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二話 実験

一部、汚い表現が含まれています。

食事中の人は読むのを止めてください。

 ローブ野郎は、前々から疑問に思うことがあった。

 それは、『スライムは果たして魔物に定義できるのだろうか?』ということである。


 ちなみにだが、魔物に対する細かな定義付けは存在していない。魔力の根源となる魔石を持ち、人に危害をくわえる者、そういった存在を魔物と呼んでいる。種類はあるが分類はなかった。


 例えば【ゴブリン】と【ドラゴン】。この二つは同じ『魔物』に分類されている。どちらも人に危害をくわえる存在なのだから、魔物と一緒に分類してもおかしくはないのだが、ローブ野郎は研究者である。彼は、より一層細かい分類が必要だと考えていた。


 だが、それを分類するには魔物を片っ端から細かく調べなければならない。冒険者たちが魔物と戦い持ち帰ってくる物は全て魔石。材料として死体を持ち帰ってくることもあったが、魔石の方が持ち運びやすく、数も少量のため、詳しく調べることなど出来なかった。

 さらに言えば、魔物を研究するということ自体がローブ野郎の暮らしていた国では禁止されていた。それはその昔、『ラリエス』という研究組織が、魔物に携わる過激な研究を行ったことが原因。

 故に、魔物に関する研究というものは公表されているだけでは不十分だったのだ。


 魔物を分類する。それは、ローブ野郎がやりたい研究の一つだった。


 そして、その中でも想像だけでは分類しにくい魔物がいた。それがスライムというわけである。

 

「スライムは他の魔物とは絶対的に違います。それは形を持たないこと。形を持たぬが故に、確定的な攻撃方法を持たない。形を持たぬが故に、確定的な動きができない。それが、スライムを最弱と呼ばせる要因でもあります」


 ローブ野郎は呟きながら夢中で洞窟の岩肌に何かを刻んでいく。


「だがっ! 果たしてそれは本当に最弱の要因なのでしょうか? 私には可能性の塊にしか思えません。形を持たないということは、変化できるということ。何にも縛られず、自由な戦闘ができるということ。もしも、形にハマることが最強への道なら私がそれを見つけ出しましょう。そうじゃないなら、きっとスライムは最強にも成り得る可能性を秘めているっ!」


 最後の言葉と同時に、ローブ野郎は何かを描き終えた。


 それは複雑な文字が並ぶ円陣。その中心には、脅えきったスライムが一匹。


「クックックッ……これは、魔石に属性を付与するための陣です。通常、これを魔物に使っても意味がありません。何故だか分かりますか?」


 ――――プルプル。それは、否定ではなくただの震え。


「魔物はそんなことをしなくても、魔法を使えるからです。ここが、人とは大きく違うところ。人は属性を意識しなければ魔法を扱う事ができません。たとえば【火魔法】。これは、魔力と想像力を融合させて【火魔法】に該当する条件を揃えねば発動しない。他の【水】【風】【土】に関してもそれは同じ。ですが、魔物はそれをしなくても魔法を使えてしまう。まるで……スキルのようにっ!」


 この世界では、『魔力』を持つ者と『スキル』を持つ者は対極とされていた。


『魔力』を持つ者は『スキル』を修得しにくく、『スキル』を修得しやすい者は『魔力』を持たない。

 どちらも扱える者も中にはいるが、彼らは『万能型』と呼ばれ、どちらも極めることは出来ないとされていた。


 そんな、子供でも知っているような常識に魔物は該当しなかった。

 それが、ローブ野郎には不思議でならなかった。


 同じ世界で生きる存在なのに、どうして(ことわり)が違うのか。その意味がわからなかった。


 だが、もしも魔物にもその理が適用されるなら話は変わってくる。

 そして、そのヒントになるような事が魔石には存在した。


「いいですか? 魔石には二つの種類があります。『無属性』の魔石と、最初から『属性』が付与されている魔石です。無属性の方は好きな属性を付与でき、どんな魔物からも取れるため多く流用しています。逆に最初から属性のついている魔石は少ない。なぜなら、強大な魔物からしかその魔石を取ることができないからですよっ!」


 ローブ野郎は我を忘れたかのように喋り続ける。その隙を見計らって、スライムは逃亡を企てる。


 ポヨ――――がしっ!


 しかし、それをローブ野郎は片手で掴んだ。


「ということは?」


 そう言って、逃げようとしたスライムにローブ野郎は笑いかける。スライムは、その邪悪な笑みに震えるしかない。


「魔物の強さを決めるのは、魔力量だと言われています。強い魔物ほど多くの魔力量を誇っている。しかし、それだけじゃないかもしれない。……もしかしたら、魔物の魔石に属性を付与することによって、何かが変わるかもしれない」


 ローブ野郎は、言いながらスライムを円陣の中心に置き直した。もう、スライムは逃げようとはしなかった。


「さぁ、その答え合わせといきましょう! 魔物の魔石に属性の付与したら果たして強くなるのか? それが実験できるのは、複雑な形を持たないスライムだけなのですよぉ!」


 そして、ローブ野郎は円陣に魔力を流し込んだ。ただ単に描いただけの文字が、その言葉の意味を持って光を放つ。


「属性付与! ――――土!」


 その瞬間、スライムは自身の体の中心からプツプツと何かが増えていく感覚を覚えた。こうやって殺されるのだと……思った。


 だが、そうではなかった。



 スライムの中心にある魔石がみるみるうちに変色していく。それと同じくして、スライムの半透明の体は黒く染まっていった。


 やがて、その変化が止まると、スライムは完全な黒い塊と化していた。そのプリッとした姿はまるで、道端に落ちている汚物のようにも見えた。


「クックックッ……やはり、私の想像は現実だった」


 その姿に、ローブ野郎は堪えきれない興奮を口元に浮かべた。


「私は間違っていなかったのです!」


 スライムは不思議な感覚に囚われていた。今まで、形のない液状が自分だと思っていたのに、今は油断してしまえばだんだんと固くなろうとする体。それに戸惑っていた。


「さぁ、その能力を今こそ発揮するのです! 【土魔法】の特性は硬化。あなたは、多少の攻撃にもビクともしない体を手に入れたのですからっ!」


 ローブ野郎の言葉はスライムには分からなかったが、なんとなく意図は察した。内なる魔石に身を任せると、体は硬く変化した。

 それに、スライムは驚いた。


「クックックッ……これこそ新たなスライム伝説の始まり! そして、その発端者たる私は神にも近い存在っ! さぁ、行くぞ! 他のスライムも捕まえて、片っ端から研究するのですっ!」


 そう言って、ローブ野郎は再び洞窟の奥へと歩き出す。


 そんな彼に、スライムは呆然とした。力が抜けて、硬かった体が液状へと戻っていく。


「むっ? 何をしているのです? 早く行きますよ」


 ローブ野郎は言いながら振り返る。それから、顔をしかめて見せた。


「そういえば……名前を付けなければなりませんね? うーむ……」


 スライムの了承もなく次々と勝手なことをしていくローブ野郎。しかし、スライムは彼が自分を殺すつもりはないのだと感じた。むしろ、偶然的にも自分を変えようとしてくれているのだと思った。


 スライムは何も感じることなく、この洞窟で生きてきたわけじゃない。本当なら外で自由に生きたかった。何にも脅えることなく生きたかったのだ。

 しかし、スライムという存在がそれを許さなかった。スライムは弱く、他の魔物に呆気なく殺されてしまう存在だったからだ。


 外に出たのは、そんな願望の表れ。深い霧の中ならば、魔物に出会しても逃げられると思ってのことだった。


 自我などなくとも、根っこに巣食う最弱根性が、あらゆることに脅えさせた。果たして、本当に強いのかも分からない目の前の存在にも、スライムは脅えざるを得なかった。


 しかし、彼はスライムを殺す気はないらしい。雰囲気は最悪ではあるものの、結果として捨て去りたかった自身を変えてくれたのだ。


 ……ポヨン。


 スライムはローブ野郎に近づいていく。


 ……ポヨン……ポヨン。


 それは、殆ど無意識にも近い。


「……名前……名前、覚えやすい……名前」


 ローブ野郎は屈んで悩んでいる。そんな彼の前に、スライムは立つ。


「こうなったら、見たまんまを名前にするしかありませんね……」


 ため息をついてローブ野郎は立ち上がる。そして、優しげな笑みをスライムに向けた。


「決めましたよ。……お前はウ○チスライムと名付けます。さぁ、行きますよ。ウ○チスライム!」


 ローブ野郎は、吹っ切れたとばかりに清々しい表情で洞窟の奥へと向かった。


 スライムは、ローブ野郎の言葉が分からない。ただ、その表情からあまり良くない事を言われたことを感じた。


 だから。


 新たに身につけた能力でローブ野郎の背中を追いかける。


 ――――ポヨンポヨンポヨン……グッ!


 四回目に跳ねる瞬間に、体を棒状に硬化させる。そして、そのままローブ野郎の尻めがけてジャンプした。




「アッーーーー!!」



 洞窟内には、今まで聞いたことのない艶のある叫び声がこだました。

ラリエス


アスカレア王国にて、過激な研究を重ねてきた研究組織。人体実験なども行い、アルヴはその実験によってドラゴンの魔石を体に埋め込まれた。(三章にて)

現在は壊滅しており、その成果も闇に葬られた。

だが、それらの成果によって不幸となった者は少なくない。

ソフィアの父親もその被害者の一人。(一章にて)


また、それらの研究をこっそり受け継いだ機関もあったが、テプトとヒルの働きにより全員捕まった。(二章にて)



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