二十話 ヤバい集落
男たちについていくと、そこには見たことのない『町』があった。
まず、全てが木々で出来ている。それも、ちゃんと地面に根を下ろした生きている木だ。それは、一瞬見ただけでは森に同化してしまいそうなほどであり、扉や窓がなければ人が住んでいるとも思えないものだった。
「なによ……これ。どうやったら、こんな事が」
後ろのソカも驚いていた。
「我々は木を切り倒して何かを創造することはない。在るがままに、与えられるがままを。小さな命に意志を混ぜた魔力を注ぎ込み、変化させて創造するのだ」
「つまり……これらは全て長い年月をかけて?」
「我々は魔力を他者から吸いとることが出来る。その為、他の人よりも長い年月を生きることが出来るのだ。まぁ、それが王国の人々に『人でなし』の烙印を押された原因でもあったが……」
男は悲しき言葉を口にしたが、その口調には、表情には、悲壮感など一切漂ってはいなかった。
「おそらく、ここへの来訪者はお前たちが初めてになる。我々はここで生き、ここ以外では生きられぬ」
そこにいた人々は、物珍しげに俺たちを眺めていた。いや……男の言葉通り珍しいのだろう。
「なんか、子供が見当たらないわね?」
不意にソカが言った。確かに、人々は皆大人か老人たちばかり。その疑問に答えたのはやはり前を行く男だった。
「居るにはいるが少ないな。我らに流れる血は、一歩間違えれば魔物と違わぬものだ。故に、婚姻も厳しく厳選される」
なるほど。タキが半狂乱で言っていたのはそのことだったのか。
「あなた方の祖先は、魔物なんですか?」
ストレートに聞いてみる。意外にも、男はアッサリと答えてくれた。
「分からん。ただ、王国の人とは違うことは確か。我らは魔力を吸うことにより歳月だけでなく、魔物のように力を大きくすることも出来るからな? だが、ひとまず我らは人だと言っておこう。もちろん、我らの定義内での話だが」
「反論はしません」
「……ふん」
『ねぇ……この人何言ってるの?』
ソカが後ろからつついてくる。
「……あぁ、簡単に言えば自分達は人だと言ってるんだ」
『……それは聞いたわよ。それに見たら分かるじゃない? 何でそんなことを?』
「昔、彼らを人じゃないと決めつけた奴等がいたんだ」
『……なんで?』
「さぁな? 自分たちには理解できない能力を持っていたからじゃないか?」
『ふぅん……』
「その女は、お前ほどに真実を知らぬらしいな」
俺が声を潜めず会話したからだろう。男が振り向くことなく言った。まぁ、こんな目立ってる中でヒソヒソ話をする方が怪しいので、潜めなかったのは敢えてなのだが。
「問題ありませんよ。彼女は、見たままを信じますから」
「……単細胞とでも言ってるわけ?」
ソカの声音が、研がれたように鋭利を含んだ。
「ちっ、違う。本質を見ていると言いたいんだ」
「なんか、小難しい言葉で濁そうとするのはテプトの悪い癖よね?」
……さらに研がれてしまった。いや、何て言ったら良いのやら。
「そっ、ソカは、俺の事をどう思う? 俺は他の者にはない力を持っている。……長らくその自覚なんてなかったが、今では分かるよ。俺は本当に人か?」
「テプトはテプトでしょ? ……さっきから何を言ってるの?」
「それだよそれ。俺はお前を褒めているんだ」
「……褒められてる気がしないわね」
おそらく褒められている気がしないのは、ソカにとってはそれが『当たり前』だからだ。彼女は悲惨な過去から、長く誰も信用しない生き方をしてきた。だから、そうするしかなかったのだろう。
……他者には気を置かず、自分だけを信じる。
それは捉えようによっては、悲しき生き方であるようにも思える。しかし、だからこそ彼女はその『目』を養ったのだろう。
彼女は見たままを信じる。それに俺は助けられた。
俺は、ソカのそういう所に惹かれたのだ。
「……なによ?」
「いや、思い出したんだ。何で、俺がソカを選んだのかを」
「は……はぁ!? 急に何を言ってるの!? わっ、分かった! 今度はそうやって煙に巻く作戦!?」
見るまに耳まで赤くしていくソカ。慌てた拍子に彼女は、すぐ後ろを付いてくるタキとぶつかった。
「……カァァッーーペッ!」
ぶつかられたタキは、そんなソカにガン垂れて唾を吐き出した。
「……またですか。はぁ。まったく、この守られた聖域内でも、二人の絶対領域は顕在というわけですかァァッーーペッ!!」
虚ろな憎しみ混ぜた痰を地面に吐きつけるタキ。こいつ……どんどん態度悪くなるな。
そんな彼女の横柄に、男が謝ってきた。
「……すまないな。さっきも説明した通り、ここでは男女間での関係は制限されている。それが原因で、少し前からタキはおかしいんだ。まぁ、顔は美人だからな。そんな掟さえ無ければ、今しがた吐き出した唾にさえも、群がる男たちはたくさんいるだろう」
……え? なんか最後の方、オカシナ事をイイマセンデシタ?
「ここでは、年頃の若者は皆そういう時期がくる。……俺もそうだった。絶対に許されぬ女性への好意に、よく悶えたもんだ。ふっ……そして、悶えれば悶えるほどに気持ちは大きくなっていく……それを処理するには、彼女の私物を俺の私物にして――」
取り敢えず俺は、別の事を考えることにした。あと、男とは距離を置いて歩くことにした。
「ソカ、情報を得たらすぐにここを出よう」
「今度は突然なによ……。せっかく立ち寄ったんだから、少しくらいゆっくりしても――」
「ダメだ!」
「……なんでよ」
「俺は心配だ。他の男の前に、お前を晒しておきたくない!」
「……っつ!!」
「だから情報を得たらすぐにここを出る。一晩くらい泊まらしてもらおうかと思ったが冗談じゃない」
「なっ……そんな……堂々と……」
その後、ソカは下を向いてプルプルしながら付いてきた。こうしている間にも、邪悪な視線が彼女を捉えていると思うと、俺は気が気ではなかった。
「案外……独占欲が強いのね……」
何かソカが呟いたが、俺は無視する。ソカを守らねば。そんな気持ちだけが焦燥を俺に与えていた。
「カァァァッーーペッ!」




