解していない。ユナが空を嫌がったのは、落ちる事に恐怖したからではなく、その速度に耐えきれなかったことを。
だから、陸上でその速度を出せば、結果は同じなのだ。
そして、ユナも理解していなかった。陸上で、ドラゴン程に速く走れる者がいるなどと思いもしなかったからだ。
その結果、人も魔物も少ない荒野に、ユナの悲鳴が響き渡ることとなった。
「ぎにゃあぁぁぁぁぁ!!」