表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

二十二話 二人のソカ

 ソカが、腰に下げる『詐偽(エセクト)』を引き抜く。


「……これは」


 詐偽(エセクト)は、俺がソカの為に造った剣だ。その見かけは、俺の思い描いた通りの強靭な刀身を持つバスタードソード。しかし、真名(マナ)を唱えた途端に、その刀身はボロボロに崩れ、残るのは細く頼りないレイピアにも劣る刀身という、謎の剣である。


 そのエセクトが、銀色の鈍い光を脈動させ、まるで生きているかのような存在感を放っていた。


『どうやら同胞も契約を望んでいるようだ。ならば』


 その瞬間、エセクトから脈動していた銀色は眩しく耀いた。その光に思わず目を瞑る。


 やがて、その光が収束をした時、俺の目の前には二人(・・)のソカがいた。その姿格好は、全く同じ。


 それには俺もタキも呆然とするしかない。


「……増えた」


 タキが呟く。


「ようやく……顕現することができた」


 一人のソカがそう呟く。その言葉から、彼女がエセクトなのだろうと予想出来た。


「……誰?」


 だが、もう一方のソカは怪訝な顔をしてそっくりさんを睨み付ける。その態度が、表情が、彼女こそ本物だと告げていた。


「私だよ、ソカ」


 そう言い、偽物は手に持ったエセクトを掲げて見せる。


 だが。


「……生憎、私は誰かに偽装するような悪趣味な奴なんて知らないわ」


 本物はそう言って切り捨てる。


「……ふふっ。言うようになった。あなたも、長い間自分を偽装して生きてきたくせに」

「まるで、私のことなんて全て知っているような言い方ね。気に障るわ」

「私はあなたのことは全て知ってる。でなければ、こんなにも完成された姿になど成れはしないよ」

「完成? 笑わせないで。誰かが誰かに成り代わるなんて出来やしないわ」

「それも、偽装を続けた経験則なのだろう? 誰かに成れば成るほどに、自分という存在は浮き彫りになっていく。だから、あなたはそういう結論に達した」

「……いちいち勘に障る言い方するのね」

「勘に障るのは、それが真実だからだろう?」

「いいえ。悪意があるからよ」


 それから、本物と偽物のソカの間に不穏な空気が立ち込める。おいおい……お前ら契約するんだよな?


 途端、偽物のソカが加速し、本物へとエセクトを振るった。俺は、それを止めようとしたが、ソカが寸前で呟いた言葉でそれを止める。


 エセクトはそのまま本物の胸に突き刺さり、彼女は吐血する。


「なっ!?」


 それはタキの喫驚。だが。


「……やっぱり、悪意あるんじゃない」


 攻撃を仕掛けた偽物の背後で、本物(・・)がさらりと宣う。


 本物がスキル【騙し討ち】を発動させたのだ。そして、吐血したソカは、見るまにその姿を揺らして消えた。


「ふふっ。それだよ、ソカ。私が欲したスキルは」


 背後からエセクトを突きつけられた偽物は、そんな状況なのにも関わらず含み笑った。


「欲したスキル?」

「そう。そのスキルは、自分だけを守る為のもの。自分だけを助ける為のもの。故に、相手を騙し、あまつさえ味方さえも騙すスキル。私はそれを欲している」


 偽物はそう言って笑みを深くした。


「――それを修得するには自身を嘘を塗り固め、他者を騙し続けなければならない。それはもはや、努力や才能などで埋められるものではなく、純粋な悪意がなければ出来ないこと」


 ……そう、だったのか。俺は改めてそのスキルの恐ろしさを知る。俺の場合はスキル【全能】があった為に、他の者が長い期間を経て、血の滲むような努力の果てにようやく修得するスキルを、簡単に修得できた。だから、そういった事には無縁だった。


「――そして、私もそうだった。私は生前、自身を嘘で塗り固めて生きていた」


 どうやらエセクトも、エンバーザと同じく生前の記憶持ちらしい。


「――嘘で嘘を塗り固め、本当の自分を偽って生きていた。誰も信用せず、信頼せず、自分だけが信じられる唯一の存在だった。だから、私と同じあなたと契約を交わしたい」


 エセクトは振り返って本物に向き直る。その首にエセクトを突きつけられたまま。


 これで、ソカが承諾すれば契約完了となるだろう。……そう思ったのだが。


「……やっぱり断るわ。私、あなた嫌いだもの」


 ソカは、毅然として言い切った。言い切って、しまった。


「――たしかに、私は自分を隠し偽って生きてきた。冒険者になった時も、誰かとパーティーを組んだ時も、相手を信じたことなんてなかった。誰かに自分を委ねるなんて愚かなこと。ずっと……そう思ってきたの」


 ソカは淡々と言い、そしてチラリと俺を見る。その視線はすぐに偽物へと戻されるも、見た瞬間に綻んだ表情はそのまま。


「――でも、一人の馬鹿野郎と出会った。そいつは、私がずっと愚かだと思っていたことを、呆れるほどに実行していた。そして、愚かであるにも関わらず、そいつは次々と周囲を変えてしまったわ」


 何となく気恥ずかしくなる。そして、馬鹿野郎という言葉はあながち間違いじゃない。ソカと出会った頃の俺は本当に馬鹿だったと思う。


「――何故なのか、ずっと疑問だった。そいつが言っていることは全て絵空事で、何の説得力もない。なのに、そいつは言葉を現実へと変えていくの」

「それは、そいつに力があったからだろう? 何かを変える力があった、それだけだ」


 偽物は反論する。だが、それに本物は迷わず首を振った。


「きっと、誰もがそう思ったはず。もしかしたら、本人でさえもそう思っていたかもしれない。だけどそうじゃない。彼が何かを変えられたのは、彼が、真実だけを求めていたからよ」

「……真実?」

「そう。もしあなたが本当に私のことを知っているなら理解できるはずよ。それまで誰かの言葉に、誰かの行動に、揺れ動くことなんてなかった私が、彼によって動いてしまった。気づかないうちに影響されてしまっていた。何でだと思う? ……彼が、本当に誰かの為を思い生きていたからよ」

「誰かの為……」

「あり得る? 人は結局、自分のことしか考えない。いや、考えられない。だからどんなに口で善を語っても、それは行動に伴うことはない。それをしたら、自分に不利益だと知っているから。なのに、彼は誰かの為に本気で自分を犠牲にした。たくさん敵を作って、たくさんの恨みを買った。……そして、それで救われた人たちは確かにいたの。それが彼にとっての真実だった」


 懐かしいな。俺がタウーレンのギルドに来た当初、「町の人たちの為に」、「冒険者の為に」と動いていた。だが、それは結局どちらの為にもならず、さらにはギルド内で争わなければならない事態にまで陥ってしまったのだ。


「――誰かを救うなんてそんな簡単な話じゃない。だって、私は私自身さえ救うことが出来なかったもの。そして、それが世界なんだって思ってた。そう思うことが賢いんだと思ってた」


 本物の言ってることは間違いではないだろう。この世界にヒーローなんていない、何故なら、人生においてのヒーローは自分にしか成れないからだ。


「――だから、私は嘘を止めたの。それが、自分にとってどれだけ愚かであるかを思い知ったから」

「……では、嘘はもう要らないのか?」

「要らない。私はありのままで生きていく。たとえそれで、死ぬことになったとしても」


 それに偽物はため息を吐いた。


「あなたは馬鹿者だ。世の中のことを何一つ分かってはいない。人が戦う時に剣を取るように、その身を装備で固めるように、人はありのままで生きていくことなど出来ない。剣を振るうのは誰かを傷つける為だ。装備を固めるのは自分が傷つかない為だ。そこには一切の猶予なんてない」

「違うわ。剣を取るのは守りたい人を守る為。装備を固めるのは、それを成し得る為よ。私は無防備になるわけじゃない。新たな強さを手にいれるの」

「新たな強さか。それをあなたは強さと呼ぶか」

「えぇ、そう。自分を嘘で塗り固めて強さを誇示したって、それは結局嘘でしかない。嘘は強さなんかじゃないの。その場しのぎの逃走でしかない。逃げて逃げて逃げ続けて、最後に何が残るっていうの? そこにはきっと笑ってしまうほどに虚しい自分しかない。……でも、それも有りなんだと思う。だって、世界はあまりに広いんだもの。一生追いかけっこが出来るほどにね? 私はそれを捨てただけ。もう、逃げる必要がなくなっただけ」


居場所(・・・)を……見つけたんだな」


「そう。私が居たい場所。居続けたい場所。それまで居場所なんて私にはなかった。私なんかが居て良い場所なんて無いと思ってた。それを見つけたの」

「……そうか」

「私は嘘を否定してるわけじゃない。ただ、嘘をつきたくないモノを見つけただけなの。……ゴメンね。それを嘘にして、切り捨てて、失いたくない。私はこれまでたくさんのモノを失ってきたから」


 本物は告げる。その言葉に偽物は笑うだけ。どうやら交渉は決裂したらしい。だが、俺が何を言うことはない。彼女がそう決めたのだから。


「ソカ、あなたらしい言葉だ。そして――それこそが(・・・・・)、私の欲したモノ」


 その瞬間、偽物のソカは色褪せていく。やがて、その表情にヒビが入り、ボロボロと土煙を上げて崩れ去った。


 最後に残ったのは、一振りの剣。その刀身はやはり細く、頼りない。他の大剣と一戦交えたなら折れてしまいそうなほどに。


『――ソカ。私の名前は詐偽(エセクト)。虚偽と欺瞞で塗り固め、事実と為す者』


 本来の姿を晒したエセクトはそう語った。


『私は契約に際してスキル【騙し討ち】を望む。しかし、それは私が欲しているからではない。契約者から取り上げるために望むのだ』

「……取り上げるため」

『私は生前、ずっと自分を偽り続けた。そして、そのままに死を迎えた。私を看取った者などいなかった。私を殺したのは、私が裏切った者だった。もし……私が私らしく生きていたなら、そんな最期を迎えることはなかった。だからこそ、私がそう有り続けた嘘を取り上げるのだ』


 そしてエセクトは自嘲する。


『私の刀身を見よ。なんとも弱々しく情けない姿。そして、それこそが私。偽ることの出来ない真実』


 しかし、エセクトはその姿を見せつけるように光を濃くした。


『ソカ、あなたが真に守るべきモノを守りたいなら、私を手に取りなさい。私はあなたの真実を守る為の嘘となろう』

「真実を守る嘘?」

『そう。【精霊魔法】は戦う為の力ではない。守る為の力。そしてそれを、私は嘘によって成す。故に、守るべきモノを見失うことが無い者でなければ、その資格はない』


「……私を試したってこと?」


『試さなければいけなかった。何故なら、人はすぐに真実を見失う。それを善として、すぐにまた嘘を重ねる。重ねた先にあるのは空虚だけ。そして、大切なものを失ったことさえ人は良しとしてしまう。何故だか分かるか?』


「……それを良しとしなければならないから」


『そう。認めたくないのだ。認めてしまえば、それまで積み重ねたものが嘘であると自らで肯定してしまうから。そして、目を逸らし続けた者は、最後に自分までをも見失ってしまう。……嘘とは恐ろしい。それほどの力を秘めている。その力を、私はお前に授けよう』


「力を……」


『しかし、ソカ。あなたは覚悟しなくてはならない。もしその力を手にしたなら、もう自分を偽ることが出来なくなる。それは逃げることが出来なくなるも同然。逃げることはあなたが断言した通り悪ではない。時にはそれが善となることもある』


 それにソカは不敵に笑ってみせた。


「それは誰にとっての善なの?」


 エセクトはしばらく沈黙していたが、やがて吹き出したように答える。


『……愚問だったな』


 それは答えではなかった。だが、適切な応えであるように思えた。


「私の本質は我が儘なの。誰かにとっての悪でも、私自身が善じゃなきゃ嫌」

『それが最悪な結果を招くことになってもか?』

「招かないわ。そんなの、こちらからお断りよ。私はそれを望んではいないもの」

『ふふっ。それでこそソカ、私が認めた者。あなたはあなたの真実(わがまま)を貫きなさい。私はその為なら幾らでも道化(ピエロ)となろう』

「ピエロ……ね。私がまだ劇団にいた頃、よく客寄せの為にしていた役ね」

『今度は私がそれを担うのだ。あなたは自分の為だけに生きれば良い』

「そう……じゃあ先に謝っておくわ。あなたを、私の我が儘に付き合わせてしまうことを」


 そう言って、ソカは目の前のエセクトを握る。


『……こちらこそ。私の願いを背負わせてしまって申し訳ない』

「……お互い様ね」


『私、エセクトはソカと精霊魔法の盟約を交わす。彼の者には揺るぎない真実を、私には朽ち行く嘘を。引き換えとしてスキル【騙し討ち】を捧ぐ』


 すると、再びエセクトは見ていられない程の光を放った。それが収まると、そこには元のバスタードソードを気取るエセクトと、それを握るソカがいた。


「終わった……のか?」


 そう問いかけると、ソカは悲しげに「えぇ」と呟く。そしてその表情のまま、やはり悲しげに呟いた。


「……詐偽(エセクト)


 すると、その刀身はやはり崩れ落ちて情けない姿を晒す。と同時に、ソカの目の前に『俺』が現れた。


「こっ、今度はテプトさんが二人にぃ!」


 タキがひぇぇと叫ぶ。だが、俺には理解できた。それがエセクトの能力なのだと。


「そういうことか」


 聞いた俺に、ソカは頷く。


「でも、その間私はこの頼りない剣と共に居なければならない。きっと攻撃されたら、一撃と持たないわね」


 彼女は力の抜けた息を吐き出す。そんな彼女の肩に手を置く。


「そんなことはさせないさ。今度こそ、俺はソカを守る」


 ソカは顔を上げて表情を弛ませた。


「私は、あなたを守る為にこの力を得たのに?」

「それはお前の我が儘なんだろ? だったら、俺の我が儘も許してくれよ」

「……テプト」


 俺はソカと見つめ合う。この瞬間だけは、その気持ちだけは嘘じゃない。


 人は重ねる生き物なのかもしれない。


 嘘を重ね、罪を重ね、そんな日々さえも重ねていく。だが、反して真実を重ねることも出来るのだろう。この時を、この瞬間を。確かなものとするために。


 それは本当に難しいことだ。自分でどうにでもなる嘘とは違い、真実は曲げることの出来ないものだから。


 だからこそ、それを重ねていくのは難しい。だが、不可能ではない。互いに考えて協力しあって、正直になりさえすればきっと、それは見上げるほどの高さにまでなるだろう。


 ただ、今はその為の真実を分かち合うだけでいい。


 俺はソカの手に自分の手を重ねる。彼女はそれを受け入れた。


 やがて、彼女との距離は縮まっていく。


 最後に、彼女の唇に自分の唇を重ねようとし――。


「カァァーーッペッ!!」


 その悪意に満ちた音だけが空間に響いた。








 

 





それらしい言葉を重ね、それが、さも正しいことのように宣うのは私の悪い癖ですね。


だからといって自重する気はないですが。


スキル【騙し討ち】は、前作の序盤、「ランク適正試験」にてソカが使ったものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ