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二十一話 タイミング

「ここだ」


 男が立ち止まったのはとある『家』の前だった。


「ここに居る人が魔大陸の情報を?」

「あぁ。ここに一番長くいる方だ」


 そう言うと、男はノックをしてから扉を開く。見上げると、確かにその『家』は他の家よりも年老いていた。なのに、付ける葉っぱはみずみずしく、確固たる存在感を放っている。


 男に続いて家へと入ると、外見とは違い中はとても家らしい。


「トク婆。外界から客人だ」


 男が呼び掛けたのは、椅子に座る一人の老婆。彼女は少し反応を見せた後に「あぁ」と静かに呟いた。


「知っておった。お主らアルマイヤーじゃろ?」


 老婆は、開いているのか分からない瞳でこちらを見やる。


「あるまいやー?」


 呟いたソカに説明をしてやる。


「古代語で精霊使いの意味だ」

「……あぁ」


 正確に言えばアルマイヤーとは、『運命を背負いし者』という意味。精霊は生前人間であり、その人間の思いや願いが魔力と混じり形成される存在。故に、彼らを従える者のことを精霊の運命を引き受けた者として、そう呼ばれることがある。


「知っていたということは、あなたが結界の術を引き受けているのですか?」


 そう聞いた俺に、彼女は遅れて笑った。


「そうではない。私はそのような力など持ってはおらぬよ。ただ、目が見えなくなったぶん、彼らを知ることが出来たというだけ」

「じゃあ、やはり術者は」

「あぁ。今も祭壇に居られる」

「後で挨拶をしておこう」

「それが良かろう」


 男とタキ、そしてソカは俺と彼女の会話に疑問符を付けていた。だが、それをいちいち説明している暇もないためすぐに本題へと移る。


「俺たちがここにきたのは魔大陸の情報を得るためです」

「魔大陸……我らの故郷か」

「それは何百年も昔の話です。それに、その頃と今とではだいぶ変わってしまったようですし」

「ふむ。それも人の深き業が作り出したもの。とはいえ、変わったのはここ数十年の話」

「数十年?」


 問いかけた言葉に答えたのは男の方だった。


「十年ほど前は、我らの集落は森の各地に点在していた。だが、数年前に現れた強大な支配者により、我らの居場所はここしかなくなってしまったのだ」

「支配者……」

「奴等が何者なのかは分からぬ。ただ、人の形をしているが、その力は人を遥かに凌ぐ」

「そうじゃ……魔大陸で今、何が起こっているのかはわしらにも分からぬ」


「……無駄足だったわね」


 ソカが告げた。


「いや、そうでもないだろう」


 それに俺は静かに返す。


「――この森に入った時に複数の魔物たちに襲われました。彼らはまるで、統制されたかのような連動した動きを見せた。それはつまり、あなた方の言う支配者が原因ですか?」

「さよう。我らは魔力を吸い、それを力と成すことの出来る一族。故に、その辺の魔物になど遅れを取ることはない。しかし、奴等が現れてからこの森は一変したのじゃ」


 なるほど……そういう事だったか。


「お主ならば奴等にも対抗できよう。その内面に渦巻く炎は見ているだけで火傷してしまいそうじゃ」


 どうやら、彼女は本当に目に見えないものが見えているようだった。


「俺が契約を交わした精霊は炎を司っていますから」

「注意することじゃ。その炎は自らを焼きつくさんとする煉獄の炎」

「分かってます……それを欲したのは、誰でもない俺ですから」


 それに彼女は、再び遅れて笑う。


「そうか……助言などお主には余計なことだったのじゃな」

「いえ。心に刻んでおきます」


 俺は言って軽く頭を下げた。


「……話は終わりか? 終わりならばさっさと出ていくがよい。わしも暇ではないからの」


 彼女はそう言って話を終わらせようとする。だが、俺も彼女からそれ以上聞くことは何もなかった。


「ありがとうございます」

「いんや。……ただ一つ。余計なことはせんことじゃ。世界とは在るがままに在るべきこと。傲慢な考えは他者を苦しめるだけ」


 彼女は最後にそう付け足す。


「……それは、何もするな(・・・・・)ということですか?」

「少し違う。しかし、そう捉えても構わぬ。結局、しなければならぬことは、嫌でもしなくてはならぬのじゃからな」

「……分かりました」


 それから俺は彼女の家を出ようとした。


「ちょっと! もう良いの?」


 ソカが止めようとしたが、俺は頷いて家を出た。


「おい、本当にもう良いのか? というより、お前たちの話は訳が分からなかったが」


 男も我に返ったように出てきて問いかけてくる。


「知りたいことは知れましたから」

「魔大陸のことは良かったのですか?」


 タキも納得出来ないとばかりに後を追ってきた。


「あぁ。彼女が知り得ていることは、既に俺の知識にあるからな」

「……」

「取り敢えず、彼女の言っていた『祭壇』とやらに挨拶をしてここを出ていくことにする。そこまで道案内をしてくれ」


 三人とも呆然としていた。その後、タキが道案内を申し出て、それに付いていく。


「……もう諦めたわ」


 その途中、ソカが吐き出すように言った。


「何を?」

「考える事を、よ。テプトとあのお婆ちゃんが話してた内容、たぶん二人以外理解してる人居なかったわよ?」

「俺も全部理解したわけじゃないさ。ただ、その必要もなかっただけの話」

「……その返しもよく分からないんだけど」

「いずれ分かるさ。別に、俺が賢いわけでも意地悪をしてるわけでもない。まだその時じゃないってことだ」

「その時?」

「あぁ。物事にはタイミングってものがある。それは意図的に起こせることと偶然起こってしまうこととがある。だが、どっちも結局は同じなんだ。早すぎることも遅すぎることもない。それが、在るべき所に在るべき形で在るだけなんだからな」

「……意地悪してるわよね?」


 ジト目のソカに、俺は苦笑するしかない。


 だが、それ以外に簡潔な言葉にする方法を俺は知らなかった。


 それは例えるなら――海にポツリと浮かぶ木片かもしれない。


 木片は長らく沖をさ迷ってい、やがて一つの浜辺へと辿り着く。木片はそれまで、様々な経験をしたことだろう。山で生まれ長い時を経て育った。それを人が斬り倒したのかもしれない。或いは、何らかの災害によって偶然海に流れたのかもしれない。


 木片は海底に長いこと沈んでいたかもしれない。そうではなく、ただ単に、欠片だけが海に浮かんでいただけかもしれない。海を渡る鳥の休憩に使われたこともあっただろう。もしかしたら、溺れた人を助けたこともあるかもしれない。そんな木片は逆らいようのない流れのままに旅を続け、そして、浜辺へとたどり着いた。


 それは、自然の流れとも言える。そして、人がどうしたって変えることの出来ない運命にも似ている。


 木片がその浜辺に流れ着いたのは偶然であるものの、意図しなければなし得ることの出来ない程の確率を帯び、一つの奇跡とも呼べた。


 そして、それはそう在るべきタイミングだったのだ。


 木片が経てきたことは全て、そこに集約されている。或いは、まだその途中かもしれない。


 人生とは稀有なもので、本当に何が起こるのかなんて分からない。だが、その者がいた痕跡は確かに世界へと託される。


 無駄なことなど何一つない。それは、これまでの経験則から言える一つの結論。


 で、あればだ。俺とソカがこの集落に訪れたこともまた、何か意味があるのだと思う。


 ただそれは、『魔大陸の情報を得る』という事ではなかっただけの話。


 そして、それを裏付けることは出来ない。その証拠は全て、この先の未来にしかないからだ。


 そこまで考えてから、俺は誰にも分からぬようそっと嘲笑した。


 何にでも意味付けしようとするのは俺の悪い癖だ。だが、そうしなければ前に進むことが出来ないのも面倒な俺の性分。それを誰かに説明し理解を求めるなど、それこそ無駄というもの。何故なら、たとえ理解してくれたとしても、それをどうにか出来る術を持たないのだから。


 祭壇は町の奥にあり、その周辺には人の住む家は一つもない。ただ、それも同じように生きた樹木で出来ていて、その根本は大きな穴が口を開いているように空いていた。


「ここが祭壇です」


 タキは立ち止まって振り返る。穴を覗くとやはり(・・・)穴の中には『ダンジョン』に似た階段がある。


「なにこれ。ダンジョンみたいね?」


 ソカが、思ったままを口にした。あまりにも予想通り過ぎて笑いそうになってしまう。


「これは、いつ誰が造ったものなのか分かりません」


 タキがそう説明を加えた。


「取り敢えず降りるか」


 俺はそう言い、その穴の中に入り階段を降りた。


 どうやら精霊たちは皆、同じようなものをこしらえるらしい。まぁ、それもそうだろう。彼らとて生前は同じ人だったのだから。たとえその記憶が失われていたとしても、やはり創りだすものは似通ってしまうらしい。


 中は、以前俺が【精霊魔法】を修得するために訪れた『精霊の森』にある建物と似ていた。ダンジョンみたいなのに魔物はいない、あの建物に。


 そこで俺はエンバーザと契約を交わしたのだ。


 そんな事を思い出しながら階段を降りていくと、途端に広い空間へと出る。そこには、明かりなどないはずなのに壁が淡く発光していて暗くも感じられない。……本当にダンジョンそのまま。


 そして、その奥には祭壇があった。


 俺はそこに歩み寄り、挨拶をする。


我が同胞よ(シー・メーン)


 その言葉に、回答はあっさりと返ってくる。




『長らく聞いていなかった響きだ。……やはり、我が領域内に同胞が紛れ込んでいたか』




 その声にタキとソカは身構える。だが、俺は膝を付いて頭を垂れた。


「この地を護る責務には畏敬の念を抱きます」

『……どれほど経った?』

「分かりません。ただ、数百年は軽く越えているのでは?」

『そうか。もう、そんなに経っていたか』

「おそらく、この先もあなたの力は必要とされることでしょう。そのお陰で、ここに生ける者たちは生活を送れています」

『ふむ。……では無駄ではなかったのだな?』

「もちろん」


「テプト。 ……あなた一体誰と喋ってるの」


 振り返ると、ソカが面妖な表情を向けており、その隣のタキはひきつった笑みのまま顔を強張らせている。


『……ここに来たのは【契約】が目的か?』


 その言葉に、俺は首を振る。


「いえ。俺は既に契約済みです。……その精霊は今ここには居ませ――」

『お主ではない。そこに居る者だ』

「……俺じゃない?」


 はて? 俺以外に精霊と契約を交わせる者なんて……。


 そう思った時、ハッとする。



 ……そういえば居たな。



 そして、視線をもう一度その者(・・・)へと向けた。





「……なによ」



 向けられたソカは、表情を崩すことなく聞いた。そう、彼女は俺と同じく精霊と【仮契約】を交わしている。俺がエンバーザと交わしていたように。


「ソカ……お前【精霊魔法】を修得出来るとしたらどうする?」


「? ……私が? 何故そんなことを聞くの?」

「資格があるからだ」

「資格?」


 【精霊魔法】は、簡単に修得出来るものではない。契約を交わす精霊に認められて初めて行うことが出来るものだ。そして、その資格とは、その精霊が欲するスキルの修得にある。


 俺がエンバーザと契約を交わす為には【全能】というスキルの修得が必須だった。そしてそのスキルは、俺が転生した際に神から与えられたスキルだった。つまり、俺はこの世界に生まれた瞬間から、エンバーザと契約を交わす為の資格を得ていたということになる。


 逆に言えば、俺はエンバーザと契約を交わす為に転生されたも同然。長い遠回りをしたが、それは結局成された。そして俺は力を得ることが出来た。その力はあまりにも強大で、俺がタウーレンを去ることになった引き金にもなってしまう。


 ……だが、今ではそれが強みになっている。それがあるからこそ、俺は未開の地へ行くことが出来る。


 それに比べ、ソカは違う。彼女は俺に付いてきただけだ。それを俺が承諾しただけだ。


 守ると約束したのに、彼女には危険な目に合わせてしまった。


――もし、ソカが【精霊魔法】を得ることが出来たなら。


 その可能性に、俺は高揚した。と同時に冷静でその興奮を抑えつけた。


 決めるのは彼女だからだ。


 【精霊魔法】を修得するということは、その精霊の命運を背負うことにもなる。それは、自身の生き方を大きく変えてしまう程のことでもあるわけだ。


 それは、俺が促していいものでは決してない。


 だが。


「もし……私にその資格があるのなら、【精霊魔法】を修得したい」


 ソカはそう言った。


「【精霊魔法】は他の魔法とは違う。だから、もし修得すれば【属性魔法】は今後一切使えなくなるぞ?」


 それこそ、俺が【精霊魔法】の修得を拒否した理由でもあった。だが、その時拒否したからこそ、回り回って俺はエンバーザと契約することとなる。


 つまり、あの時が俺にとってのタイミング(・・・・・)だったのだ。


 それが、ソカに当てはまるかどうかは分からない。その証明は、やはり未来にしかないからだ。


「……私は冒険者なんて向いてなかった。ただ、少しナイフの扱いが上手くて、他の人よりも身軽だっただけ。だから、私のランクはB止まりだった。それでも良かったの。そのランクの冒険者なら、お金を稼ぐことが十分に出来たから」


 ソカは自分にかけられた借金を返すために冒険者をしていた。そうすることにより、自由を得ようとしていた。


「だから……これまではこれで良かった。……でも、今は違う」


 語られた最後の言葉には、強い意志がこもっているように思えた。


「――私は、私の求める結末を手にする力を得たい」



 ソカが言い切ったその瞬間、俺は彼女の腰に収まっている『詐偽(エセクト)』が、微かに震えているのに気づく。



 ……そうか。



 俺が何の躊躇もなくエンバーザと契約を交わそうとしたあの日、彼が契約前に呟いた言葉を途端に思い出した。 




 ……時は、既に満ちていたんだな。


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